忘れられたら苦労しない

菅井群青

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15.再会

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『いい? 平常心でね! 泣きついてきてもすぐに許しちゃダメなんだからね!』

 電話口から弘子の小言が聞こえてくる。
 昨日の晩に送られてきたメールと全く同じことを言っているのだが、本人は素知らぬ風だ。

「分かってるってば……もう切るよ? もう時間なんだから──はい、また連絡するよ」

 涼香は電話を切るとカバンに携帯電話を戻した。とうとう武人と飲み行く日がやってきた。どうしよう、かなり緊張する。

 自分の化粧を何度も確認したし、服装も直前に駅のトイレの姿鏡で確認した。武人と会うことに緊張するなんて本当に出会って初期の頃以来かもしれない。

「よ、お疲れさん」

 武人の声が聞こえた。振り返るとそこには武人がいた──本当に武人だ……。
 当たり前なんだけど、どこか夢を見ているような気持ちでその姿を見る。

「……どうした?」

「あ、いや、久しぶりだなって……」

「……そうだな。じゃ、行こうか。この路地の向こうにいい店があるんだ」

 涼香と武人は歩き始めた。二人は横に並んで歩き始めたがその微妙な距離がなんだか物寂しい。
 でも、もう無意識に手を取る関係じゃないのが分かっているので気づかないふりをして歩く。

「涼香、髪切ったんだな」

「ん? あ……そうだね、もうこの髪の長さで慣れちゃって」

「そうか、もう二年だもんな」

 一年以上この髪の長さだった。何気なく言った武人の言葉に月日が経ったのを感じて切なくなった。

 入った店はピザが美味しいイタリアンの店だった。お洒落でモダンなデザインで会社帰りの女性たちも多い。席に着くと慣れたように注文していく。

「涼香は辛いの大丈夫だったよな?」

「あ、うん……大丈夫」

 覚えていてくれた事になんとも言えない感情が溢れた。さりげない事だけど、本当に嬉しい。
 それからはワインを飲みながら色々な話をした。過去の話はせず現在の話や武人と付き合っていた時に紹介された友人の近況などを話す。

 涼香は武人を感じていた。

 二年前とは違う香水
 変わったスーツの好み
 少し大人びた顎のライン

 二年間、どうしていたのだろう。

 ちらっと武人の左手を見る。そこには指輪はない。結婚はしていないようだ。それはそうだろう……そうでなければこうして二人っきりで会うようなことをするはずはない。
そんな、人間ではない。

「あの……さ、俺ずっと涼香に謝りたくって……その……あの時はごめん」

 話の切れ間に武人が口を開く。
 あの日のことだろう、今でも思い出すと心が痛む。目の前の武人も思い出しているのだろう、辛そうな顔をした。

「しょうが、ないよ……好きな気持ちは止められないもん……」

 二年間も引きずっていた。
 生活の中に感じる武人を探してた。
 今も武人が好き……そんな風に思わせないように言葉を紡いだ。

 突然悔しい気持ちがわいてきた。

「ずっと涼香が泣いてる気がしてさ……」

「バカね……大丈夫よ……」

 今でも思い出して泣いているのに強がる理由は分からない。強がりたかった。武人が笑っている間、自分は何をしていたのかを考えると、嫌になった。

「あの時の子とは上手くいったの?」

 出来るだけ努めて明るく話しかける。武人は思い出したように苦笑いをする。

「あの後付き合ったけど……一年前かな? 別れたよ」

「そうなのね……」

 武人は何かを思い出しているようだ。私はグラスに残ったワインを飲む干すと、武人は私の顔を見つめている。

「涼香は、いま付き合っている奴がいるのか?」

 その表情と言葉の節からなんとなく武人が聞きたいことが分かった。さっき電話で言っていた弘子の言葉を思い出す。

「いないよ。付き合っている人は、いない」

 武人と別れてから誰にも心を奪われていない。ずっと武人が心の中にいたの……ずっとこの二年思い出の中の武人がそばにいたの。
忘れられなかった……会いたかった……。

「……なら……、俺ともう一度やり直してくれないか?」

 武人が瞬きを繰り返し低い声を出す。緊張しているのが分かり涼香も息を呑む。

 あの武人がやり直そうと言っている。嬉しい……嬉しいけれど……大輝の言葉を思い出す。

──涼香ちゃんが恋してるから。きっと会えばもっと気持ちが高ぶって好きになるはずだから……でも──以前の彼と今の彼は違うかもしれないでしょ? 涼香ちゃんを一旦捨てたこと……忘れちゃダメだよ……。

 いいよ。やり直そう。

 涼香はその言葉を飲み込んだ。以前の私ならそのまま迷わずそう言っていただろう。本当にそう思っていたから。

「武人は……今は私のことが好き?」

「え……そりゃ……」

「私と別れた時は違う気持ちだった、よね?」

「あの時は……その……気持ちが移って……」

「ごめん、変なこと言って……私、ずっと武人が好きだったし、やり直そうって言ってくれてすごくうれしい……だけど、武人は突然別れようって言ったでしょ? 数日前まで普通だったのに……。だから、なんか慎重になる……。それに、私が好きな武人は二年前の武人かもしれない。それに、武人が思い描いている私も過去の私かも……」

「ごめん、あの時は、自分の中で気持ちが葛藤してて、結局は涼香を泣かせる選択をした。それは、今でも悪かったと思う。俺も、涼香も変わった部分は多いよ。でも涼香は涼香だと思う。急がなくていいから、考えてみて?」

「……うん」

 きちんと話せると、思いのほか心は晴れやかだった。さっきまで重たく感じたワインが軽くて飲みやすくなった気がした。
 武人も肩の荷が降りたようでリラックスして話ができた。どんどん昔のように話が弾んでいく。それだけで心が炭酸に浸かるように弾ける。

 武人と涼香は色々な話をした。涼香は心が解放された気がした。


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