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第八章 天の川の渡り方(ヒメ/阿久津交互)
06 男の子
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【飯行こうぜ】
始業後しばらくして、社内チャットでマーシーからメッセージが届いた。
俺は眉を寄せつつ、嘆息する。
【了解】
【ジョーも一緒だから】
「は?」
思わず呟くと、隣のデスクの同僚が訝しげな目を向けてきた。俺は目礼を返してまたキーボードを叩く。
【何で?】
【ジョーの発案だから】
俺はそれを見て凍りついた。
ちょっと待て。あいつが自発的に動くときって、ヨーコさん絡みってことだろ。怖いっつーの。投げられる? 腕の一本で済みゃ御の字かな。いやいやさすがのジョーもそこまでは……
【いいか?】
しばらく俺からの返事が来ないので、気になったんだろう。
【了解】
俺は送った後、深々と息を吐き出した。
「あ、どぉもーっ」
昼休み、一階ロビーに集合するや、ジョーは俺の肩に腕を回した。
やべ。さりげなく逃げられないようにしてる。
俺の背筋を冷たい汗が伝う。
「な、何だよ急に」
「えー。そんなつれないこと言わないでくださいよ。俺、これでもアークのこと慕ってるつもりっすよ」
本気かよ。ぜってー信じないぞ、それ。
「あ、信じないって思ったでしょう。ひどいなぁ。ね、マーシーひどくないですか?」
マーシーは否定も肯定もせずに苦笑を浮かべている。
比較的背の高い俺達が集まっていると人目を引く。俺は辟易して、肩にジョーの腕を乗せたまま外へと出た。
季節はもうすっかり秋だ。空に白く浮かんでいたモコモコの入道雲は跡形もなく、代わりにやわやわとした雲が頼りなく浮いている。空の色も、夏よりもやや群青に寄ったそれに変わっていた。
「何食います? ラーメン?」
「パス」
「あーまたぁ。そんなこと言って」
マーシーが眉を寄せるのを見て、ジョーが笑っている。どうせからかっているんだろう。ネクタイに汁を飛ばすのが嫌だからとラーメン屋を嫌がるのは俺も知っている。
「じゃあパスタとか?」
「女子か」
「いいじゃないすか、たまには」
「俺米がいい」
「俺も」
「じゃあ丼物屋」
言いながらぷらぷらと歩いていく。昼休みの時間は他のビルもだいたい同じだ。ごった返す人波は、ベルトコンベアのように俺達を運んで行く。
ジョーが先に立ってチェーンの丼物屋に入った。マーシーと俺も後に続く。
こんな店に来るのはほとんど一人で食べに来るサラリーマンで、カウンターはほぼ埋まっている。奥のテーブル席が空いていて、幸い座ることができた。
二人が俺を連行した先が、ゆっくり話を楽しむような場所ではないことに、ややほっとする。
それぞれ食券を買い、品物を注文すると、セルフサービスの水を手に席に座った。
「で、何だよ」
俺がジョーを見やると、ジョーは黙ったままにこりとした。
そういう「間」の取り方に、ヨーコさんの影響を感じる。
「あー、腹減った」
ジョーはにこにこしながらカウンターの奥から出てきた丼を受けとった。
「これアークでしたっけ。これマーシー」
「ああ」
「サンキュ」
受け取った割り箸を割ると、いびつな形になった。
「あ、なんかそれ、ガッカリしません?」
「しねぇよ」
俺は丼を片手に持ち、箸で口に掻き込む。
こんなんでいちいちガッカリしてられるか。
そう思いながら、思い出していたのは澤田のことだった。
やっぱり若いから感性が似ているのだろうか。
いや、若いとはいえ、ジョーとて俺とは五歳しか離れていない。
「阿久津、早食いは身体に悪いぞ」
「るせー」
飯を掻っ込む俺に、マーシーからあきれたように言われて、口をもごつかせながら答える。
「さっさと食えよ、お前らも。店に迷惑だ」
俺が言うと、マーシーとジョーは顔を見合わせて飯を口に運び始めた。
俺が一番に食べ終わり、二人もあらかた食べ終える頃、マーシーとジョーが互いに目配せをしているのが分かった。
それぞれ、お前が言えとでも言っているようだ。
「何やってんだよ」
俺があきれて言うと、二人は目を合わせて肩を竦めた。
「どうなのかなーと思って」
言ったのは、ジョーだった。
牛丼の最後の一口を口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
「アーク。年齢差気にしてるなら、それって馬鹿馬鹿しいから考え直した方がいいっすよ」
水を口にしていたマーシーが、ごふ、とむせた。
「大丈夫っすか?」
「いや、お前……さすが、直球だな」
