63 / 106
第二部
美英は三重に
しおりを挟む
「組長、爺様が中庭でお待ちです」
「……いや、俺は出掛けていると言ってくれ」
組長は嫌な予感がした。中庭ということは盆栽が置いてある所だ……鉢を割った事がバレたのだろう。
組長は慌てて屋敷を出ようと玄関へと向かう。
「待て、司……どこに行くんじゃ……」
玄関で革靴を履いていると背後から低くて太い声が掛かる。ゆっくりと振り返るとそこには下着姿にラクダ色の腹巻をした爺が仁王立ちしていた。
その眼光は孫を見るような目ではない。
「いや、俺急いでるんだ、事務所が荒れて──」
「ふん! お前が行くほうが荒れるわい! さっさと来い!」
俺は諦めて爺について行く……。飛び蹴りに備えてしっかり腰回りを動かして準備運動をする。あれのせいで随分と大変な目にあった。
縁側に腰掛けると爺が盆栽を眺めながら黙り込む。妙に重々しい空気に罪の重さを感じ懺悔したい気持ちになる。
「あの、爺……」
「司、絶倫の孤独が──お前に分かるか?」
「分かるわけねぇだろ、ってかなんでわざわざ呼びつけていつもそんな話ばっかするんだよ……俺あんたの孫だよ! 孫!」
危なかった……盆栽の件じゃなかった。一人で勝手に自爆するところだった。組長は一人胸をなで下ろす。
「ワシの、経験をお前に伝えておきたいんじゃ……。司、お前にワシと同じ失敗をして欲しくない……絶対に……」
「爺……」
きっと、菊の刺青の女性のことだろう……。
少し前に落ち込んでいたのはきっとそうだ。あの頃爺は部屋にこもって何か手紙らしきものを繰り返し読んでいた。
「大丈夫だ、俺たちは……離れないから。俺は先生を離さない……」
組長は爺を見る。その瞳は真剣だ。
「ワシの失敗は女を依存させようと、とある薬を飲んだんじゃ、結果その女はワシのイチモツの虜になって離れなくなった……四六時中な」
「いや、だから俺は孫だって話聞いてた?」
組長は縁側の柱に手をついてもたれ掛かる。一気に疲労感が押し寄せる。近所の坂道鬼ダッシュさせられた後のような疲労だ。
爺は心配していた。組長には自分と同じ血が流れている……きっと陰ながら苦しんでいるに違いない。
絶倫は遺伝すると信じている爺は暴走中だ。
「変な薬を使うなと言っておるんじゃ! 真剣なんじゃ! ワシはアレでタガが外れて絶倫への道に更に邁進することに──」
「医者に生まれつきの絶倫って言われてんのに変な欲を出すからだろうが。邁進って清く正しい日本語を汚すんじゃねぇよ!」
爺は引き出しからそっと小瓶を出す。茶色の小瓶が太陽の光に照らされた。
そのラベルには見覚えがあった。
「司、これは大丈夫じゃ、変な絶倫にならんぞ。健康的な絶倫じゃ……」
「絶倫に良いも悪いもねぇよ、悲劇だよ」
あなたの息子は大統領
以前通販で届いていたが、爺に黙ってゴミ箱行きにしたやつだ。また取り寄せていたらしい……。
「以前注文したやつが届かなくてな、少しだけ忠告してやると一箱十二個入りを送ってきた。いい会社だな、あそこは」
恐らく少しではない……。俺のせいでこの会社は大変な目に合ったようだ。絶倫の男を敵に回すなんて事はあってはならない。いいお得意様だ。
「さ、司……これで先生を喜ばしてやれ……なぁに、男手がいるのならいつだって──」
「あーじゃあ行くわ──」
その小瓶を持ち俺は部屋を後にした。すぐさまゴミ箱に捨ててやろうかと考えていた。
「あ、組長! そろそろ事務所に──」
俺を探していたらしい光田と廊下で会う。
そうだ、こいつに必要かもしれない……そう思い光田に手渡すとなぜか真剣に断られた。
「俺、こんなの飲んだら死んじゃいますから、アイツの思うツボになるんで……自分の身は自分で守らないと……」
どうやら光田は相当参っているようだ。アイツというのは心のことだろうがまるで敵のような言い方だ。恋人のことを話しているようには見えない。甘さゼロ、辛さマックスだ。
「そうか、がんばれよ……」
組長は光田の肩をポンっと叩いた。
「……いや、俺は出掛けていると言ってくれ」
組長は嫌な予感がした。中庭ということは盆栽が置いてある所だ……鉢を割った事がバレたのだろう。
組長は慌てて屋敷を出ようと玄関へと向かう。
「待て、司……どこに行くんじゃ……」
