扇屋あやかし活劇

桜こう

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 そうしてわいわい言いながら賑やかな料理作りがはじまってしばらくした頃――。
 ど~ん!
 腹の底に響いてくる盛大な音。
 ど~ん!
 空の彼方から聞こえてくる豪快な音。心を沸き立たせる大音響。
 すずめたち三人は顔を見合わせ、それからばたばたと二階に上がった。
 この音……、まさか……。
 しかし二階の窓から覗いた先には、夜のとばりと、暗く激しい雨の景色が広がっている。とても花火が打ち上がるような天気ではない。
 でもあの音は――。
 ど~ん!
 その瞬間、雨の夜空に大輪の火花が咲いた。それは雨粒にも反射し、光の円を幻想的ににじませて江戸の空を飾っていく。
「花火なんだぞ!」
 はちみつが身を乗り出して、豪奢な火の花輪を指差した。音と色彩の共演は、散ってもまたすぐに新たな花火となって、夜空を舞台に演じられていく。
「どうして? ……こんな雨の中……」
 次々と打ち上がっていく花火を呆然と見つめるすずめの傍らで、ましろが呟いた。
「素敵な花火なのです。でもよ~く見ると、あの花火、少しばかり不恰好な気もすると、ましろは思うのです」
「え?」
 そう言われて、はじめてめてすずめは気がついた。たしかに雨空に弾ける花火は、そのどれもが少しばかり形が歪んでいたり、火花の色の一部が、普通の花火ではあり得ない、どうにも毒々しい色が散らされていたりと、妙な箇所が節々にある。美しいが、どこか滑稽なのだ。それがまた愛らしくもあるのだが。
「これって、もしかして……」
 昼過ぎから仕事場にこもっていた夢一の姿が浮かび、すずめは確信した。
「これ、旦那様が描いた魔思ね?」
「旦那様、風邪を引かなきゃいいけど、とましろは思うのです」
 ましろは柔らかく顔をほころばせた。
 ど~ん!
 花火が、また夜空に咲いた。それはやはり花火としてはちぐはぐなものだったが、すずめにとっては幼い頃に父と見た花火よりも美しく、そして幸せに感じられた。
 いつまでも心に咲けと、願う花。
 江戸の町に。
 大切なひとたちに。
 わたしの行く末に。
 温かな想いとなって咲き続けて。
 江戸の花火の空に祈りながら……。
 すずめは、ずぶ濡れになって扇を舞わせる夢一が、大きなくしゃみをする姿を想像し、くすりと笑った。


(了)
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