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婚約破棄を言い渡されたパチンカス令嬢は、目覚めた力で国興しをする 〜激アツ!? 貴族群予告は外しませんッ!〜

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「ウィンディア、キミにはほとほと愛想が尽きた! キミとの婚約は現時点を以ってして破棄させてもらうぞッ!」

 真っ赤な顔をして怒鳴りそうあげているのは、ここアールゼ王国、サウザンゴッド王家の皇太子であるゲシェナ殿下だ。

「な、何故ですか!? 私が一体何をしたと……」

「わからぬのか!? キミという女は見下げ果てたクズだなッ! この城内ですでに何人もの目撃者がいる! よく聞けッ!」

 彼は私を見上げるようにして、そう叫んでいる。何故ならゲシェナ殿下は威勢だけは番犬並みに良いくせに、身長は私よりも低いからである。

「夜会のディナーで余った残り物の食材を袋に詰めたり、華やかなパーティだと言うのに侍女が用意したドレスも着用せずパンツスタイルで舞踏会に現れたり、どこで拾ったかわからないガラクタを部屋に大事そうに持ち込んだり……あげればキリがない! とにかくキミは貧乏性すぎるッ! それでも貴族の娘か!?」

 確かにこの私、ウィンディア・マリンブルーは貧乏性だ。

 それというのもゲシェナ殿下の隣国であり私の出身国でもあるサンヨウ公国は、何年にも渡って財政難に見舞われている弱小公国。

 いくら私が公爵家の令嬢とはいえ、国が疲弊しているのなら私たち貴族も贅沢をしないのが私たちの常識だった。どうやらそれが、ゲシェナ殿下の怒りに触れたみたい。

「も、申し訳ありませんわゲシェナ殿下。我が国含め周辺国では貴族も節制するのが当たり前でしたので……」

 その言葉にゲシェナ殿下は顔を更に紅潮させ、

「わ、私がッ……常識ハズレだとでも……ッ! 言いたいのかッ!? この痴れ者めがぁッ!」

「ああッ!」

 そう激昂し勢い私の頬に、スパァンッ! と、裏拳を浴びせた。

 そのあまりの勢いに私は思わずよろけて、赤い絨毯の上へと倒れ込む。その勢いで、私の唯一大切にしている純銀ビーズのネックレスがちぎれ、床へと散らばり、転がる。

 痛い。もの凄く痛い。女性に手をあげるなんて信じられない。

 そう思い、私は涙目でキッと彼を睨め付ける。

「なんだその目は!? 貧乏国の公爵家令嬢とはいえちょっと顔が良くて胸がデカいから嫁にもらってやるなどと情けを出してやった私が愚かだった! それ以上無礼を申してみよ! 不敬罪に処する前にお前などこうしてやるッ!!」

 そう言って彼は近くの壁に飾られていた大鏡に、バシィッ! っと、力強く拳を打ち付けた。身長の割に彼の力だけは凄まじく、その大鏡は殿下の拳を中心にして蜘蛛の巣状にピシピシィピシィっとヒビが入る。

 瞬間――。

 私の脳裏に電撃、走るッ!

 赤い絨毯。転がる銀玉。そしてヒビ割れた鏡。

 ああ……この記憶は何?

 とても懐かしくて、とても心がウキウキして、とても情熱が湧き立ち、そして紅潮する。

 敗北が悔しくて、悔しくて堪らなかったあの日の記憶。

 私はゲシェナ殿下を見て、まるでいつかの自分を投影し、重ねていた。



 そう、私は生前パチンカスパチンコ大好き人間であった事を思い出したのだッ!



「な、なんだ……?」

 私はスっと静かに立ち上がって彼を見下ろすと、

「台パンチはおやめください、お客様」

 と、声のトーンを低くして私は彼に告げた。

「だ、台パ……? 何を言っている! それに客ってなんだ!? どちらかというと客はもうキミの方だ! 私との婚約が破棄されればキミなど客以下の存在だがな!」

「これは失礼致しました。ゲシェナ・サウザンゴッド皇太子殿下」

 私は体が綺麗な角度45度になるように、頭を下げ謝罪する。

 そう、私は生前パチンカスであり、そしてまた女性店員でもあったのだッ!

