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第三章 天の川は暴れ川(ヒメ/阿久津交互)
02 槍玉決定
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「で、どうなんだよ、あの後」
数日後、ランチタイムに外に出ようとした俺は、一階のロビーでばったりマーシーと会った。
肩を叩いて興味津々で問うて来る。俺はうんざりした顔を向け、何にもねぇよと返した。
あのロリ女は、拍子抜けするほどあっさりと俺たちの関係を勘違いしたらしい。改札口に見かけた姿は、この一週間ぱったりと途絶えている。
それはそれで不満にも思えるがーーまあ、相手がコイツだから信じたのかもしれない、と思っておく。
「なーんだ」
つまらなそうなマーシーは、言って肩をすくめて見せた。
「実はお前も寂しかったりして?」
「ざけんな」
マーシーは笑って、俺の肩に腕を乗せた。
「協力してやったんだから、ランチくらいおごらせてやってもいいぜ」
耳元で囁くように言うのは、わざとだろう。
後ろから、あーっと賑やかな声がした。振り向くと、マーシーの後輩にあたる事業部の安田丈が立っている。
長身に短髪、くるりと大きな目は少年のようだが、もう三十も半ばにさしかかる年頃のはずだ。昔から雰囲気が変わらない。
「何ですか何ですか、二人ともいい仲になっちゃったんですか」
「やめろジョー」
うんざりした声で俺が言うと、マーシーはけらけら笑った。
「俺が恋人役してやったんだよ」
「うっわマジっすか。貴重ぉー」
「てめぇマーシー」
裏切り者め。心中毒づきながら、ぎりっと奥歯を噛み締め睨むが、マーシーはどこ吹く風だ。
「えー、いいじゃないっすか。マーシーだったら俺抱かれてもいいっすよ。新しい世界が開けるかもしれない」
「お前それマジでキモいから止めろ」
あっけらかんと言う後輩に、マーシーはさすが心底嫌そうな顔を向けた。
「キモいとかひどいなぁ。俺、結婚前から言ってるじゃないですか」
「だからこそキモい。お前何なの。変なことに研究熱心なのやめてくれる。どうせなら仕事に熱心になれよ」
「日々の充実に性生活は大事でしょ。研究熱心にもなりますよ」
この後輩の好色はもはや彼の気質そのものらしい。俺は槍玉に挙げられていたのも忘れて口元を押さえ、笑いを堪えた。マーシーは本気で嫌そうにしている。
「名取さんの前でも言えるのか、それ」
「全然余裕っす。マーシーだったらヨーコさんもウェルカムですよ」
旧姓を名取というヨーコさんは、ジョーの姉さん女房だ。グラマラスな身体つきでなかなかの美人でーー何よりふんだんな色気がある。
ジョーが近づく前に紹介してもらえばよかったと思うくらいだ。一度くらい抱けるチャンスはあったかもしれないのに。
とはいえ、俺はさすがに気まずさを感じて目を反らした。知り合い同士だと想像も生々しい。
「おいこら阿久津、想像すんな。ジョー、いい加減にしろよ」
「いやぁ。想像だけでもなかなかのもんだ。ごちそうさん」
「ええ。俺とマーシーはいいっすけど、ヨーコさん想像したんだったら投げ飛ばしますよ」
笑顔で言うジョーの目は笑ってない。
ヤローを想像して何が楽しい、と口から出かけたが、自分の身の安全を思って喉元に留めた。
細く見えても柔道経験者ーーというのは、マーシーに聞いたんだったか、それとも妻のヨーコさんに聞いたんだったか。
「賑やかやなぁ。そんなところで騒いではったら、邪魔やで」
おっとりとした関西弁に、男三人の動きが止まる。
噂をすればなんとやら。まさかヨーコさんのお出ましとは。
振り向くとそこには橘女史もいた。二人は元同僚だ。妻の姿を目に留めたマーシーが口を開く。
「なんだ、お前も今からランチか」
「マーシーも一緒するか?」
おっとりとしたヨーコさんの笑顔に、
「駄目っ、今日は俺とランチなんですっ」
唇を尖らせたジョーがマーシーの腕に腕を絡める。ヨーコさんはふぅんと首を傾げ、切れ長だが黒目がちな目を、じぃっと夫たるジョーに向けた。
目を見つめるのは彼女の癖だが、それだけで男をソワソワさせるほどの色気がある。
「ペット連れで入れるお店なんて、この辺にあったやろか」
「ペットじゃないです。可愛い後輩ですからっ。ねっ、マーシー?」
「どうでもいいけど訳の分からない夫婦喧嘩に俺を巻き込むのやめろよ」
こんな馬鹿げた絡み方をするカップルもこの夫婦くらいなもんだが、まあ日常である。
俺は我関せずとばかりにさりげなーくその場を離れようと足を進めかけたが、思わぬ方向から腕をがっちりと掴まれ、嫌な予感に眉を寄せた。
振り向くとそこには、目をキラキラと輝かせた橘女史が立っている。
「で、阿久津。その後どう?あの子とは」
「あの子ぉ?」
ジョーがマーシーの腕を取ったまま首を傾げ、ヨーコさんを見やる。ヨーコさんも変わらぬ微笑をたたえたまま首を傾げた。
この、似たもの夫婦。
似てるから夫婦になるのか、夫婦になったから似ているのかは分からないが、そんなことは今関係ない。
勘弁しろよ。
嫌な予感に、俺は心中で毒づいた。
「なーんか、楽しそう。聞かせてくださいよ、センパイ」
ジョーがマーシーから離れて俺に一歩近づいた。
都合のいいときだけセンパイなんて呼びやがって。お前に尻尾が生えてたらカカトで踏んでやるところだぞ、この大型犬。
