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.第4章 可愛い彼女の愛し方
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この一ヶ月、嵐志はそれまで以上に、仕事に張り合いを感じていた。
それまでの部下たちがサボっていたとも思わないが、やはり「主体的に考える」ということは少なかったのだろう。
当人たちの宣言以降、自分から率先して考え、動くようになったのが分かった。
「神南さんにばかり甘えてられませんから!」と、今まで嵐志が引き受けていた社内の細々した報告なども積極的に関わってくれている。
そうなると、元が世話焼き気質の嵐志だ。成長していく部下たちを見ているのが嬉しくて、ついつい、あれこれと仕事を教えたくなる。
資料のクオリティを上げるべく一緒に首をひねったり、出張に同伴したりと慌ただしい日々を過ごしていた。
菜摘のことも気にならないわけではなかったが、二、三日に一度は電話かメッセージでやりとりしていた。嵐志の胸には、菜摘が言ってくれた「待ってます」がまるでお守りのように残っていたのだ。
大丈夫。菜摘は待っていてくれる。
そう思えると、一層仕事に熱中できるのだった。
その金曜の夜も、部下たちとともに残業しているところだった。
「課長、帰らなくていいんすかー?」と声をかけてきた部下が、不意に話し始めるのが聞こえた。
「こないだ、原田さんが経理の小林に声かけられてるの見ちゃいましたよ」
パソコンに向いていた意識が、思わずそちらへ向いた。
部下の一人が「え、マジ? どんな」と食い気味に問うている。
嵐志はざわつく心を抑え、淡々と仕事を続けるふりをした。
「なんか、食事に誘ってたっぽいけど、『いいですね。他にはどなたを誘いましょうか』って切り返されてた」
「うっわー、さすが原田さんー」
「天然でばっさりだなぁ」
部下たちが笑う声を聞きながら、内心、嵐志もほっとする。
ふと、カレンダーを見て――そうか、最後に会ったのは一ヶ月前か、とようやく気づいた。
しかも、あの夜はデートした訳でも何でもない。翠に偶然声をかけられ、偶然、近くにいたから合流できた、そんな逢瀬だ。――電話に中断もされたわけだし。
不意に胸に漂ったのは、モヤのような不安だった。
あの夜、菜摘は微笑んで嵐志を送り出してくれた。
あのときは心からの笑顔だと思ったが――本当に、そうだったんだろうか。
女の機微を見破れるほど、自分が敏感でないことは、薄々気づいている。
それでも、信じたかった――あの菜摘の笑顔が嘘ではないと。自分を応援してくれていると――
「課長、早く公言しちゃった方がいいっすよー。原田さん狙ってるやついっぱいいるんですから」
「そーですよ。小林だって、課長がカレシだって聞いたら誘わなかったでしょうし」
「なんせ、俺たちの課長だからなー」
うんうんとうなずき合う部下たちを見て、正直呆れる。ほんとお前ら、どんだけ俺のことが好きなんだ。
「課長とつき合いだしたからか、最近ますます綺麗になってきたもんなー」
「分かる。前まではかわいい系だったのが、綺麗系になってきたっつーか」
「最近、総務に電話するとすぐ原田さん出てくれるんだよな。出張終わりとか、間違ったふりしてそっちにかけて回してもらう」
「なんだそれ、いい手だな」
あらぬ方向に行こうとする会話を、嵐志のひと睨みで終わらせる。
そのとき、ジャケットの胸ポケットでスマホが揺れた。
「……ちょっと電話」
「あっ、原田さんっ?」
「違う」
声をかけて廊下に出る。見れば翠からの着信だった。
昼休み、翠から連絡があったことを思い出す。【仕事、もうそろそろ落ち着くでしょ? 業後、こないだのバーに集合】というやつだ。
行かない、と答えた嵐志に、翠からはすぐ返事があった。
【あらー。そんなこと言っていいのかしらー?】
そんな、含みのある文面だったが、翠に関わってもろくなことはないと経験上知っている。
既読スルーを決め込んでいたわけだが――
怪訝に思いながら、受話ボタンを押す。もしもし、という翠の声を聞いて、ため息をついた。
「なんだよ。飲み会の誘いなら今日は断っ……」
『嵐志くん。今、まだ会社?』
「……そうだけど」
翠の口調はなにやら神妙だ。物珍しさに、嵐志の疑問は深まる。
『あのね……例のバーまで来れない?』
「今から?」
呆れて、ふざけるなと言いかけたが、次の言葉に動きを止めた。
『うん。実は……菜摘ちゃんが』
嵐志は危うく、スマホを取り落としそうになった。
苛立ちながら、分かったと答える。
「今から行く。すぐに行く。――それ以上飲ませるなよ、絶対」
翠から『分かった』という返事が聞こえたのを確認してから電話を切る。
デスクに戻ると、「悪い、今日はもう帰る」と声をかけた。
部下たちは顔を上げた。なぜかその目が輝いている。
「お疲れさまです!」
「あとは俺たちで片付けますから!」
「週末も、ゆっくりしてくださいね!」
溌剌とした口調の部下たちに、軽く手を挙げ返してカバンを手にした。