「ふん! 今更頭を下げてももう遅いッ! とにかくもうこれでキミの国との交易や資金援助も終わりだな。馬鹿な女め! せめて性奴隷として私につくすとでも言えば、まだ可愛いがってやったものをッ!」

 とんでもない。何があってもそれだけは御免被る。

 元々好きでもない男と婚約していた事だけでも辟易していたのに、成人した後毎晩こんな男に抱かれるくらいなら、ハイリスクスペックの台で一回も大当たりを引かない方がまだマシだわ。

 とまぁ、そんなわけでまだ成人寸前の私は幸い貞操だけは無事だった。

 しかし資金面や交易問題については実際困る。

「ゲシェナ殿下。婚約破棄は結構ですが、交易までストップされてしまうのは非常に困ります」

「ふん! 当然だろう? キミを困らせてやりたいんだからな! 更に言えば、キミの国から慰謝料として賠償金も請求してやる。内容はこの私に恥をかかせ精神的苦痛を強いた事だ。20万金貨は最低でも覚悟しておくんだなッ!」

 なんという暴論ッ!

 この男、どれほどに浅ましく、卑しいのか。

「慰謝料を言うならむしろ私の方だと思うんですけれど」

「知った事かッ!」

「……ゲシェナ殿下、それならば私と勝負を致しませんか?」

「勝負、だと?」

「はい。その勝負にもし私が負けたら、私は貴方の言う通り、お金も払いますし、この身体もお好きなようになさってもらって構いません。毎晩でもお相手致しましょう」

「ほ、ほう……?」

 変態の皇太子殿下は私の胸を見てゴクリ、と喉を鳴らす。

「ただしもし私が勝ちましたら、先程の発言撤回をお願い致します」

「婚約破棄をか?」

「いえ、それはもう結構です。交易や資金援助についてです」

「……ま、まあ、考えてやらんでもない」

 この皇太子殿下、よほど私の身体を欲しているのだろう。それをわかっていたからこそ、この賭けは上手くいくと私は踏んだのだ。

「だがキミの得意な魔法なんてゴミみたいなものばかりではないか。たかが様々な色の光を発生させる事ができる魔法で私と勝負するつもりか? 私はこれでも皇太子にして宮廷魔術師にすら一目置かれているほどの魔法の使い手なのは知っているであろう?」

「誰が魔法で勝負をすると言いましたか? 私が申し上げる勝負とは……」

 そう、勝負と言ったらコレしかない。

 私たちパチンカスにとってのいくさとは。

「ギャンブルですわッ!!」



        ●○●○●



 ゲシェナ皇太子殿下に宣戦布告を申し出た私は、すぐに母国であるサンヨウ公国へと帰った。

 殿下は最初怪訝な表情をしたがギャンブルの内容を話したら「面白そうだ、受けてたとうではないか」と無事承諾してくれた。

 さて、そのギャンブルだが、私たちのような元パチンカスの勝負とくれば言うまでもなくパチンコである。

 しかしこの世界において当然そんな物など、ない。

 だから私は作れば良いと思った。

 1から……いいえ、ゼロからッ! パチンコ台をッ!!
 
