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第十二章 彦星は夜の訪れが怖い(阿久津視点)
03 澤田家と阿久津家
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そんなわけで婚約した俺たちは、それぞれの親に挨拶に行った。かなり身構えた俺を余所に、義両親となる人は大変気さくだった。
澤田のーーヒメの小柄さは親譲りのようだ。俺が行くと小人の家に招かれたような気分で、正直肩身が狭かったが、ヒメによく似た丸い目であれこれ聞かれると、ついつい返事を引き出されてしまう。
豊かな表情もこの親あってのものかと納得しつつ、ときどき、あまりにヒメによく似た顔をされて笑いを堪えるときもあった。
ヒメの母は降って湧いた結婚の話に驚きつつも、
「あらまぁ。よかったわぁ、しっかりした方と出会って」
と安堵の笑顔を浮かべていたが、一人娘のことだ。父はちらりちらりと俺を見て、複雑な表情をしていた。
「ずいぶん年齢が離れているので、ご心配かとは思いますが」
俺はその心中を察して、噛み締めるようにゆっくりと言った。
「娘さんの明るさに、いつも救われています。これからもずっと笑っていてもらえるように、大切にします。結婚をお許しください」
頭を下げると、隣に座ったヒメから、はぅ、と感嘆の吐息が聞こえる。お前が感動してどうする、と思いつつ、まあそういうもんかと父の表情を伺った。
とたんにわたわたしだした父は、慌てて頭を下げると、
「ふつつか者ですが、こちらこそよろしく」
言った横から母が笑った。
「やぁだ、お父さん。それじゃお父さんが阿久津さんと結婚するみたいな答え方よ」
聞くなりヒメが噴き出して、父も苦笑を浮かべ、堅苦しい挨拶から砕けた食事へと移った。
一方の俺の家は、もう諦めていた息子の結婚に驚愕し、ヒメに何度も確認していた。「本当にいいの?」「光彦のどこがいいの?」「あなたならもっと素敵な人もいるでしょうに」
余計なお世話だと思いつつ、俺が当初思っていたことと大差ないので黙っていたが、ヒメは笑って否定した。
「私が、光彦さんを好きになったんです。自分から好きになったのは初めてだし、こんなに一人の人を想ったのも初めてなんです。そういう人に出会えて幸せです」
何の邪気もなく笑われては、ひねくれた俺の親も何も言えなかったようだ。
結局父の好きな酒が並べられて酒宴となり、飲めないが聞き上手なヒメは、今やすっかり父のアイドル状態だ。
俺には弟がいるが、大学以降フランスにいる。パートナーはいるらしいが結婚という形を取っていないらしく、一度日本に会いにきたきりだ。色んな形があるものねと言いながら、孫を可愛がる平凡な幸せには恵まれないのかと諦めていた母である。そうとなれば早く結婚して早く子どもをと言わんばかりの勢いに、戸惑いながらヒメが首を傾げた。
「私も子どもは欲しいんですけど、光彦さんを取られたらヤキモチ妬いちゃいそうなので、少し二人で過ごしてからがいいかなって」
あまりに本気の言いぶりに、俺は口にした日本酒を噴き出しかけてむせた。
心配すんのそこか。逆の話はよく聞くが、そのパターンは考えてなかった。
「大丈夫ですか?」
咳込む俺を心配そうに覗き込みながら背中を撫でる小さな手。ああ、と答えて目をそらす。
「光彦、顔が赤いぞ」
「むせたからだ」
若いときは俺と同様目つきが悪かった父が、にやりと笑うのを睨みつけると、ヒメがはっとした顔をして背を伸ばした。
その仕種が敵の存在を嗅ぎ付けたプレーリードッグのように見えて俺はちらりと横目で見る。
「どうした?」
「いや、ええと」
ヒメは俺と親父を見比べて、少しだけ頬を染めた。
「ちょっと今、光彦さんがお義父さんくらいの歳になったらこんな感じかなって想像しちゃって」
えへ、と照れ臭そうに笑って首を傾げる。
俺はまた黙って目を反らした。母が和み、親父が大ウケしている。
