扇屋あやかし活劇

桜こう

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十一章

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「旦那様、早く! 早く魔思を降ろして!」
 すずめから託された未開封の霊扇を額に当て、精神集中に余念のない夢一に、すずめは怒鳴った。
 ましろさん、はちみつちゃん、ごめん、頑張らせちゃったね。今、助けるから、待ってて。
 贋仔弐阿弥と死闘を繰り広げている”風戌”とその体を守る”光兎”に、すずめはもう気が気じゃない。
 すずめはもう一度夢一に声を上げた。
「なにのろのろやってんのよ、旦那様! 寝ちゃったんじゃないでしょうね!」
 夢一がぎろっと目を剥いた。
「てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ! はじめての霊扇の魔思降しには精神集中が欠かせねえんだ! 普通の扇士なら半時は掛かるところを、この天才夢一様が十数える間にやろうってんだ! ぴーちくぱーちく話しかけんじゃねえよ!」
「夢一殿、集中しなくては」
「あ」
 からたちに咎められ、夢一が口を尖らせる。
「見ろ、またはじめっからになっちまったじゃねえか」
 ぶつぶつ文句を言ってから、再び扇子を額に当て、精神集中に掛かった。それを見て、じれったそうに身をよじるすずめを、からたちが宥めにかかる。
「すずめ殿も、落ち着いてください。ここは夢一殿を信じましょう」
 からたちの言うとおりだ。すずめは渋々頷くしかなかった。
 わたしの大切なひとたちを傷つけたら許さないんだから。
 心で呟き、己の父の姿形をした魔思を睨みつけた。
 そのときだった。
”風戌”との戦いを続ける贋仔弐阿弥の口元に微笑が浮かんだ。
”すずめ”
「え?」
”すずめ”
 すずめの頭の中に、ぬるま湯が滲むように声が響いた。温かさも冷たさも曖昧だからこそ、受け入れることも拒むこともできず、その戸惑いの隙に言葉が染みてくる。
 父様? ……。ううん、違う。
 すずめはその声を払おうと頭を振った。
 これは父様じゃなく、あの卑劣な贋者の声だ。
 すずめは声に負けじと、挑むように胸を張った。
 氷壁の向こう、贋仔弐阿弥のまなざしは氷を解かすほどの熱を帯び、すずめに注がれていた。それは親から子にだけ向けられるひたむきな慈愛の熱。子を安堵させる力強い熱だった。
 紛れもなく、それはすずめの父、仔弐阿弥の姿だった。
 違う……違う、違う。
 ぎゅっと目をつむったすずめの脳裏に、仔弐阿弥の……いや、贋仔弐阿弥の声が忍び込んでくる。
”なにが違うと言うのだ? すずめ”
 あなたはわたしの父様じゃない。わたしの父様はもう……死んでしまったから。
”すずめはわたしの声を、おまえを見つめる瞳を、おまえを抱き上げた腕を、温もりを……おまえの父を忘れてしまったと言うのか?”
 忘れてなんかいない。わたしの父様は今はわたしの心の中にいてくれる。だからあなたは違う。あなたは父様の贋物。まがいもの。父様が創り出した魔思。
 声は穏やかに笑った。その笑い方がやはりすずめのよく知る父のもので、すずめの胸は張り裂けそうになった。
 なにがおかしいの!? そんなふうに笑うのはやめて!
”すずめはわかっていないのだ”
 声がすずめを抱きはじめる。それが不快に思えなくなってくる。
”たしかにわたしはおまえの父、仔弐阿弥に描かれた魔思だ。でもね、すずめ、仔弐阿弥はなぜ自分に瓜二つの魔思を創造したと思う?”
 それは……。
 すずめには答えられない。夢一もそのことには触れなかったはずだ。そしてその疑問は大きなしこりとなって、すずめの心中に残っていた。
 その答えを今、もうひとりの仔弐阿弥が口にした。
”仔弐阿弥はとこしえの生を得ようとしたのだよ”
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