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.第4章 可愛い彼女の愛し方
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「……そうですか、新年会で話して、バレンタインデーで初デート、その日からおつき合い……」
部下三人と入った居酒屋では、掘りごたつの机席に通された。
ビールを一杯二杯と空けつつ、嵐志の話を聞き出した部下たちはしみじみとうなずいている。
「そうか……バレンタインデーのお誘いをオッケーするって……」
「それもチョコ持参って……」
「原田さんも元から、課長のことを……うっ……」
「泣くな……お前の気持ちは分かるが原田さんの幸せを祈ってやれ」
「そうだ……あの笑顔が俺たちを支えてくれるんじゃないか」
部下たちが口々に互いを慰め合っているのを横目に、嵐志はちびちびとビールを口にした。
やたらと総務に行きたがる奴らだと呆れていたが、営業はヤロー中心だ。癒しに飢えていた彼らにとって、菜摘とやりとりする時間は憩いのひとときだったらしい。
「……でも課長、あんなに俺らがかわいいって騒いでても、興味ないって言ってたのに……」
「それは……その、すまん」
恨み言は確かに事実だ。反論もできない。
一応、嵐志なりの事情はあるのだが、そこは素直に謝ると、ため息が返ってきた。
「でも、課長みたいなイケメンが相手じゃ勝ち目がないもんなぁ。顔よし声よし頭よし、仕事もできて人望もあって……そりゃ惚れるよなぁ」
「そうだなぁ……俺が女でも惚れるわ……」
「傷付かずに済んでよかったのかもしれないな……」
――お前ら、どんだけ俺のことが好きなんだ。
思わずつっこみたくなるが、どこか遠い目をする部下たちが切ない。
色んな意味での居心地の悪さに、嵐志が座り直したとき、後ろに置いていた鞄が倒れた。
鞄の中から、白い紙袋が転がり落ちる。嵐志が鞄を拾い上げる横で、部下のひとりがそれを手にした。
「課長、なんか落ちましたよ」
「え? ああ……」
翠からもらった「プレゼント」だ。すっかり忘れかけていた。
部下から紙袋を受け取りながら、いったい何なのだろうと首を傾げる。
大きさのわりには軽い。
手にした部下も、重さが気になったのだろう。首を傾げて問うてきた。
「彼女へのプレゼントとかですか?」
「いや……翠にもらったから、何なのか分からない」
「――百合岡秘書に!?」
またしても、部下三人の目が輝く。それは間違いなく、憧れの女性への好奇心だ。
今の今まで菜摘への想いを語っていたはずなのに、翠は別腹ということか。
まるで少年のような目で「開けてみてください」と懇願されて、嵐志は仕方なく紙袋を開け――
速攻で閉じた。
「いや、待ってくださいよなんですかなんなんですか」
「うわ、もしかして原田さんという彼女がいながら、百合岡さんからラブレターもらっちゃった的な!?」
「ひゅーひゅー、いいですよねぇ色男は!」
「ち、違う。そんなんじゃない!」
「じゃあなんなんすか」
口早になる部下たちの目が据わっている。嵐志は口を開いては閉じ、開いては閉じて、深々とため息をついた。
変にあれこれ言ったところで、誤解を招くだけだろう。
――ったく、あの女狐め!
