爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松丹子

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第十一章 織姫は彦星にどうしても抱かれたい(ヒメ視点)

05 オトナの振る舞い

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「あっ、飛行機飛んでる!」
 私が窓に張り付いて目を輝かせると、光彦さんが笑った。
「ガキだなって思ったでしょう」
 むっとして言うと、いや、と首を振る。
「素直でいいな、お前は」
 ずいぶん静かに言われて、ちょっと照れた。
 南房総へは海中トンネルを通って行く、と言われて、ちょっとだけスマホで調べてみた。
 地図では、海上を一筋、ただひたすらに突っ切る道が表示されている。
 多摩から海中トンネルの入口まで来るのに既に二時間経っていた。ゴールデンウイーク空けとはいえ、天気がいいから車も少なくない。ひどい渋滞に巻き込まれなかったのは幸運だと光彦さんがぼやいていた。
 海中トンネルに乗ってしまうとしばらく休みが取れないからと、コンビニに立ち寄った。
 車を止めて外へ出ると、また私は空を仰ぎ見る。
「あっ、また飛行機!」
 私が指差す先を、旅客機が飛んでいく。
「羽田が近いからな。いちいち反応してたら大変だぞ」
 光彦さんは言って、ほらまた、とあごでしゃくった。今度は着陸しようとしている。
「これだけ晴天だと、飛行機も気持ち良さそうですね」
 私が言うと、光彦さんはまばたきした。
「え? 変なこと言いました?」
「いや……それ、飛行機の気持ちになった台詞ってこと?」
「それ以外にあります?」
 私も目をまたたかせると、光彦さんが噴き出した。
「ほんっと、面白い奴」
 笑ってから、ストレッチするように首を左右に捻る。
「疲れました?」
「いや。でも、長距離運転すんの久々だからな。休み休み行くわ」
 言いながら、ぐるぐると肩を回した。
「すみません、私運転できなくて」
 恐縮して言うと、光彦さんがちらりと私を見る。
「ま、お前の場合、免許があってもさせたくはないな」
「何でですかぁ」
「事故りそうだからに決まってんだろ」
 光彦さんはサングラスを外す。
「炭酸水でも買ってくる。何かいるものあるか?」
「あ、一緒に行きます」
 コンビニに入っていく光彦さんの手を、慌てて握る。
 光彦さんは苦笑した後、黙って握り返してくれた。

 コンビニで順番に用を済ませた後、光彦さんは炭酸水を、私はカフェオレを手にした。
「コーヒー持ってきてたじゃねぇか」
「眠気対策で……でもやっぱり苦くて飲めません」
 まだ前の人の会計中だったので、二人で並んで順番を待つ。順番が来るや否や、光彦さんは当然のように私が手にしたカフェオレを取り上げ、自分の分と並べると定期入れを出した。
「えっ、じ、自分で」
「待ってる人がいるんだ。まとめた方が早いだろう」
 慌てて財布を出そうとする私にぶっきらぼうに言った。私がちらりと後ろを確認している間に、光彦さんはタッチするだけで買い物を終えた。
 袋を店員さんから受け取るや、差し出される。
「お前、持ってろ」
 言って自分はすたすたと出ていってしまった。私も小走りに後へ続く。
 なんだかいっつも先手を行かれてばっかりだ。
 ちょっと悔しいけど、やっぱりかっこいいなぁと思う。
 最初は大人みたいでかっこいい、と思っていたけれど、最近ようやく、そうではないんだと分かってきた。
 大人を感じる振る舞いだからかっこいいんじゃなくて、不器用だけど優しさを感じる振る舞いが、かっこいい。
 不必要に人に気を使わせないスマートさ、さりげなさ。
 それは彼の場合、口が悪いところも含まれているから、人によっては分かりづらいと思われるかもしれないけれど。
 私はコンビニ袋をかしゃかしゃ言わせながら、光彦さんの腕に抱き着いた。
 光彦さんはまた呆れたように私を睨み、ため息をつく。
 言いたい言葉はだいたい分かった。
 けど、好きな癖に。胸、押し付けられるの。
 言葉は心中に留めたまま、より一層強く光彦さんの腕を胸に押し付けた。
 コンビニを出ると、光彦さんは私を見下ろした。
「ブラックコーヒー、飲まないなら俺にくれ」
「あ、はい。あんまり冷たくないですけど、いいですか?」
「別にいい」
 話しながら、それぞれ運転席と助手席に乗り込む。
 私は飲みかけの缶コーヒーを光彦さんに差し出した。
 光彦さんはそれを受け取り、キャップを開けて数口飲む。
 横からだと、喉仏が上下するのが良く見える。
 あそこに舌を這わせたい。釣られるように、私も唾を飲み込む。
「あー……ほんとに常温」
「す、すみません」
 残念そうな光彦さんの言葉に恐縮して謝ると、光彦さんは笑った。
「別にいいって言ったろ。いちいち気にすんな」
 そして私の額をこつんと小突く。
 私は黙ってそこを両手で押さえ、じいっと光彦さんを見つめた。
「何だよ」
 光彦さんはまた缶コーヒーを傾け始める。
「え……」
 私はへにゃりと笑って首を傾げた。
「間接キスだなぁって思って」
 光彦さんは動きを止めたかと思えば、黙って缶のキャップを締め直し、ドアについている飲み物ホルダーにつっこんだ。
「行くぞ。さっさとシートベルト締めろ」
 言って、サングラスをかけてシートベルトを締める。
 どうせ、もうすぐ長い海中トンネルに入るというのに。
 私ははぁいと返事をして、シートベルトを引き寄せた。
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