待ってはくれない世界で

浅間梨々

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4章 さびしんボーイ サイラス

4 寂しんボーイはほどほどにして欲しい

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4 寂しんボーイはほどほどにして欲しい。

 暗黒帝カルロスが拠点としている城、通称黒城くろしろは、タダーノ原っぱを抜けたところにある。巨大な岩と流れる川に阻まれて、防衛軍も攻め落とすのが難しいようだ。そして、城内には僕たちが苦戦してしまうような強化人間たちがゴロゴロいる。そんな危険なところに、僕たち四人は足を進めている。日が落ちるころ、簡易にこしらえたテントを張り、野宿の準備を始めた。アマテリが魔法で火を起こし、鍋に食材を入れてかき混ぜる。あまり美味しくはなさそうだ。ラビスは鍋の中身を見て無表情になり、そそくさとその場を離れて短剣の手入れを始める。ははーん、さてはアレを食べないつもりだな。僕もごめんだ! カナデはテントの中で横になり、鍋から顔を背けている。ははーん、さてはアレを食べないつもりだな。……今度からは料理当番からアマテリを外そう。これも彼女のためだ。だってあの子、鍋は放り出して魚釣りに出かけてしまったし、自覚はあるのだろう。僕は彼女がいない内に、カナデに話しかけた。
「ねえカナデ、少し頼みがあるんだけど」
「嫌だ」
「そう言わずにさ。アマテリの左肩を見といてくれない? 気になることがあって」
「嫌だ。私は今休むのに忙しいんだ」
「それすなわち暇という」
僕は頼みを押し付けると、ことを見守る。近くの池から魚を三匹取って帰ってきたアマテリを、カナデが呼んだ。そしてテントの中に引きずり込む。魚はラビスと僕が内臓を取って串にさし、火の周りに並べた。焼いている最中に適当に塩を振る。ラビスが飲食店からくすねてきたものだ。
「で、お前は嬢ちゃんの何を気にしているんだ?」
「うーん……いやさ、魔法家系でお金持ちっていったらさ、思いつくのがあってね……」
「ああ、マテリア家か。まさか、いくら嬢ちゃんがどこかの金持ちのお嬢だからといって、マテリア家はないだろ。あそこはケイプランドスの支配権の一部を持ってるくらいの名門だぞ? そんな名門お金持ちがそこらにいてたまるかよ」
「でもさ、マテリア家が支配するアルマテリア領って、タダーノ原っぱからそう遠くはないだろ? 可能性としては悪くないと思うけど」
「あーこれだから学者様はよお……もし嬢ちゃんがマテリアだったとして、だからどうなるって話だよ」
「いや、マテリア家であることを確認したいんじゃないよ。マテリア家の中心部分、マテリア家本家や特に魔法の強い者で構成されている一派のメンバーであった場合、少しマズいことがあってね……」
「おー、これだから学者様は……マズいもなにも、暗黒帝に歯向かっている時点で最高にマズいだろうが。というか、なんでそんなに魔法家系に詳しいんだよ」
「いや、僕の師事していた教授が魔法学の教授と仲が良くてね、色々と教えてもらったのさ」
魚の焼け具合を確認し、鍋の中身をどう処理しようかと悩んでいると、テントからカナデがのそのそと出てきた。
「ああ、カナデ。どうだった?」
「あったぞ。お前が確認してこいって言ってたやつが」
カナデに続いてアマテリものそのそと出てきた。表情が少し強張っている。一人だけ状況が呑み込めていないラビスが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「なんなんだよお前ら。何か言えよ」
それに応えるように、アマテリが左の袖をめくった。左肩に、紫色の刺青が入っている。おそらく妖精の羽を模したであろう、幻想的な模様だ。
「えーと、アマテリお嬢さん、君はマテリア家の本家と近しい人間ってことでいいんだよね?」
僕の問いかけに、アマテリは不機嫌そうに頷いた。