思いはするが、結局自分の身可愛さに口には出せない俺だった。
数日後、ランチタイムに外に出ようとした俺は、一階のロビーでばったりマーシーと会った。
肩を叩いて興味津々で問うて来る。俺はうんざりした顔を向け、何にもねぇよと返した。
あのロリ女は、拍子抜けするほどあっさりと俺たちの関係を勘違いしたらしい。改札口に見かけた姿は、この一週間ぱったりと途絶えている。
それはそれで不満にも思えるがーーまあ、相手がコイツだから信じたのかもしれない、と思っておく。
「なーんだ」
つまらなそうなマーシーは、言って肩をすくめて見せた。
「実はお前も寂しかったりして?」
「ざけんな」
マーシーは笑って、俺の肩に腕を乗せた。
「協力してやったんだから、ランチくらいおごらせてやってもいいぜ」
耳元で囁くように言うのは、わざとだろう。
後ろから、あーっと賑やかな声がした。振り向くと、マーシーの後輩にあたる事業部の安田丈が立っている。
長身に短髪、くるりと大きな目は少年のようだが、もう三十も半ばにさしかかる年頃のはずだ。昔から雰囲気が変わらない。
「何ですか何ですか、二人ともいい仲になっちゃったんですか」
「やめろジョー」
うんざりした声で俺が言うと、マーシーはけらけら笑った。
「俺が恋人役してやったんだよ」
「うっわマジっすか。貴重ぉー」
「てめぇマーシー」
裏切り者め。心中毒づきながら、ぎりっと奥歯を噛み締め睨むが、マーシーはどこ吹く風だ。
「えー、いいじゃないっすか。マーシーだったら俺抱かれてもいいっすよ。新しい世界が開けるかもしれない」
「お前それマジでキモいから止めろ」
あっけらかんと言う後輩に、マーシーはさすが心底嫌そうな顔を向けた。
「キモいとかひどいなぁ。俺、結婚前から言ってるじゃないですか」
「だからこそキモい。お前何なの。変なことに研究熱心なのやめてくれる。どうせなら仕事に熱心になれよ」
「日々の充実に性生活は大事でしょ。研究熱心にもなりますよ」
この後輩の好色はもはや彼の気質そのものらしい。俺は槍玉に挙げられていたのも忘れて口元を押さえ、笑いを堪えた。マーシーは本気で嫌そうにしている。
「名取さんの前でも言えるのか、それ」
「全然余裕っす。マーシーだったらヨーコさんもウェルカムですよ」
旧姓を名取というヨーコさんは、ジョーの姉さん女房だ。グラマラスな身体つきでなかなかの美人でーー何よりふんだんな色気がある。
ジョーが近づく前に紹介してもらえばよかったと思うくらいだ。一度くらい抱けるチャンスはあったかもしれないのに。
とはいえ、俺はさすがに気まずさを感じて目を反らした。知り合い同士だと想像も生々しい。
「おいこら阿久津、想像すんな。ジョー、いい加減にしろよ」
「いやぁ。想像だけでもなかなかのもんだ。ごちそうさん」
「ええ。俺とマーシーはいいっすけど、ヨーコさん想像したんだったら投げ飛ばしますよ」
笑顔で言うジョーの目は笑ってない。
ヤローを想像して何が楽しい、と口から出かけたが、自分の身の安全を思って喉元に留めた。
細く見えても柔道経験者ーーというのは、マーシーに聞いたんだったか、それとも妻のヨーコさんに聞いたんだったか。
「賑やかやなぁ。そんなところで騒いではったら、邪魔やで」
おっとりとした関西弁に、男三人の動きが止まる。
噂をすればなんとやら。まさかヨーコさんのお出ましとは。
振り向くとそこには橘女史もいた。二人は元同僚だ。妻の姿を目に留めたマーシーが口を開く。
「なんだ、お前も今からランチか」
「マーシーも一緒するか?」
おっとりとしたヨーコさんの笑顔に、
「駄目っ、今日は俺とランチなんですっ」
唇を尖らせたジョーがマーシーの腕に腕を絡める。ヨーコさんはふぅんと首を傾げ、切れ長だが黒目がちな目を、じぃっと夫たるジョーに向けた。
目を見つめるのは彼女の癖だが、それだけで男をソワソワさせるほどの色気がある。
「ペット連れで入れるお店なんて、この辺にあったやろか」
「ペットじゃないです。可愛い後輩ですからっ。ねっ、マーシー?」
「どうでもいいけど訳の分からない夫婦喧嘩に俺を巻き込むのやめろよ」
こんな馬鹿げた絡み方をするカップルもこの夫婦くらいなもんだが、まあ日常である。
俺は我関せずとばかりにさりげなーくその場を離れようと足を進めかけたが、思わぬ方向から腕をがっちりと掴まれ、嫌な予感に眉を寄せた。
振り向くとそこには、目をキラキラと輝かせた橘女史が立っている。
「で、阿久津。その後どう?あの子とは」
「あの子ぉ?」
ジョーがマーシーの腕を取ったまま首を傾げ、ヨーコさんを見やる。ヨーコさんも変わらぬ微笑をたたえたまま首を傾げた。
この、似たもの夫婦。
似てるから夫婦になるのか、夫婦になったから似ているのかは分からないが、そんなことは今関係ない。
勘弁しろよ。
嫌な予感に、俺は心中で毒づいた。
「なーんか、楽しそう。聞かせてくださいよ、センパイ」
ジョーがマーシーから離れて俺に一歩近づいた。
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思いはするが、結局自分の身可愛さに口には出せない俺だった。
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