91 / 92
結
四
しおりを挟む
しかし無常にも、外は土砂降りと言っていいほどの様相を呈してきた。すぐに止みそうな気配は微塵もない。
はちみつが居ても立ってもいられないといった様子で立ち上がった。
「はちみつ、てるてる坊主作るぞ」
「はちみつちゃん?」
「そうですね、いっぱいいっぱい作って、いっぱいいっぱいぶら下げようと、ましろも思っていたところです」
ましろが賛同して立ち上がり「すずめさんも一緒に」と手を差しのべてきた。
「きっと見られますよ、花火」
「うん!」
すずめはにっこり微笑んでましろの手を握った。
「旦那様も、作ります? てるてる坊主」
ひとり寝転がったままの夢一に声を掛けると「おめえは馬鹿か」と無碍もない。
「いい年した男がてるてる坊主作ってたら怖いだろ」
てるてる坊主を笑顔で作ってる旦那様か…………怖っ!
「それに俺はこれから仕事だ」
「仕事ってお昼寝のことですか?」
「てめえ、喧嘩売ってんのか」
夢一は憤慨した表情でむくりと起き上がった。
「扇屋の仕事といったら扇子作りしかねえだろ」
「ましろさん、扇子の依頼なんてあったっけ?」
すずめの問いかけに、ましろはしばし考え、それから首を傾けた。
「へっ、俺の扇子を待っている客は掃いて棄てるほどいるんだよ」
客を掃いて棄てるとは随分な言い草だが、夢一は「ああ、忙しい、忙しい」とぶつぶつ言いながら、本当に仕事部屋にこもってしまった。
いくぶん釈然としなかったが、すずめたち三人はそのあと激しい雨音を聞きながら、せっせとてるてる坊主作りに没頭することとなった。
しかし――。
軒下にぶら下げられた何十個ものてるてる坊主も虚しく、雨は止むことなく、ついに日は落ちてしまった。
「……しょうがないよね」
三人で懸命に作ったてるてる坊主を見ながら、すずめは肩を落とすましろとはちみつになるたけ元気よく声を掛けた。
雨は止まなかったけど、花火は見られなかったけど、すずめのためにましろとはちみつが精一杯作ってくれた何十個ものてるてる坊主が、すずめには嬉しかった。それだけで今年の夏は充分な気もした。
「はっはっはっ、そこまでしても雨が止まねえなんて、これはもうおめえらの日頃の行いが悪いからとしか思えねえな」
むっとして振り返ると、いつの間に土間に降り立っていたのか、傘を手にした夢一が扇屋の表戸から外に出向こうとしていた。
「あら? 旦那様、出掛けるんですか?」
こんな、雨の中?
「おめえらのしみったれた面見ててもしょうがねえからな」
夢一はそう言うとばさっと傘を広げた。
「夕餉は?」
「帰ってから食う。甘いもんも食いてえな。ましろ、甘納豆でも作っておいてくれ」
それだけ言うと、夢一は振り落ちる雨に少しばかり目を細め、それからぶらぶらと歩いて行ってしまった。
「こんな雨降りの夜に仕事?」
怪訝そうにすずめが言うと、ましろは思案顔で指を顎に当てた。
「もしそうなら、今までで一番大切な仕事でしょうね」
「すずめ~、ましろ~」
はちみつが情けない声を出し、すずめとましろにしがみ付いてきた。
「どうしたの? はちみつちゃん」
「はちみつ、がっかりしたらおなか減ったんだ」
うまい具合にはちみつの腹が鳴り、すずめとましろは顔を見合わせて笑った。
「よし、景気づけに今日はご馳走をじゃんじゃん作っちゃおう!」
「甘~いお菓子もじゃんじゃん作りますです!」
「はちみつ、じゃんじゃん食べるぞ!」
雨音に負けじと威勢のいい声を響かせ、扇屋の娘三人衆は台所に向かった。
はちみつが居ても立ってもいられないといった様子で立ち上がった。
「はちみつ、てるてる坊主作るぞ」
「はちみつちゃん?」
「そうですね、いっぱいいっぱい作って、いっぱいいっぱいぶら下げようと、ましろも思っていたところです」
ましろが賛同して立ち上がり「すずめさんも一緒に」と手を差しのべてきた。
「きっと見られますよ、花火」
「うん!」
すずめはにっこり微笑んでましろの手を握った。
「旦那様も、作ります? てるてる坊主」
ひとり寝転がったままの夢一に声を掛けると「おめえは馬鹿か」と無碍もない。
「いい年した男がてるてる坊主作ってたら怖いだろ」
てるてる坊主を笑顔で作ってる旦那様か…………怖っ!
「それに俺はこれから仕事だ」
「仕事ってお昼寝のことですか?」
「てめえ、喧嘩売ってんのか」
夢一は憤慨した表情でむくりと起き上がった。
「扇屋の仕事といったら扇子作りしかねえだろ」
「ましろさん、扇子の依頼なんてあったっけ?」
すずめの問いかけに、ましろはしばし考え、それから首を傾けた。
「へっ、俺の扇子を待っている客は掃いて棄てるほどいるんだよ」
客を掃いて棄てるとは随分な言い草だが、夢一は「ああ、忙しい、忙しい」とぶつぶつ言いながら、本当に仕事部屋にこもってしまった。
いくぶん釈然としなかったが、すずめたち三人はそのあと激しい雨音を聞きながら、せっせとてるてる坊主作りに没頭することとなった。
しかし――。
軒下にぶら下げられた何十個ものてるてる坊主も虚しく、雨は止むことなく、ついに日は落ちてしまった。
「……しょうがないよね」
三人で懸命に作ったてるてる坊主を見ながら、すずめは肩を落とすましろとはちみつになるたけ元気よく声を掛けた。
雨は止まなかったけど、花火は見られなかったけど、すずめのためにましろとはちみつが精一杯作ってくれた何十個ものてるてる坊主が、すずめには嬉しかった。それだけで今年の夏は充分な気もした。
「はっはっはっ、そこまでしても雨が止まねえなんて、これはもうおめえらの日頃の行いが悪いからとしか思えねえな」
むっとして振り返ると、いつの間に土間に降り立っていたのか、傘を手にした夢一が扇屋の表戸から外に出向こうとしていた。
「あら? 旦那様、出掛けるんですか?」
こんな、雨の中?
「おめえらのしみったれた面見ててもしょうがねえからな」
夢一はそう言うとばさっと傘を広げた。
「夕餉は?」
「帰ってから食う。甘いもんも食いてえな。ましろ、甘納豆でも作っておいてくれ」
それだけ言うと、夢一は振り落ちる雨に少しばかり目を細め、それからぶらぶらと歩いて行ってしまった。
「こんな雨降りの夜に仕事?」
怪訝そうにすずめが言うと、ましろは思案顔で指を顎に当てた。
「もしそうなら、今までで一番大切な仕事でしょうね」
「すずめ~、ましろ~」
はちみつが情けない声を出し、すずめとましろにしがみ付いてきた。
「どうしたの? はちみつちゃん」
「はちみつ、がっかりしたらおなか減ったんだ」
うまい具合にはちみつの腹が鳴り、すずめとましろは顔を見合わせて笑った。
「よし、景気づけに今日はご馳走をじゃんじゃん作っちゃおう!」
「甘~いお菓子もじゃんじゃん作りますです!」
「はちみつ、じゃんじゃん食べるぞ!」
雨音に負けじと威勢のいい声を響かせ、扇屋の娘三人衆は台所に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる