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第参章 想定外のプロポーズ
13 帰路
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告別式を終えた午後、ジョーとわたしはまた新幹線で東京へと向かった。
ジョーは深々と息を吐き、座席に身を沈める。その表情にはさすがに疲労の色が見えて、苦笑した。
「お疲れさん。ありがとな」
ねぎらうと、ジョーも微笑を返した。
わずかに首を振って大丈夫ですと応じる。
「ヨーコさんは大丈夫ですか?」
問われて、一瞬の間の後頷く。
ジョーの肩越しに車窓の外が見えた。
駐車場に停まった車のボンネットに日差しが当たり、真っ白に光っている。
都内よりも低い建物群。
縦に伸びた入道雲は、確かな質量を持っているように見えた。
その先に広がる空は、底抜けに青い。
どこまでも通じているような、青。
「……もう、いないんやな。おばあちゃん」
「いますよ」
わたしのつぶやきを聞き取るや、ジョーは何のためらいもなく言った。
「ヨーコさんのこと、ちゃんと見守ってくれてます。もしかしたら、見守りたいから今だったのかも知れませんよ」
わたしは思わず目を開き、ジョーの顔をじっくり見た。ジョーが頭をかく。
「あんまりじろじろ見られると、照れます」
わたしは笑った。ゆっくりと身体を傾けて、ジョーの肩に頭を乗せる。
何も言わないわたしに代わるように、ジョーが言った。
「会えてよかったです。ヨーコさんのおばあちゃん」
俺こそありがとうございました。
そう言われて、目をつぶる。
あくまで穏やかなジョーの表情に、手洗いでの母との応酬を思い出し、胸が痛む。
「……嫌な思いもさせてもうて、ごめんな」
薄く目を開け、呟くように言うと、ジョーは首を振った。
「嫌な思いしたのは、俺じゃなくてヨーコさんでしょ」
頭が触れた肩越しに、声の震えが伝わってくる。
その近さに安堵して、また目を閉じる。
「よかった、のかな。心配でついて行っちゃったんですけどね。あのとき」
でも斎場のトイレでする話じゃなかったっすよね、すみませんと笑う。わたしも口元で笑って、ジョーの手指に手指を絡めた。
ジョーが優しく、それを握り返して来る。
「なあ、ジョー」
「はい」
「愛してる」
ジョーが動きを止めた。
「ずっと、隣にいてな」
ーー死が二人を分かつまで。
先に逝くのは、どちらだろう。
残されるのも残して逝くのもまっぴらだ。
それでも、いずれ来る別れのときまで、わたしはジョーを愛し続けるだろう。
ジョーも、わたしを愛し続けていてほしい。
今、わたしの胸中にある想いは、彼に伝わるだろうか。
この愛おしさと不安は、彼に伝わるだろうか。
彼の人生を。彼の毎日を。1時間を。1分1秒を。
わたしは、わたしのそれ以上に、大切に思う。
ジョーは珍しく、黙ったままだった。
静か過ぎて不安を感じたわたしは、ジョーの顔を確認しようと、その顔を覗き込む。
ジョーは口元を手で押さえ、何やら葛藤していた。
「……どしたん」
「いやあのえっと」
その頬がうっすらと赤い。
「ちょっと……待ってくださいね」
居心地悪そうに何度も座り直す。
その様子に半眼になった。
「……もしかして」
「ああ、だから」
悔しそうにジョーは目線をそらす。わたしは笑ってその耳元に口を寄せた。
「欲情した?」
わたしの囁きに、ジョーの目が潤む。
「……すみません。でも、少しすれば落ち着きますからーー」
「帰ってからのお楽しみ、な」
わたしの囁きに、ジョーは目を見開き、
「ちょ、」
初めて見るほど真っ赤になった。
「ちょっと、やめてくださいよ……いや……やめないでほしいけど……くっそー」
ジョーはぶつぶつと呟く。わたしは笑った。
「人が紳士でいようとしてるのに」
「似合わんことはせえへんでも」
「そういう訳にはいきませんよ」
唇を尖らせながらも、声音に期待がありありと表れている。わたしは満足して笑いながら、またジョーの肩先に頭を乗せて目を閉じた。
煌々と照らされた車内に座ったまま、わたしとジョーは運ばれていく。懐かしさすら感じなくなった故郷から、住家となった街へ。
