色ハくれなゐ 情ハ愛

松丹子

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第二部

序章 新米チーフの帰り道

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「あっ、俺ちょっとトイレ行ってきます」
「えー」
 気付けば俺の周りは人が減っていて、最後の一人がそそくさと手洗いへ向かった。
「ひどいよなぁ、人に聞いといて」
 むくれて見せると、少し離れた人垣の中心にマーシーを見つける。そろそろいい時間だ。マーシーが目配せした。
 俺は口の端と手を上げて答え、息を吸う。
「おっつかれさまでしたー! この辺で今日はお開き! 一本締めで行きましょう。さぁみなさんお手を拝借ー!」
 通る声で言うと、パン、と柏手が重なった。
「はい、どうもどうもー! お疲れさまっしたー!」
 「チーフ、ノリが軽いっす」「結局のろけてただけじゃないですか」と言われながら、賑やかに会場の片付けが始まった。

 撤収作業を終えると、二次会に行く流れと帰宅する流れに分かれ、思い思いに足を進めはじめた。
「マーシーどうするんです?」
「俺? 帰るよ」
 当然だろと言わんばかりの調子で返され、俺は笑う。
「お子さん、いくつになったんですっけ」
「一番上は小五」
「はー。おっきくなりましたねー」
「お前、最近遊びに来てないもんな」
 また来いよと細める目は、子のことを考えたからか包容力を感じさせる。その包容力は子どもの有無だけではないだろう。この先輩の魅力の中で、特に真似できそうにないところだなぁといつも思う。
「名取さん、どうなんだ。やっぱり3月までで?」
「そのつもりです」
 マーシーに問われて頷く。
 マーシーは嘆息した。
「そうか……子育てよりも介護の方がキツいっていうもんな」
 俺はその言葉に黙って目を細めた。
 成長していく喜びがある子育て。先の見えない介護。
 緩やかに消耗していく両親を見守るのは、相当に忍耐のいることだろう。
 俺自身の親は幸か不幸か急逝したので、その点の苦労はなかったが。
「まあ……仕事やめて、少しでも心身楽になるならいいけど」
「そうですねぇ」
 俺は答える。真面目な彼女のことだ。仕事と介護で気力が分散されてしまうのもどうかとは思うが、介護だけに傾倒してしまうのも心配ではあった。
「支えるお前も大変だろうけど。……まあ、落ち着いたらまた話でも……」
 言ってから、失言と気づいたらしい。はっとした顔で俺を見た。
「悪い。聞きようによっては、縁起でもないことを」
「いや、いいんですよ。ヨーコさんもそのつもりだから」
 介護が終わる。それが意味するところは、ほとんどが要介護者の死だ。
 ときにそれを望み、ときにそんな自分に嫌悪しながら、日々は続いていく。
「そうか……彩乃も気にしてるから、無理はすんな。ときどきは息抜きしに来いよ」
「ありがとうございます。ヨーコさんに伝えておきます」
「お前もな」
 言われて俺は目をまたたかせた。マーシーは苦笑している。
「お前のとこは、夫婦揃って自分の苦しみに鈍感だからな」
 意外な評価に、俺は思わず肩をすくめた。
 そのとき、スーツのポケットでスマホが着信を告げる。
【無事着いた。今ようやく母の愚痴から解放されたところ。また日曜に】
 彼女からのメッセージに、俺は苦笑した。
 今日も今日とて、フルタイムで仕事をしてから向かったのだ。疲れていただろうに、律儀に母につき合ってやるところが彼女らしい。
「名取さんか?」
「ええ。無事着いたそうです」
 答えながら返事をする。ビジネスマナーとしては失礼だと分かっているが、マーシーは気にしないと知っている。上司ではあるが、どちらかというと同僚という意識に近い。
【無事着いてよかった。お母さんも元気そうですね】
 返すと、さてと顔を上げた。
「じゃ、まあ帰りましょうか」
「そうするか」
 マーシーは相変わらず男前な笑顔で答えた。
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