素直になれない眠り姫

松丹子

文字の大きさ
33 / 49
第2章 王子様は低空飛行

11

しおりを挟む
 不意に、蘇った。
 高校1年、4月。
 入部する部活を決めるために、1週間の部活体験があった。
 入学する前から吹奏楽部と決めていた私は、1週間、吹奏楽部に通い続けるつもりだったのだけど、提示された教室が分からず、迷って校内をうろついていた。
 もう部活開始の時間になって、落ち着かずに足早に歩いていると、曲がり角で男子生徒とぶつかりそうになった。

「す、すみません」
「いや」

 私はその男子を見上げて、怒らせたかなと不安になった。学ランの首元についた校章は、私と同じ学年色だ。事情を話せば許してもらえるかと、口早に話す。

「あ、あの。部活見学行こうとしてて、教室分からなくて急いでて」
「ああ、そう」

 男子の答えは淡々としていた。表情も全然、変わらない。

 ……なに、こいつ。

 なんだかもやっとした。私が歩み寄りを示したら、どんな人もにこやかに接してくれるものだと思っていた。今まではほとんどそうだったからだ。

「……で、俺もう行っていいの?」

 男子はそう言って、吊り上がった目で私を見下ろした。
 いらっとした。

「別に、足止めしたつもりはーー」

 ぷわぁああん

 空気を震わせる、管楽器の音が聞こえた。
 私ははっとして、音の出る方を探し左右を見渡す。
 音は反響していて、どこから聞こえてくるのか、はっきり分からない。

「……吹部?」
「え?」
「見学したい部活って」

 管楽器の音にかき消されそうな男子の声が、私に尋ねる。

「う、うん」

 私はこくりと頷いた。

「こっち」

 男子はくるりと私に背を向け、歩き出す。私は混乱した。

「え、あの」
「さっき、集まってんの見た」

 スタスタと歩いて行って、角を曲がり、廊下から窓の外を指さす。

 --中庭?

「あれだろ。お前がやりたいの」

 男子はそう言って、少しだけ笑ったように見えた。

 ***

「……愛里?」
「え、あ。ごめん」

 純の声に我に返って、顔を上げた。

「考え事?」
「うん、まあ……」

 頷き、苦笑する。
 ずっと、気になっていたのだ。
 思い出そうとして、思い出せなくて。

「……なんか、初めて、曽根に会ったときのこと、いきなり思い出して」
「えー」

 純は笑った。

「あれでしょ。曽根って、部活見学の場所に連れてってくれたって言ってたよね」
「え、なに、純、覚えてるの?」

 私が混乱気味に尋ねると、純は笑いながら頷いた。

「だってさ、案内してくれたって言うわりに、愛里ってば全然感謝してないんだもん。むしろ『ちょっとくらい笑ってもバチはあたんないと思うんだけど!』って怒ってたじゃん」

 笑う純の一方で、自分の頬が赤くなったことに気づく。
 多分、あのときの私は、知らなかったんだ。表面上の優しさと、本当の優しさは全然別のところにあるってことを。

「でも確かにそうだなって思ったけどね。小太鼓で一緒だったじゃん、曽根と私。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、なんかこー言い方が乱暴っていうか。端的に言うのよね。そんで人の感情逆撫ですんの。フォローすんの大変だったわ」

 それは分かる気がした。今の私と曽根のやりとりをしても同じようなものだ。
 私の顔ににじんだ苦笑を見て、純が首を傾げる。

「曽根、元気にやってんの? まさか百貨店員なんて、最初聞いたときには信じらんなかったんだけど。ていうか今も信じらんないよ。学ランだって着るの嫌がってて、スーツなんて毛嫌いしてるし……私服もほんとテキトーじゃん? ちゃんとすれば、それなりに見えるだろうにさぁ。愛里はほら、サービス業向いてそうだけど、曽根は」
「そうだよね。仕事してるとこ見たことはないから、よく分かんないけど……あいつの先輩いわく、それなりになってきたって」
「それなり、ねぇ。ま、せっかく大学でコミュニケーション学んだんなら、しっかり生かしなさいよって感じよね」

 話が曽根のことになって、少しほっとしたけれど、聞いたことのない情報に首を傾げた。

「コミュニケーション?」
「そうだよ。大学の専攻。知らない? 笑っちゃうよね」

 純がくつくつ笑う。

「あれじゃないの。愛里が言ったからじゃない。『曽根が学ばなきゃいけないのはコミュニケーションでしょ』って」
「え」

 私はまたしてもうろたえる。

「い……言ったっけ」
「言ったよ。みんなでほら、進路どーする、って話してるときに」
「い……えぇ……」

 覚えてない。言ったかもしれない。言ったと言われて、否定はできない。当時の私なら言いそうだ。何も考えずに笑って。
 再び自己嫌悪が沸いてくる。なんでこう、責任をもった発言ができないんだろう。子どもじゃあるまいし……いや、あのときはまだ子どもだったのか。

「でも、笑えたよなぁ。愛里と曽根のやりとりは」

 懐かしそうに、純が言った。
 私は困り顔で純を見つめる。
 全然、覚えてないけれど、純の中には私と曽根の思い出があるらしい。

 なんだか、もったいないことをした。
 高校の思い出といえば、”小川先輩”を追いかけていたことばかりで。

 一緒に、過ごしていたのに。
 曽根とも。

 ……思い出したい、な。

 そうしたら少しは、取り戻せるだろうか。
 曽根との時間も。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...