86 / 114
第十一章 織姫は彦星にどうしても抱かれたい(ヒメ視点)
05 オトナの振る舞い
しおりを挟む
「あっ、飛行機飛んでる!」
私が窓に張り付いて目を輝かせると、光彦さんが笑った。
「ガキだなって思ったでしょう」
むっとして言うと、いや、と首を振る。
「素直でいいな、お前は」
ずいぶん静かに言われて、ちょっと照れた。
南房総へは海中トンネルを通って行く、と言われて、ちょっとだけスマホで調べてみた。
地図では、海上を一筋、ただひたすらに突っ切る道が表示されている。
多摩から海中トンネルの入口まで来るのに既に二時間経っていた。ゴールデンウイーク空けとはいえ、天気がいいから車も少なくない。ひどい渋滞に巻き込まれなかったのは幸運だと光彦さんがぼやいていた。
海中トンネルに乗ってしまうとしばらく休みが取れないからと、コンビニに立ち寄った。
車を止めて外へ出ると、また私は空を仰ぎ見る。
「あっ、また飛行機!」
私が指差す先を、旅客機が飛んでいく。
「羽田が近いからな。いちいち反応してたら大変だぞ」
光彦さんは言って、ほらまた、とあごでしゃくった。今度は着陸しようとしている。
「これだけ晴天だと、飛行機も気持ち良さそうですね」
私が言うと、光彦さんはまばたきした。
「え? 変なこと言いました?」
「いや……それ、飛行機の気持ちになった台詞ってこと?」
「それ以外にあります?」
私も目をまたたかせると、光彦さんが噴き出した。
「ほんっと、面白い奴」
笑ってから、ストレッチするように首を左右に捻る。
「疲れました?」
「いや。でも、長距離運転すんの久々だからな。休み休み行くわ」
言いながら、ぐるぐると肩を回した。
「すみません、私運転できなくて」
恐縮して言うと、光彦さんがちらりと私を見る。
「ま、お前の場合、免許があってもさせたくはないな」
「何でですかぁ」
「事故りそうだからに決まってんだろ」
光彦さんはサングラスを外す。
「炭酸水でも買ってくる。何かいるものあるか?」
「あ、一緒に行きます」
コンビニに入っていく光彦さんの手を、慌てて握る。
光彦さんは苦笑した後、黙って握り返してくれた。
コンビニで順番に用を済ませた後、光彦さんは炭酸水を、私はカフェオレを手にした。
「コーヒー持ってきてたじゃねぇか」
「眠気対策で……でもやっぱり苦くて飲めません」
まだ前の人の会計中だったので、二人で並んで順番を待つ。順番が来るや否や、光彦さんは当然のように私が手にしたカフェオレを取り上げ、自分の分と並べると定期入れを出した。
「えっ、じ、自分で」
「待ってる人がいるんだ。まとめた方が早いだろう」
慌てて財布を出そうとする私にぶっきらぼうに言った。私がちらりと後ろを確認している間に、光彦さんはタッチするだけで買い物を終えた。
袋を店員さんから受け取るや、差し出される。
「お前、持ってろ」
言って自分はすたすたと出ていってしまった。私も小走りに後へ続く。
なんだかいっつも先手を行かれてばっかりだ。
ちょっと悔しいけど、やっぱりかっこいいなぁと思う。
最初は大人みたいでかっこいい、と思っていたけれど、最近ようやく、そうではないんだと分かってきた。
大人を感じる振る舞いだからかっこいいんじゃなくて、不器用だけど優しさを感じる振る舞いが、かっこいい。
不必要に人に気を使わせないスマートさ、さりげなさ。
それは彼の場合、口が悪いところも含まれているから、人によっては分かりづらいと思われるかもしれないけれど。
私はコンビニ袋をかしゃかしゃ言わせながら、光彦さんの腕に抱き着いた。
光彦さんはまた呆れたように私を睨み、ため息をつく。
言いたい言葉はだいたい分かった。
けど、好きな癖に。胸、押し付けられるの。
言葉は心中に留めたまま、より一層強く光彦さんの腕を胸に押し付けた。
コンビニを出ると、光彦さんは私を見下ろした。
「ブラックコーヒー、飲まないなら俺にくれ」
「あ、はい。あんまり冷たくないですけど、いいですか?」
「別にいい」
話しながら、それぞれ運転席と助手席に乗り込む。
私は飲みかけの缶コーヒーを光彦さんに差し出した。
光彦さんはそれを受け取り、キャップを開けて数口飲む。
横からだと、喉仏が上下するのが良く見える。
あそこに舌を這わせたい。釣られるように、私も唾を飲み込む。
「あー……ほんとに常温」
「す、すみません」
残念そうな光彦さんの言葉に恐縮して謝ると、光彦さんは笑った。
「別にいいって言ったろ。いちいち気にすんな」
そして私の額をこつんと小突く。
私は黙ってそこを両手で押さえ、じいっと光彦さんを見つめた。
「何だよ」
光彦さんはまた缶コーヒーを傾け始める。
「え……」
私はへにゃりと笑って首を傾げた。
「間接キスだなぁって思って」
光彦さんは動きを止めたかと思えば、黙って缶のキャップを締め直し、ドアについている飲み物ホルダーにつっこんだ。
「行くぞ。さっさとシートベルト締めろ」
言って、サングラスをかけてシートベルトを締める。
どうせ、もうすぐ長い海中トンネルに入るというのに。
私ははぁいと返事をして、シートベルトを引き寄せた。
