3 / 4
Sabon
しおりを挟む
「づがれだー」
「おかえり」
デスクに向かったまま答える夫に、息も絶え絶えな私はゾンビのようにズルズルと近づく。
「疲れたからお風呂入って」
「なんだそれ。君が入るんじゃないの」
夫がへらっと笑い、けれど事情はわかっているから「仕方ないなぁ」とか言いながら立ち上がった。
「まだ6時だよ」
「もう6時だよ」
「君は入らないの?」
「ご飯作って待ってる」
「でも僕、上がったらもう少し書くよ」
執筆業がメインの夫はそう言って、上に着ていたニットを脱いだ。はずみに生っ白いお腹がチラ見え。
「あらセクシー」
「やめてよ」
どちらからともなく照れ笑いして、一度解散。私はふんふん鼻歌を歌いながらキッチンへ向かう。
何作ろうかなぁ。手の込んだものを作る気はないけど「おいしー」って言って食べたい。魚でも買ってくればよかったけど肉しかない。あっ、そういえば昨日解凍したけど気乗りしなかった鶏肉使わなきゃ。唐揚げ……は胃もたれしそう。蒸し鶏……鶏ハム……。
料理は別に、好きでも嫌いでもない。誰かが準備してくれるなら、いつでも喜んでご相伴に預かりたい程度にはめんどくささも感じている。けどまあ、現実問題、誰かが食事を準備してくれるようなありがたい環境にはないわけで。
リモート勤務なんて言葉が広がる前からオフィスと家が一緒くたの夫はいる。けれど、適材適所というかなんというか。放っておけば3食うどん、ラーメン、そば、作るおかずは野菜炒め……私の方が参ってしまって、外に働きに出ている私が帰ってきてからもう一働き、となるまでそう時間はかからなかった。
ーーなんて考えているうちに、ガタゴトと音がして、ホカホカと立ち上る湯気が見えそうな夫、参上。
「ふぅー。気持ちよかっ」
「とぅりゃ!!」
「ぐぇっ!」
タックルするくらいの勢いで、付き合い始めたころ私がプレゼントしたパジャマ(綿100%)越しに抱きつく。危うく包丁持ったまま行きかけたことは黙っておこう、きっと怖がらせてしまうから。
「ちょっ、勢い」
「疲れてるんだもん!」
すんは、すんは、夫のパジャマ越しに息を吸う。
「すぅぅぅぅ~~~……すっはぁぁぁぁ……」
しばらく深い深ぁい呼吸を繰り返していると、夫がなんとも言えない顔で私を見下ろしているのが見えた。
「……まだ?」
「もうちょい……」
「うーん……何度経験しても慣れないな……」
「もういい加減慣れてよ」
すぅは、すぅは。
風呂上がりの夫の匂いほど私を癒すものはない。同じシャンプーと同じ石鹸を使って洗いたて、同じ洗剤で洗濯した服を着ても、私の匂いは何かが決定的に違う。兄だってやっぱり違うから、たぶん夫の体臭が関係してるんだろう(汗かいた服はいい匂いとは思わないのが不思議だけど)
「来週の出張これなしで耐えられる気がしないぃぃ~」
香水とかも探してみた。けどやっぱり違うのだ。100ml5万円の香水を並べても、やっすいシャンプーと石鹸で洗い立てた夫の匂いに勝る癒しはないのだ。
恨みがましい目を向けた私に、夫は釘をさす。
「行かないよ。いくらパソコン一台あればできる仕事だからって、流石に出張への同伴は」
「ええええぇ~。いいじゃんよぉ、ついでに一緒に観光して帰ろうよぉ」
「行かない」
「うえぇぇん」
インドア派だから泊まりがけの旅行もほとんどしない。ホテルのアメニティでいつもと違うシャンプーの香りに包まれた夫も非日常の香りで最の高なのに。
ひとりでふぇふぇ言ってたら、頭にぽんと手が降ってきた。
「帰ってきたら、たっぷり吸わせてあげるから。がんばっておいで」
ぽむぽむ、優しく頭を撫でられて。
ぷーっと頬を膨らませた私は、肺が潰れそうなくらい息を吐き出すと、鼻先を夫の胸元にロックオン。
最後に思い切り、魂を吸い出すくらいの勢いで、そのサボンの匂いを吸ってやった。
ちなみにその後、夫は仕事に戻る気力がなくなったそうな。
「おかえり」
デスクに向かったまま答える夫に、息も絶え絶えな私はゾンビのようにズルズルと近づく。
「疲れたからお風呂入って」
「なんだそれ。君が入るんじゃないの」
夫がへらっと笑い、けれど事情はわかっているから「仕方ないなぁ」とか言いながら立ち上がった。
