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第四章 死が二人を分かつまで
05 理想像
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帰宅すると、ヨーコさんは嬉しそうに人形を飾る場所を探し始めた。
物を手に浮き立つ彼女を見るのは初めてで、俺はもの珍しく感じながら、黙って様子を見守る。
「あ……先、お茶入れよか」
ヨーコさんが俺の視線に気づいて首を傾げた。俺は微笑んで首を横に振る。
通夜で兄の酒につき合い、告別式を済ませた俺たちは帰路の電車で熟睡した。
そうはいっても心身の疲れはある。俺はジャケットを脱いでネクタイを解き、ワイシャツのボタンに手をかけた。
ヨーコさんがそれに気づいて、手にした人形を机上に置き、俺を手伝う。
「……もう大丈夫だよ?」
昨日の朝、ネクタイも靴紐も結べなかったのを気にしているのだろう。そう思って言ったのだが、ヨーコさんは、うんと頷いたきり、ワイシャツのボタンをせっせと外した。
ボタンをすべて外し終わると、シャツをズボンの中から引き出し、インナー越しに手を這わせる。
そのまま背中に回し、俺に抱き着いてきた。
「どうしたの?」
短い髪を撫でながら問う俺の声は、自然と優しくなった。
母との別れの儀式を経て、気分はだいぶ落ち着いている。
机上の人形が、母の分身のように微笑んでいる。
「……似てるて、思たん?」
ぽつりと問われて、俺はヨーコさんを見下ろした。
「人形?」
「うん」
「そうだね……どっかで見覚えあるな、って思った」
ヨーコさんはくつくつ笑い出す。肩の震えが抱きしめられた腕越しに俺にも伝わってきた。
「なんやの、それ」
俺もつられて笑い出す。
「だって、そう思ったんだもん。目が合ったとき。この目、どっかで見たことあるなって。……まさか人形だと思わなかったけど」
人形が見当たらなくなったのは、祖母の死後だ。俺は当時、十歳になるかどうか。
「おかしな人」
ヨーコさんは言って、顔を上げた。笑んだままの目が俺を見つめる。
「初恋が人形やなんて、思わへんかったわ」
「俺も」
同意しながら苦笑した。
一方で納得もした。ヨーコさんを見たとき感じた強烈な想い。理想の女性像が不思議なほど具体的で、立体的だった理由。
純真で、清廉で、少しだけ、もの憂げな色気をまとった少女。
また机上の人形を見つめた俺の目を、ヨーコさんが微笑んで見ている。
「人形には、勝てる気ぃせえへんわ」
「そう?」
微笑むヨーコさんの背中に手を回すと、黒いワンピースの首後ろから、ゆっくりとチャックを引き下ろす。
「何してはるん?」
「だって、ヨーコさんも手伝ってくれたから。俺もお手伝い」
「……ああ、そう?」
くつくつ笑いながら、ヨーコさんは俺の胸に頬を寄せる。
チャックが行き止まりまでたどり着くと、俺はその中に手を這わせた。
ヨーコさんが好むシルクのインナーは、とても肌触りがいい。
しばらくその触り心地を堪能していると、ヨーコさんが上目遣いで見上げてきた。
「お風呂、一緒に入ろか」
「いいの?」
「ええで。……中ではせえへんよ」
いつもと同じく釘を刺されて、剽軽に肩をすくめて見せる。ヨーコさんは笑った。
俺はヨーコさんの肩から、するりとワンピースを引き下ろした。
その首筋に、唇を落とす。
汗をかいたからか、そこは少しだけしょっぱかった。
「俺は、人形よりヨーコさんがいいなぁ」
「何で?」
「何でって。可愛いし。綺麗だし」
ちゅ、ちゅ、とキスを落として、耳元に口を寄せる。
「愛してるって、言ってくれるし。あったかいし」
足元にぱさりとワンピースが落ちる。手をインナーの裾から、腹部に這わせる。
「柔らかいし。触り心地いいし、匂いもいいし……」
愛しい人の身体に手を這わせていると、だんだんと止まらなくなりそうだ。そう気づいて笑い、鼻先にキスを落とした。
「お風呂、入れて来る」
「うちがするで」
「いいから。ヨーコさんは入る準備、してて」
ヨーコさんは首を傾げて、頷いた。
