貴族嫌いの伯爵令嬢はただ本を読んでいたいだけのようです 〜魔力無しと嘲笑われた令嬢の生き様〜

ごどめ

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第三章 王国を包む闇編

76話 繋がり始める闇

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「カタリナお母様はお前を助けようとしてくれているだって? リビア、それはどういう意味だ?」

 私はリビアからの想定外の反応に対し、不可解な気持ちで聞き返した。

「言葉通りです……。だからこそ日々、私に実験をしてくださっているんです」

「実験、というのは一体何をしているんだ?」

「私の血液を採取したり、皮膚や唾液を採取したり……あとは様々なお薬を頂いたりしてもらっております……」

「痛い思いをさせられた事は?」

「注射は少し怖いですが……特別痛むような事はされていないです……。カタリナ様はいつも私を気遣ってくださっていますし……」

 どういう事だ。

 私の想定とは大きく違う。てっきりこの娘に非道な人体実験を繰り返しているのだとばかり思い込んでいたが。

「良かった……カタリナお母様はやっぱり酷い事はされておりませんのね……」

「そうでございますよドリゼラお嬢様。カタリナ奥様はやはり何か深いご事情を抱えられているのでございましょう」

 ドリゼラたちはリビアの言葉に安堵している。私とて、いくら義母と言えどカタリナお母様が人道に反する行為を行っていない事には多少安堵はした。

 だが、そうすると色々と腑に落ちない。

「その実験はつまりリビア、お前の病気を治す為にカタリナお母様が行なっていると、お前はそう言いたいんだな?」

「はい。カタリナ様はいつもそう仰られております」

「……」

 確かにこれが本当に魔力変異症の患者であるなら、実験を重ねてでも治すという手段を用いるのはわからなくもない。

 だがそもそも何故、カタリナお母様は魔力変異症の事を知っている?

 魔力変異症なんて言葉、一般的に知る事はほぼ不可能だ。

 魔導医学書や過去の症例をわざわざ隅から隅まで読む様な事でもしなければ、その言葉自体知る事はないというのに。

 リビアの状況を見てから調べたのか?

「……リビア。お前は誰に魔力変異症の事を告げられたんだ?」

「勿論カタリナ様です。このお屋敷にお勤めに来た数日後、すぐにカタリナ様に呼び出されその病気の事を教わりました」

 という事はカタリナお母様は最初から魔力変異症について知っていたという事になる。

「そしてこのままだと周りの人に大きな被害を与えてしまうからと言われここに幽閉されました。でも、私もそれで良いと思いました。私は自分がおかしくなっていた事をわかっておりましたから……」

 それにしてもおかしな点が多すぎる。

 この部屋にしてもそうだ。

 これでは予め、リビアという娘をここに迎え入れる為に用意されたようなもの……。

「けれど」

 リビアは表情を曇らせた。

「カタリナ様はいつも献身的に私の身を案じてくださいますが、大男のグリエンドール魔導卿だけは違います……」

 グリエンドール魔導卿?

 一体誰の事だ?

「グリエンドール魔導卿はたまにここにやってくるのですが……あの人だけは私に酷い事をします……」

「具体的に何をされるんだ? もし言い辛い事なら無理に言わなくてもいい」

「私に魔導具で痛い実験をしてみたり、殴ったり叩いたり、気持ちの悪い物を飲ませたりします……。暴言も恐ろしいです……。そして何よりあの人はカタリナ様の目を盗んで私に……」

 そこまで言うとリビアは涙を溢し始めた。

「こ、ここから出る事のできない私の身体を……うぅ……」

「わかった。それ以上言わなくていい」

 私は彼女の肩をそっと抱いて、背中をぽんぽんと優しく撫でてやった。

 私だけでなくその場にいた全員がすぐに察している。

 そのグリエンドールとかいう男はどうやら本物のクソ虫らしいな。

 弱った女を自分の欲望の捌け口にしている。許し難い本物のクズだ。

「そいつは一体何者なんだ? カタリナお母様とはどういう関係なんだ?」

「わかりません……カタリナ様とグリエンドール魔導卿がどういう関係性かも……。わかる事はグリエンドール魔導卿がここに来るようになったのは、一年ほど前からだという事です」

「そうなのか?」

「はい。約一年ほど前からにカタリナ様と共にやってくるようになりました……。カタリナ様は、この人は希少な光属性に適性を持つ治癒魔導師だと仰ってて……それで私の身体を診てくれると言ったのですが……」

「そんな事を言ってそのクズ男はカタリナお母様の目を盗んであなたの身体を弄んだんですのね? 許し難いクソ虫ですわね!」

 ドリゼラが私の代わりに憤ってる。

 っていうかこいつ、クソ虫って言葉をどこかで盗み聞きしたのか? 私の口癖パクりやがって、まったく。

 それにしても光属性の治癒魔導師など王国全体の中でも百人もいない。案外簡単に素性を割り出せそうだが。

「その人は……自分はエリートだから自分に逆らわなければ良い思いをさせてやるなどと言って、ここに来る度に私の……う、うう……」

 とんだエリートだな。これだから貴族をクソ虫呼ばわりしたくなるんだ。

「わかった、もういいからそんなクズの事を思い出さなくていい」

「……っ」

 リビアはジッと私の服装を見て、何かを思っている。

 いや、正確には私の胸に添えられている何かを見て、だ。

「そのバッジ……」

「ん? 徽章きしょうの事か? これがどうかしたか?」

「それに似ている物をグリエンドール魔導卿も付けておりました……」

 まさか。

 いや、待てよ。

 いた、アイツだ。覚えてる。

 グリエンドール、アイツの事だ。

 確かアイツはこんな事を言っていた。

『ワシの事を公の場で呼ぶ時は、ファーストネームではなくミドルネームの方で呼んで欲しいと! ワシの事はグリエ……』

 大舞踏会のあった日、カイン先生と共にいた光属性の治癒魔導師、デイブ魔導卿だ。

 そうか、思い出したぞ。アイツの名前はデイブ・グリエンドール・ウラジイルという名だ。賢人会議の為にリアンナ長官から手渡された現宮廷官の名簿にフルネームが載っていた。

「ただ、あなたの物とは少し形が違うような……」

「何? そいつの徽章きしょうはどんな形だったんだ?」

「三匹の蛇が絡み合っていたような……? そんな模様、でした」

 三頭蛇さんとうだ徽章きしょう

 ガルトラント公国における政権に関与する事ができる一部の貴族だけが付ける事を許された徽章きしょうだ。

 そしてその徽章きしょうがある国は……かつての私の故郷、だ。

 それをあのデイブ魔導卿が付けているとなると、ガルトラントと通じているのはアイツで間違いなさそうだな。

「……なるほど、わかったリビア。とにかくお前の事はもう少しどうにかしてもらえないかカタリナお母様と相談する。グリエンドール魔導卿についてもな。ただ、一応私たちがここに来た事は他言しないでくれ」

「はい……わかりました」

 私はそう言うと、リビアのケージの鍵を元に戻した。

 彼女に再度食べ物や欲しい物はあるかと聞いたが、水以外何もいらないと言っていたので、最後にもう一度だけ水を飲ませてあげた。

 その後、研究室内を色々と見てみたが、現状では他に大きな情報は得られなかったので、私たちはリビアに別れを告げ、屋敷へと戻る事にした。

 地上への階段を登り、魔導術式の書架をまた手順通りに水魔力を流し、再び書架を元通りにした。

 ひとまずはこれでカタリナお母様にバレる事はないだろう。

 私たちは更なる謎を抱きながらも、その日はこれにて解散したのだった。



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