「まだ6時だよ」
「もう6時だよ」
「君は入らないの?」
「ご飯作って待ってる」
「でも僕、上がったらもう少し書くよ」
執筆業がメインの夫はそう言って、上に着ていたニットを脱いだ。はずみに生っ白いお腹がチラ見え。
「あらセクシー」
「やめてよ」
どちらからともなく照れ笑いして、一度解散。私はふんふん鼻歌を歌いながらキッチンへ向かう。
何作ろうかなぁ。手の込んだものを作る気はないけど「おいしー」って言って食べたい。魚でも買ってくればよかったけど肉しかない。あっ、そういえば昨日解凍したけど気乗りしなかった鶏肉使わなきゃ。唐揚げ……は胃もたれしそう。蒸し鶏……鶏ハム……。
料理は別に、好きでも嫌いでもない。誰かが準備してくれるなら、いつでも喜んでご相伴に預かりたい程度にはめんどくささも感じている。けどまあ、現実問題、誰かが食事を準備してくれるようなありがたい環境にはないわけで。
リモート勤務なんて言葉が広がる前からオフィスと家が一緒くたの夫はいる。けれど、適材適所というかなんというか。放っておけば3食うどん、ラーメン、そば、作るおかずは野菜炒め……私の方が参ってしまって、外に働きに出ている私が帰ってきてからもう一働き、となるまでそう時間はかからなかった。
ーーなんて考えているうちに、ガタゴトと音がして、ホカホカと立ち上る湯気が見えそうな夫、参上。
「ふぅー。気持ちよかっ」
「とぅりゃ!!」
「ぐぇっ!」
タックルするくらいの勢いで、付き合い始めたころ私がプレゼントしたパジャマ(綿100%)越しに抱きつく。危うく包丁持ったまま行きかけたことは黙っておこう、きっと怖がらせてしまうから。
「ちょっ、勢い」
「疲れてるんだもん!」
すんは、すんは、夫のパジャマ越しに息を吸う。
「すぅぅぅぅ~~~……すっはぁぁぁぁ……」
しばらく深い深ぁい呼吸を繰り返していると、夫がなんとも言えない顔で私を見下ろしているのが見えた。
「……まだ?」
「もうちょい……」
「うーん……何度経験しても慣れないな……」
「もういい加減慣れてよ」
すぅは、すぅは。
風呂上がりの夫の匂いほど私を癒すものはない。同じシャンプーと同じ石鹸を使って洗いたて、同じ洗剤で洗濯した服を着ても、私の匂いは何かが決定的に違う。兄だってやっぱり違うから、たぶん夫の体臭が関係してるんだろう(汗かいた服はいい匂いとは思わないのが不思議だけど)
「来週の出張これなしで耐えられる気がしないぃぃ~」
香水とかも探してみた。けどやっぱり違うのだ。100ml5万円の香水を並べても、やっすいシャンプーと石鹸で洗い立てた夫の匂いに勝る癒しはないのだ。
恨みがましい目を向けた私に、夫は釘をさす。
「行かないよ。いくらパソコン一台あればできる仕事だからって、流石に出張への同伴は」
「ええええぇ~。いいじゃんよぉ、ついでに一緒に観光して帰ろうよぉ」
「行かない」
「うえぇぇん」
インドア派だから泊まりがけの旅行もほとんどしない。ホテルのアメニティでいつもと違うシャンプーの香りに包まれた夫も非日常の香りで最の高なのに。
ひとりでふぇふぇ言ってたら、頭にぽんと手が降ってきた。
「帰ってきたら、たっぷり吸わせてあげるから。がんばっておいで」
ぽむぽむ、優しく頭を撫でられて。
ぷーっと頬を膨らませた私は、肺が潰れそうなくらい息を吐き出すと、鼻先を夫の胸元にロックオン。
最後に思い切り、魂を吸い出すくらいの勢いで、そのサボンの匂いを吸ってやった。
ちなみにその後、夫は仕事に戻る気力がなくなったそうな。
0
あなたにおすすめの小説
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
恋の終わりに
オオトリ
恋愛
「我々の婚約は、破棄された」
私達が生まれる前から決まっていた婚約者である、王太子殿下から告げられた言葉。
その時、私は
私に、できたことはーーー
※小説家になろうさんでも投稿。
※一時間ごとに公開し、全3話で完結です。
タイトル及び、タグにご注意!不安のある方はお気をつけてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる