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第八章 天の川の渡り方(ヒメ/阿久津交互)
04 潮時
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澤田とはその後も毎朝、駅で会った。
さして意味のない会話をし、別れるだけの逢瀬。
一見楽しそうに見える表情に垣間見える憂鬱に、気付かない俺ではない。
ふとしたとき伏せられる目。何か悩んでいることがあるんだろうと察しつつも、あえて踏み込んで聞く気はなかった。
そろそろ、潮時なのかもしれない。
一時的に盛り上がった澤田の気持ちが落ち着いてきたのかもしれないし、近づけないと思っていた人間と毎日顔を合わせるようになったら、面白みがなくなったのかもしれない。
「次の土曜なんです。友達の結婚式」
「ああ、そういえばそう言ってたな」
俺が頷くと、澤田はにこりと微笑んだ。それが上っ面だけの笑顔だと、なんとなく分かる。
分からなければ気楽なものをと、そんな自分に自嘲する。
「お土産、何がいいですか?」
「別に要らねぇよ」
答えながら目を反らす。
取り繕ったような澤田の顔を見ていたくない。
おい。お前、天真爛漫が持ち味じゃなかったのか。
心中で問いかけるが、口にはしない。俺が言ってどうなるもんでもないだろう。
らしさ、というのは、個人の持ち前の魅力でもあるのだーーと、澤田を見ていて気づいた。
どうやってごまかしても、他の何を磨いても、敵わない。一番輝くのはその個性が持つ「らしさ」が発揮されたときなのだろう。
きらりと輝くまっすぐな目、紅潮した頬。
それが見られなくなったことが、少し寂しくもあり、もったいなくもある。
俺に関わったばっかりに。
そう思うのも、ただの自意識過剰かもしれないが。
もし澤田が、自分の子どもっぽさを気にしてそうなっているのなら、無理に大人になる必要はないと言ってやりたかった。
大人になるということに、そのまっすぐな目が損なわれるほどの価値を、俺は見いだせない。
持ち続られる人間は、持ち続けていればいい。その無邪気な目を。まっすぐな想いを。年月とともに歪み、夢に挑戦すらせず諦めてしまった人間には、ときどき接するそういう姿が、励みになるものだ。
――と思うあたり、だいぶオッサンになっている気もする。
「会うんだろ。津田、だったっけ」
「あ、……はい」
澤田は自分で言ったことなのに、指摘されて気まずそうにうつむく。俺は静かに言った。
「向き合ってやれよ」
俺が言えるのはそこまでだ。
必要以上に立ち入るのも変な話。当人の気持ち次第なのだから。
澤田はすがるような目をして俺を見上げた。
「阿久津さんは、いいんですか」
俺は澤田を見下ろす。
「わ、私が、津田ちゃんとどうなっても、いいんですか」
その声は震えていた。目が潤んでいる。俺は少し驚きながら、それを見ていた。
いいとも、悪いとも、思わない。
「お前がそれを選んだんなら、いいんじゃないか」
言って顔を反らした。澤田の歪んだ表情を見ていられなかった。
澤田が黙って俯いた気配を感じた。会話の終わりを告げる電車がホームに入って来る。雑踏のざわめきが俺たちの沈黙を埋める。
俺は罪悪感による胸の痛みに気づき、心中で自分に言い聞かせた。
悪いことは何も言ってないだろ。俺は彼氏でも何でもないんだ。ただ毎朝5分、挨拶してくだらない話をするだけの関係で、他にどう答えようがある。
じゃあその関係から一歩進みたいかといえば、到底今の俺にその勇気はないというのが実際のところなのだ。
澤田は若過ぎる。そして無邪気過ぎる。
いっときを共に過ごしたとしても、その将来を共にとは、きっと俺には言えない。ならば、これ以上近づくべきでない。
俺のためだけじゃない。澤田のためにも。
もし結婚できず三十近くになったとき、俺と過ごした時間が無駄だったとは、彼女も思いたくないだろう。
苦笑が浮かぶ。思い浮かべたのは当然、そんなようなことを言って半分泣いていた橘の横顔だ。
多分橘は、その目に浮かんだ涙に俺が気づいているとは思わなかっただろうが。
「じゃあな」
言いながら思う。
やっぱり、これで終わりにしてやるべきか。
俺から断ち切ってやれば、こいつもほっとするのかもしれない。
思って、息を吐き際、さりげなく言った。
「今週いっぱいで終わりにするか」
「えっ?」
澤田の潤んだ目が俺を見上げた。俺は自分の言い方が狡かったことに気づく。
息を吸って、一気に言った。