 その為にはどうしても一度サンヨウ公国に帰る必要があった。

 何故なら――。

「え……ッ? ま、まさかおめぇ、ウィンか!?」

 額にハチマキを巻き、顔と体中に汗を流しつつ右手に持っていたトンカチを構えたままその男、ゲンニバル・カーペンターが驚いた顔をして私を見た。

「久しぶりですわね、ゲン」

「一体どうしたんだウィン……あ、いや、ウィンディア様。貴女様はアールゼ王国に嫁がれたはずでは……」

「うふふ……私、婚約破棄されてしまいましたの。だから今はもうただのウィンディアですわ。かしこまらず、昔みたいに気軽にウィンと呼んでくださいまし」

 彼、ゲンニバル・カーペンターは大工仕事を得意としているが、こう見えてもこの国の伯爵貴族の子息であり、私の幼馴染でもある。

 我が国では、くらいの高い一族であってもその者の得意な職に就くのは当たり前だ。

「そうだったのか……つれぇ思いをしたな……」

 彼はトンカチを床に置くとハチマキを外して汗を拭い、そう言って私のもとまで歩み寄って私の頭に手をぽんっと置いて、くしゃくしゃっと私の髪を撫でた。

「ちょ、ちょっと髪が乱れてしまいますわッ」

「っへ、てやんでい。昔のようにって言ったのはおめぇだぜ、ウィン」

「……んもう」

 と口を尖らせる私だが、彼のその行為を満更でもない表情をして甘んじて受ける。

「で、いってぇどうしたってんだ? オイラのところにやってくるなんざぁ、またよからぬ事でも企んでるんだろ?」

 さすがは私の幼馴染のゲン。私の性格を良く知っている。

「ええ、実は貴方のその腕を見込んで頼みがあるんですわ――」



        ●○●○●



 木を削り、組み合わせ、基板となる木製の土台を用意し、そこに鉄製の釘を大量に打ち込む。

 そしていくつかの穴をあけ、簡易的な『パチンコ台』の基礎はあっという間に出来上がった。

 ただし、私の生前の時のような、あんな小さなものではない。

 家一軒分くらいの大きさのパチンコ台をまず2セット分、森の中の広場で作り上げてもらった。

 それはゲシェナ殿下と対戦する時、多くの民衆にその勝負の行方を見届けてもらう為である。

「……で、このグリーンの小型ハンドルを模した魔鉱石に手を触れ魔力を送ると、内部の巨大バネがピストン運動を開始し、そこに仕込まれた鉄製の大きな銀玉を基板上部へと打ち上げますわ。その銀玉は自重落下により下へと落ち、大量の道釘の森を通り抜け、そしていずれかの穴に入るのです。魔力の注入量で銀玉の飛ばす威力を調整しますわ」

「はあー……設計図と考案を聞かされた時から面白そうだとは思ったが、これが『パチンコ台』か。ウィン、おめぇすんげえもん作っちまったんじゃねえか? こんな遊戯、オイラぁ見た事も聞いた事もねえぞ」