内心翠に毒づきつつ、紙袋を差し出した。
「……こういうのが好きな奴がいるなら持ってけ」
「えぇ?」
紙袋を差し出され、部下たちは顔を見合わせた。
ひとりがおずおずと紙袋を受け取り、中を見る。
とたんに、頬を紅潮させて「ぅわっ」と中身を引き出した。
「こっ、これ、下着ですか?」
「キャミソール?」
「いや、ベビードールだろ」
「やっべ、こんなキレーなの初めて見た」
「こんなん、触ってもいいんですか」
まるで男子高校生のようなはしゃぎようだ。
翠と浮気かと言われかねない状況だが、ふわふわひらひらの白いデザインは、どう考えても翠が身につけるようなものではない。
むしろ――
「課長」
不意に真剣な顔をした部下たちが、ずずいとそれを押し返してきた。
「これは、課長が持って行くべきです」
「な、なんで――」
部下の声のトーンが無駄にマジすぎる。
嵐志も若干引き気味だ。
部下たちの懇願するような目が、真っ直ぐ嵐志に向いた。
「こんな、どう見ても原田さんに似合いそうなものを、俺たちがもらうわけには行きません……!」
「そうです……! 課長が持ち帰って、ぜひ原田さんに……!」
「そうです、ぜひ……! 俺たちは妄想で我慢しますから……!」
好き勝手言う部下たちに、思わず「妄想するな! 人の彼女の下着姿なんか!」とツッコミを入れる。
「まったく……どいつもこいつも……」
深々とため息をついて、額を押さえた。なんだか頭が痛いような気がする。
「だいたい、仕事がこんなじゃ、俺だって次いつ会えるか分かったもんじゃ……」
うんざりして、思わず口を突いて出たのは愚痴めいた本音だった。
「――分かりました!」
突然大きくうなずいた部下たちは、拳を作って声を張った。
「俺たち、ちゃんと独り立ちします!!」
「だから、課長は彼女との時間を優先してください!」
「原田さんと課長の幸せは、俺たちが守ります!」
うんうんとうなずき合った部下たちは、不意に涙ぐみながら続けた。
「俺たちは……このベビードールを着た原田さんを見た感想を……ひとことでも恵んでくださればもうそれでっ……!」
「なに泣いてんだ! どこに涙ぐむ要素がある!?」
酔うほど飲んではいないはずだ。嵐志が呆れるが部下たちは聞きもしない。
「原田さんの笑顔を守るのは俺たちだ!」
「そうだ!!」
「課長と原田さんの幸せな未来を願って!!」
再びジョッキを掲げて、勝手に「カンパイ!」と重ねる。
「そんなことなら、もっと早くやる気出して欲しかったんだけどな……」
苦笑して呟くが、嵐志の幸せを願う部下たちの気持ちに嘘はないとは察している。
まるで弟に応援されているようなむずがゆい喜びを感じていたが、「原田さんのベビードール姿に乾杯!」と聞こえるや、部下の頭を小突いた。
部下三人と入った居酒屋では、掘りごたつの机席に通された。
ビールを一杯二杯と空けつつ、嵐志の話を聞き出した部下たちはしみじみとうなずいている。
「そうか……バレンタインデーのお誘いをオッケーするって……」
「それもチョコ持参って……」
「原田さんも元から、課長のことを……うっ……」
「泣くな……お前の気持ちは分かるが原田さんの幸せを祈ってやれ」
「そうだ……あの笑顔が俺たちを支えてくれるんじゃないか」
部下たちが口々に互いを慰め合っているのを横目に、嵐志はちびちびとビールを口にした。
やたらと総務に行きたがる奴らだと呆れていたが、営業はヤロー中心だ。癒しに飢えていた彼らにとって、菜摘とやりとりする時間は憩いのひとときだったらしい。
「……でも課長、あんなに俺らがかわいいって騒いでても、興味ないって言ってたのに……」
「それは……その、すまん」
恨み言は確かに事実だ。反論もできない。
一応、嵐志なりの事情はあるのだが、そこは素直に謝ると、ため息が返ってきた。
「でも、課長みたいなイケメンが相手じゃ勝ち目がないもんなぁ。顔よし声よし頭よし、仕事もできて人望もあって……そりゃ惚れるよなぁ」
「そうだなぁ……俺が女でも惚れるわ……」
「傷付かずに済んでよかったのかもしれないな……」
――お前ら、どんだけ俺のことが好きなんだ。
思わずつっこみたくなるが、どこか遠い目をする部下たちが切ない。
色んな意味での居心地の悪さに、嵐志が座り直したとき、後ろに置いていた鞄が倒れた。
鞄の中から、白い紙袋が転がり落ちる。嵐志が鞄を拾い上げる横で、部下のひとりがそれを手にした。
「課長、なんか落ちましたよ」
「え? ああ……」
翠からもらった「プレゼント」だ。すっかり忘れかけていた。
部下から紙袋を受け取りながら、いったい何なのだろうと首を傾げる。
大きさのわりには軽い。
手にした部下も、重さが気になったのだろう。首を傾げて問うてきた。
「彼女へのプレゼントとかですか?」
「いや……翠にもらったから、何なのか分からない」
「――百合岡秘書に!?」
またしても、部下三人の目が輝く。それは間違いなく、憧れの女性への好奇心だ。
今の今まで菜摘への想いを語っていたはずなのに、翠は別腹ということか。
まるで少年のような目で「開けてみてください」と懇願されて、嵐志は仕方なく紙袋を開け――
速攻で閉じた。
「いや、待ってくださいよなんですかなんなんですか」
「うわ、もしかして原田さんという彼女がいながら、百合岡さんからラブレターもらっちゃった的な!?」
「ひゅーひゅー、いいですよねぇ色男は!」
「ち、違う。そんなんじゃない!」
「じゃあなんなんすか」
口早になる部下たちの目が据わっている。嵐志は口を開いては閉じ、開いては閉じて、深々とため息をついた。
変にあれこれ言ったところで、誤解を招くだけだろう。
――ったく、あの女狐め!