そしてそこで、わたしたちこれからの日々を積み重ねていくのだ。
二人で、共に。
ジョーは深々と息を吐き、座席に身を沈める。その表情にはさすがに疲労の色が見えて、苦笑した。
「お疲れさん。ありがとな」
ねぎらうと、ジョーも微笑を返した。
わずかに首を振って大丈夫ですと応じる。
「ヨーコさんは大丈夫ですか?」
問われて、一瞬の間の後頷く。
ジョーの肩越しに車窓の外が見えた。
駐車場に停まった車のボンネットに日差しが当たり、真っ白に光っている。
都内よりも低い建物群。
縦に伸びた入道雲は、確かな質量を持っているように見えた。
その先に広がる空は、底抜けに青い。
どこまでも通じているような、青。
「……もう、いないんやな。おばあちゃん」
「いますよ」
わたしのつぶやきを聞き取るや、ジョーは何のためらいもなく言った。
「ヨーコさんのこと、ちゃんと見守ってくれてます。もしかしたら、見守りたいから今だったのかも知れませんよ」
わたしは思わず目を開き、ジョーの顔をじっくり見た。ジョーが頭をかく。
「あんまりじろじろ見られると、照れます」
わたしは笑った。ゆっくりと身体を傾けて、ジョーの肩に頭を乗せる。
何も言わないわたしに代わるように、ジョーが言った。
「会えてよかったです。ヨーコさんのおばあちゃん」
俺こそありがとうございました。
そう言われて、目をつぶる。
あくまで穏やかなジョーの表情に、手洗いでの母との応酬を思い出し、胸が痛む。
「……嫌な思いもさせてもうて、ごめんな」
薄く目を開け、呟くように言うと、ジョーは首を振った。
「嫌な思いしたのは、俺じゃなくてヨーコさんでしょ」
頭が触れた肩越しに、声の震えが伝わってくる。
その近さに安堵して、また目を閉じる。
「よかった、のかな。心配でついて行っちゃったんですけどね。あのとき」
でも斎場のトイレでする話じゃなかったっすよね、すみませんと笑う。わたしも口元で笑って、ジョーの手指に手指を絡めた。
ジョーが優しく、それを握り返して来る。
「なあ、ジョー」
「はい」
「愛してる」
ジョーが動きを止めた。
「ずっと、隣にいてな」
ーー死が二人を分かつまで。
先に逝くのは、どちらだろう。
残されるのも残して逝くのもまっぴらだ。
それでも、いずれ来る別れのときまで、わたしはジョーを愛し続けるだろう。
ジョーも、わたしを愛し続けていてほしい。
今、わたしの胸中にある想いは、彼に伝わるだろうか。
この愛おしさと不安は、彼に伝わるだろうか。
彼の人生を。彼の毎日を。1時間を。1分1秒を。
わたしは、わたしのそれ以上に、大切に思う。
ジョーは珍しく、黙ったままだった。
静か過ぎて不安を感じたわたしは、ジョーの顔を確認しようと、その顔を覗き込む。
ジョーは口元を手で押さえ、何やら葛藤していた。
「……どしたん」
「いやあのえっと」
その頬がうっすらと赤い。
「ちょっと……待ってくださいね」
居心地悪そうに何度も座り直す。
その様子に半眼になった。
「……もしかして」
「ああ、だから」
悔しそうにジョーは目線をそらす。わたしは笑ってその耳元に口を寄せた。
「欲情した?」
わたしの囁きに、ジョーの目が潤む。
「……すみません。でも、少しすれば落ち着きますからーー」
「帰ってからのお楽しみ、な」
わたしの囁きに、ジョーは目を見開き、
「ちょ、」
初めて見るほど真っ赤になった。
「ちょっと、やめてくださいよ……いや……やめないでほしいけど……くっそー」
ジョーはぶつぶつと呟く。わたしは笑った。
「人が紳士でいようとしてるのに」
「似合わんことはせえへんでも」
「そういう訳にはいきませんよ」
唇を尖らせながらも、声音に期待がありありと表れている。わたしは満足して笑いながら、またジョーの肩先に頭を乗せて目を閉じた。
煌々と照らされた車内に座ったまま、わたしとジョーは運ばれていく。懐かしさすら感じなくなった故郷から、住家となった街へ。
そしてそこで、わたしたちこれからの日々を積み重ねていくのだ。
二人で、共に。
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