 「マズい、マズいなぁ……」
魚をかじりながら呻くトニファに、俺たち三人はそれぞれ言う。
「いったい何がマズいんだ?」
「何もマズいことないでしょ? マテリアだったら悪いわけ?」
「おい、俺はまだ状況が呑み込めていない」
三匹しかない魚を、俺とカナデは一匹ずつ、トニファとアマテリは半分ずつ食べた。小骨に苦戦しながらもやっとこさ食べ終えたアマテリに、トニファが問う。
「えーと、君はマテリア家本家とどういう関係があるんだい? 僕としてはあまり関りが深くない方が嬉しいんだけど」
「だからよ、俺にもわかるように最初から説明しろっつーの!」
トニファの問いに俺が割り込む。カナデも首を傾げながら、「あの刺青が何だって言うんだ?」とトニファを睨んだ。
「えーと……」
トニファが言いかけたのを遮るように、アマテリが口を開く。
「この刺青はね、紫傷っていって、マテリア家の本家とそれに近しい分家の長、それから特別魔法が上手な人につけられるの。紫傷には魔法がかかっていて、これを持っている人の位置とかを探知したり、反逆を企てていると光って反応したりするの。言っちゃえばあれ、本家に歯向かわないようにするためのやつなんだよね」
そこまで話すと、アマテリは俯いてカナデに寄りかかった。
「でも、あたしは探知されないから安心して。じきに皮膚を削るとかして取るつもりだし、あたしのことなんて探す人いないもん」
やや自虐的な言葉に、空気が一気に重くなる。しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはラビスであった。
「まあ、いいんじゃねーの? 逆に自由になれたんだからさ。お前の嫌いな奴なんて置いて行けばいいんだよ。……お前も秘密を教えてくれたんだし、俺も一つ教えてやる」
ラビスは懐から短剣を取り出し、みんなの前に置いた。
「俺が盗み始めた頃から使っているこの短剣だが、実は装飾用で切れ味はそこまでない。母親の形見だからって理由で使っているだけだからな。ほれ、次はトニファ、お前だ」
突然ラビスに振られた僕は、あわてて頭を働かせる。僕の秘密僕の秘密……。
「えーと、僕はね、学生をやめたのには画家になる以外の理由があるんだ。それはね、一度だけ進級テストで不正をしたこと。奨学金が貰えるか否かのテストで、どうしても自信がなくてね。で、それの後ろめたさもあったんだ。さあ、次はカナデだよ」
「…………」
カナデはしばらく考え込むと、不意にポツリと言い放った。
「実は私、強化人間だ」
僕は持っていた魚の串を落とした。

 カナデの突然の暴露に、ラビスは飛びのいた。
「お前、記憶喪失じゃなかったのかよ! まあ、最初から怪しいとは思っていたが!」
「記憶ならタダーノ原っぱに着いた頃にはほとんど戻っていたぞ? まあ、一部あいまいなところはあるが……」
「じゃあ、じゃあどうして君はカルロスに牙を向くんだい? 君を作ったのはカルロスだろう?」
「お前は私の倫理観を馬鹿にしているのか、トニファ? 私だって善悪の判断はつく」
「うん、いいと思うよ」
アマテリはたいして驚かずに、カナデを肯定した。
「いいと思う。あたしだってできることならマテリア本家をぶっ潰したいもん」
……再び沈黙が訪れる。考えたら、とても数奇な運命だ。みな集団に適応できず、外れることを望んだ。そんな外れ者を寄せ集めただけの集団。僕は良く分かっている。普通の、一般の善良な人間なら、僕たちを忌み嫌うだろう。一人は明らかな犯罪者だし、一人は明らかな侵略者の手先だし、一人は家出少女で、一人はまだ売れない画家。
(もし、この旅が最高な形で終わったとして、その後はどうなるのだろう?)
ラビスは盗賊として捕まるのか? アマテリは家に連れ戻されるのか、捨てられて泥棒に堕ちるのか? カナデは……想像がつかないな。そして僕は、クラム君殺害の罪で捕まるのかな? ああ……カルロスに勝つことでさえ絶望的なのに、その後のビジョンも全くない。
(でも、ここで抜けるわけにはいかないよね。ここまで来たんだからさ……)
僕は眠る支度を始めた。

 翌朝、あたしは騒々しい音で飛び起きた。テントはすでに空っぽで、最後まで寝ていたのはあたしだけだったようだ。外から争うような音や怒声が聞こえてくる。あたしは外へ飛び出した。
 外は案の定、戦いの真っ最中であった。おそらく強化人間であろう一人の男性を相手に、皆苦戦しているようだ。あたしは魔法をそいつに向かって放った。
しかし、刀でいとも簡単に振り払われてしまった。そいつの冷たい目があたしを捉える。あたしは恐怖で固まってしまった。多分、いや絶対、この人には勝てない。四人がかりでもだ。どうしようもないほどに足がすくんでしまい、動けなくなってしまった。ふと血まみれのラビスが目に入り、心臓が大きく跳ね上がる。もともと痛手を負っていたのに、それでもなお考えなしに突っ込んだのだろう。死んでしまったのだろうか? 生きてる? 生きていて……! 嫌な想像が頭を駆け巡る、それに気を取られて相手の接近に気づけなかった。
「アマテリ!」
トニファの鋭い叫びと同時に、あたしは我に返った。刀を振りかざした奴が目に入る。鈍い痛みとともに、あたしは深い意識の渦に沈んだ。

