貴族嫌いの伯爵令嬢はただ本を読んでいたいだけのようです 〜魔力無しと嘲笑われた令嬢の生き様〜

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第二章 王宮尚書官編

47話 心外

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「ちょ、ちょっと待ってデレアさん。それ本当?」

 リアンナ長官が狼狽して私に尋ねてきた。

「はい。灯りも乏しい深夜でしたので誰かまではハッキリ見えませんでしたけれど、尚書官業務室の前で奇妙な動きをしていたのが窺えたので、隠れて見ていたんですよね」

 もちろん嘘です。

 私は深夜はぐっすり寝てしまうタイプだ。むしろ、ちょっとやそっとじゃ中々起きれないぐらいだ。

「それは本当かデレア!? その人物は男か!? 女か!? どんな背格好だった!? 灯りが乏しくとも髪の長さとかぐらいは見えただろう!?」

 食い付いてきたのはやはりヤリュコフ先輩か。

「……これを言ってしまっていいのか、ちょっとアレなんですけど」

 私はわざとらしく言い淀むフリをして見せる。

「貴重な情報だ! 包み隠さず答えるんだデレア!」

 必死な顔で食いついてくるヤリュコフ先輩とは裏腹に、ナザリー先輩、ミャル先輩、そしてリアンナ長官は不安そうな表情で佇んでいる。

 さて、ここからだな。私の嘘八百芸をとくと味わわせてやる。

「そうですね。私が見たその人影は男性の方のように見えました」

「っな!? そ、そんな馬鹿な事があるかッ!!」

 ヤリュコフ先輩。この人はやはり……。

「おいデレア、よく思い出せ! 尚書官業務室を出入りしていたのが本当に男に見えたのか!?」

「はい。そうです」

「デレア、お前は寝ぼけているんじゃないのか!? それか夢でも見たのだろう! そんな事はありえるはずがない!」

 ……なんという愚かな男なのだろう。

「何故ですかヤリュコフ先輩?」

「何故って、それは……」

「さっきから一番おかしな言動ばかりしているのはヤリュコフ先輩、あなたですよ」

「違う! 私はおかしな事は言っていない!」

「それなら何故、昨晩私が見た人影が男性である事を頑なに否定するのです? まるで自分が疑われたくないかのように感じてしまいますよ?」

「そうではない! 私も……私も、昨晩見たのだ! 尚書官業務室に出入りしている怪しい人物を!」

 この男はまた奇妙な事を……それでは先程の証言と食い違ってしまうだろうに。

「ヤリュコフくん、それはいくらなんでもおかしくない?」

「そうですよ……さっきヤリュコフ先輩、夜中は寝ていたと仰ったじゃないですか」

 当然、ミャル先輩とナザリー先輩も怪訝な表情をしている。

「下手な疑いをかけられたくなかったから黙って様子を見ていたのだ。私も昨晩は気になる事があって起きていた。そして見たのだ、尚書官業務室を出入りしている女の姿をな!」

「へえ。ヤリュコフ先輩は女性を見たんですか?」

「そうだ! だからこそ私はリアンナ長官が国璽こくじを盗んだ犯人だと疑ったのだよ!」

「何故女性だとわかったんですか?」

「そんなもの、あの特徴的な長い後ろ髪を見れば一目瞭然だ。そして言ってしまえば、宮内官で黒くて長い髪をしている尚書官といえばリアンナ長官以外いない」

 ヤリュコフ先輩はあくまでリアンナ長官を犯人だと決めつけているようだ。

 なるほどねえ。

「と、言う事は私が言っている事は嘘になりますね」

「新人のデレア。お前が何を言っているか知らんが、少なくとも昨晩出入りしていたのは男ではない」

「それは髪が長かったからですか?」

「そうだ。尚書官で長髪の女性はカリンとリアンナ長官、それに新人のデレアの三人だが、黒髪なのはリアンナ長官だけだろう」

 ミャル先輩とナザリー先輩は確かに長髪ではないから、消去法で言えばそうなる。

「そうですね。しかし何故それがリアンナ長官だと言い切れるんですか? 尚書官ではない人物かもしれないですよ?」

「お前は何を馬鹿な事を。こんなところ出入りする者など尚書官以外に……」

「もう焦ったいので結論から言っちゃいますが、リアンナ長官は犯人ではないんですよ」

「だから何故そんな風に言い切れる!?」

「何故ならリアンナ長官は昨晩、王宮内にはいなかったんですよ」

「「は?」」

 私の唐突な言葉に全員が顔を歪ませる。

「昨晩、リアンナ長官は急用の為、王宮を離れていたんです。帰ってきたのは朝方です」

 そう。これこそが私がリアンナ長官が犯人ではないと言い始めた根拠なのだ。

「……ええ。実は私、昨晩急な呼び出しがあって、王都のはずれにあるとある貴族のお屋敷に行っていたの。そこで外交に関する書簡を確認して、受け取って帰ってきたのはもう夜明けの頃だったの。で、戻ったら長官室がこの有様だったのよ」