 ゲンニバルが感心したように呟く。

 実際そのほとんどを造り上げたのはゲンニバルだが、全ての図面やカラクリ等は私が作成した。

「ただ、穴はいくつかありますけれど、本命の大当たりの穴は中央のヘソと呼ばれるここ。ここに入れば大当たりを引く事ができますわ」

「んじゃ、その穴に先に玉を入れた方が勝ちってぇわけだな?」

「いいえ、違いますわ。その穴に入って始めて抽選を受ける事ができるのですわッ!」

「なに!? ウィン、いってぇそりゃどう言うことでい!?」

「ふふ、少し見ていなさい?」

 私はそう言ってパチンコ台テスト機に魔力を送り、玉を打ち出す。

 カンッカンッカンッカンッと小気味のよい鉄と鉄の弾ける音が響く。

 ああ、懐かしい。

 私は巨大な銀玉の流れにうっとりと見惚れていた。

 そして少しすると、ついにひとつの銀玉が中央ヘソの穴に入る。

「来ましたわッ! 耳をかっぽじってよぉくお聞きなさいゲン! いいこと? このパチンコ台の一番の注目要素はコレですわよ!」

 玉がヘソの穴に入った瞬間。

「な、なんだってんだこりゃあ!? いってぇ何が起きてやがるんだ!?」

「これが……『えんしゅつ』ですわよッ!!」

「ヘソの奥の一部、木板じゃなくガラスばりになっている部分になんかが映って、横に走っていやがる! こりゃあいってぇどんなカラクリだってんでい!?」

 基板の基礎はそのほとんどが木製の板だが、ヘソの穴付近の板だけは特殊な魔法を施したガラスの板を貼り付けてある。

 そこに巨大でカラフルな色をした数字が三列、横に映し出しているのである。

「2……5……7……!? なんだっつんだこりゃあよぉ!?」

「落ち着きなさいゲン。これが私が発明した内部抽選を見える化したシステムですわ! ヘソに玉が入ると、中にある魔回路のスイッチがオンになりますの。その魔回路はおよそ1/319の確率で当たりを抽選しますわ。もしその1/319を引き当てる事ができると、その三列の数字が縦に一直線に並んで揃い、大当たりとなりますのよ!!」

「ま、まだいまいち要領を得ねえが、コイツがとてつもねぇもんだって事ぐれぇはオイラにもわかるぜ。しかしいってぇウィンよぉ、おめぇはこんな物をどうやって考え出したんでい……」

 私の得意魔法は光属性のライティング系と言って、魔法で光を放って夜道を照らしたり、簡単な映像を鏡やガラスに映し出したりするだけのモノで大して役に立つ物でもなかった。

 だがその私の魔法を利用、応用し、パチンコ台の演出を作り上げたのであるッ!

「つまりは、ヘソに玉が入って、更に1/319を引かなければならねぇって事だな。こりゃあなげぇ戦いになりそうだぜ……」

「この台の『えんしゅつ』の秘密はそれだけではないですけれど、とにかく結論から言えばゲン、貴方の言う通りですわ」

「なるほどな……へへ。オイラぁもしかしたら世紀の大発明の瞬間に立ち会っちまったのかもしれねえなあ!」

 こうして私たちは『パチンコ台』を作り出し、あとはゲシェナ殿下との決戦の日までに細かな準備を整えるだけとなった。



        ●○●○●



 ――そしてあっという間に月日は流れ、何度かゲシェナ殿下にもパチンコについての説明書類を渡し、直々に『パチンコ台』をテストプレイしてもらい、そうしてようやく全ての準備が整う。

 いよいよ明日はゲシェナ殿下と運命を掛けた勝負の日。

「よぉ、ウィン。眠れねえのか?」

 決戦前夜、私が独りパチンコ台の前に佇んでいたら不意に背後からゲンの声がした。

「……ええ。いよいよ明日、ですもの」

「勝てばこれまで通り公国と王国は交易を続けられ、また王国からの支援も受け続けられる。けど負けちまったら莫大な金を払うだけでなく、おめえの貞操まで好きにされっちまうってんだ。そりゃあ気が重くなんのもわからぁ」

「私、やっぱり怖くなってきてしまいましたの。もし負けたとしても、自分で言い出した事ですしこの身体を好き勝手にされるのだけはまだ諦めますわ。……もの凄く嫌ですけれど。でもこの国は……」

 あまりに安易すぎる約束をしてしまったのだろうか。

 だが、私がああでも言わなければ有無を言わさず、ゲシェナ皇太子殿下は交易も支援もやめていただろう。

「なあ、ウィン。これを作ったのはオイラたちだ。だったらゲシェナ皇太子殿下の方の台だけ、当たりが来ねえように細工しちまえるんじゃねえのか? 魔法でよお」

「駄目ですわッ!!」

 私はゲンの顔をキッと睨む。

「遠隔、不正行為、八百長、イカサマ。そんなものの上に成り立って勝ち得た勝利など、敗北も同然ッ! そのような下劣な行為、貴族として……ううん。パチンカスの誇りが許しませんわッ!!」

 私の言葉にゲンは圧倒され、その目を見開くが、

「っへ。相変わらずだな、ウィン。おめぇはよ」

 そう言って彼は優しい瞳で、また私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「オイラぁおめえの、そういうわけのわかんねぇ一本筋を通してるところが、好きだぜ」