「直球勝負がお前の持ち味って言ったの、マーシーじゃないっすか」
「えらい昔のこと、よく覚えてるな」
二人が話しているのを見ながら、俺は数杯目の水を傾ける。二人の食べるのを待っていたら腹が水で膨れそうだ。
「助けたんだろ」
マーシーが自分の丼に残った米を寄せながら言う。
「偶然じゃなくて、助けるつもりで助けたんだろ」
言って、丼を傾けて口に掻き込んだ。
俺はそれを見ながら水の入ったコップを置く。
「そりゃ、知った女が強姦されるの、黙って見てる訳にいかないだろ」
「あははは」
ジョーは笑った。
「でも、もう一人の若い子、動けなかったじゃない」
「そりゃ、お前……」
俺は困惑して眉を寄せた。
「喧嘩慣れしてない奴だって、平和主義者だっているだろ」
「喧嘩慣れしてないのは、アークだってそうでしょ」
ジョーが頬杖をついてにやにやしている。
「なっちゃえば」
「は?」
「ヒメちゃんにとっての、ヒーロー」
ジョーはいたずらっぽく輝いた目を片方ばちりと閉じた。
「何だそれ」
呆れた俺が言うが、ジョーはけらけら笑っている。
「俺、あのとき嬉しかったんすよ」
「はぁ?」
「なんかこう、アークっていっつも斜に構えてるから。あのときほら、絶対引かない、って感じがあって。何て言うか……親近感?」
ジョーは楽しげに言った。
「だって、あるでしょ。男の子には、引けないときってのが」
「男の子、なぁ」
マーシーは笑った。
「ま、男はずっと子どものままだって言うしな」
「おいおい」
俺は半眼になってマーシーを見た。
「で、お前らどういう結論に持ってこうとしてるの?」
「いやぁ、別に」
「そうすよ。別に俺たちはどうでもいいんすよ。アークが、今まで通り女遊びを繰り返して身の破滅を呼んでも、それはそれでネタとして楽しみますから」
おおい。さらっと最低なこと言うな、この後輩。
「でも、一応伝えておこうと思って」
ジョーは言いながら腰を浮かした。マーシーも俺も、合わせて腰を浮かす。
「今朝。泣いてましたよ、ヒメちゃん。動けないままで」
ジョーは、ほとんど囁くような静かな声で言った。俺は腰を浮かしかけたまま、一瞬動きを止める。
マーシーはさっさと席を離れつつ笑った。
「そんな反応すんなら、お前もあながち嫌じゃないんだな」
まあ嫌な奴わざわざ助けねぇか、と言いながら、ドアの向こうに歩いていく。ジョーも笑みだけを残してそれに続いた。
「ありぁしたー!」
「……ごちそうさん」
カウンターにいる店員の威勢のいい声に応えて、俺も後に続いた。
始業後しばらくして、社内チャットでマーシーからメッセージが届いた。
俺は眉を寄せつつ、嘆息する。
【了解】
【ジョーも一緒だから】
「は?」
思わず呟くと、隣のデスクの同僚が訝しげな目を向けてきた。俺は目礼を返してまたキーボードを叩く。
【何で?】
【ジョーの発案だから】
俺はそれを見て凍りついた。
ちょっと待て。あいつが自発的に動くときって、ヨーコさん絡みってことだろ。怖いっつーの。投げられる? 腕の一本で済みゃ御の字かな。いやいやさすがのジョーもそこまでは……
【いいか?】
しばらく俺からの返事が来ないので、気になったんだろう。
【了解】
俺は送った後、深々と息を吐き出した。
「あ、どぉもーっ」
昼休み、一階ロビーに集合するや、ジョーは俺の肩に腕を回した。
やべ。さりげなく逃げられないようにしてる。
俺の背筋を冷たい汗が伝う。
「な、何だよ急に」
「えー。そんなつれないこと言わないでくださいよ。俺、これでもアークのこと慕ってるつもりっすよ」
本気かよ。ぜってー信じないぞ、それ。
「あ、信じないって思ったでしょう。ひどいなぁ。ね、マーシーひどくないですか?」
マーシーは否定も肯定もせずに苦笑を浮かべている。
比較的背の高い俺達が集まっていると人目を引く。俺は辟易して、肩にジョーの腕を乗せたまま外へと出た。
季節はもうすっかり秋だ。空に白く浮かんでいたモコモコの入道雲は跡形もなく、代わりにやわやわとした雲が頼りなく浮いている。空の色も、夏よりもやや群青に寄ったそれに変わっていた。
「何食います? ラーメン?」
「パス」
「あーまたぁ。そんなこと言って」
マーシーが眉を寄せるのを見て、ジョーが笑っている。どうせからかっているんだろう。ネクタイに汁を飛ばすのが嫌だからとラーメン屋を嫌がるのは俺も知っている。
「じゃあパスタとか?」
「女子か」
「いいじゃないすか、たまには」
「俺米がいい」
「俺も」
「じゃあ丼物屋」
言いながらぷらぷらと歩いていく。昼休みの時間は他のビルもだいたい同じだ。ごった返す人波は、ベルトコンベアのように俺達を運んで行く。
ジョーが先に立ってチェーンの丼物屋に入った。マーシーと俺も後に続く。