私が窓に張り付いて目を輝かせると、光彦さんが笑った。
「ガキだなって思ったでしょう」
むっとして言うと、いや、と首を振る。
「素直でいいな、お前は」
ずいぶん静かに言われて、ちょっと照れた。
南房総へは海中トンネルを通って行く、と言われて、ちょっとだけスマホで調べてみた。
地図では、海上を一筋、ただひたすらに突っ切る道が表示されている。
多摩から海中トンネルの入口まで来るのに既に二時間経っていた。ゴールデンウイーク空けとはいえ、天気がいいから車も少なくない。ひどい渋滞に巻き込まれなかったのは幸運だと光彦さんがぼやいていた。
海中トンネルに乗ってしまうとしばらく休みが取れないからと、コンビニに立ち寄った。
車を止めて外へ出ると、また私は空を仰ぎ見る。
「あっ、また飛行機!」
私が指差す先を、旅客機が飛んでいく。
「羽田が近いからな。いちいち反応してたら大変だぞ」
光彦さんは言って、ほらまた、とあごでしゃくった。今度は着陸しようとしている。
「これだけ晴天だと、飛行機も気持ち良さそうですね」
私が言うと、光彦さんはまばたきした。
「え? 変なこと言いました?」
「いや……それ、飛行機の気持ちになった台詞ってこと?」
「それ以外にあります?」
私も目をまたたかせると、光彦さんが噴き出した。
「ほんっと、面白い奴」
笑ってから、ストレッチするように首を左右に捻る。
「疲れました?」
「いや。でも、長距離運転すんの久々だからな。休み休み行くわ」
言いながら、ぐるぐると肩を回した。
「すみません、私運転できなくて」
恐縮して言うと、光彦さんがちらりと私を見る。
「ま、お前の場合、免許があってもさせたくはないな」
「何でですかぁ」
「事故りそうだからに決まってんだろ」
光彦さんはサングラスを外す。
「炭酸水でも買ってくる。何かいるものあるか?」
「あ、一緒に行きます」
コンビニに入っていく光彦さんの手を、慌てて握る。
光彦さんは苦笑した後、黙って握り返してくれた。
コンビニで順番に用を済ませた後、光彦さんは炭酸水を、私はカフェオレを手にした。
「コーヒー持ってきてたじゃねぇか」
「眠気対策で……でもやっぱり苦くて飲めません」
まだ前の人の会計中だったので、二人で並んで順番を待つ。順番が来るや否や、光彦さんは当然のように私が手にしたカフェオレを取り上げ、自分の分と並べると定期入れを出した。
「えっ、じ、自分で」
「待ってる人がいるんだ。まとめた方が早いだろう」
慌てて財布を出そうとする私にぶっきらぼうに言った。私がちらりと後ろを確認している間に、光彦さんはタッチするだけで買い物を終えた。
袋を店員さんから受け取るや、差し出される。
「お前、持ってろ」
言って自分はすたすたと出ていってしまった。私も小走りに後へ続く。
なんだかいっつも先手を行かれてばっかりだ。
ちょっと悔しいけど、やっぱりかっこいいなぁと思う。
最初は大人みたいでかっこいい、と思っていたけれど、最近ようやく、そうではないんだと分かってきた。
大人を感じる振る舞いだからかっこいいんじゃなくて、不器用だけど優しさを感じる振る舞いが、かっこいい。
不必要に人に気を使わせないスマートさ、さりげなさ。
それは彼の場合、口が悪いところも含まれているから、人によっては分かりづらいと思われるかもしれないけれど。
私はコンビニ袋をかしゃかしゃ言わせながら、光彦さんの腕に抱き着いた。
光彦さんはまた呆れたように私を睨み、ため息をつく。
言いたい言葉はだいたい分かった。
けど、好きな癖に。胸、押し付けられるの。
言葉は心中に留めたまま、より一層強く光彦さんの腕を胸に押し付けた。
コンビニを出ると、光彦さんは私を見下ろした。
「ブラックコーヒー、飲まないなら俺にくれ」
「あ、はい。あんまり冷たくないですけど、いいですか?」
「別にいい」
話しながら、それぞれ運転席と助手席に乗り込む。
私は飲みかけの缶コーヒーを光彦さんに差し出した。
光彦さんはそれを受け取り、キャップを開けて数口飲む。
横からだと、喉仏が上下するのが良く見える。
あそこに舌を這わせたい。釣られるように、私も唾を飲み込む。
「あー……ほんとに常温」
「す、すみません」
残念そうな光彦さんの言葉に恐縮して謝ると、光彦さんは笑った。
「別にいいって言ったろ。いちいち気にすんな」
そして私の額をこつんと小突く。
私は黙ってそこを両手で押さえ、じいっと光彦さんを見つめた。
「何だよ」
光彦さんはまた缶コーヒーを傾け始める。
「え……」
私はへにゃりと笑って首を傾げた。
「間接キスだなぁって思って」
光彦さんは動きを止めたかと思えば、黙って缶のキャップを締め直し、ドアについている飲み物ホルダーにつっこんだ。
「行くぞ。さっさとシートベルト締めろ」
言って、サングラスをかけてシートベルトを締める。
どうせ、もうすぐ長い海中トンネルに入るというのに。
私ははぁいと返事をして、シートベルトを引き寄せた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる