39 / 64
第二部
序章 新米チーフの帰り道
しおりを挟む
「あっ、俺ちょっとトイレ行ってきます」
「えー」
気付けば俺の周りは人が減っていて、最後の一人がそそくさと手洗いへ向かった。
「ひどいよなぁ、人に聞いといて」
むくれて見せると、少し離れた人垣の中心にマーシーを見つける。そろそろいい時間だ。マーシーが目配せした。
俺は口の端と手を上げて答え、息を吸う。
「おっつかれさまでしたー! この辺で今日はお開き! 一本締めで行きましょう。さぁみなさんお手を拝借ー!」
通る声で言うと、パン、と柏手が重なった。
「はい、どうもどうもー! お疲れさまっしたー!」
「チーフ、ノリが軽いっす」「結局のろけてただけじゃないですか」と言われながら、賑やかに会場の片付けが始まった。
撤収作業を終えると、二次会に行く流れと帰宅する流れに分かれ、思い思いに足を進めはじめた。
「マーシーどうするんです?」
「俺? 帰るよ」
当然だろと言わんばかりの調子で返され、俺は笑う。
「お子さん、いくつになったんですっけ」
「一番上は小五」
「はー。おっきくなりましたねー」
「お前、最近遊びに来てないもんな」
また来いよと細める目は、子のことを考えたからか包容力を感じさせる。その包容力は子どもの有無だけではないだろう。この先輩の魅力の中で、特に真似できそうにないところだなぁといつも思う。
「名取さん、どうなんだ。やっぱり3月までで?」
「そのつもりです」
マーシーに問われて頷く。
マーシーは嘆息した。
「そうか……子育てよりも介護の方がキツいっていうもんな」
俺はその言葉に黙って目を細めた。
成長していく喜びがある子育て。先の見えない介護。
緩やかに消耗していく両親を見守るのは、相当に忍耐のいることだろう。
俺自身の親は幸か不幸か急逝したので、その点の苦労はなかったが。
「まあ……仕事やめて、少しでも心身楽になるならいいけど」
「そうですねぇ」
俺は答える。真面目な彼女のことだ。仕事と介護で気力が分散されてしまうのもどうかとは思うが、介護だけに傾倒してしまうのも心配ではあった。
「支えるお前も大変だろうけど。……まあ、落ち着いたらまた話でも……」
言ってから、失言と気づいたらしい。はっとした顔で俺を見た。
「悪い。聞きようによっては、縁起でもないことを」
「いや、いいんですよ。ヨーコさんもそのつもりだから」
介護が終わる。それが意味するところは、ほとんどが要介護者の死だ。
ときにそれを望み、ときにそんな自分に嫌悪しながら、日々は続いていく。
「そうか……彩乃も気にしてるから、無理はすんな。ときどきは息抜きしに来いよ」
「ありがとうございます。ヨーコさんに伝えておきます」
「お前もな」
言われて俺は目をまたたかせた。マーシーは苦笑している。
「お前のとこは、夫婦揃って自分の苦しみに鈍感だからな」
意外な評価に、俺は思わず肩をすくめた。
そのとき、スーツのポケットでスマホが着信を告げる。
【無事着いた。今ようやく母の愚痴から解放されたところ。また日曜に】
彼女からのメッセージに、俺は苦笑した。
今日も今日とて、フルタイムで仕事をしてから向かったのだ。疲れていただろうに、律儀に母につき合ってやるところが彼女らしい。
「名取さんか?」
「ええ。無事着いたそうです」
答えながら返事をする。ビジネスマナーとしては失礼だと分かっているが、マーシーは気にしないと知っている。上司ではあるが、どちらかというと同僚という意識に近い。
【無事着いてよかった。お母さんも元気そうですね】
返すと、さてと顔を上げた。
「じゃ、まあ帰りましょうか」
「そうするか」
マーシーは相変わらず男前な笑顔で答えた。
「えー」
気付けば俺の周りは人が減っていて、最後の一人がそそくさと手洗いへ向かった。
「ひどいよなぁ、人に聞いといて」
むくれて見せると、少し離れた人垣の中心にマーシーを見つける。そろそろいい時間だ。マーシーが目配せした。
俺は口の端と手を上げて答え、息を吸う。
「おっつかれさまでしたー! この辺で今日はお開き! 一本締めで行きましょう。さぁみなさんお手を拝借ー!」
通る声で言うと、パン、と柏手が重なった。
「はい、どうもどうもー! お疲れさまっしたー!」
「チーフ、ノリが軽いっす」「結局のろけてただけじゃないですか」と言われながら、賑やかに会場の片付けが始まった。
撤収作業を終えると、二次会に行く流れと帰宅する流れに分かれ、思い思いに足を進めはじめた。
「マーシーどうするんです?」
「俺? 帰るよ」
当然だろと言わんばかりの調子で返され、俺は笑う。
「お子さん、いくつになったんですっけ」
「一番上は小五」
「はー。おっきくなりましたねー」
「お前、最近遊びに来てないもんな」
また来いよと細める目は、子のことを考えたからか包容力を感じさせる。その包容力は子どもの有無だけではないだろう。この先輩の魅力の中で、特に真似できそうにないところだなぁといつも思う。
「名取さん、どうなんだ。やっぱり3月までで?」
「そのつもりです」
マーシーに問われて頷く。
マーシーは嘆息した。
「そうか……子育てよりも介護の方がキツいっていうもんな」
俺はその言葉に黙って目を細めた。
成長していく喜びがある子育て。先の見えない介護。
緩やかに消耗していく両親を見守るのは、相当に忍耐のいることだろう。
俺自身の親は幸か不幸か急逝したので、その点の苦労はなかったが。
「まあ……仕事やめて、少しでも心身楽になるならいいけど」
「そうですねぇ」
俺は答える。真面目な彼女のことだ。仕事と介護で気力が分散されてしまうのもどうかとは思うが、介護だけに傾倒してしまうのも心配ではあった。
「支えるお前も大変だろうけど。……まあ、落ち着いたらまた話でも……」
言ってから、失言と気づいたらしい。はっとした顔で俺を見た。
「悪い。聞きようによっては、縁起でもないことを」
「いや、いいんですよ。ヨーコさんもそのつもりだから」
介護が終わる。それが意味するところは、ほとんどが要介護者の死だ。
ときにそれを望み、ときにそんな自分に嫌悪しながら、日々は続いていく。
「そうか……彩乃も気にしてるから、無理はすんな。ときどきは息抜きしに来いよ」
「ありがとうございます。ヨーコさんに伝えておきます」
「お前もな」
言われて俺は目をまたたかせた。マーシーは苦笑している。
「お前のとこは、夫婦揃って自分の苦しみに鈍感だからな」
意外な評価に、俺は思わず肩をすくめた。
そのとき、スーツのポケットでスマホが着信を告げる。
【無事着いた。今ようやく母の愚痴から解放されたところ。また日曜に】
彼女からのメッセージに、俺は苦笑した。
今日も今日とて、フルタイムで仕事をしてから向かったのだ。疲れていただろうに、律儀に母につき合ってやるところが彼女らしい。
「名取さんか?」
「ええ。無事着いたそうです」
答えながら返事をする。ビジネスマナーとしては失礼だと分かっているが、マーシーは気にしないと知っている。上司ではあるが、どちらかというと同僚という意識に近い。
【無事着いてよかった。お母さんも元気そうですね】
返すと、さてと顔を上げた。
「じゃ、まあ帰りましょうか」
「そうするか」
マーシーは相変わらず男前な笑顔で答えた。
0
あなたにおすすめの小説
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる