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第三章 凶悪な正義
11 家探し
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その日は半日のうち、不動産屋を三軒回った。チェーン展開しているところと古参らしいところ、そして比較的新しそうなところ。
「カップルですとこちらの物件がおすすめです」
と案内されるのに苦笑しつつ、女性の一人暮らしに良さそうな物件を求め、近隣に三ヵ所ほど候補を決めた。
そのうちの一つはその日の内に見せてもらえ、残りの二カ所も翌日曜日に見せてもらえることになった。俺の提案で日が暮れてからの様子も見ようと、比較的距離が近い二軒の前まで、その夕に散歩がてらでかけた。
「……疲れた。タクシー使わん?」
じっと俺を見上げるヨーコさんは、いつもより幼く見える。
「いいですけど……もうちょっとですよ」
困惑しながら言うと、ヨーコさんは唇を尖らせた。
「うちみたいな年寄りには、半日うろつくんは大仕事やの」
だからそういう、可愛いの。
最近見せてくれるようになったのだけど、俺は抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だ。
「……じゃ、とりあえず夕飯食べましょう。その後家まで送りますから」
俺の提案に、ヨーコさんはこくりと頷いた。
黒目がちな目をまっすぐ俺に向けながら。
「お疲れさまです」
「お疲れさん」
ジョッキを掲げてがちんと合わせる。明日もあるので軽く一杯だけ、とヨーコさんが頼んだものだ。
数口喉に流し込み、はー、と幼げな吐息をつく。
「ええとこ見つかるといいなぁ」
しみじみ言うヨーコさんに、俺はそうですねと返した。
ヨーコさんの目がじっと俺を見据える。
「あんた、意外と根気づよいなぁ」
「そうですか?」
俺は首を傾げつつビールを飲む。ヨーコさんは手早く卓上のサラダを取り分けてくれた。
「あ、すみません」
恐縮しながら受け取ると、ヨーコさんがちらりと俺を見てからくすりと笑う。
「もっと短気やろうと思うてた。日が暮れてからの様子を見に行くなんて、面倒なこと言うやなんて」
言いながらフォークにサラダを刺し、口に運ぶ。
そのしぐさもすごく綺麗だ。
俺もざくざくとフォークにサラダを刺す。
「自分の家だったらそんな面倒なことしませんけど」
言いながら口にフォークを運んだ。量が多過ぎて大口を開けて押し込む。
もしゃもしゃ口を動かしていると、ヨーコさんが笑った。
「ウサギみたいな食べ方やな」
可愛いという褒め言葉だと思っておこうと思いつつ、俺は口の中のものを咀嚼した。
「ヨーコさん、いっそ俺と同じ最寄り駅にするのは?」
「せやなぁ……」
ヨーコさんは目を伏せた。
「最終手段やな、それは」
「なんでですか?」
「両刃の剣や」
言ってまた、サラダを口に運ぶ。
「両刃の?」
俺が問うと、ヨーコさんは笑った。
「毎朝毎晩、あんたが家の前で立ってそうやもん。それはそれで怖いわ」
俺はぐっと喉を鳴らした。
まあ……心配だし。気になるし。会いたいし。
絶対にやらない、とは言いきれない。
俺は肩をすくめて、またサラダをつつく。
ヨーコさんはくつくつ笑った。
その夜、ウイークリーマンションの前まで送り届けた俺は、明日の待ち合わせ場所と時間を確認して別れた。
別れ際、ヨーコさんは俺を呼び止め、穏やかに微笑んだ。
「おおきに」
その静かな声音に、ぎゅっと胸を締め付けられ、切なさを押し隠して微笑む。
少しずつ。
でも確かに。
ヨーコさんは、俺が近づくことを受け入れてくれている。
ただ近くにいて彼女の助けになれることが、こんなにも幸せな気持ちをもたらすだなんて、想像もしていなかった。
