貴族嫌いの伯爵令嬢はただ本を読んでいたいだけのようです 〜魔力無しと嘲笑われた令嬢の生き様〜

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第二章 王宮尚書官編

49話 真相へ

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 ヴィクトリア王国ではしばしば、王族と宮廷貴族の間に衝突が起こる事がある。

 この国の法の最終決定権があるのは当然国王陛下のマグナクルス王だが、その法の正しさを常に監視し、行き過ぎないように目を光らせるのが聖教の教皇の他、宮廷貴族らだ。

 当然その逆もまた然りで宮廷貴族の裏切りによって、謀反が起き、国家転覆を計る事もありうる。

 常に宮廷内では互いが互いに見張り合う、そういう世界なのだという事くらいは私も歴史書で学んでいる為、それとなく知っている。

「わ、罠だと!? どう言う意味だデレア!?」

 ヤリュコフ先輩が必死な顔で私に尋ねてくるが、右手に集めていた魔力は解いてくれたようだ。

「言葉通りです。ヤリュコフ先輩とリアンナ長官は互いに踊らされていたんですよ」

「そんな馬鹿な事が……!」

「考えてもみてください。この国璽こくじ紛失騒動、もし露呈した場合一番に困るのは誰ですか?」

「それは責任順で言えば当然リアンナ長官だろう。次いで我々尚書官だ」

 ヤリュコフ先輩の答えに私は顔を横に振った。

「違います。マグナクルス国王陛下です」

「そ、それは当たり前だ! そうではなくて……」

「難しく考えなくていいんですヤリュコフ先輩。リアンナ長官も。国璽こくじを悪用された場合、最も大変な事になるのはマグナクルス国王陛下、次いで王家の者です」

「それはそうだけど、そもそも悪用できないと思うわ。だってあの金庫には暗号化魔力が掛けられているし」

「リアンナ長官の言う通りです。悪用するにはそれを開けなくてはならない。開くにはどうしても陛下かリアンナ長官の解読魔力が必要です」

「だから言っただろう! リアンナ長官だけが金庫を開ける事ができるのだ!」

「違いますよ、ヤリュコフ先輩。陛下もいます」

「そんな事はわかっている! だが陛下が自ら国璽こくじを盗んでどうする!? 無意味であろうが!」

「意味はありますよ。コレです」

 私は両手を広げて見せた。

「「……は?」」

 ナザリー先輩もミャル先輩もヤリュコフ先輩も、そしてリアンナ長官も不思議そうな顔をした。

「わかりませんか? 今、我々のこの状況。互いに疑心暗鬼になり尚書官同士の連携を内側から崩すこの状況こそが国璽こくじを盗んだ者の真の意図です」

「な、何? 新人、お前何を言って……」

「その理由を知りたいですか? ヤリュコフ先輩」

「当然だ! 意味がわからない!」

 私はすうっとひと呼吸を置く。

「少々長くなりますが私の考えを話しますね。ただ、あくまで私の想像だと言うのを念頭にお聞きください」

 そして私は私の考えを語り始めた。

「結論から言えば国璽こくじを直接盗んだ犯人まではわかりません。ですが犯行関係者で言えばマグナクルス国王陛下が黒幕で間違いないと思っています。陛下の指示のもと、国璽こくじは盗まれました」

「そんな馬鹿な事があるか!?」

「ちょっとヤリュコフくん。落ち着いて。デレアさんの話を聞きましょう」

 リアンナ長官がそう諭す。

「そしてそれにより、これまで互いに不信感を募らせていたヤリュコフ先輩とリアンナ長官の猜疑心さいぎしんは頂点になります。当然、互いが互いに疑いあう口論となりますね。で、どう話が転ぶかはもう決まっています」

「え? そうなのデレアさん?」

「はい、ナザリー先輩。この口論、行き着く先はどちらにしても衛兵への通報。そうなれば、犯人探し、責任問題となり事細かく話を聞かれる事になるでしょう」

「それは当然だろう! そしてその後然るべき処分に罰せられる!」

「ええ、ヤリュコフ先輩。仮にですがヤリュコフ先輩の考え通り、リアンナ長官が国璽こくじを盗んだ犯人だと信じ続けた場合、リアンナ長官を衛兵に突き出しますか?」

「当たり前だ! そして全てを国王陛下に話す!」

「ですよね。反対にその状況になればリアンナ長官もヤリュコフ先輩が尚書官のスパイ行為をしていた事を説明せざるを得なくなりますよね」

「そうね。ザイン宰相に指示されて探られていたと話さざるを得ない、と思うわ」

「はい。そしておそらくその時点でリアンナ長官とヤリュコフ先輩は宮廷官をクビにされます。最悪の場合は国外追放、もしくは死罪にされるかもしれません」

「「は!?」」

「いいですか、これは尚書官の器が試されています。尚書官として一番歴の長いリアンナ長官と、尚書官として高い実績を残しているとされるヤリュコフ先輩のお二人の器量がです」

