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第三章 天の川は暴れ川(ヒメ/阿久津交互)
03 謝罪
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阿久津さんと名も知れぬ彼の衝撃のキスシーンから、約一週間が過ぎた。
冷静になろうと思えば思うほどーー私はあの人を夢に見る。二人を夢に見る。
もうほとんど、その人を恋焦がれているのか二人の関係が気になっているのか、分からないほどだ。
ひとまず予備知識が必要なのではないかと思った私は、BL好きの友達に連絡して、オススメの本を数冊借りた。
熱心にあれこれ説明してくれたけどよく分からない。受けがどうとか、攻めがどうとか。
でも、とりあえず借りてきた本の中に、ちょっと二人に近そうな(妄想だけだけど)ものを見つけてしまって、ドキドキしながら読んだりもしてみた。
でも結局、よく分からなかった。まあ、そういうのってあくまでフィクションだもんね。リアルとはまた違うだろう。その友人だって、「ただしイケメンに限る」的なこと言ってたし。
まあ私からしたら、あの二人は友人の趣向にも合うくらいイケメンだと思うけど、それはどうでもいいことだ。
そんな研究熱心な私と裏腹に、日々は淡々と過ぎ、季節は八月も下旬に差し掛かっている。
私は真夏が嫌いだ。
だって、薄着の季節だから。
ただでさえ大きな私の胸は、薄着になると一層目立つ。目立てばそれは標的になる。何のって、もちろん痴漢のだ。
実際に触られることはまれだけれど、視線だけならば頻繁に感じる。視姦、という言葉もあるように、そんなに気持ちのいいものじゃない。
でも、訴えられるものでもないから、ただ我慢するしかない。
制汗剤と汗の臭いが充満する乗車率二百パーセント近い車内は、それだけでうんざりするものだ。その上さらに、気持ち悪い男に見つかると、もう最悪。
私が夏場、特定のドアを利用しないのも、その対策の一つだ。
私はその日、たまたまドア横をゲットできて、少し楽をしていた。椅子席側の角に向かえば、スマホを見ていても邪魔扱いされない。
しかし、そこが一番痴漢に狙われやすいーーと誰かに聞いたことがある、ような気がする。
太ももを探る手に気づいて、私はスマホをいじっていた手を止め、眉を寄せた。
太ももを這う手は、段々と上がって来る。どこから伸びている手だろうとわずかに視線をさ迷わせたが、全然分からない。分からないが、その手は確実に上がって来る。
ぴっ、とひっかかった感じがした。ストッキングが伝染した、と気づく。今日下ろしたばっかりだったのに。ちょっと高めのやつだったのに。悔しい。
思ったとき、車内が揺れた。すみませんと声がして、私の横に伸びた手が、私を囲うようにドアへ着く。
私の太ももをさぐっていた手は、知らない間に引っ込んだ。
片手をつり輪に、片手を私の横のドアに着いた男性の、頭一つ以上高いところにある顔を仰ぎ見て、
「ーーあ」
声が出たとき、男性も私を見下ろし、あ、と言った。
ちょっとだけ気まずそうな顔を背けたその人は、阿久津さんの恋人、と思われる人。
彼は顔を反らしたまま、何か考えているようにときどき私の方へ視線を投げた。
「……あの」
声をかけようとしたとき、駅に着いた。彼は黙って降りていく。私は慌てて後を追った。彼が困惑した顔で振り向く。
「ありがとう、助けてくれて」
私が言ったとき、
「政人」
声がした。
振り向くと、以前、阿久津さんと一緒にいたボブショートの美人さんだ。
向こうも私に気づいて驚いた顔をした。
「あら、あのときのーーどうしたの?」
女性は口元に左手を添えて笑う。薬指にはプラチナリング。
政人、と呼ばれた男性は、左手を首後ろに当てた。
そこにも、似たデザインのプラチナリング。
「……え?」
私はその二つのリングと、二人の微妙に絶妙な距離感に、疑問符を吐き出した。
マサトさん、は嘆息する。
「大人気ないことはするもんじゃないな」
彼が吐き出した言葉の真意を掴みかねて、私は二人の顔を見比べた。
「阿久津に謝っとこ」
「阿久津の前に、謝らなきゃいけない人がいるでしょうに」
唇を尖らせた女性は、私の方を見てニッコリした。
「阿久津は異性愛者で、今はフリーよ。応援してるわ」
はっきりと言う女性の横で、マサトさんは呆れたような顔をする。
「彩乃。お前その短絡的なとこ、良くないと思うぞ」
「あんたはまず謝る!」
ぴしり、と言われて、マサトさんはぐっと喉を鳴らした。
「その……騙してすみませんでした」
「よろしい!」
ふん、と胸を張ったアヤノさんは大変満足げである。
「ええと……」
二人の力関係と共に、おおかた事情を察した私だが、どうフォローしてよいのか分からず、