「可愛いわねぇ、ヒメちゃん」
母はにこにこしながらヒメの手を取った。
「娘と出かけるのが夢だったのよ。ときどきは一緒にお出かけしましょうね」
おいおい、強引だぞ。
思う俺を余所に、
「はいっ、行きましょう! どこがいいですかねぇ」
「嬉しいわぁ」
女は二人で盛り上がり始める。
まあ、嫌じゃないならいいんだけどさ。
ちまたでよく聞く嫁姑論争を脳裏に思った俺だったが、ヒメの表情に取り繕うような様子はない。
ご機嫌な母の顔とヒメの笑顔を見比べながら、じわりと胸に広がる温かさを感じつつ、徳利を持ち上げた。
「父さん、はい」
「おう、どうも」
父が飲み干したお猪口を掲げ持ち、俺が酒を注ぐ。
「よかったなぁ」
しみじみと父が言って、俺の手から徳利を取ると、俺の杯に傾けた。
「ま、お前も飲め」
「飲んでるよ」
「ヒメちゃんも飲め」
「あ、私、日本酒苦手で」
「あんまり強くないから飲ませるなよ」
「あら、何なら泊まってっちゃえばいいじゃない。光彦の部屋に二人分お布団用意してあげるわよ」
母があまりにさらりと言うので、俺は喉奥でぐっと呻いた。
「千葉の方、楽しかった? 牧場に行ったのかしら」
すっと背筋が寒くなる。実家の車を借りたので、一応土産を買ったのは確かだ。行く先が明確にわからないよう、海中トンネルの途中にあるサービスエリアで買った土産だったのだが。
つい目を反らした俺を、母が見ながらニヤニヤしている。
「バレてないとでも思った? 車にヒメちゃんの匂いが残ってたわよ」
犬か! と突っ込みたかったが、ヒメと別れた後窓を開けておかなかったことが悔やまれる。気まずい思いで奥歯を噛み締めていると、ヒメがショックを受けたような顔をした。
「えっ。私、そんなに臭いますか?」
言って、自分の腕をくんくんと嗅ぐ。俺はあきれてその姿を見た。
「気にすんな。嫌な匂いじゃない」
「えっ。それやっぱり臭うってことじゃないですか!」
ヒメがわたわたすると、髪がふわりと揺れる。フローラルな香りが隣に座る俺まで届いた。
この匂いだよ。
ーー嫌な訳、あるか。
ずくりと反応する下半身をなだめ、俺は知らぬ顔で酒を飲みつづける。
困った顔のヒメを見て、母が楽しげに笑っていた。
澤田のーーヒメの小柄さは親譲りのようだ。俺が行くと小人の家に招かれたような気分で、正直肩身が狭かったが、ヒメによく似た丸い目であれこれ聞かれると、ついつい返事を引き出されてしまう。
豊かな表情もこの親あってのものかと納得しつつ、ときどき、あまりにヒメによく似た顔をされて笑いを堪えるときもあった。
ヒメの母は降って湧いた結婚の話に驚きつつも、
「あらまぁ。よかったわぁ、しっかりした方と出会って」
と安堵の笑顔を浮かべていたが、一人娘のことだ。父はちらりちらりと俺を見て、複雑な表情をしていた。
「ずいぶん年齢が離れているので、ご心配かとは思いますが」
俺はその心中を察して、噛み締めるようにゆっくりと言った。
「娘さんの明るさに、いつも救われています。これからもずっと笑っていてもらえるように、大切にします。結婚をお許しください」
頭を下げると、隣に座ったヒメから、はぅ、と感嘆の吐息が聞こえる。お前が感動してどうする、と思いつつ、まあそういうもんかと父の表情を伺った。
とたんにわたわたしだした父は、慌てて頭を下げると、
「ふつつか者ですが、こちらこそよろしく」
言った横から母が笑った。
「やぁだ、お父さん。それじゃお父さんが阿久津さんと結婚するみたいな答え方よ」
聞くなりヒメが噴き出して、父も苦笑を浮かべ、堅苦しい挨拶から砕けた食事へと移った。
一方の俺の家は、もう諦めていた息子の結婚に驚愕し、ヒメに何度も確認していた。「本当にいいの?」「光彦のどこがいいの?」「あなたならもっと素敵な人もいるでしょうに」
余計なお世話だと思いつつ、俺が当初思っていたことと大差ないので黙っていたが、ヒメは笑って否定した。
「私が、光彦さんを好きになったんです。自分から好きになったのは初めてだし、こんなに一人の人を想ったのも初めてなんです。そういう人に出会えて幸せです」