「ど、どう言う意味だ新人!?」

「昨今、ヴィクトリア王国は法の厳格化を推進しておりますよね。その中に外交に関する強化内容が含まれています。詳しくはわかりませんが、関税に関する内容も多いとか」

「ええ、それは本当よデレアさん。次の賢人会議の議題にも関税に関する内容が多いわ」

「そんな中、諸外国はヴィクトリア王国に対して弱みを握りたがっている。何故ならヴィクトリア王国は周辺国に対して最も強い力を持っているからです。だからもし関税を高く設定されても諸外国にはそれに強く逆らうだけの力がない。そこで宮廷官にスパイを紛れ込ませました」

「まさかそのスパイが国璽こくじを……!?」

「いえいえ、スパイと言ってもおそらくは内政を調査する密偵程度かもしれません。問題はそういった人間をどう炙り出すかです」

「どうって……」

「リアンナ長官、ヤリュコフ先輩。あなた方は互いに疑い合えと言われています。しかしそれは元々極秘なはずでしたよね。けれどこの騒動によって話さざるを得なくなった」

「当然だ! 私はザイン宰相にリアンナ長官は怪しい動きをしていると言われたのだからな!」

 ヤリュコフ先輩はもう隠す気はないようだ。

「それが駄目なんですよ。話してはいけなかったんです。リアンナ長官、あなたも。私に誘導されたとしても頑なにこの場では黙り込んでいるべきでした」

「え……?」

「この国璽こくじ紛失騒動で、もしもヤリュコフ先輩もリアンナ長官も互いの秘密を守り抜いていて、それで素知らぬフリを続けていたらどうでしょう? 国璽こくじの紛失を衛兵に連絡し、その後責任問題等の処罰は受けるかもしれませんが、おそらくそれだけです」

「それは……そうね」

「長官、ヤリュコフ先輩、言われませんでしたか? この事は何があっても他言はするな。目撃した不審な行動についてのみ報告せよ、と」

「当然……言われた」

「ええ、私も言われたわ」

「その指示の出元はおそらく陛下でしょう。要は尚書官たちの動きを見ているわけです。自らの責をこうむったとしても秘密を持ち続けられのか。近々迫る賢人会議で国璽を使わなければならないという圧力を掛けられていたとしても、ね」

「ね、ねえデレアさん。その秘密を守れない人間はまさかスパイ容疑を掛けられてしまうの……?」

 リアンナ長官が不安そうな表情を見せる。

「いえ、単純にそういう事ではなく、この騒動に乗じてこの件が外部、つまり諸外国に漏れるような動きがないかを見張るところまでが本意ではないかと。そしてもしこの件が漏洩すれば、今回の関係者から諸外国のスパイを絞っていく算段かもしれません」

「そんな馬鹿な……ではこんな派手な騒動含めて全て我々は試されていた、と? そう言いたいのか新人!?」

「はい。ですから私たちがこれからすべき事はただひとつ。リアンナ長官とヤリュコフ先輩はここから一切動かずに、私かナザリー先輩かミャル先輩が、国璽こくじが奪われた事を衛兵に知らせに行く事です」

「……それが一番、なのね」

 リアンナ長官が渋い顔をする。

 それは当然だ。

 結局、管理不行き届きの処罰は免れない。

「そんな事が……では私はリアンナ長官を無意味に疑っていたとでも言うのか……?」

 ヤリュコフ先輩は困惑した表情で震えている。

「……と、ここまで全て私個人の、新人デレアの戯言です。あくまで可能性の話であり、根拠はほとんど無いに等しいです。ですが、私はこの考えの正当性が高いと思っています。何故なら、ヤリュコフ先輩もリアンナ長官も、互いの正義のもとに考え、動いていたからです」

「デレアさん……」

「新人……」

「ヤリュコフ先輩もリアンナ長官も、付き合いは私なんかよりずっとずっと長いんでしょう? こんなつまらない事で互いの信頼関係を壊してしまうなんて、そんな悲しい事、あってほしくないです」

「「……」」

 ヤリュコフ先輩とリアンナ長官は互いに目を見て、しばし沈黙していた。

 自分でも言った通りここまでほとんど私の憶測に過ぎない。

 だが、おそらく大きく外れてはいないだろう。これは間違いなく私たち尚書官以外の手の者が、別の意図を持って介入している。

 私がそう考えていた時。

 ガチャリ、と背後の扉が開かれた。

 そして突如その場に現れたのは、

「素晴らしい。見事だよデレア」


 まさかのグラン様であった。

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