この二週間で、ずいぶん、頼り甲斐のある部下たちになった。
――だからこそ、今は――
嵐志は靴音を立てて、夜の街へ走り出した。
それまでの部下たちがサボっていたとも思わないが、やはり「主体的に考える」ということは少なかったのだろう。
当人たちの宣言以降、自分から率先して考え、動くようになったのが分かった。
「神南さんにばかり甘えてられませんから!」と、今まで嵐志が引き受けていた社内の細々した報告なども積極的に関わってくれている。
そうなると、元が世話焼き気質の嵐志だ。成長していく部下たちを見ているのが嬉しくて、ついつい、あれこれと仕事を教えたくなる。
資料のクオリティを上げるべく一緒に首をひねったり、出張に同伴したりと慌ただしい日々を過ごしていた。
菜摘のことも気にならないわけではなかったが、二、三日に一度は電話かメッセージでやりとりしていた。嵐志の胸には、菜摘が言ってくれた「待ってます」がまるでお守りのように残っていたのだ。
大丈夫。菜摘は待っていてくれる。
そう思えると、一層仕事に熱中できるのだった。
その金曜の夜も、部下たちとともに残業しているところだった。
「課長、帰らなくていいんすかー?」と声をかけてきた部下が、不意に話し始めるのが聞こえた。
「こないだ、原田さんが経理の小林に声かけられてるの見ちゃいましたよ」
パソコンに向いていた意識が、思わずそちらへ向いた。
部下の一人が「え、マジ? どんな」と食い気味に問うている。
嵐志はざわつく心を抑え、淡々と仕事を続けるふりをした。
「なんか、食事に誘ってたっぽいけど、『いいですね。他にはどなたを誘いましょうか』って切り返されてた」
「うっわー、さすが原田さんー」
「天然でばっさりだなぁ」
部下たちが笑う声を聞きながら、内心、嵐志もほっとする。
ふと、カレンダーを見て――そうか、最後に会ったのは一ヶ月前か、とようやく気づいた。
しかも、あの夜はデートした訳でも何でもない。翠に偶然声をかけられ、偶然、近くにいたから合流できた、そんな逢瀬だ。――電話に中断もされたわけだし。
不意に胸に漂ったのは、モヤのような不安だった。
あの夜、菜摘は微笑んで嵐志を送り出してくれた。
あのときは心からの笑顔だと思ったが――本当に、そうだったんだろうか。
女の機微を見破れるほど、自分が敏感でないことは、薄々気づいている。
それでも、信じたかった――あの菜摘の笑顔が嘘ではないと。自分を応援してくれていると――
「課長、早く公言しちゃった方がいいっすよー。原田さん狙ってるやついっぱいいるんですから」
「そーですよ。小林だって、課長がカレシだって聞いたら誘わなかったでしょうし」
「なんせ、俺たちの課長だからなー」
うんうんとうなずき合う部下たちを見て、正直呆れる。ほんとお前ら、どんだけ俺のことが好きなんだ。
「課長とつき合いだしたからか、最近ますます綺麗になってきたもんなー」
「分かる。前まではかわいい系だったのが、綺麗系になってきたっつーか」
「最近、総務に電話するとすぐ原田さん出てくれるんだよな。出張終わりとか、間違ったふりしてそっちにかけて回してもらう」
「なんだそれ、いい手だな」
あらぬ方向に行こうとする会話を、嵐志のひと睨みで終わらせる。
そのとき、ジャケットの胸ポケットでスマホが揺れた。
「……ちょっと電話」
「あっ、原田さんっ?」
「違う」
声をかけて廊下に出る。見れば翠からの着信だった。
昼休み、翠から連絡があったことを思い出す。【仕事、もうそろそろ落ち着くでしょ? 業後、こないだのバーに集合】というやつだ。
行かない、と答えた嵐志に、翠からはすぐ返事があった。
【あらー。そんなこと言っていいのかしらー?】
そんな、含みのある文面だったが、翠に関わってもろくなことはないと経験上知っている。
既読スルーを決め込んでいたわけだが――
怪訝に思いながら、受話ボタンを押す。もしもし、という翠の声を聞いて、ため息をついた。
「なんだよ。飲み会の誘いなら今日は断っ……」
『嵐志くん。今、まだ会社?』
「……そうだけど」
翠の口調はなにやら神妙だ。物珍しさに、嵐志の疑問は深まる。
『あのね……例のバーまで来れない?』
「今から?」
呆れて、ふざけるなと言いかけたが、次の言葉に動きを止めた。
『うん。実は……菜摘ちゃんが』
嵐志は危うく、スマホを取り落としそうになった。
苛立ちながら、分かったと答える。
「今から行く。すぐに行く。――それ以上飲ませるなよ、絶対」
翠から『分かった』という返事が聞こえたのを確認してから電話を切る。
デスクに戻ると、「悪い、今日はもう帰る」と声をかけた。
部下たちは顔を上げた。なぜかその目が輝いている。
「お疲れさまです!」
「あとは俺たちで片付けますから!」
「週末も、ゆっくりしてくださいね!」
溌剌とした口調の部下たちに、軽く手を挙げ返してカバンを手にした。
この二週間で、ずいぶん、頼り甲斐のある部下たちになった。
――だからこそ、今は――
嵐志は靴音を立てて、夜の街へ走り出した。
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