短編集①

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婚約破棄? 私が能無しのブスだから? ありがとうございます。これで無駄なサービスは終了致しました。

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「リフィル。キミとの婚約だが、今日この日限りを以て破棄させてもらう」

 ダリアス閣下はその手に持っていた書類の束をわざと私の顔へと投げつけるように、そう言い放った。

「そ、そんな……本当に、よろしいのですか……?」

「今までキミの父上の手前、言い出せなかったが、今日という日はキミに現実を突き付けてやる。いいか? 貴族の嗜みや礼儀作法をロクに知らず、淑女にあるまじき身なり。しまいには魔力も最底辺。何故キミのような落ちこぼれが私の婚約者でいられたのか、今でも不思議でならないッ!」

 と、興奮気味にダリアス様が暴言を吐き捨てるのはいいのだけれど、汚らしいツバを私に飛ばすのだけは正直勘弁して欲しい。

「……わかりましたわ!」

「私の婚約者で無くなればキミはまたあのど田舎に帰らざるを得ない。だからなんとしても私の傍に居たいのだろうが、ハッキリ言ってやる。キミは能無しだ! 天才である私とは釣り合わない! そしてブサイクだ! 私の伴侶には相応しくない! 私にはもう、その事が我慢なら……」

「はい! だから、わかりましたわ! 今日限りで婚約破棄、謹んで承りますわ!」

「……は、え?」

 ダリアス様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのも当然。だって私は満面の笑みで彼の言い分を受け入れたのだから。

 確かに私は上級貴族の嗜みは勉強不足だし、メイクも不器用で下手くそだから鏡に映った自分がとても可愛くなかったし、流行りのファッションもよくわからないし、そのせいかこの土地での友人も少ない。それだけならまだしも、貴族として誇るべき魔力適正値がには圧倒的に低かった。

 だからこのダリアス様が言っている事は全て本当だし、私はそれに関してなんの憤りも感じていない。

「それでは今日限りでダリアス様とは他人という事でよろしいですね?」

「あ、ああ。そうだが、それで本当に良いんだな? 私との婚約が解消されればキミの領地への資金援助も一切無くなるんだぞ? 今なら土下座して泣いて頼むなら、側室の妾程度には置いてやっても良いんだぞ?」

「いえ! 結構です! こんなブスがお傍にいられてはダリアス様も気分が悪いでしょう」

「じゃ、じゃあ私はもう本当にキミの事なんか知らないからな! 今日から婚約者でもなんでもない、赤の他人だからな!? いいんだなリフィル!?」

「ええ、もちろんです! 今までお世話になりました!」

 私はペコリと素早くお辞儀をして、その場からルンルンと軽い足取りで立ち去った。

「な、なんなのあの態度! ダリアス様のような魔法の天才を目の前にして……! やっぱりダリアス様の妻に相応しいのは同じく魔法の才のあるこの私、セシリアしかありえませんわね」

 私の背後から、わざとらしく聞こえるように大きな声でそう言っている女がいる。

 彼女の名はセシリアと言って、とある伯爵家の令嬢で、常日頃からダリアス様と婚約関係にあった私にことごとく突っかかってきた、凄く鬱陶しい女だ。

「ねえ、そうでしょう? ダリアス様ぁ」

「ああ。最初からキミだけを愛していれば良かったよ、セシリア」

 婚約破棄を言い渡した途端に他の女とイチャついてみせるダリアス様の底の浅さに苦笑した。

 セシリアさん、どうぞどうぞ。遠慮なくそのポンコツとくっついてくださいな。

 私はこれで遠慮なく田舎に帰れます。



        ●○●○●



 ――私ことリフィル・アルカードは辺境の地に小さな領地を持つ、田舎貴族の男爵家の令嬢だった。

 貴族とは言うものの、私の父や母は自ら領地の畑仕事を手伝いに行ったり、商売人みたいな事をやったりと、いつも小忙しく動き回っていた。

 そのせいか、我がアルカード家は領民には慕われており、領地は貧しいながらも割と平和にのんびりと過ごせていた。

 しかしとある日。

 王からの勅命を受け視察としてこの地にダリアス・マクシムス侯爵がやってくる。

 彼は領内で横暴な態度を取るだけに飽き足らず、領地付近にある私たちにとって聖なる森と崇めるその場所で、意味もなく魔法の実験場だと言いながら木々を燃やして遊ぶという愚行を働いていた。