「来週からは、朝、会うのはもうやめよう」
澤田の反応は確認せず、じゃあなと言って階段を降りた。
さして意味のない会話をし、別れるだけの逢瀬。
一見楽しそうに見える表情に垣間見える憂鬱に、気付かない俺ではない。
ふとしたとき伏せられる目。何か悩んでいることがあるんだろうと察しつつも、あえて踏み込んで聞く気はなかった。
そろそろ、潮時なのかもしれない。
一時的に盛り上がった澤田の気持ちが落ち着いてきたのかもしれないし、近づけないと思っていた人間と毎日顔を合わせるようになったら、面白みがなくなったのかもしれない。
「次の土曜なんです。友達の結婚式」
「ああ、そういえばそう言ってたな」
俺が頷くと、澤田はにこりと微笑んだ。それが上っ面だけの笑顔だと、なんとなく分かる。
分からなければ気楽なものをと、そんな自分に自嘲する。
「お土産、何がいいですか?」
「別に要らねぇよ」
答えながら目を反らす。
取り繕ったような澤田の顔を見ていたくない。
おい。お前、天真爛漫が持ち味じゃなかったのか。
心中で問いかけるが、口にはしない。俺が言ってどうなるもんでもないだろう。
らしさ、というのは、個人の持ち前の魅力でもあるのだーーと、澤田を見ていて気づいた。
どうやってごまかしても、他の何を磨いても、敵わない。一番輝くのはその個性が持つ「らしさ」が発揮されたときなのだろう。
きらりと輝くまっすぐな目、紅潮した頬。
それが見られなくなったことが、少し寂しくもあり、もったいなくもある。
俺に関わったばっかりに。
そう思うのも、ただの自意識過剰かもしれないが。
もし澤田が、自分の子どもっぽさを気にしてそうなっているのなら、無理に大人になる必要はないと言ってやりたかった。
大人になるということに、そのまっすぐな目が損なわれるほどの価値を、俺は見いだせない。
持ち続られる人間は、持ち続けていればいい。その無邪気な目を。まっすぐな想いを。年月とともに歪み、夢に挑戦すらせず諦めてしまった人間には、ときどき接するそういう姿が、励みになるものだ。
――と思うあたり、だいぶオッサンになっている気もする。
「会うんだろ。津田、だったっけ」
「あ、……はい」
澤田は自分で言ったことなのに、指摘されて気まずそうにうつむく。俺は静かに言った。
「向き合ってやれよ」
俺が言えるのはそこまでだ。
必要以上に立ち入るのも変な話。当人の気持ち次第なのだから。
澤田はすがるような目をして俺を見上げた。
「阿久津さんは、いいんですか」
俺は澤田を見下ろす。
「わ、私が、津田ちゃんとどうなっても、いいんですか」
その声は震えていた。目が潤んでいる。俺は少し驚きながら、それを見ていた。
いいとも、悪いとも、思わない。
「お前がそれを選んだんなら、いいんじゃないか」
言って顔を反らした。澤田の歪んだ表情を見ていられなかった。
澤田が黙って俯いた気配を感じた。会話の終わりを告げる電車がホームに入って来る。雑踏のざわめきが俺たちの沈黙を埋める。
俺は罪悪感による胸の痛みに気づき、心中で自分に言い聞かせた。
悪いことは何も言ってないだろ。俺は彼氏でも何でもないんだ。ただ毎朝5分、挨拶してくだらない話をするだけの関係で、他にどう答えようがある。
じゃあその関係から一歩進みたいかといえば、到底今の俺にその勇気はないというのが実際のところなのだ。
澤田は若過ぎる。そして無邪気過ぎる。
いっときを共に過ごしたとしても、その将来を共にとは、きっと俺には言えない。ならば、これ以上近づくべきでない。
俺のためだけじゃない。澤田のためにも。
もし結婚できず三十近くになったとき、俺と過ごした時間が無駄だったとは、彼女も思いたくないだろう。
苦笑が浮かぶ。思い浮かべたのは当然、そんなようなことを言って半分泣いていた橘の横顔だ。
多分橘は、その目に浮かんだ涙に俺が気づいているとは思わなかっただろうが。
「じゃあな」
言いながら思う。
やっぱり、これで終わりにしてやるべきか。
俺から断ち切ってやれば、こいつもほっとするのかもしれない。
思って、息を吐き際、さりげなく言った。
「今週いっぱいで終わりにするか」
「えっ?」
澤田の潤んだ目が俺を見上げた。俺は自分の言い方が狡かったことに気づく。
息を吸って、一気に言った。
「来週からは、朝、会うのはもうやめよう」
澤田の反応は確認せず、じゃあなと言って階段を降りた。
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