「えっ!?」

「あ、いや! す、好きって言ってもアレだ! 幼馴染としてって意味だ! オイラなんかじゃあ、その、おめえには不釣り合い、だからな。……っへへ」

 別にそんな事はないのに、と思った私だったが彼が勢いでそう捲し立ててしまったので、私は何も口を挟めなかった。

「それによぉ、別に明日負けちまったって、命まで取られっちまうわけじゃねぇんだ。そんなに気負うなや」

「でも……」

「負けたって金の事なんざ心配すんな。国総出でまた頑張りゃいいさ。それよりおめぇの体をあんなクソ皇太子に好き勝手されんのだけは我慢ならねえ。そこだけはなんとしてもオイラぁ抗議してやる。聞く耳持ってくんなけりゃ、おめぇを力づくでも連れ去ってやるさ」

「ゲン……」

 私は彼の優しさに甘え、思わず彼へと抱きついていた。

「本当に……? 私が負けたら……私の事、守ってくださるの……?」

「あったりめえだろ。以前のおめぇは自分で望んで国の為に嫁ぐって言ったからオイラぁあえて黙ってた。だが今回は嫌だってハッキリ言った。おめえの辛さ、オイラにも分けさせろ。な?」

「……ゲンッ」

 私は彼の胸の中で涙を流した。

 この涙が一体なんなのか。よくわからない。

 けれど、もう大丈夫。

「……ありがとうゲン。私は立派に戦いますわ」

 だって、彼が私を見守ってくれているのだから。



        ●○●○●



 パンッ! パンッ! パンッ!

