色ハくれなゐ 情ハ愛

松丹子

文字の大きさ
8 / 64
第二章 天使の翻弄

01 天使に抱かれた日

しおりを挟む
 もし、ヨーコさんは、羽を毟られた天使なんだと言われたら、俺は信じる。
 だって、彼女はあまりに綺麗すぎるんだ。
 汚しても汚しても汚れない彼女を、今まで何人もの男が汚そうとしてきたんだろう。
 綺麗過ぎて、汚したくなるのだ。
 気持ちは分かる。きっと、その頃の俺も、そうだったから。
 汚して、自分の跡を刻み付けたくなるのだ。
 彼女の人生に。彼女自身に。
 己の存在が刻みついたところを、見てみたくなるのだ。
 でも、馬鹿な男たちが何をしても、彼女が汚れることはない。
 どんなに踏み潰しても、めちゃくちゃに犯しても、痛め付けても。
 残念なほどに、彼女は綺麗なまま。
 彼女の綺麗さは、そんな表面上の事由とは違うところにあるんだと思う。
 だから、彼女はきっと、血まみれになっても精液まみれになっても汚物まみれになっても、綺麗だ。
 それは、気高さとか上品さとか、そういう、分かるような分からないような言葉で現せるものではない。
 訳が分からない?
 きっとヨーコさんを見れば分かるよ。
 惚気だって?
 いや、でもね。これ、結構本気でそう思ってんの、俺。

 結婚して十年以上経つ、今になっても。

 * * *

 そして、年明け。
 初めて、彼女を抱いた。
 ーーいや、抱かれた、と言う方が正確だろう。
 マーシーが仕事で一時、東京を離れて九州支社に行った後のことだ。
 今までまったく反応してくれなかったヨーコさんが、ディナーに誘ってくれとでも言うような口ぶりで新しくできたバーのことを口にした。
 俺はやっとこの時が来たとばかりに、彼女を食事に誘い、夜を共にするチャンスを得たのだ。

 その夜、俺は童貞のように舞い上がって、緊張していた。
 彼女が何をし、俺がどう反応したのか、ほとんど何も覚えていない。
 覚えているのは、彼女の挑発するような目と、赤い唇の柔らかさ。
 繋がるを待たず爆ぜた俺を嘲笑い、お仕置きと証してネクタイで目を覆われーー
 ときどき聞こえるアルトの息遣いだけで、俺は痺れて何も考えられなくなった。
 今まで経験したこともない快感に、しっかり溺れた。
 そして俺がまどろんでいる内に、彼女は消えていた。

 枕元に残された一万円札が、彼女の唯一の名残と見てとり、がくりとこうべを垂れた。
「二度目はナシってこと……?」
 呟きに答えてくれる人はいない。
 手元に落ちていたネクタイを手にした。俺の目を縛り、次いで手を縛ってベッドに結わえ付けたそのネクタイ。
 手首に残った赤い拘束の跡を見て、また下半身が疼く。
 俺の分身はかなり動物的だ、と苦笑した。
 目を閉じ、赤い部分に舌を這わせる。
 彼女なら、何というだろうか。
「かわいそうに。赤くして」
 冷たい目でそう笑うだろうか。
「でも、残念やなぁ。縛ったくらいじゃ、血は出ぇへんか」
 想像する。彼女の肉厚な唇が、俺の手首に食らいつく様を。
 がり、と自分で噛み付いて、痛みに眉を寄せた。
 さすがに血を出すほどには噛み付けない。
 それでも、そんな妄想に浸っているうちに、俺自身はまた頭をもたげている。
 元気だなぁ。さっき、あの人に三回は出してもらったのに。
 繋がらせてくれたのは、そのうちの一回だけだった。
 それも、俺をベッドに縛り付け、上に跨がり、焦らしに焦らして。
 耐え兼ねて動こうとする俺に、笑って言うのだ。
「動いたら、うち、帰るで」
 そう言われて身動きもできず、彼女に強く打ち付けることもできないまま、彼女の搾り出すような動きに負けて、果てた。

「ーーはぁ」
 屹立した自身をゆるゆると握りながらしごく。
「はぁ……ヨーコさん」
 ようやく目にした彼女の裸を思い出した。白い肌。豊かな胸と、複数の男を知っているとは思えないほど優しい色をしたその頂き。
「ぁあ……もう一回、したいよ……」
 一回、じゃ足りないかもしれない。二回? 三回? 彼女となら毎晩でもいい。多分、毎晩でも飽きないだろう。
 お仕置き、と笑っていない目で言って、俺の先っぽに爪を立てたのを思い出す。
 きゅ、と片手で同じようにしてみると、また俺自身がふるりと震えた。
「はぁっーー」
 くちゅくちゅと水音を立てて手を上下させる。
「はぁ、あああああ、ああ」
 ホテルだから、声を押さえる必要もない。
「ああ、ああ、ヨーコさんっーー」
 さっきの俺も、同じように声をあげていた。
 啼かせるつもりが、啼かされていただなんて。
「ぁああ、ああ!」
 彼女の声は、ほとんど聞かなかった。
 ーーお仕置きやで。
 かすれたアルトの声が、また耳元で囁かれたような感覚に、今夜数度目の射精をした。
「っは、は、はぁ、あーーふぅ、はぁ」
 息を整えながら、ぽてり、とベッドに横たわる。
「どうしよう……」
 自分の身体の汗ばみを感じながら、ぼやいた。
「ヨーコさんじゃなきゃ勃なくなったら、どうしよう……」
 良かった。良すぎた。彼女のナカもソトも、声も動きも、すべてが良すぎた。完璧だった。
「あああ……」
 知ってしまった今となっては、他の女で満足できる気がしない。
 転がった視線の先には、スツールの俺のスマホが見えた。
 中に入っている女の名前を思い出す。
 可能な限り、顔も、身体も、思い出す。
 そして深々と、ため息をついた。
「無理……」
 思わず泣けてきて目を押さえる。
 彼女の代理ができそうな女など、ひとりとして思い浮かばなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...