忘れられたら苦労しない

菅井群青

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16.希の歩道

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 アパートまでの帰り道、夜遅くても人通りが多いこの道の街路樹の間にはツツジが植えられている。春にはこの道は白や鮮やかな牡丹色で彩られる。

 この道を歩く時、俺はいつも俯いている。
グレーがかったタイルを見つめていれば余計なことを考えなくて済む。

 希と一緒に歩いた思い出の道はいまだに辛い。特にこんな夜遅くに家に帰るときは……寂しい気持ちと酒が混ざり辛さを増す。希と何回もこの道を通り部屋へと戻った。飲みに行った帰りや、喧嘩しながら帰った日、手を繋ぎ二人で鼻唄を歌いながら帰る日もあった。

 思い出に浸りつつ、タイルを見ていると希が俯いた俺の顔を覗き、「何してんの?さ、帰ろ?」と言い俺の腕を引いた。

 希が笑って俺を時折振り返る。その笑顔が眩しい……。俺が微笑み名前を呼ぼうとすると……いつもそこで希の幻は消える。車が横を通通り過ぎる音が響いているだけだ。

 残酷な幻は、突然消える。

 一人腕を伸ばし立ちつくしていることに気がつくと目的を失ったその腕をポトンと下に落とす。

 何回この幻を見たんだろう。ひどく酒を飲んだ帰りだけに出るこの幻はきっと俺の願望だ。

 すぐに現実を突きつけられる。希はもういない、帰ってこないのだと。

 分かってる。分かってるのに……。

 俺はまた俯きタイルだけを見て歩き続ける。そうすれば泣いていても誰にも見えない、幻も見えないはずだ。そう信じたい。ポケットに入れていた携帯電話が鳴る。メールだ……涼香ちゃんからだった。

──食事して、やり直そうと言われたけど、少し考えてみる。
ありがとう……をちゃんと見るね

 メールも見て携帯電話を閉じる。どうやら少し進展したようでホッとする。幸せになってくれればいいが……。
 ポケットに戻そうとするとまた携帯電話が鳴る。

──大輝くんに出会えてよかったよ! またイカ食べに行こうね。絶対だよ! もう会わないとかナシだからね!


 大輝はメールを見て微笑んだ。
 どうして分かったんだろう……俺が遠慮して会わなくなるって。さすが……分身……。
 そのまま携帯電話を操作しながら歩く。

──バカ言うな。まだおごってもらってないぞ講師料。また行こう! よく頑張ったな、お疲れさん

 送信すると大輝は夜空を見て笑みを浮かべた。いつのまにかあの道を抜けアパートまであと少しのところまで来ていた。

 大輝は歩いてきた道を振り返り目を細めた。

「今日はあっという間……だったな」

 大輝はそのままアパートの階段を上っていった。
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