「とりあえず、三つ巴にはならなそうで安心しました」
私が言うと、彩乃さんが首を傾げる横で、政人さんが盛大に噴き出した。
冷静になろうと思えば思うほどーー私はあの人を夢に見る。二人を夢に見る。
もうほとんど、その人を恋焦がれているのか二人の関係が気になっているのか、分からないほどだ。
ひとまず予備知識が必要なのではないかと思った私は、BL好きの友達に連絡して、オススメの本を数冊借りた。
熱心にあれこれ説明してくれたけどよく分からない。受けがどうとか、攻めがどうとか。
でも、とりあえず借りてきた本の中に、ちょっと二人に近そうな(妄想だけだけど)ものを見つけてしまって、ドキドキしながら読んだりもしてみた。
でも結局、よく分からなかった。まあ、そういうのってあくまでフィクションだもんね。リアルとはまた違うだろう。その友人だって、「ただしイケメンに限る」的なこと言ってたし。
まあ私からしたら、あの二人は友人の趣向にも合うくらいイケメンだと思うけど、それはどうでもいいことだ。
そんな研究熱心な私と裏腹に、日々は淡々と過ぎ、季節は八月も下旬に差し掛かっている。
私は真夏が嫌いだ。
だって、薄着の季節だから。
ただでさえ大きな私の胸は、薄着になると一層目立つ。目立てばそれは標的になる。何のって、もちろん痴漢のだ。
実際に触られることはまれだけれど、視線だけならば頻繁に感じる。視姦、という言葉もあるように、そんなに気持ちのいいものじゃない。
でも、訴えられるものでもないから、ただ我慢するしかない。
制汗剤と汗の臭いが充満する乗車率二百パーセント近い車内は、それだけでうんざりするものだ。その上さらに、気持ち悪い男に見つかると、もう最悪。
私が夏場、特定のドアを利用しないのも、その対策の一つだ。
私はその日、たまたまドア横をゲットできて、少し楽をしていた。椅子席側の角に向かえば、スマホを見ていても邪魔扱いされない。
しかし、そこが一番痴漢に狙われやすいーーと誰かに聞いたことがある、ような気がする。
太ももを探る手に気づいて、私はスマホをいじっていた手を止め、眉を寄せた。
太ももを這う手は、段々と上がって来る。どこから伸びている手だろうとわずかに視線をさ迷わせたが、全然分からない。分からないが、その手は確実に上がって来る。
ぴっ、とひっかかった感じがした。ストッキングが伝染した、と気づく。今日下ろしたばっかりだったのに。ちょっと高めのやつだったのに。悔しい。
思ったとき、車内が揺れた。すみませんと声がして、私の横に伸びた手が、私を囲うようにドアへ着く。
私の太ももをさぐっていた手は、知らない間に引っ込んだ。
片手をつり輪に、片手を私の横のドアに着いた男性の、頭一つ以上高いところにある顔を仰ぎ見て、
「ーーあ」
声が出たとき、男性も私を見下ろし、あ、と言った。
ちょっとだけ気まずそうな顔を背けたその人は、阿久津さんの恋人、と思われる人。
彼は顔を反らしたまま、何か考えているようにときどき私の方へ視線を投げた。
「……あの」
声をかけようとしたとき、駅に着いた。彼は黙って降りていく。私は慌てて後を追った。彼が困惑した顔で振り向く。
「ありがとう、助けてくれて」
私が言ったとき、
「政人」
声がした。
振り向くと、以前、阿久津さんと一緒にいたボブショートの美人さんだ。
向こうも私に気づいて驚いた顔をした。
「あら、あのときのーーどうしたの?」
女性は口元に左手を添えて笑う。薬指にはプラチナリング。
政人、と呼ばれた男性は、左手を首後ろに当てた。
そこにも、似たデザインのプラチナリング。
「……え?」
私はその二つのリングと、二人の微妙に絶妙な距離感に、疑問符を吐き出した。
マサトさん、は嘆息する。
「大人気ないことはするもんじゃないな」
彼が吐き出した言葉の真意を掴みかねて、私は二人の顔を見比べた。
「阿久津に謝っとこ」
「阿久津の前に、謝らなきゃいけない人がいるでしょうに」
唇を尖らせた女性は、私の方を見てニッコリした。
「阿久津は異性愛者で、今はフリーよ。応援してるわ」
はっきりと言う女性の横で、マサトさんは呆れたような顔をする。
「彩乃。お前その短絡的なとこ、良くないと思うぞ」
「あんたはまず謝る!」
ぴしり、と言われて、マサトさんはぐっと喉を鳴らした。
「その……騙してすみませんでした」
「よろしい!」
ふん、と胸を張ったアヤノさんは大変満足げである。
「ええと……」
二人の力関係と共に、おおかた事情を察した私だが、どうフォローしてよいのか分からず、
「とりあえず、三つ巴にはならなそうで安心しました」
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