ヨーコさん。
俺、少しは役に立ってるかな。
少しは、特別な存在になってるかな。
ヨーコさんにとって。
「カップルですとこちらの物件がおすすめです」
と案内されるのに苦笑しつつ、女性の一人暮らしに良さそうな物件を求め、近隣に三ヵ所ほど候補を決めた。
そのうちの一つはその日の内に見せてもらえ、残りの二カ所も翌日曜日に見せてもらえることになった。俺の提案で日が暮れてからの様子も見ようと、比較的距離が近い二軒の前まで、その夕に散歩がてらでかけた。
「……疲れた。タクシー使わん?」
じっと俺を見上げるヨーコさんは、いつもより幼く見える。
「いいですけど……もうちょっとですよ」
困惑しながら言うと、ヨーコさんは唇を尖らせた。
「うちみたいな年寄りには、半日うろつくんは大仕事やの」
だからそういう、可愛いの。
最近見せてくれるようになったのだけど、俺は抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だ。
「……じゃ、とりあえず夕飯食べましょう。その後家まで送りますから」
俺の提案に、ヨーコさんはこくりと頷いた。
黒目がちな目をまっすぐ俺に向けながら。
「お疲れさまです」
「お疲れさん」
ジョッキを掲げてがちんと合わせる。明日もあるので軽く一杯だけ、とヨーコさんが頼んだものだ。
数口喉に流し込み、はー、と幼げな吐息をつく。
「ええとこ見つかるといいなぁ」
しみじみ言うヨーコさんに、俺はそうですねと返した。
ヨーコさんの目がじっと俺を見据える。
「あんた、意外と根気づよいなぁ」
「そうですか?」
俺は首を傾げつつビールを飲む。ヨーコさんは手早く卓上のサラダを取り分けてくれた。
「あ、すみません」
恐縮しながら受け取ると、ヨーコさんがちらりと俺を見てからくすりと笑う。
「もっと短気やろうと思うてた。日が暮れてからの様子を見に行くなんて、面倒なこと言うやなんて」
言いながらフォークにサラダを刺し、口に運ぶ。
そのしぐさもすごく綺麗だ。
俺もざくざくとフォークにサラダを刺す。
「自分の家だったらそんな面倒なことしませんけど」
言いながら口にフォークを運んだ。量が多過ぎて大口を開けて押し込む。
もしゃもしゃ口を動かしていると、ヨーコさんが笑った。
「ウサギみたいな食べ方やな」
可愛いという褒め言葉だと思っておこうと思いつつ、俺は口の中のものを咀嚼した。
「ヨーコさん、いっそ俺と同じ最寄り駅にするのは?」
「せやなぁ……」
ヨーコさんは目を伏せた。
「最終手段やな、それは」
「なんでですか?」
「両刃の剣や」
言ってまた、サラダを口に運ぶ。
「両刃の?」
俺が問うと、ヨーコさんは笑った。
「毎朝毎晩、あんたが家の前で立ってそうやもん。それはそれで怖いわ」
俺はぐっと喉を鳴らした。
まあ……心配だし。気になるし。会いたいし。
絶対にやらない、とは言いきれない。
俺は肩をすくめて、またサラダをつつく。
ヨーコさんはくつくつ笑った。
その夜、ウイークリーマンションの前まで送り届けた俺は、明日の待ち合わせ場所と時間を確認して別れた。
別れ際、ヨーコさんは俺を呼び止め、穏やかに微笑んだ。
「おおきに」
その静かな声音に、ぎゅっと胸を締め付けられ、切なさを押し隠して微笑む。
少しずつ。
でも確かに。
ヨーコさんは、俺が近づくことを受け入れてくれている。
ただ近くにいて彼女の助けになれることが、こんなにも幸せな気持ちをもたらすだなんて、想像もしていなかった。
ヨーコさん。
俺、少しは役に立ってるかな。
少しは、特別な存在になってるかな。
ヨーコさんにとって。
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