玄関で革靴を履いていると背後から低くて太い声が掛かる。ゆっくりと振り返るとそこには下着姿にラクダ色の腹巻をした爺が仁王立ちしていた。
その眼光は孫を見るような目ではない。
「いや、俺急いでるんだ、事務所が荒れて──」
「ふん! お前が行くほうが荒れるわい! さっさと来い!」
俺は諦めて爺について行く……。飛び蹴りに備えてしっかり腰回りを動かして準備運動をする。あれのせいで随分と大変な目にあった。
縁側に腰掛けると爺が盆栽を眺めながら黙り込む。妙に重々しい空気に罪の重さを感じ懺悔したい気持ちになる。
「あの、爺……」
「司、絶倫の孤独が──お前に分かるか?」
「分かるわけねぇだろ、ってかなんでわざわざ呼びつけていつもそんな話ばっかするんだよ……俺あんたの孫だよ! 孫!」
危なかった……盆栽の件じゃなかった。一人で勝手に自爆するところだった。組長は一人胸をなで下ろす。
「ワシの、経験をお前に伝えておきたいんじゃ……。司、お前にワシと同じ失敗をして欲しくない……絶対に……」
「爺……」
きっと、菊の刺青の女性のことだろう……。
少し前に落ち込んでいたのはきっとそうだ。あの頃爺は部屋にこもって何か手紙らしきものを繰り返し読んでいた。
「大丈夫だ、俺たちは……離れないから。俺は先生を離さない……」
組長は爺を見る。その瞳は真剣だ。
「ワシの失敗は女を依存させようと、とある薬を飲んだんじゃ、結果その女はワシのイチモツの虜になって離れなくなった……四六時中な」
「いや、だから俺は孫だって話聞いてた?」
組長は縁側の柱に手をついてもたれ掛かる。一気に疲労感が押し寄せる。近所の坂道鬼ダッシュさせられた後のような疲労だ。
爺は心配していた。組長には自分と同じ血が流れている……きっと陰ながら苦しんでいるに違いない。
絶倫は遺伝すると信じている爺は暴走中だ。
「変な薬を使うなと言っておるんじゃ! 真剣なんじゃ! ワシはアレでタガが外れて絶倫への道に更に邁進することに──」
「医者に生まれつきの絶倫って言われてんのに変な欲を出すからだろうが。邁進って清く正しい日本語を汚すんじゃねぇよ!」
爺は引き出しからそっと小瓶を出す。茶色の小瓶が太陽の光に照らされた。
そのラベルには見覚えがあった。
「司、これは大丈夫じゃ、変な絶倫にならんぞ。健康的な絶倫じゃ……」
「絶倫に良いも悪いもねぇよ、悲劇だよ」
あなたの息子は大統領
以前通販で届いていたが、爺に黙ってゴミ箱行きにしたやつだ。また取り寄せていたらしい……。
「以前注文したやつが届かなくてな、少しだけ忠告してやると一箱十二個入りを送ってきた。いい会社だな、あそこは」
恐らく少しではない……。俺のせいでこの会社は大変な目に合ったようだ。絶倫の男を敵に回すなんて事はあってはならない。いいお得意様だ。
「さ、司……これで先生を喜ばしてやれ……なぁに、男手がいるのならいつだって──」
「あーじゃあ行くわ──」
その小瓶を持ち俺は部屋を後にした。すぐさまゴミ箱に捨ててやろうかと考えていた。
「あ、組長! そろそろ事務所に──」
俺を探していたらしい光田と廊下で会う。
そうだ、こいつに必要かもしれない……そう思い光田に手渡すとなぜか真剣に断られた。
「俺、こんなの飲んだら死んじゃいますから、アイツの思うツボになるんで……自分の身は自分で守らないと……」
どうやら光田は相当参っているようだ。アイツというのは心のことだろうがまるで敵のような言い方だ。恋人のことを話しているようには見えない。甘さゼロ、辛さマックスだ。
「そうか、がんばれよ……」
組長は光田の肩をポンっと叩いた。
9
あなたにおすすめの小説
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ヤクザの組長は随分と暇らしい
海野 月
恋愛
キャバクラでバイトするリカ
店に来たヤクザの組長である中井律希のテーブルにつかされた
目当ての女の接客じゃないことに面倒くさそうな態度だったこの男。それがどうして――
「リカちゃん。俺の女になって」
初めての彼氏がヤクザなんて絶対にごめんだ!
汚い手も使いながらあの手この手で迫ってくる中井を躱し、平和な日常を取り戻そうとあがくストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる