扇屋あやかし活劇

桜こう

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十一章

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 先んじて姿を現したのは霊扇十二支氷申こおりざるだった。にせ仔弐阿弥しにあみの頭上、不気味に蠢く煙の中から白銀の四足が突き出され、ばらばらと氷片を撒き散らしながら隆々たる巨躯を露わにした。その体表は氷の毛皮で覆われている。
 猿の形を成した一頭の巨像は地響きを立てて降り立ち、その衝撃に大川の氷の水面が粉砕した。が、盛大に吹き上がった水飛沫はその瞬間に再び氷結し、氷の花となって”氷申”の足元に咲き落ちていった。
 その”氷申”に向かって、蒼き炎の玉が走った。”氷申”は銀の瞳でそれを捕捉すると咆哮を上げ、氷の牙が覗く口から冷気の波動を吐き出した。炎の玉と冷気の波動は空中で真正面から衝突し、どちらも千切れるようにして消失する。
”氷申”が睥睨へいげいするその先で、夢一の上空に漂っていた煙も晴れていく。朧な影が、しだいにその輪郭を明確に形作っていった。
 龍。
 そこに現れたのは長大でしなやかな体に、圧倒的な威圧感を漲らせた青龍だった。その体は蒼き鱗で覆われ、たてがみは猛々しくなびき、すべてを射抜くような瞳は爛々と輝いている。
 すずめは息を呑んだ。それは間違いなくすずめが仔弐阿弥の墨を用いて扇子にしたためた龍だ。しかし実像する青龍は足がすくむほどの存在感を放ち、その威風堂々たる姿に、すずめは不安を覚えずにはいられなかった。
 もしこれほどの魔思が、父様が降ろした”九尾きゅうびきつね”のように暴走したら……。自分が描いた魔思がひとを傷つけたら……。
 そんな怖れに、すずめは身を震わせた。霊扇絵師の責任の重さを痛感する。でもだからこそ……。
 すずめは”氷申”に厳しいまなざしを向けた。
 だからこそ多大な力を秘めた魔思を、悪事に使うことは許されない。ひとを傷つける道具として扱ってはいけない。そんな愚かな行為は絶対に止めなければならないのだ。
 そのせいで命を落とした父様のためにも。
「ふん、こけおどしにしてはよくできておる」
 値踏みをするように贋仔弐阿弥が青龍をねめまわす。
「あとでほえづらかいても知らねえぞ」
 かたや夢一は、青龍に向かって叫んだ。
「行け! ”虚空こくう覇幻はげん”!」
 その声に応え、青龍は首を突き出し威嚇するように吼え、つぎの瞬間、蒼き身体は唸りをあげて闇夜を駆った。
 その眼光は、その牙は、その爪は、迷うことなく”氷申”に狙いを定めている。
「喰らうてやれ! ”氷申”!」
”氷申”の氷の瞳が光った。雄叫びを上げ、その口から再び冷気の波動を放つ。渦を巻いた冷気の砲弾はそのまま”虚空の覇幻”を打ち落とすかに思えたが、寸でのところで青龍は身をくねらせ直撃を免れる。しかしその半身が一瞬にして凍った。
「くっ……」
 がくりと夢一が膝をついた。その顔をゆがめ、片手で自らの半身を押さえている。
「旦那様!?」
 慌てて駆け寄るすずめたち。
「なんでもねえ……」
 しかしその顔色は青ざめ、額には脂汗が浮かんでいる。
「あれほどの魔思を降ろせば、降ろした扇士にも相当な負荷が掛かるはずです」
 からたちが神妙な面持ちで言う。
「その困難な御思ぎょしゆえに、魔思の感覚に夢一殿の心身もまた共鳴してしまうのでしょう」
「それってつまり、魔思が傷ついら旦那様も傷つくってこと?」
 おそらくと、からたちは頷いた。
「けっ、心配いらねえよ」
 心配する面々をよそに、夢一は笑みさえ浮かべながら立ち上がった。
「こんなところでへばってなんかいられるか……。ましろやはちみつが必死にときを稼いでくれた。すずめが精一杯、魔思を描いてくれた。扇屋のみんながつなげてくれた想いに、最後に俺が応えられなかったら名折れじゃねえか」
「旦那様」
「見てろよ、すずめ。おめえの霊扇、絶対に無駄にはしねえ」
 ぎりっと奥歯を噛み締め、夢一は再び”氷申”を見据えた。その拍子に足元がふらついたが、夢一の背を支えるようにすずめが体を添えた。
「すずめ……」
「わたし、見てます。この目でしっかりと……――わたしたちの旦那様を」
 夢一は口元に笑みを浮かべた。照れ臭そうに片目を細め、ふんっと鼻を鳴らした。
「けりをつけてやろうぜ。”虚空の覇幻”」
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