 と、いう祝賀パレードに使われるクラッカー音があちこちに鳴り轟き、色とりどりの風船が都のあちこちで宙を舞う。

 アールゼ王国の王都、その大広場は大きな『パチンコ台』が2台並べられ、その周囲をたくさんの民衆が取り囲んでいた。

「ゲンさん! ウィンちゃん!」

 私とゲンニバルが緊張した面持ちでパチンコ台の前で佇んでいると、周囲を取り囲む民衆の数人が私たちへと声をかけてきた。

「サンヨウ公国のみんなも応援に来てるよ!」

「ウィンちゃん、すげぇもん作ったなあ。今度俺にもやらせてくれよ!」

「ゲンさーん! 頑張ってねー!」

 老若男女、多くのサンヨウ公国の仲間が私たちに声援をくれた。ゲンニバルは一応貴族なので本来なら「ゲンニバル卿」と呼ばれるべきなのだが、彼はいつも自分で、

「卿、なんて呼ばれ方、ケツの穴が痒くならぁ! オイラの事は気さくにゲンさんって呼んでくれぃ!」

 と言っているので、サンヨウ公国では彼の事を皆、親しみを込めゲンさんと呼ぶ。

 今回の戦いは二人一組で行なう。

 魔鉱石ハンドルから魔力を送り玉を打ち出す間、魔力はどんどん失われてしまう。決着がつくまではそれを交代しながらプレイする為だ。

 もちろん私はゲンニバルとペア。

 そしてゲシェナ殿下は。

「ふん、待たせたな! 私の相棒は彼女だッ」

 たくさんの護衛に連れられながら遅れて広場にやってきたゲシェナ殿下はひとりの少女を私たちに紹介した。

「初めまして。ゲシェナ皇太子殿下の婚約者、ハイビス・ペーカーと申しますわ。以後お見知り置きを」

 綺麗な黒髪の頭に大きな赤い花びらのカチューシャをつけた品のあるお嬢様がそう挨拶をした。

 それを見て民衆がざわつく。

 ペーカー家といえば、アールゼ王国を中心に見てサンヨウ公国とは正反対側に位置する王国に領地を構え、更にペーカー家は大きな富と魔力を持つと言われる上級貴族の家系だ。

 もう新たな婚約者がいるのは、私へのあてつけだろう。

「……ゲシェナ殿下。約束は守ってくださいますのよね?」

 私たちは彼らの前へと歩み寄り、互いに目を見合う。

「私もそこまで落ちぶれていない。もちろんだ」

 こうして、私たちとゲシェナ殿下たちとのパチンコ台大当たり一本勝負の幕が切って落とされたのだった。



        ●○●○●



 ――勝負が開始されて、気づけば一時間以上の時が過ぎた。

 最初、魔力量の調整で玉の射出量に四苦八苦していた私とゲシェナ殿下も、定量の魔力注入間隔を掴み、両者共に安定してヘソに玉が入り出す。

「おおーっと、ここでゲシェナ殿下の変動にリーチがきたーッ!」

 そう解説をするのは、アールゼ王国の執政官でもある宮廷貴族の面々。彼らは私たちの戦いの公平性を見る為の審判というわけだ。

 人間とは慣れが早いもので、この世界においてもパチンコ用語はあっという間に浸透していった。(ちなみに変動とは、ヘソに玉が入って、ガラスに映し出された映像の数字が回転している状態の事である)

「しかし残念! ゲシェナ殿下の台は大当たりならずッ! 続いてウィンディア令嬢の方にリーチ! おおっと、これは……シャボン玉リーチだぁ!」

 私が作った『えんしゅつ』の秘密。それは数字が二つまで揃うと『リーチ』という状態になり、その状態の時、更に追加『えんしゅつ』が発生する。その追加『えんしゅつ』の内容によってその変動が大当たりしているかどうかの示唆となるわけだ。(あくまで演出なので、内部的に大当たりしていなければどんなに熱そうなリーチでも外れる。つまり演出とは、単なるエンターテイメント性だ)

 その中でもシャボン玉リーチは弱いので、まず当たらないだろう。

 その事はすでに初めてコレを見ている民衆らでも理解し始めている。

「しかしやはりダメかぁ! 両者勝負を開始して、かなりの時間が経過致しました。どちらも中々大当たりが見られません!」

 私とゲンニバルは魔力を温存しつつ、適度に交代しながらパチンコを打つ。

 もちろんゲシェナ殿下とハイビス令嬢もそうしていた。

 ……途中までは。

「はあッ! はあッ!」

「ふーッ! ふーッ!」

 気づけば交代する事ですら負けに等しく感じ始めた私たちは、体力の限界までパチンコを打ち続けていた。

 魔力の消耗は体力もおおいに奪われる。

 私とゲシェナ殿下は肩で息をし、額から大粒の汗を垂れ流しながら銀球をひたすらに打ち込んだ。

 その一球一球に魂を込め、祈りを込め、か細い当たりを追い求め続ける。

 そう、もはやパチンコとは、スポーツなのであるッ!!

「てやんでぃ! ウィン、いい加減にオイラに代わりやがれい!」

「ま、まだ私はイケます……わ……ッ」

「ばっきゃろー! 足元がふらふらしてるじゃねぇか!」

 そんな私たちの隣も、

「ゲシェナ殿下ッ! もう私と交代してくださいましっ!」

「まだ、だ……隣でウィンディアが交代していないのに……わ、私が先に交代してたまるか……ッ」

 謎の意地の張り合いをしていた。

 しかし交代をする時はしばしの間、玉の打ち出しが止まる。その僅かの差で勝負が決してしまうかもしれないのだ。

 そう考えると可能な限り打ち続けていたい。

「きたぁーーー! ゲシェナ殿下にひっさびさのリーチだ! 6の数値でリーチが掛かるぅ!」

 しかし民衆もただのリーチ如きでは、もはや騒がない。

 だがッ!

「う、ぉおおおお! 来た! 来ました!! 説明には聞いていましたが初めて見る『えんしゅつ』ッ! 騎士群予告だぁーーーッ!」

 なんです……って!?

 この台にはいくつかの『えんしゅつ』が搭載されている。その演出内容によってそのリーチが大当たりする信頼度が違う。

 ノーマルリーチ<シャボン玉リーチ<王宮リーチ<群予告リーチの順でより熱くなる。

 そして今、ゲシェナ殿下に発生した『えんしゅつ』は、一番信頼度の高い群予告リーチッ!

