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第2章 王子様は低空飛行
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不意に、蘇った。
高校1年、4月。
入部する部活を決めるために、1週間の部活体験があった。
入学する前から吹奏楽部と決めていた私は、1週間、吹奏楽部に通い続けるつもりだったのだけど、提示された教室が分からず、迷って校内をうろついていた。
もう部活開始の時間になって、落ち着かずに足早に歩いていると、曲がり角で男子生徒とぶつかりそうになった。
「す、すみません」
「いや」
私はその男子を見上げて、怒らせたかなと不安になった。学ランの首元についた校章は、私と同じ学年色だ。事情を話せば許してもらえるかと、口早に話す。
「あ、あの。部活見学行こうとしてて、教室分からなくて急いでて」
「ああ、そう」
男子の答えは淡々としていた。表情も全然、変わらない。
……なに、こいつ。
なんだかもやっとした。私が歩み寄りを示したら、どんな人もにこやかに接してくれるものだと思っていた。今まではほとんどそうだったからだ。
「……で、俺もう行っていいの?」
男子はそう言って、吊り上がった目で私を見下ろした。
いらっとした。
「別に、足止めしたつもりはーー」
ぷわぁああん
空気を震わせる、管楽器の音が聞こえた。
私ははっとして、音の出る方を探し左右を見渡す。
音は反響していて、どこから聞こえてくるのか、はっきり分からない。
「……吹部?」
「え?」
「見学したい部活って」
管楽器の音にかき消されそうな男子の声が、私に尋ねる。
「う、うん」
私はこくりと頷いた。
「こっち」
男子はくるりと私に背を向け、歩き出す。私は混乱した。
「え、あの」
「さっき、集まってんの見た」
スタスタと歩いて行って、角を曲がり、廊下から窓の外を指さす。
--中庭?
「あれだろ。お前がやりたいの」
男子はそう言って、少しだけ笑ったように見えた。
***
「……愛里?」
「え、あ。ごめん」
純の声に我に返って、顔を上げた。
「考え事?」
「うん、まあ……」
頷き、苦笑する。
ずっと、気になっていたのだ。
思い出そうとして、思い出せなくて。
「……なんか、初めて、曽根に会ったときのこと、いきなり思い出して」
「えー」
純は笑った。
「あれでしょ。曽根って、部活見学の場所に連れてってくれたって言ってたよね」
「え、なに、純、覚えてるの?」
私が混乱気味に尋ねると、純は笑いながら頷いた。
「だってさ、案内してくれたって言うわりに、愛里ってば全然感謝してないんだもん。むしろ『ちょっとくらい笑ってもバチはあたんないと思うんだけど!』って怒ってたじゃん」
笑う純の一方で、自分の頬が赤くなったことに気づく。
多分、あのときの私は、知らなかったんだ。表面上の優しさと、本当の優しさは全然別のところにあるってことを。
「でも確かにそうだなって思ったけどね。小太鼓で一緒だったじゃん、曽根と私。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、なんかこー言い方が乱暴っていうか。端的に言うのよね。そんで人の感情逆撫ですんの。フォローすんの大変だったわ」
それは分かる気がした。今の私と曽根のやりとりをしても同じようなものだ。
私の顔ににじんだ苦笑を見て、純が首を傾げる。
「曽根、元気にやってんの? まさか百貨店員なんて、最初聞いたときには信じらんなかったんだけど。ていうか今も信じらんないよ。学ランだって着るの嫌がってて、スーツなんて毛嫌いしてるし……私服もほんとテキトーじゃん? ちゃんとすれば、それなりに見えるだろうにさぁ。愛里はほら、サービス業向いてそうだけど、曽根は」
「そうだよね。仕事してるとこ見たことはないから、よく分かんないけど……あいつの先輩いわく、それなりになってきたって」
「それなり、ねぇ。ま、せっかく大学でコミュニケーション学んだんなら、しっかり生かしなさいよって感じよね」
話が曽根のことになって、少しほっとしたけれど、聞いたことのない情報に首を傾げた。
「コミュニケーション?」
「そうだよ。大学の専攻。知らない? 笑っちゃうよね」
純がくつくつ笑う。
「あれじゃないの。愛里が言ったからじゃない。『曽根が学ばなきゃいけないのはコミュニケーションでしょ』って」
「え」
私はまたしてもうろたえる。
「い……言ったっけ」
「言ったよ。みんなでほら、進路どーする、って話してるときに」
「い……えぇ……」
覚えてない。言ったかもしれない。言ったと言われて、否定はできない。当時の私なら言いそうだ。何も考えずに笑って。
再び自己嫌悪が沸いてくる。なんでこう、責任をもった発言ができないんだろう。子どもじゃあるまいし……いや、あのときはまだ子どもだったのか。
「でも、笑えたよなぁ。愛里と曽根のやりとりは」
懐かしそうに、純が言った。
私は困り顔で純を見つめる。
全然、覚えてないけれど、純の中には私と曽根の思い出があるらしい。
なんだか、もったいないことをした。
高校の思い出といえば、”小川先輩”を追いかけていたことばかりで。