 「あと二人……」
アマテリを始末した奴がこちらを振り返る。灰色の髪、青く澄んだ瞳、間違いない、あいつだ。
「サイラス、邪魔するな!」
私は静かな怒りを超えに潜めて言い放つ。トニファが難しい表情でつぶやく。
「なんだ、知り合いかい」
あくまでも冷静を取り繕っているが、トニファも平常ではいられないだろう。膝も震えているし。
「カナデ、投降するんだ。今なら間に合う」
「嫌だよ。私はもうウンザリなんだ。お前らみたいに、悪事をやらされるような人生は」
言いつつトニファに合図する。逃げろ。ひたすら逃げろ。コイツには絶対にかなわない。お前だけでも逃げろ。さあ逃げるんだ! どうして逃げない? 早く、早く……!
「逃げないよ。ここまで来たんだ。地獄の果てまでついて行ってやるさ」
「どうして! お前はラビスやアマテリとは違うだろ? あいつらの未来は正直言って八方塞がりだが、お前はただの不良学生ってだけだろ!」
「違うさ」
トニファはふふんと笑いながら私の隣に立った。
「僕だってすでに、生きることに絶望している者の一人だよ。この旅が終わる時が、僕という人間が終わる時だ。そう決めたからね……決めたのは今朝だけど」
トニファは腹をくくったような、全てを諦めたような朗らかな笑みを見せた。
「さあ、えーと、サイラス君って言ったっけ? 戦いを続けようか。ほらカナデもそんな顔しない! ただ最後まで戦う、これの何が悪いんだい?」
そう言ってトニファは飛び出した。私の制止も聞かずに。

 まあ、案の定というかなんというか……僕たちは負けた。アマテリもラビスもカナデも原っぱに寝転んで動かない。僕の意識も段々と危なくなってきていて、僕に刀を突きつけるサイラス君に何の興味も抱かなかった。
「そろそろ終わらせてくれないか? 痛くてたまらないんだ」
そう言う僕に、サイラス君は不思議そうに尋ねた。
「何故君は死にたがるんだ? 他の者と比べても、君が死ねる要素はなさそうなのに」
「あはは、愚問だね……。別に、最初から死にたがりだったわけじゃないさ。ただ、ラビス君とアマテリお嬢に会って、どうも死にたくなったみたいだ。同じようにこの世界に産み落とされた、それなのに、片や奪い続ける以外の選択肢をなくし、片や愛されることもなく自己否定に陥る。そして僕は、最高峰の学問ができるほど恵まれ、一回の不正もバレなきゃ見逃される。実に不公平だよね。恥ずかしくなったんだ。僕という人間が。僕という存在が……」
微妙な表情でサイラス君が困ったように眉をひそめた。まあ、困るだろうなぁ、突然こんなことを言われてもね。
「ああ、気にしないでくれたまえ。僕は不思議と怖くないんだ。多分、ラビス君もあの傷では生きて帰れないだろうし、アマテリお嬢もそうだろう。僕はもう、どうでも良くなってしまったんだ。まあ、一緒に死ねるならそれもまた一興、かもしれないしね」
虚空を見つめながら、わざと明るく振る舞う。元気なふりは得意だ。今回は微妙な出来ではあるが。
「そうだサイラス君、カナデの今後を聞いておきたいのだけど、いいかな? 彼女も殺されてしまうのかい?」
「いいや、カナデはカルロス様のもとで再度プログラムを組みなおし、より強化した状態で蘇る。もちろん、ここ数日の記憶データは抹消してね」
「そうかい……」
カルロスの生体科学魔法がどういうものかは知らないが、おそらく僕らのことも忘れてしまうのだろう。まあいいや、全部どうでもいい。どうせ僕にはこれからなんて来ないのだから。
「うん、もう満足だよ。この人生もスリリングかつボアリングで面白かったさ」
さあ、殺してくれ。そう言う僕に突き付けた刀を、サイラス君は下ろしてしまった。
「君、両親は?」
そう聞くサイラス君は、どこかつまらなそうな顔をしている。こりゃなんかあるな、直観的にそう思ったが、まあもう僕には関係ないだろうな。
「いるよ。学園都市から南西にずっと行ったところにある小さな町にね。しばらく会ってないや。でもいいよ、気にしないで。今更会ったところで、僕は己の恥ずかしさで苦しむだけだろうからね」
「親の事は、好きじゃないのか?」
「好きだよ。僕の学業を誰よりも応援してくれたからね」
「ならどうして死にたいんだ? まったく理解できない」
サイラス君は首を傾げながらくるりと踵を返した。ああ、なんだ。この痛みを取り払ってくれるわけではないのか。まあいいや。僕の意識も持ちそうにないや。具合が悪いのをごまかして無理に喋っていたせいかな? 僕の目の前は真っ黒に塗りつぶされた。
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