「これは熱い! 熱いです! 激熱だぁーーッ!」

 民衆も一気にざわめきが増した。

 このまま彼が当たってしまうの……!?

 私は負けてしまうの……!?

 私とゲンニバルは固唾を呑んで、ゲシェナ皇太子殿下の台を見守った。

「さあさあさあ、きたきたきたぁーッ! 中央の6の図柄がゆっくり近づいてぇええー!」

 私は心臓の高鳴りと共に殿下の台が当たらない事を祈る。

「止まっれぇええええええーーーーッ!!」

「止まりなさいですわぁぁーーーーっ!!」

 ゲシェナ殿下とハイビス令嬢が汗だくで声を荒げて、『えんしゅつ』を見上げた。

「「ああああぁぁぁーーッ……」」

 だがしかし彼らの願いむなしく、その6のリーチは外れる。

 私とゲンニバルは二人でほっと胸を撫で下ろした。

 そして直後。

「うおおおおッ! 今度はウィンディア令嬢とゲンニバル卿にの台がリーチッ!」

 意識が朦朧とし始めたところで、私の台にも久々にリーチが訪れる。

 そしてッ!

「あああーッ! これはどうした事かッ! またもや群予告だぁーッ! 激熱! 激熱ですッ!!」

 来た。

 ついに私の台にッ!

「……く。だ、だが私の台も先程の群予告を外しているッ! キミのも当たるはずがないッ! 激熱など関係がないッ!」

「そ、そうですわ! 貧乏令嬢なんかに、大当たりが来るはずありませんわッ! 激熱なんて……!」

 ゲシェナ殿下とハイビス令嬢が強がるように言いつつも、私の台を凝視する。

「さあ、7の数字がリーチですッ! この群予告、果たしてモノにできるのかぁーー!?」

 ゆっくりゆっくり数字の7が流れていき……そして。

「あー! 止まらないッ! これもゲシェナ殿下たちの台同様ハズレてしまったぁー」

「ふ、ふは、ふはははっ! ほれ見たことか! やはり勝つのは私なのだッ!」

 と、ゲシェナ殿下が高笑いをした。

 激熱? ハズレ?

 何を言っているの。

「殿下、激熱ではございません。群は群でも、はッ!」

 私の言葉に合わせて、数字が全て再始動するッ!

「確定、ですわぁぁあああああーッ!!」

「「な、なぁにぃいいいいいいいーーッ!?」」

 ピタッと数字の7が三つ縦に揃い、そして台が七色に発光。

 <スーパーラッキー!>

 台から大音量で祝福の声が鳴り響いた。

「あ、当たり……大当たりですッ! ついに出ました大当たり! ウィンディア令嬢とゲンニバル卿の勝利でーーっす!」

 わあぁぁぁぁぁぁーッと大声援が広場を包み、そしてこのパチンコ勝負は見事、私の勝利となったのだった――。



        ●○●○●



 ――熱き戦いは終わり、無事私は勝者となった。

 横暴なゲシェナ殿下の事だからまた何か言い掛かりでもつけられるかと思ったが、宮廷貴族やゲシェナ殿下のお父上であられる国王様がたの目もあり、彼は大人しく私の条件を飲んでくれた。

 悔しそうにしていたゲシェナ皇太子殿下とハイビス皇太子妃だったが、二人とも魔力も尽きかけで満身創痍だったのか、私やゲンニバル共々、広場の床に座り込んでいた。

「も、もう動けん……」

「わ、私もですわ……」

 ゲシェナ皇太子殿下とハイビス皇太子妃は、地べたに座り込んで、そう呟く。

 私も同じ様な感じだ。

 唯一元気そうなのはゲンニバルくらいか。体力魔力共に優れているとは、さすがは大工の家系だと感心した。

 なんにせよ無事、私は婚約解消と我が国を守る事の両方を勝ち取ったのだ。

 コレで全てが無事に終わった。

 と、私は思っていた。

 お祭り騒ぎが沈静し始め、兵士たちがパチンコ台を街の外へ運び出そうと片付けをしていたその時。

「お逃げくださいッ! 殿下ぁぁぁあーッ!!」

 私たちの頭上から兵士の絶叫が響く。

 私たちが見上げると、上空にはパチンコで使われていた巨大銀玉が、大量に降り注ごうとしていた。

「なーっ!? 私はもう動けん!」

「いやぁぁーーーーーーーーーーーッ!」

 ゲシェナ殿下とハイビス様が叫ぶ。

 一体何があったのか、と思い兵士の叫び声のした方を見ると、どうやら運び出す為の猫車のひとつが重みに耐えかねて、破損し、そのせいでパチンコ台がこちらに大きく傾いたようだ。

 それによって中に仕込まれていた銀玉が降り注いできたのである。

 銀玉は一球当たり、相当な重さがある。当たれば大怪我必至、下手をすれば即死するレベルだろう。

 そんなものが今、まさに大量に私たちのもとへと降り掛かろうとしている。

 私もコレはどうしようもないと思い死を覚悟し、瞳を閉じた。

 その時。

「諦めるのは、まだ早ぇぜいッ!!」

 ゲンニバルが立ち上がるッ!

「うぉぉおおおおおりゃぁあああああああああああッ!」

 彼の瞳に炎が宿るッ!

 そして彼は巨大なハンマーを用いて、私たちに降り注ごうとする銀玉を全て弾き返し始めたのだッ!

 なんというパワー! なんというタフネスッ!!

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーッ!!」

 ゲンニバルは人間離れした動きで全ての銀玉を弾き飛ばす。

「コイツで……最後でぃッ!!」

 バカーーーーンッ!

 そう言って、最後の一球を目に見えないほど遠方に弾き返したのだった。

「な、なんという男だ……」

 ゲシェナ殿下とハイビス様も口を開けてポカンとしている。

「ゲンッ! 無事なんですの!?」

 私が言うと、

「へっ! てやんでい、しゃらくせい! オイラを誰だと思っていやがる!?」

 そうだった。この男はまるで『あの台』のヒーロー。


「オイラは大工のゲンさんでいッ!!」



        ●○●○●



 あの日、あの後、私とゲシェナ殿下のいざこざは無事収束した。

 それだけに留まらず、私のパチンコ台にいたく感激したゲシェナ殿下と国王様たちは私たちと和解し、更には私の国と友好条約を結び、パチンコ台を使った事業を共に始めようと提案され、私たちはそれを快く受諾。

 アールゼ王国は私の知恵と情報をもとに、更に『パチスロ機』というものまで製造していくのだった。

 それらにより、私たちのサンヨウ公国も爆発的にに富に恵まれ、私たちは貧乏公国から、大富豪大国へと成り上がっていった。

 そして数年後――。

「ねぇ、ゲン」

「あん? どうしたってんでい?」

「貴方って本当に変わっていますわ。よくこんなギャンブル女に呆れもせず、ずっと一緒についてきてくれましたわね」

「っへ、そりゃあ褒め言葉だぜ、ウィン」

 私は生まれ変わったサンヨウ公国の百万金貨と例えられるほどの夜景を、彼の屋敷のバルコニーで共に眺めていた。

「でも、貴方とこうして新しいパチンコ台を開発し、作って、そしてギャンブルに身を投じる事が、本当に凄く楽しくて、とても満たされますわ」

 今は深夜。

 最新作のパチンコ台を製作している作業工場を眼下に、私たちはたわいもない話をしていた。

「……なぁ、ウィン。聞いてくれ」

「なんですの?」

「オイラぁ、おめぇと一緒にパチンコ事業を成功させてから、ずっと考えて事があんだ」

 そう言って彼は私の肩を掴み、目を真っ直ぐに見つめて、





「この最新台が完成したら、オイラと……」

 



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