細く長い首筋から撫で肩にかけてのラインがたまらなく綺麗で、俺はまたそこに唇を寄せると、風呂場へと向かった。
物を手に浮き立つ彼女を見るのは初めてで、俺はもの珍しく感じながら、黙って様子を見守る。
「あ……先、お茶入れよか」
ヨーコさんが俺の視線に気づいて首を傾げた。俺は微笑んで首を横に振る。
通夜で兄の酒につき合い、告別式を済ませた俺たちは帰路の電車で熟睡した。
そうはいっても心身の疲れはある。俺はジャケットを脱いでネクタイを解き、ワイシャツのボタンに手をかけた。
ヨーコさんがそれに気づいて、手にした人形を机上に置き、俺を手伝う。
「……もう大丈夫だよ?」
昨日の朝、ネクタイも靴紐も結べなかったのを気にしているのだろう。そう思って言ったのだが、ヨーコさんは、うんと頷いたきり、ワイシャツのボタンをせっせと外した。
ボタンをすべて外し終わると、シャツをズボンの中から引き出し、インナー越しに手を這わせる。
そのまま背中に回し、俺に抱き着いてきた。
「どうしたの?」
短い髪を撫でながら問う俺の声は、自然と優しくなった。
母との別れの儀式を経て、気分はだいぶ落ち着いている。
机上の人形が、母の分身のように微笑んでいる。
「……似てるて、思たん?」
ぽつりと問われて、俺はヨーコさんを見下ろした。
「人形?」
「うん」
「そうだね……どっかで見覚えあるな、って思った」
ヨーコさんはくつくつ笑い出す。肩の震えが抱きしめられた腕越しに俺にも伝わってきた。
「なんやの、それ」
俺もつられて笑い出す。
「だって、そう思ったんだもん。目が合ったとき。この目、どっかで見たことあるなって。……まさか人形だと思わなかったけど」
人形が見当たらなくなったのは、祖母の死後だ。俺は当時、十歳になるかどうか。
「おかしな人」
ヨーコさんは言って、顔を上げた。笑んだままの目が俺を見つめる。
「初恋が人形やなんて、思わへんかったわ」
「俺も」
同意しながら苦笑した。
一方で納得もした。ヨーコさんを見たとき感じた強烈な想い。理想の女性像が不思議なほど具体的で、立体的だった理由。
純真で、清廉で、少しだけ、もの憂げな色気をまとった少女。
また机上の人形を見つめた俺の目を、ヨーコさんが微笑んで見ている。
「人形には、勝てる気ぃせえへんわ」
「そう?」
微笑むヨーコさんの背中に手を回すと、黒いワンピースの首後ろから、ゆっくりとチャックを引き下ろす。
「何してはるん?」
「だって、ヨーコさんも手伝ってくれたから。俺もお手伝い」
「……ああ、そう?」
くつくつ笑いながら、ヨーコさんは俺の胸に頬を寄せる。
チャックが行き止まりまでたどり着くと、俺はその中に手を這わせた。
ヨーコさんが好むシルクのインナーは、とても肌触りがいい。
しばらくその触り心地を堪能していると、ヨーコさんが上目遣いで見上げてきた。
「お風呂、一緒に入ろか」
「いいの?」
「ええで。……中ではせえへんよ」
いつもと同じく釘を刺されて、剽軽に肩をすくめて見せる。ヨーコさんは笑った。
俺はヨーコさんの肩から、するりとワンピースを引き下ろした。
その首筋に、唇を落とす。
汗をかいたからか、そこは少しだけしょっぱかった。
「俺は、人形よりヨーコさんがいいなぁ」
「何で?」
「何でって。可愛いし。綺麗だし」
ちゅ、ちゅ、とキスを落として、耳元に口を寄せる。
「愛してるって、言ってくれるし。あったかいし」
足元にぱさりとワンピースが落ちる。手をインナーの裾から、腹部に這わせる。
「柔らかいし。触り心地いいし、匂いもいいし……」
愛しい人の身体に手を這わせていると、だんだんと止まらなくなりそうだ。そう気づいて笑い、鼻先にキスを落とした。
「お風呂、入れて来る」
「うちがするで」
「いいから。ヨーコさんは入る準備、してて」
ヨーコさんは首を傾げて、頷いた。
細く長い首筋から撫で肩にかけてのラインがたまらなく綺麗で、俺はまたそこに唇を寄せると、風呂場へと向かった。
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