何の邪気もなく笑われては、ひねくれた俺の親も何も言えなかったようだ。
結局父の好きな酒が並べられて酒宴となり、飲めないが聞き上手なヒメは、今やすっかり父のアイドル状態だ。
俺には弟がいるが、大学以降フランスにいる。パートナーはいるらしいが結婚という形を取っていないらしく、一度日本に会いにきたきりだ。色んな形があるものねと言いながら、孫を可愛がる平凡な幸せには恵まれないのかと諦めていた母である。そうとなれば早く結婚して早く子どもをと言わんばかりの勢いに、戸惑いながらヒメが首を傾げた。
「私も子どもは欲しいんですけど、光彦さんを取られたらヤキモチ妬いちゃいそうなので、少し二人で過ごしてからがいいかなって」
あまりに本気の言いぶりに、俺は口にした日本酒を噴き出しかけてむせた。
心配すんのそこか。逆の話はよく聞くが、そのパターンは考えてなかった。
「大丈夫ですか?」
咳込む俺を心配そうに覗き込みながら背中を撫でる小さな手。ああ、と答えて目をそらす。
「光彦、顔が赤いぞ」
「むせたからだ」
若いときは俺と同様目つきが悪かった父が、にやりと笑うのを睨みつけると、ヒメがはっとした顔をして背を伸ばした。
その仕種が敵の存在を嗅ぎ付けたプレーリードッグのように見えて俺はちらりと横目で見る。
「どうした?」
「いや、ええと」
ヒメは俺と親父を見比べて、少しだけ頬を染めた。
「ちょっと今、光彦さんがお義父さんくらいの歳になったらこんな感じかなって想像しちゃって」
えへ、と照れ臭そうに笑って首を傾げる。
俺はまた黙って目を反らした。母が和み、親父が大ウケしている。
「可愛いわねぇ、ヒメちゃん」
母はにこにこしながらヒメの手を取った。
「娘と出かけるのが夢だったのよ。ときどきは一緒にお出かけしましょうね」
おいおい、強引だぞ。
思う俺を余所に、
「はいっ、行きましょう! どこがいいですかねぇ」
「嬉しいわぁ」
女は二人で盛り上がり始める。
まあ、嫌じゃないならいいんだけどさ。
ちまたでよく聞く嫁姑論争を脳裏に思った俺だったが、ヒメの表情に取り繕うような様子はない。
ご機嫌な母の顔とヒメの笑顔を見比べながら、じわりと胸に広がる温かさを感じつつ、徳利を持ち上げた。
「父さん、はい」
「おう、どうも」
父が飲み干したお猪口を掲げ持ち、俺が酒を注ぐ。
「よかったなぁ」
しみじみと父が言って、俺の手から徳利を取ると、俺の杯に傾けた。
「ま、お前も飲め」
「飲んでるよ」
「ヒメちゃんも飲め」
「あ、私、日本酒苦手で」
「あんまり強くないから飲ませるなよ」
「あら、何なら泊まってっちゃえばいいじゃない。光彦の部屋に二人分お布団用意してあげるわよ」
母があまりにさらりと言うので、俺は喉奥でぐっと呻いた。
「千葉の方、楽しかった? 牧場に行ったのかしら」
すっと背筋が寒くなる。実家の車を借りたので、一応土産を買ったのは確かだ。行く先が明確にわからないよう、海中トンネルの途中にあるサービスエリアで買った土産だったのだが。
つい目を反らした俺を、母が見ながらニヤニヤしている。
「バレてないとでも思った? 車にヒメちゃんの匂いが残ってたわよ」
犬か! と突っ込みたかったが、ヒメと別れた後窓を開けておかなかったことが悔やまれる。気まずい思いで奥歯を噛み締めていると、ヒメがショックを受けたような顔をした。
「えっ。私、そんなに臭いますか?」
言って、自分の腕をくんくんと嗅ぐ。俺はあきれてその姿を見た。
「気にすんな。嫌な匂いじゃない」
「えっ。それやっぱり臭うってことじゃないですか!」
ヒメがわたわたすると、髪がふわりと揺れる。フローラルな香りが隣に座る俺まで届いた。
この匂いだよ。
ーー嫌な訳、あるか。
ずくりと反応する下半身をなだめ、俺は知らぬ顔で酒を飲みつづける。
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