一緒に、過ごしていたのに。
曽根とも。
……思い出したい、な。
そうしたら少しは、取り戻せるだろうか。
曽根との時間も。
高校1年、4月。
入部する部活を決めるために、1週間の部活体験があった。
入学する前から吹奏楽部と決めていた私は、1週間、吹奏楽部に通い続けるつもりだったのだけど、提示された教室が分からず、迷って校内をうろついていた。
もう部活開始の時間になって、落ち着かずに足早に歩いていると、曲がり角で男子生徒とぶつかりそうになった。
「す、すみません」
「いや」
私はその男子を見上げて、怒らせたかなと不安になった。学ランの首元についた校章は、私と同じ学年色だ。事情を話せば許してもらえるかと、口早に話す。
「あ、あの。部活見学行こうとしてて、教室分からなくて急いでて」
「ああ、そう」
男子の答えは淡々としていた。表情も全然、変わらない。
……なに、こいつ。
なんだかもやっとした。私が歩み寄りを示したら、どんな人もにこやかに接してくれるものだと思っていた。今まではほとんどそうだったからだ。
「……で、俺もう行っていいの?」
男子はそう言って、吊り上がった目で私を見下ろした。
いらっとした。
「別に、足止めしたつもりはーー」
ぷわぁああん
空気を震わせる、管楽器の音が聞こえた。
私ははっとして、音の出る方を探し左右を見渡す。
音は反響していて、どこから聞こえてくるのか、はっきり分からない。
「……吹部?」
「え?」
「見学したい部活って」
管楽器の音にかき消されそうな男子の声が、私に尋ねる。
「う、うん」
私はこくりと頷いた。
「こっち」
男子はくるりと私に背を向け、歩き出す。私は混乱した。
「え、あの」
「さっき、集まってんの見た」
スタスタと歩いて行って、角を曲がり、廊下から窓の外を指さす。
--中庭?
「あれだろ。お前がやりたいの」
男子はそう言って、少しだけ笑ったように見えた。
***
「……愛里?」
「え、あ。ごめん」
純の声に我に返って、顔を上げた。
「考え事?」
「うん、まあ……」
頷き、苦笑する。
ずっと、気になっていたのだ。
思い出そうとして、思い出せなくて。
「……なんか、初めて、曽根に会ったときのこと、いきなり思い出して」
「えー」
純は笑った。
「あれでしょ。曽根って、部活見学の場所に連れてってくれたって言ってたよね」
「え、なに、純、覚えてるの?」
私が混乱気味に尋ねると、純は笑いながら頷いた。
「だってさ、案内してくれたって言うわりに、愛里ってば全然感謝してないんだもん。むしろ『ちょっとくらい笑ってもバチはあたんないと思うんだけど!』って怒ってたじゃん」
笑う純の一方で、自分の頬が赤くなったことに気づく。
多分、あのときの私は、知らなかったんだ。表面上の優しさと、本当の優しさは全然別のところにあるってことを。
「でも確かにそうだなって思ったけどね。小太鼓で一緒だったじゃん、曽根と私。あいつ、悪い奴じゃないんだけど、なんかこー言い方が乱暴っていうか。端的に言うのよね。そんで人の感情逆撫ですんの。フォローすんの大変だったわ」
それは分かる気がした。今の私と曽根のやりとりをしても同じようなものだ。
私の顔ににじんだ苦笑を見て、純が首を傾げる。
「曽根、元気にやってんの? まさか百貨店員なんて、最初聞いたときには信じらんなかったんだけど。ていうか今も信じらんないよ。学ランだって着るの嫌がってて、スーツなんて毛嫌いしてるし……私服もほんとテキトーじゃん? ちゃんとすれば、それなりに見えるだろうにさぁ。愛里はほら、サービス業向いてそうだけど、曽根は」
「そうだよね。仕事してるとこ見たことはないから、よく分かんないけど……あいつの先輩いわく、それなりになってきたって」
「それなり、ねぇ。ま、せっかく大学でコミュニケーション学んだんなら、しっかり生かしなさいよって感じよね」
話が曽根のことになって、少しほっとしたけれど、聞いたことのない情報に首を傾げた。
「コミュニケーション?」
「そうだよ。大学の専攻。知らない? 笑っちゃうよね」
純がくつくつ笑う。
「あれじゃないの。愛里が言ったからじゃない。『曽根が学ばなきゃいけないのはコミュニケーションでしょ』って」
「え」
私はまたしてもうろたえる。
「い……言ったっけ」
「言ったよ。みんなでほら、進路どーする、って話してるときに」
「い……えぇ……」
覚えてない。言ったかもしれない。言ったと言われて、否定はできない。当時の私なら言いそうだ。何も考えずに笑って。
再び自己嫌悪が沸いてくる。なんでこう、責任をもった発言ができないんだろう。子どもじゃあるまいし……いや、あのときはまだ子どもだったのか。
「でも、笑えたよなぁ。愛里と曽根のやりとりは」
懐かしそうに、純が言った。
私は困り顔で純を見つめる。
全然、覚えてないけれど、純の中には私と曽根の思い出があるらしい。
なんだか、もったいないことをした。
高校の思い出といえば、”小川先輩”を追いかけていたことばかりで。
一緒に、過ごしていたのに。
曽根とも。
……思い出したい、な。
そうしたら少しは、取り戻せるだろうか。
曽根との時間も。
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