内心翠に毒づきつつ、紙袋を差し出した。
「……こういうのが好きな奴がいるなら持ってけ」
「えぇ?」
紙袋を差し出され、部下たちは顔を見合わせた。
ひとりがおずおずと紙袋を受け取り、中を見る。
とたんに、頬を紅潮させて「ぅわっ」と中身を引き出した。
「こっ、これ、下着ですか?」
「キャミソール?」
「いや、ベビードールだろ」
「やっべ、こんなキレーなの初めて見た」
「こんなん、触ってもいいんですか」
まるで男子高校生のようなはしゃぎようだ。
翠と浮気かと言われかねない状況だが、ふわふわひらひらの白いデザインは、どう考えても翠が身につけるようなものではない。
むしろ――
「課長」
不意に真剣な顔をした部下たちが、ずずいとそれを押し返してきた。
「これは、課長が持って行くべきです」
「な、なんで――」
部下の声のトーンが無駄にマジすぎる。
嵐志も若干引き気味だ。
部下たちの懇願するような目が、真っ直ぐ嵐志に向いた。
「こんな、どう見ても原田さんに似合いそうなものを、俺たちがもらうわけには行きません……!」
「そうです……! 課長が持ち帰って、ぜひ原田さんに……!」
「そうです、ぜひ……! 俺たちは妄想で我慢しますから……!」
好き勝手言う部下たちに、思わず「妄想するな! 人の彼女の下着姿なんか!」とツッコミを入れる。
「まったく……どいつもこいつも……」
深々とため息をついて、額を押さえた。なんだか頭が痛いような気がする。
「だいたい、仕事がこんなじゃ、俺だって次いつ会えるか分かったもんじゃ……」
うんざりして、思わず口を突いて出たのは愚痴めいた本音だった。
「――分かりました!」
突然大きくうなずいた部下たちは、拳を作って声を張った。
「俺たち、ちゃんと独り立ちします!!」
「だから、課長は彼女との時間を優先してください!」
「原田さんと課長の幸せは、俺たちが守ります!」
うんうんとうなずき合った部下たちは、不意に涙ぐみながら続けた。
「俺たちは……このベビードールを着た原田さんを見た感想を……ひとことでも恵んでくださればもうそれでっ……!」
「なに泣いてんだ! どこに涙ぐむ要素がある!?」
酔うほど飲んではいないはずだ。嵐志が呆れるが部下たちは聞きもしない。
「原田さんの笑顔を守るのは俺たちだ!」
「そうだ!!」
「課長と原田さんの幸せな未来を願って!!」
再びジョッキを掲げて、勝手に「カンパイ!」と重ねる。
「そんなことなら、もっと早くやる気出して欲しかったんだけどな……」
苦笑して呟くが、嵐志の幸せを願う部下たちの気持ちに嘘はないとは察している。
まるで弟に応援されているようなむずがゆい喜びを感じていたが、「原田さんのベビードール姿に乾杯!」と聞こえるや、部下の頭を小突いた。
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