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97.掃除の鬼
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あくる日から雫は清掃係として働き始めた。
雫の新しい職場はディザキャッスルという複合施設だ。百貨店や映画館……そしてその上層階はホテルだ。
百貨店としてのフロアは十階までだがその上には宿泊施設で、雫は一階から三階までの商業フロアを任されることになった。モップを使い床を丁寧に磨き上げ、手すりや椅子などの目立つ汚れを見つけては落とす作業を繰り返していた。メイド服も気に入っていたが、この清掃の制服も気に入っていた。昔ながらのデザインで真っ白に統一された作業着に、白のバンダナを頭に巻いていた。お団子頭にはできないが髪を一つに纏めて美智がくれたとんぼ玉のかんざしをしていた。美智が言った約束を律儀に守る雫だった。
「お疲れ様、春日さん仕事が早いわね。しかも丁寧ね」
「ありがとうございます! 頑張ります」
働いている同僚たちも中年層のベテラン揃いだった。そんな中で若手の雫だったが清掃能力は引けを取らないものだった。すぐに同僚の女性陣にも受け入れられ雫は居心地の良い環境に感謝していた。すべては魔女のおかげだった。
「頑張っているみたいね、ウサギちゃん」
「あ、魔女さん。こんにちは、ありがとうございます……なんとお礼を言ったらいいか……」
ちょうどレディースファッションブランドが立ち並ぶフロアで拭き掃除をしていると誰かに肩を叩かれた。魔女は相変わらず目深いハットを被っていた。今日は真っ黒なワンピースに毛皮を羽織っていた。日本でこんな毛皮を着こなしているのは魔女か成人式の振袖の女の子達ぐらいだ。
雫が頭を下げると魔女は振りかぶって背中を強めに叩いた。
「よして頂戴。女が頭を下げるのは良くないわ」
「あ、すみません。じゃ……ありがとうございました」
雫が魔女の手を取りギュッと握りしめた。魔女は一瞬唖然としながらもツボに入ったのか笑い始めた。
「フフフ、可愛い子ね。お役に立てて嬉しいわ、ありがとう」
魔女は楽しそうだ。魔女はこんな高給ブティックが立ち並んでいる場所でもかなり目立っていた。さすがこんな百貨店にお店を出すだけある……通り過ぎる女性たちも何者かと魔女を見つめている。
雫は思い出したように魔女に耳寄せすると周囲を気にしながら小声で話す。
「あの……あと、職場の寮がいっぱいだったらしくて、ディザキャッスルのホテルに住むことになっちゃって……めちゃくちゃ豪華な部屋なんですけど……本部長さんがここしか無いから気にするなって言うんですけど。気が引けちゃって……何から何までありがとうございます」
「ああ、良いのよ。特例だから他の従業員には黙っててね。いいじゃないの、遅刻もしないだろうし……その分しっかり働きなさい」
雫は嬉しそうに頬を赤らめると仕事に戻った。その後ろ姿を魔女は見つめていた。背後から何者かが魔女に近付く。その人物が溜息を漏らしたのに気付き魔女が笑った。雫のことを頼んでいたディザキャッスルの本部長だった。
「一泊10万円以上の部屋です。今時そんな優遇があるわけないのですが……」
「……よくそんな理由を信じたわね、あの子。ますます可愛いわ……本部長、あの子の仕事ぶりはどう?」
「やる気もありますし、シミ抜きや丁寧さに関しては右に出るものはいませんね……かなりの逸材です。しかし、ホテルの宿泊費を考えるとマイナスですが──」
「あら、そんな事気にしているの? 嫌だわ……小さいわね。とりあえず、頼んだわよ」
魔女は後ろに立つ本部長を一瞥すると颯爽とエレベーターへと乗り込んだ。本部長は静かに一礼し見送った。
◇
仕事が終わり雫はホテルの部屋に到着した。携帯電話を取り出すと誰からも連絡がなかった。当たり前のことなのに寂しく感じていた。雫は美智の連絡先を表示すると電話を掛けた。
すぐに美智は電話に出た。その声に雫はほっとした。
「美智、お疲れ様……元気、だよね?」
「ハハ、元気だよ。どう? 新しい仕事は?」
雫は美智にディザキャッスルで働いている事と寮住まいをしていることを伝えた。美智は百貨店の名前を聞き、最初は驚いていたが新しい職場について詳しくは聞いてこなかった。雫は魔女との出会いを話そうとしたが、本部長から口止めされていたので思い止まった。きっかけはどうあれ良い仕事に就けたことを雫は感謝していた。
美智と木戸は最近忙しいらしく夜になると色々な所へと駆け回っている。美智は以前よりこき使われていると口では言っていたが声の調子はとても明るかった。美智が木戸の失敗話など面白い話を披露してくれた。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「雫、まだ職場でしょ? 仕事中なんじゃないの?」
「え? 仕事は終わったよ?……あ、今は部屋にいるよ」
「へぇ、そっか……あ、ごめん。行かなきゃ……無理しないでね! また連絡する」
美智は木戸に呼ばれたようで慌てて電話を切った。雫はベッドに大の字になって横になった。仰向けになった時に頭に何かが刺さっている。雫は髪を解くと美智にもらったとんぼ玉のかんざしをベッドサイドに置いた。雫は欠伸をするとのろのろと浴室へと向かった。