 リアンナ長官の言葉通り、私も彼女が王宮を出ていく姿をこの目で見ている。

 昨晩のあのやりとりの後、すぐ彼女は王宮から出て行ったからだ。

「な、何をそんなデタラメを……! そんな話、我々は知りません!」

 ヤリュコフ先輩の言葉にナザリー先輩もミャル先輩も頷いている。

「それはヤリュコフ先輩、あなた方が信用できなかったからですよ」

「なんだとデレア? 新人の癖にお前は一体何を言ってるんだ!?」

「そのセリフ、そっくりお返ししますよヤリュコフ先輩。あなたはさっきから一体何を言っているのですか?」

「なんだと?」

「これまでの流れとあなたの様子を見てみる限り、あなたの言動にはまるで一貫性が感じられません。あなたは一体、誰の言葉にたぶらかされているのです?」

「……ッな!?」

 ヤリュコフ先輩が明らかに狼狽うろえたな。

 やはり予想通りだ。この人、誰かの傀儡かいらいなんだ。

「わ、私は別に誑かされてなど……!」

「……もう三文芝居はここまでにしましょう。リアンナ長官もそろそろ本当の事を話してください」

 私はヤリュコフ先輩の言葉を置いておき、再びリアンナ長官に向き直す。

「わかったわデレアさん、もうハッキリ言うわね、ヤリュコフくん、ミャルさん、ナザリーさん。あなた方三人は王家にあだなすスパイ疑惑が掛けられているわ」

「「な!?」」

国璽こくじに関する事で私がナーベル法官から気をつけろと言われた後、私は国王陛下にも呼び出されたの。それで、とある一部の宮廷貴族が不審な動きをしていると伝えられたわ」

 そう。昨晩リアンナ長官は国璽こくじの事で私に相談をしてきたのである。

『尚書官の中に裏切り者がいるかもしれないから秘密裏に協力して欲しい』と。

 リアンナ長官は昨晩、本当に王都のはずれに住んでいる貴族のところへ行っていた。

 その間に誰かが怪しい行動をしないか注意して見て欲しいと言われていたのである。

 とは言っても私も真夜中にずっと見張るなんて面倒な事はしたくないし、実際は寝てたので本当に何もしていない。

 へえー、そうなんだ。くらいに軽く考えていたらこの事件となったわけだ。

 普通であれば私のような新人にそのような重要な話をするのはありえないのだが、今回の件に関しては新人である私の方が都合が良かった。

 何故ならスパイ疑惑は一年以上尚書官を務めていた者たちに掛けられていたからだ。

 ちなみに現在、帰省しているカリン先輩も対象外だ。彼女もまだ尚書官に仕官してから二ヶ月程度の新人だからだ。

「ま、まさかそれが我々だと言いたいんですか長官!?」

 ヤリュコフ先輩が明らかに動揺している。

「違いますよヤリュコフ先輩。あなた方、ではなくてあなたが、になりました。この問答のおかげでね。国璽こくじをあなたが取ったのかまではわからないですが、スパイ疑惑が現在最も濃厚なのはあなたに絞られました」

 私が代わりにそう答えると、

「き、貴様……新人の癖に生意気な! 私がスパイだと!?」

「断定はしていません。かもしれない、ですよ。だからもう白状しちゃいません? 自分は嘘を言ってますって。どう考えてもさっきからあなたの言っている事はおかしいんですよ」

「馬鹿な事を! おい、ナザリー、ミャル先輩! みんなもそう思うだろう!?」

 ヤリュコフ先輩は二人に問いかけるが、

「いえ……さっきからおかしな言動を繰り返してるのはヤリュコフ先輩だと思います……」

「そうよねナザリーちゃん。ヤリュコフくん、あなたが何故、最初からそんなにもいきりたってるのかよくわからないわ」

 明らかな温度差を見せつける。

「……ーッ!!」

 ヤリュコフ先輩はその顔を紅潮させ、今にも怒りを噴火しそうなほどに顔を歪ませている。

「……私は……私は嘘など言っていないッ!!」

 そしてついに彼は狂気の行動を取り始める。
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