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第七章 織り姫危機一髪。(ヒメ/阿久津交互)
04 賑やかな朝
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「おはよ」
「あれっ、え、お、おはようございます」
澤田は先にいつもの場所に立っていた俺に気づいてうろたえた。
いつもよりも早い電車に乗った俺は、本を広げて待っていたのだ。
先に俺が来ていることに驚いたらしい澤田は、わたわたして髪に触れたり服を払ったりしている。
「何してんだ」
「え、いや、身繕いを」
その言葉に、毛繕いする小動物を想像して噴き出した。澤田が情けない顔で俺を見上げている。
「どうした?」
「いや、あの、その……今日は、どうして」
「たまたま朝が早かっただけだ」
そう、ただそれだけだ。決して、いつも澤田に話し掛けている男が気になったからではない。断じてない。
「そ、そうですか」
ほにゃ、と澤田が笑顔を浮かべる。こいつの笑顔は二パターンあるらしい。一つは太陽のようにキラッキラと輝くそれで、もう一つは今のように、力を抜いたような笑顔。
いずれも、童顔な彼女をますます幼く見せる。
「じゃあな」
「えっ。えっっ」
間がもたないような気がして、改札へ足を向けた。
と、俺のジャケットの裾を、澤田がつまむように引っ張る。
さすがに9月も前半が終わると、クールビズスタイルも気が引けて、ぼちぼち夏用スーツの上下を着ている。
「何だよ」
振り向くと、小動物に似た丸い目が、小刻みに震えながら俺を見上げている。この姿を見ると、獲物を前にした肉食獣のような気分になる。
食わねぇから安心しろとでも言うべきか。
「も、もう少し、時間ありますよね?」
「ああ?」
つい、言い方が乱暴になる。だが澤田はいつものことながら動じない。こいつの肝の太さ、どっから来るんだ。ほんと。
澤田は健気な表情で、息を吸い込んだ。
「一分でも一秒でも長く、一緒にいたいんですっ」
予想以上の声の大きさに、俺は慌てて澤田の口を手で塞ぐ。ホームを歩く人がちらちら俺たちを見ている。
「……お前なぁ」
声音が情けなくなるが、この際気にしていられない。思いの丈を述べるなとは言わないが、ところ構わず爆発するのは勘弁してもらいたい。
「だ、だってぇ。いつも挨拶しかできないし。食事とか、行ってくれそうにないし」
「行かないとは言ってないだろ」
俺は答えてから、はっとした。しまった。俺は今何を口走った?
見やると澤田の目が輝いている。キラキラしすぎて目に眩しい。俺はえもいわれぬ圧力を感じて目をそらす。
「行ってくれるんですか!?」
俺はしばらく視線をさ迷わてから諦めて嘆息し、誤差範囲程度の小さな頷きを返した。
澤田は両拳を握り、膝を内側に寄せてガッツポーズしている。何だその力の抜けるガッツポーズは。
「じ、じゃあ、行きましょう!今日は!」
「午後出張直帰」
「明日は!」
俺が頭の中からスケジュールを引き出すより先に、澤田はかくりとうなだれた。
「あ、駄目だ……私、予定あるんだった……」
俺はその頭をちらりと見る。
予定、な。まあ、友達付き合いとかあるだろうな。この年齢だし。
澤田はぐいと顔を上げた。
「土日は」
「家でゆっくりさせろ」
「ふぇーん」
澤田が手で目を覆う。俺は嘆息した。
「来週でもいいだろうが。逃げも隠れもしねぇよ。……多分」
「多分て! 多分て言いましたよね! 言いましたよね、今! 聞こえましたよ!」
「るせぇな。あーもうこんな時間じゃねぇか。俺は行くぞ。じゃあな」
「阿久津さぁん!」
半ば悲鳴じみた澤田の声を聞きながら、俺は逃げるように改札へと向かった。
「あれっ、え、お、おはようございます」
澤田は先にいつもの場所に立っていた俺に気づいてうろたえた。
いつもよりも早い電車に乗った俺は、本を広げて待っていたのだ。
先に俺が来ていることに驚いたらしい澤田は、わたわたして髪に触れたり服を払ったりしている。
「何してんだ」
「え、いや、身繕いを」
その言葉に、毛繕いする小動物を想像して噴き出した。澤田が情けない顔で俺を見上げている。
「どうした?」
「いや、あの、その……今日は、どうして」
「たまたま朝が早かっただけだ」
そう、ただそれだけだ。決して、いつも澤田に話し掛けている男が気になったからではない。断じてない。
「そ、そうですか」
ほにゃ、と澤田が笑顔を浮かべる。こいつの笑顔は二パターンあるらしい。一つは太陽のようにキラッキラと輝くそれで、もう一つは今のように、力を抜いたような笑顔。
いずれも、童顔な彼女をますます幼く見せる。
「じゃあな」
「えっ。えっっ」
間がもたないような気がして、改札へ足を向けた。
と、俺のジャケットの裾を、澤田がつまむように引っ張る。
さすがに9月も前半が終わると、クールビズスタイルも気が引けて、ぼちぼち夏用スーツの上下を着ている。
「何だよ」
振り向くと、小動物に似た丸い目が、小刻みに震えながら俺を見上げている。この姿を見ると、獲物を前にした肉食獣のような気分になる。
食わねぇから安心しろとでも言うべきか。
「も、もう少し、時間ありますよね?」
「ああ?」
つい、言い方が乱暴になる。だが澤田はいつものことながら動じない。こいつの肝の太さ、どっから来るんだ。ほんと。
澤田は健気な表情で、息を吸い込んだ。
「一分でも一秒でも長く、一緒にいたいんですっ」
予想以上の声の大きさに、俺は慌てて澤田の口を手で塞ぐ。ホームを歩く人がちらちら俺たちを見ている。
「……お前なぁ」
声音が情けなくなるが、この際気にしていられない。思いの丈を述べるなとは言わないが、ところ構わず爆発するのは勘弁してもらいたい。
「だ、だってぇ。いつも挨拶しかできないし。食事とか、行ってくれそうにないし」
「行かないとは言ってないだろ」
俺は答えてから、はっとした。しまった。俺は今何を口走った?
見やると澤田の目が輝いている。キラキラしすぎて目に眩しい。俺はえもいわれぬ圧力を感じて目をそらす。
「行ってくれるんですか!?」
俺はしばらく視線をさ迷わてから諦めて嘆息し、誤差範囲程度の小さな頷きを返した。
澤田は両拳を握り、膝を内側に寄せてガッツポーズしている。何だその力の抜けるガッツポーズは。
「じ、じゃあ、行きましょう!今日は!」
「午後出張直帰」
「明日は!」
俺が頭の中からスケジュールを引き出すより先に、澤田はかくりとうなだれた。
「あ、駄目だ……私、予定あるんだった……」
俺はその頭をちらりと見る。
予定、な。まあ、友達付き合いとかあるだろうな。この年齢だし。
澤田はぐいと顔を上げた。
「土日は」
「家でゆっくりさせろ」
「ふぇーん」
澤田が手で目を覆う。俺は嘆息した。
「来週でもいいだろうが。逃げも隠れもしねぇよ。……多分」
「多分て! 多分て言いましたよね! 言いましたよね、今! 聞こえましたよ!」
「るせぇな。あーもうこんな時間じゃねぇか。俺は行くぞ。じゃあな」
「阿久津さぁん!」
半ば悲鳴じみた澤田の声を聞きながら、俺は逃げるように改札へと向かった。
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