 そんな時。

 その森の主である魔物が激怒し、ダリアス様を襲った。

 そこを偶然見つけた私の父が彼を庇い、命からがら二人は逃げ延びたが、私の父はそのせいで大きな傷を負い満足に動けない体になってしまった。

 ダリアス様はその責任を取ると言って、私の事を婚約者にしてやると恩着せがましく言ったのだ。

 ダリアス様がこの領地に着いた頃から凄くイヤらしい目で私を見ていたのは知っていたが、まさかこんな展開になるとは思いもよらなかった。

 私の両親は侯爵家へ嫁入りできるのならと、喜んでそれを受けた。貧困なアルカード領が大富豪であるマクシムス家とパイプができるのは、願ったり叶ったりだったのである。

 その時、私はまだ齢13歳。ダリアス様は14歳だった。

 私は父より、14歳になったら花嫁修行を兼ねてマクシムス家がある都に住まわせてもらいなさいと言われ、仕方なく言う事を聞いた。

 成人となる16歳までの2年間で彼と共同生活を共にしろと命じられ、言われた通り1年ほど共に過ごしてきたが、ハッキリ言ってうんざりだった。

 ダリアス様は非常に乱暴者だし、馬鹿だし、横柄だし、馬鹿だし、性格悪いし、馬鹿だし、スケベだし、何よりブサメンで生理的に受け付けない気持ちの悪い顔をしていたからだ。

 その上、貴族の嗜みである上位魔法をたったのひとつしか使えないのである。

 この世界における貴族の序列は家系の魔力適正値と呼ばれる要素が非常に大きい。

 適正値が高い者ほど多くの上位魔法を使え、並の貴族なら子爵程度の者でもだいたい平均5~6種類くらいの上位魔法が扱えるのだが、ダリアス様は侯爵家の生まれの癖にひとつしか扱えない。ハッキリ言ってポンコツ中のポンコツだ。

 ポンコツな癖に、マクシムス家の両親がそれなりに偉大な魔導師であったせいか、彼も性格だけは無駄にでかくなってしまったのである。

 私の父は「何があってもダリアス様に尽くし、彼を立てなさい」と諭していたので、大人しく言うことを聞いていたが、彼の横柄さは我慢ならないものだった。

 しかしそれでも私はアルカード領の事を想い、父の言葉に従い、どんな時も彼に逆らおうとはしなかった。

 私がダリアス様の傍にいて、常日頃から差し上げていた行為。

 それは『魔力提供マジックサーバー』と言う少し特殊な魔法だった。

 この魔法は名前の通り、徹底的に対象の相手に魔力を与え続ける魔法であり、この魔法の効力のおかげでダリアス様は突然上位魔法を次々と扱えるようになった。

 『魔力提供マジックサーバー』は月日を掛けるほど効力は乗算的に増幅していき、私とダリアス様は1年ほど共に過ごした事によって、ダリアス様の魔力を飛躍的に向上せしめた。