雫の新しい職場はディザキャッスルという複合施設だ。百貨店や映画館……そしてその上層階はホテルだ。
百貨店としてのフロアは十階までだがその上には宿泊施設で、雫は一階から三階までの商業フロアを任されることになった。モップを使い床を丁寧に磨き上げ、手すりや椅子などの目立つ汚れを見つけては落とす作業を繰り返していた。メイド服も気に入っていたが、この清掃の制服も気に入っていた。昔ながらのデザインで真っ白に統一された作業着に、白のバンダナを頭に巻いていた。お団子頭にはできないが髪を一つに纏めて美智がくれたとんぼ玉のかんざしをしていた。美智が言った約束を律儀に守る雫だった。
「お疲れ様、春日さん仕事が早いわね。しかも丁寧ね」
「ありがとうございます! 頑張ります」
働いている同僚たちも中年層のベテラン揃いだった。そんな中で若手の雫だったが清掃能力は引けを取らないものだった。すぐに同僚の女性陣にも受け入れられ雫は居心地の良い環境に感謝していた。すべては魔女のおかげだった。
「頑張っているみたいね、ウサギちゃん」
「あ、魔女さん。こんにちは、ありがとうございます……なんとお礼を言ったらいいか……」
ちょうどレディースファッションブランドが立ち並ぶフロアで拭き掃除をしていると誰かに肩を叩かれた。魔女は相変わらず目深いハットを被っていた。今日は真っ黒なワンピースに毛皮を羽織っていた。日本でこんな毛皮を着こなしているのは魔女か成人式の振袖の女の子達ぐらいだ。
雫が頭を下げると魔女は振りかぶって背中を強めに叩いた。
「よして頂戴。女が頭を下げるのは良くないわ」
「あ、すみません。じゃ……ありがとうございました」
雫が魔女の手を取りギュッと握りしめた。魔女は一瞬唖然としながらもツボに入ったのか笑い始めた。
「フフフ、可愛い子ね。お役に立てて嬉しいわ、ありがとう」
魔女は楽しそうだ。魔女はこんな高給ブティックが立ち並んでいる場所でもかなり目立っていた。さすがこんな百貨店にお店を出すだけある……通り過ぎる女性たちも何者かと魔女を見つめている。
雫は思い出したように魔女に耳寄せすると周囲を気にしながら小声で話す。
「あの……あと、職場の寮がいっぱいだったらしくて、ディザキャッスルのホテルに住むことになっちゃって……めちゃくちゃ豪華な部屋なんですけど……本部長さんがここしか無いから気にするなって言うんですけど。気が引けちゃって……何から何までありがとうございます」
「ああ、良いのよ。特例だから他の従業員には黙っててね。いいじゃないの、遅刻もしないだろうし……その分しっかり働きなさい」
雫は嬉しそうに頬を赤らめると仕事に戻った。その後ろ姿を魔女は見つめていた。背後から何者かが魔女に近付く。その人物が溜息を漏らしたのに気付き魔女が笑った。雫のことを頼んでいたディザキャッスルの本部長だった。
「一泊10万円以上の部屋です。今時そんな優遇があるわけないのですが……」
「……よくそんな理由を信じたわね、あの子。ますます可愛いわ……本部長、あの子の仕事ぶりはどう?」
「やる気もありますし、シミ抜きや丁寧さに関しては右に出るものはいませんね……かなりの逸材です。しかし、ホテルの宿泊費を考えるとマイナスですが──」
「あら、そんな事気にしているの? 嫌だわ……小さいわね。とりあえず、頼んだわよ」
魔女は後ろに立つ本部長を一瞥すると颯爽とエレベーターへと乗り込んだ。本部長は静かに一礼し見送った。
◇
仕事が終わり雫はホテルの部屋に到着した。携帯電話を取り出すと誰からも連絡がなかった。当たり前のことなのに寂しく感じていた。雫は美智の連絡先を表示すると電話を掛けた。
すぐに美智は電話に出た。その声に雫はほっとした。
「美智、お疲れ様……元気、だよね?」
「ハハ、元気だよ。どう? 新しい仕事は?」
雫は美智にディザキャッスルで働いている事と寮住まいをしていることを伝えた。美智は百貨店の名前を聞き、最初は驚いていたが新しい職場について詳しくは聞いてこなかった。雫は魔女との出会いを話そうとしたが、本部長から口止めされていたので思い止まった。きっかけはどうあれ良い仕事に就けたことを雫は感謝していた。
美智と木戸は最近忙しいらしく夜になると色々な所へと駆け回っている。美智は以前よりこき使われていると口では言っていたが声の調子はとても明るかった。美智が木戸の失敗話など面白い話を披露してくれた。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「雫、まだ職場でしょ? 仕事中なんじゃないの?」
「え? 仕事は終わったよ?……あ、今は部屋にいるよ」
「へぇ、そっか……あ、ごめん。行かなきゃ……無理しないでね! また連絡する」
美智は木戸に呼ばれたようで慌てて電話を切った。雫はベッドに大の字になって横になった。仰向けになった時に頭に何かが刺さっている。雫は髪を解くと美智にもらったとんぼ玉のかんざしをベッドサイドに置いた。雫は欠伸をするとのろのろと浴室へと向かった。
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