こんな店に来るのはほとんど一人で食べに来るサラリーマンで、カウンターはほぼ埋まっている。奥のテーブル席が空いていて、幸い座ることができた。
二人が俺を連行した先が、ゆっくり話を楽しむような場所ではないことに、ややほっとする。
それぞれ食券を買い、品物を注文すると、セルフサービスの水を手に席に座った。
「で、何だよ」
俺がジョーを見やると、ジョーは黙ったままにこりとした。
そういう「間」の取り方に、ヨーコさんの影響を感じる。
「あー、腹減った」
ジョーはにこにこしながらカウンターの奥から出てきた丼を受けとった。
「これアークでしたっけ。これマーシー」
「ああ」
「サンキュ」
受け取った割り箸を割ると、いびつな形になった。
「あ、なんかそれ、ガッカリしません?」
「しねぇよ」
俺は丼を片手に持ち、箸で口に掻き込む。
こんなんでいちいちガッカリしてられるか。
そう思いながら、思い出していたのは澤田のことだった。
やっぱり若いから感性が似ているのだろうか。
いや、若いとはいえ、ジョーとて俺とは五歳しか離れていない。
「阿久津、早食いは身体に悪いぞ」
「るせー」
飯を掻っ込む俺に、マーシーからあきれたように言われて、口をもごつかせながら答える。
「さっさと食えよ、お前らも。店に迷惑だ」
俺が言うと、マーシーとジョーは顔を見合わせて飯を口に運び始めた。
俺が一番に食べ終わり、二人もあらかた食べ終える頃、マーシーとジョーが互いに目配せをしているのが分かった。
それぞれ、お前が言えとでも言っているようだ。
「何やってんだよ」
俺があきれて言うと、二人は目を合わせて肩を竦めた。
「どうなのかなーと思って」
言ったのは、ジョーだった。
牛丼の最後の一口を口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
「アーク。年齢差気にしてるなら、それって馬鹿馬鹿しいから考え直した方がいいっすよ」
水を口にしていたマーシーが、ごふ、とむせた。
「大丈夫っすか?」
「いや、お前……さすが、直球だな」
「直球勝負がお前の持ち味って言ったの、マーシーじゃないっすか」
「えらい昔のこと、よく覚えてるな」
二人が話しているのを見ながら、俺は数杯目の水を傾ける。二人の食べるのを待っていたら腹が水で膨れそうだ。
「助けたんだろ」
マーシーが自分の丼に残った米を寄せながら言う。
「偶然じゃなくて、助けるつもりで助けたんだろ」
言って、丼を傾けて口に掻き込んだ。
俺はそれを見ながら水の入ったコップを置く。
「そりゃ、知った女が強姦されるの、黙って見てる訳にいかないだろ」
「あははは」
ジョーは笑った。
「でも、もう一人の若い子、動けなかったじゃない」
「そりゃ、お前……」
俺は困惑して眉を寄せた。
「喧嘩慣れしてない奴だって、平和主義者だっているだろ」
「喧嘩慣れしてないのは、アークだってそうでしょ」
ジョーが頬杖をついてにやにやしている。
「なっちゃえば」
「は?」
「ヒメちゃんにとっての、ヒーロー」
ジョーはいたずらっぽく輝いた目を片方ばちりと閉じた。
「何だそれ」
呆れた俺が言うが、ジョーはけらけら笑っている。
「俺、あのとき嬉しかったんすよ」
「はぁ?」
「なんかこう、アークっていっつも斜に構えてるから。あのときほら、絶対引かない、って感じがあって。何て言うか……親近感?」
ジョーは楽しげに言った。
「だって、あるでしょ。男の子には、引けないときってのが」
「男の子、なぁ」
マーシーは笑った。
「ま、男はずっと子どものままだって言うしな」
「おいおい」
俺は半眼になってマーシーを見た。
「で、お前らどういう結論に持ってこうとしてるの?」
「いやぁ、別に」
「そうすよ。別に俺たちはどうでもいいんすよ。アークが、今まで通り女遊びを繰り返して身の破滅を呼んでも、それはそれでネタとして楽しみますから」
おおい。さらっと最低なこと言うな、この後輩。
「でも、一応伝えておこうと思って」
ジョーは言いながら腰を浮かした。マーシーも俺も、合わせて腰を浮かす。
「今朝。泣いてましたよ、ヒメちゃん。動けないままで」
ジョーは、ほとんど囁くような静かな声で言った。俺は腰を浮かしかけたまま、一瞬動きを止める。
マーシーはさっさと席を離れつつ笑った。
「そんな反応すんなら、お前もあながち嫌じゃないんだな」
まあ嫌な奴わざわざ助けねぇか、と言いながら、ドアの向こうに歩いていく。ジョーも笑みだけを残してそれに続いた。
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