 魔力の底上げが成されれば、上位魔法を覚えていくキャパシティも単純に増える。

 私の『魔力提供マジックサーバー』のおかげで彼はポンコツ魔導師から、秀才魔導師と呼ばれるほどに魔法に卓越した貴族の仲間入りを果たしたのだ。

 代わりに魔力を差し出し続けている間、私は魔力キャパシティが著しく低下した状態のままとなる為、上位魔法はおろか、一般魔法ですら満足に扱えない状態となる。

 ゆえに貴族間でのお披露目会などで、互いに精錬された魔法の見せ合いの場では、私は出る幕がなかった。

「あら? リフィルさんはもしかしてこれ、できませんの?」

 魔法のお披露目会は貴族の嗜み。

 その中でも貴族婦人たちがこぞって見せ合うのが、石ころを宝石に変える魔法だ。

 上位魔法のひとつで『ジュエルコンバータ』と呼ばれる魔法は、小粒大ほどの石を何らかの宝石に変換させる事ができる。

 多くの女性貴族は習得する上位魔法のひとつに必ずと言って言いほどコレを選択する。

 より大きく、より希少価値の高い宝石に変換させる事こそが、その者の存在価値すら決めてしまうほどにこの魔法はこの世界においてのヒエラルキーと言えた。

「……私にはできません」

 それも当然だ。何故なら私は常時ダリアス様へと『魔力提供マジックサーバー』を発動させていたのだから。

 本当ならそれを止めてしまえば良かったのだが、それをしてしまうとダリアス様がいざ魔法をお披露目する時に恥をかかせてしまうかもしれない。

 そうなってしまっては申し訳ないと思い、代わりに私はお披露目会では他の女性たちから後ろ指を刺され続けた。

「ジュエルコンバータすらできない貴族なんて、初めて見ましたわ。本当は貴女、ダリアス様をその身体でたぶらかした性悪女なんじゃないんですの?」

 特にそんな感じで毎回突っかかってきたのがセシリアだ。

 伯爵令嬢である彼女は、昔から侯爵夫人の座を狙っていたにも拘らず、とある日、突如私という婚約者ができた事にとてもご立腹であった。

 彼女はなんとかして私を陥れようと画策していたみたいだが、そのたびに、

「やめないか、セシリア。誰にでも得手、不得手はある」

 と言って私を必ず庇ってくれたのは、セシリアの幼馴染であるシュバルツ様だった。

 シュバルツ様はセシリアの家と同じく伯爵の爵位を持つ家の御子息であったが、セシリアの家に比べ魔法の才能が高くないうえ、領地の無い貴族という事で、貴族間の中ではさほど地位は高くはなかった。

 しかしそれでも私は、そんな風にいつも私を庇い立てしてくれるシュバルツ様を密かに慕っていた。

 シュバルツ様にお会いする事ができるだけで、この魔法お披露目会のパーティに参加する意義があるというもの。

 ……けれど、私はついにダリアス様から婚約破棄を申し渡されたので、この都での生活も終わり。

 彼へのサービス魔力の提供も終わり。

 アルカード領へ帰れば、こんな華やかな魔法お披露目会など行われないし、シュバルツ様にお会いする機会もなくなるだろう。

 でも、それでも私はダリアス様と婚約関係が無くなってくれた方がよほど嬉しい。

 お父様には怒られてしまうかもしれないけど、もうこりごり。

 幸いだったのは、ダリアス様が私の貞操だけは強引に奪わなかった事だ。

 一応そういう行為は16になるまでは禁止、という取り決めもあったし、迫ってくる彼から私はそれとなく回避し続けてきたからだ。

 ダリアス様は私の事をブスだなんだと言いながら、私の身体を弄びたいという欲求はあるのだ。

 全く、あんな気持ち悪い男に抱かれるなんて想像するだけで鳥肌が立ってしまう。

 でも、きっともうすぐ彼には相応しいほどの、いわゆる「ざまぁないわね」という展開が待ち受けているだろう。

 魔法のお披露目会パーティーの時。

「ふはは! 見たまえ! 右手に地獄の炎、左手に極寒の氷結を同時に操る魔導師は私くらいのものだろうッ!」

 と、嬉しそうに私の『魔力提供マジックサーバー』によって得た力をご自慢なさっていたのだ。

 私からのソレが無くなっても、すぐには彼は気づかない。

 何故なら一度送り込んだ分は今も彼の中で蓄えられているからである。

 しかしそれも、明日から徐々に加速するように目減りし、いずれ近いうちに全て使えなくなっていくのだから。

 その時の彼の狼狽っぷりを想像するだけで、ご飯三杯はいけますわあ……。

 おっと、あまりに理想的ざまぁ展開に、思わず涎を垂らしてしまうところだった。私ったらはしたないわ。

 さ、もう私は自由だ。帰ろう。

 わずかな心残りであるシュバルツ様の事だけを思い残し、私はアルカード領へと向かう馬車の中で瞳を閉じた。



        ●○●○●


「……?」

 私は違和感に目を覚ます。

 馬車がいつまで経ってもアルカード領に着かないのである。

 もうそろそろ体感的に着いても良さそうですけれど……。

 そう思い、窓のカーテンを開く。

「え?」

 私は困惑した。

 連れられているその場所は、数時間前発ったはずだったダリアス様の領地がある都が遠目には見えるが、それは遥か眼下にあった。

 そう、ここは私の田舎、アルカードへの道ではなく正反対の山道の崖だったのである。

「ちょ、ちょっと! 何をしているんですの!?」

 私が慌てて前方の窓を開き御者へそう尋ねると、同時に馬車は停止し、御者は馬の手綱から手を離した。

「ちょっと! あなた、ここはアルカードではありませんわ!?」

 私がそう問い掛けるも、御者は私の言葉など無視して、そのまま奥の森へと走って行ってしまった。

「……一体どういう」

 私は訝しげにして、馬車からひとり降りると。

「おー、いたいた」

「ひゅーーー。悪くないじゃん」

「ぜんっぜんブスじゃねえ。ラッキー!」

 御者が消えて行った森から、今度は下卑た声の見知らぬ男どもが三人現れる。

「なんですの? 貴方たちは?」

「なんですの? だってよぉー! かっわいー!」

 ケラケラと笑いながら男どもはジリジリと私に近づく。

「俺たちゃあ、単なる野盗ですよ、おじょーさま? あんたと楽しい、楽しい事をしようと馳せ参上したんだわ」

「まーだ処女だってんじゃあ、さぞかし男を知らねえんだろうな? 泣き叫ぶ姿を想像したらたまらねぇー!」

「馬鹿な女だぜ。世の中、強えもんには巻かれろって言葉を知らねえんだろうな。素直に田舎に帰れるとでも思ったのか」

 なるほど、納得。

 これはもしかしなくとも、ダリアス様の手先だ。

 先の御者もダリアス様に命じられていたのだろう。

 全く……。おそらく私がダリアス様にこうべを垂れないから、こうやって辱めてやろうという浅はかな計略。

 やはり彼は底無しの馬鹿だと思った。

「さあ、覚悟はいいか? ここには人気ひとけも、逃げ場所もねえんだからな。大人しくしていた方がテメェも気持ち良いかもしれねぇぞ?」

 ギャハハ、と三人が大笑いする。

 しかし困ったのは事実困った。

 私にこの男たちを倒して逃げる力などない。

 どうするべきか……と、悩んでいると。

「何をしている! その方から離れよ!」

 更に森の奥から別の男性の声が響く。

 そこに現れたのは、なんとあのシュバルツ様だったのだ。

「なんだあ? テメェ!?」

「セシリアが妙な事を呟いていたから気になってリフィル殿の馬車を追いかけてみたら、アルカード領とは正反対に行くではないか。怪しいと思ったらこのザマというわけか。ダリアスめ」

 シュバルツ様は私の身を案じてここまで駆けつけてくれたのである。

「俺たちのお楽しみを邪魔するやつぁ、馬に蹴られて死んじまえやぁー!」

 野盗どもは邪魔者を先に処分しようとシュバルツ様へと襲いかかる。

「電撃よ……悪しき者どもを打ちのめせ、サンダーボルトッ!」

 シュバルツ様の華麗な魔法が炸裂。

「「ぎゃぁああーッ!」」

 これで野盗たちも……と思ったが。

「きひひ、悪いなあ? 俺ぁこれでも雇い主サマから、良い物貰ってんだわ」

 ふたりの野盗は電撃の前に倒れたが、ひとりの野盗だけが無傷で立ち塞がりそう言った。

 その野盗がチラッと見せつけたのは、マジックアイテムの『魔法抵抗マジックレデューサー』アミュレット。ダリアス様にしては、中々気がきいている。

「そんなわけだから、テメェは死ね!」

 野盗がシュバルツ様へと剣で襲いかかる。

「っく」

 電撃魔法を放った直後に襲われた為か、シュバルツ様は野盗の攻撃を肩に受けてしまう。

「シュバルツ様!」

 私は隙を見て彼の傍へと走り寄る。

「大丈夫か、リフィル殿」

 シュバルツ様は自分の傷よりもまず第一に私を気遣ってくれた。

 ああ……パーティーでもないのに彼に出会えたのは本当に嬉しい。

 でも、今はそんな事を言っている場合ではない。

「私は平気です! それよりシュバルツ様のお怪我の方が……」

「なぁに、擦り傷だ。それよりキミは下がっていなさい」

 そう言って彼は私の前へと再び立つ。

 しかしシュバルツ様はお世辞にも剣の腕は高くない。魔法も最も得意なのは先程見せた上位電撃魔法だけ。

 彼ではあの野盗を倒せないかもしれない。

 そんな彼を案じた私は、意を決した。

「シュバルツ様ッ!」

「なん――……ッ!?」

 私は彼の顔へと背のびし、そして強引に彼の唇を奪った。

「リ、リフィル殿!? い、一体何を……!?」

「私は貴方が好き、です……。だから、どうか、こんな所で死なないでください!」

 自分でも恥ずかしすぎる言葉が思わず飛び出てしまった。キスのせいで舞い上がってしまったのかも。

「なーにイチャついてんだ! そういうのはあの世でやれやーッ!」

 野盗が痺れを切らして再びシュバルツ様へと剣で襲いかかる。

「さ、下がりなさいリフィル殿! 私が足止めする! サンダーボルトッ!」

 そう言ってシュバルツ様は野盗へと向けて放った電撃。

 それは――。

「ぎぃあああああああああッ!?」

 先程までの威力とは比べ物にならない程の大電撃となって、野盗を襲った。

 あまりの威力にその地面は落雷が落ちたが如く、抉れてしまうほどに。

 そして野盗のアミュレットがパリン、と小さな音を立てて割れた。

「……ま、まほう……ていこうを……上回る、ほどの……ぐふっ」

 そう言い残し、野盗は倒れた。

「こ、これは一体……?」

 シュバルツ様は不思議そうな顔をしていたが、私はそんな事など気にも止めず、彼へと抱きついたのだった。



        ●○●○●



 私の『魔力提供マジックサーバー』には、不思議な制約がひとつだけある。

 というか魔法とは想いの形なので不思議でもないのかもしれないが、その制約とは『この魔法の効力を口外してはならない』というもの。

 私がこの魔法を覚える時に、教えられた強制制約だ。(話そうと思っても話す事自体できない)

 私も自分が大した能力などなく、上位魔法などひとつくらいしか覚えられない事はよくわかっていた。

 本来なら女性であればそれを権威とするべく『ジュエルコンバータ』あたりを取得するのが貴族の常識なのだが、私は宝石になど全く興味がなかったので、そんなものよりもいつか伴侶となる方を支援してあげられる魔法を選んで覚えた。

 また、この魔法はで大きく効力が変わる。

 ダリアス様とは大きく距離をとっていたので毎日魔力を提供していてもあの程度だったが、シュバルツ様とは直接唇を重ねた事により、あのような大きな効果をもたらしたのだ。

 だが、しかし『魔力提供マジックサーバー』は、対象者にそれを伝える事はおろか、誰にもこの魔法が扱える事を口にできないので、私は一見、上位魔法が何も使えない能無しとなってしまったのである。

 でも当時はアルカードの田舎で他の大層な魔法なんていらなかったし、これで良いと思っていた。

 そのおかげで一時的にダリアス様には夢を見させてあげられたし、今はこうして――。

「おお! 英雄、シュバルツ殿の凱旋だーッ!」

 シュバルツ様は今、陛下直々の騎士ナイトとしての称号を授かり、更には軍を統率する近衞騎士団長の座に就いていた。

「おかえりなさい、シュバルツ様」

 シュバルツ様は大きな大戦で勝利を収め、無事戻ってこられた所を私は足早に近寄り、声をかける。

「ただいま、リフィル。今日もキミは可愛いね」

 優しい笑顔で彼は私の頭をポンっと撫でてくれた。

 彼と結ばれて早1年。

 私は結局田舎には帰らず、彼と共に都で暮らす事を決めた。

 私の魔法のおかげで彼はめきめきと魔法の才能を伸ばし、更には彼の人柄の良さも相まって、こうして地位も異例の出世を成し遂げていった。

 だが、彼はダリアス様とは違い、私をないがしろになんてしなかった。

 むしろ、彼はいつも、

「私の強さはキミのおかげだ。キミの愛が私を成長させてくれた」

 と、嬉しい事ばかりを日々呟いてくれる。

 勘違いの馬鹿侯爵とは雲泥の差だった。

 こうして私は、幸せな結婚生活を手に入れたのである。

 ――一方、ダリアス様と言えば。

「ダリアス! 貴様は何故魔法の鍛錬を行わない!? だからそんな落ちこぼれになってしまったのだぞ!」

「ダリアス様って昔は天才とか言われていたのに、今じゃ上位魔法ひとつロクに扱えないのね」

「ダリアス様なんて、顔も性格も醜いのに、唯一の才能だった魔法すらも満足に扱えないなんて、本当にマクシムス家の御子息なのかしら?」

 などと、貴族間ではすっかり落ちぶれてしまっていた。

 そんな彼は、

「おかしい……おかしい……きっとこれはあの女のせいだ。セシリアとかいうあの女が私の運気を下げる、悪魔のような女だったんだ!」

 などと、またもお門違いの責任で、人のせいにしていた。

 そして彼の新しい女だったセシリア本人は、

「うう……まさかシュバルツなんかがこんなに出世するなんて……! どうして私ったらあの時、ダリアスなんて選んでしまったのかしら……」

 と、貴族間のお茶会で散々に泣きながら愚痴をこぼしているのだとか。

 後で聞いた話だが、ダリアス様は私の気を引きたくて一生懸命私にブスだのなんだの煽っていたらしい。まるで子供のように。

「キミがブス? とんでもない。メイクは少し変わっているなあとは思っていたけど、そもそもキミはノーメイクでもとてもとても美しいし、何よりキミのその思いやりこそが最も美しいよ」

 お世辞かもしれなくとも、シュバルツ様はいつもこう言ってくれた。

 ダリアス様の馬鹿さ加減のおかげで、私は本当の私を見てくれる伴侶に出会えたのだ。

 ある意味彼には感謝している。

 彼に出会わなければそもそも都の貴族のパーティーに参加する事すらなく、シュバルツ様とは出会えなかっただろうから。



 ほどなくして、ダリアス様とセシリアは別れたが、ダリアス様は結局何をやってもおちこぼれのまま変わる事はなく、次第にマクシムス家はダリアス様を公の場には見せないようにしていったのだった。



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