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一章 - 満開のアキツベル公爵領 -

26.

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 タイミング良く草原を吹き抜けた風に揺れる、雪色に藍色裏地のマントもお似合いである。
 ちなみに、クレアの服装や装備が数年前と変化している理由は、もちろん『ランクSR 聖騎士』から『ランクUR 神聖騎士』へランクアップしたからである。
 それは、彼等がリキッド王国の王都ロックムーンを出立して半年ほど、フォレストベアやフルムーンベアなどが出現する、アキト命名の『釣り堀ダンジョン』という、ちょっと変わったダンジョン攻略中に起きた。上位ランクの聖魔法を使用できるようになるなど、戦力アップはかなり喜ばしいことのはずだった。
 だが、運良く宝箱から入手した高性能な釣り竿で、全員が歓喜した黄金香魚や黄昏岩魚の大漁、名前とは正反対のゴツい見た目のトロトロサーモンなど新たな魔物食材を釣り上げた印象が勝ってしまっている。
 お祝い料理も美味しく仕上がったし、本人も祝い酒を堪能する方を優先していた。

「このような感じでございます」
「スンゲェ~、納得です」

 相手が頷く様子を確認して、クレアが手放した剣と盾は空中へ溶けるように消えていき、両足を揃えて上品に身体の前で手のひらを重ねる頃には普段着の状態へ戻っていた。
 そんなあっという間の変化だから、色々気を取られていたジャックが見逃していたのも仕方がないだろう。
 ちなみに、先程の立ち姿へ頭装備として黄金色のティアラを載せる、姫騎士と言い表せるような状態になると、アキトが手にする守護の精霊カードの描写に近くなる。それっぽく変身していくことも、咄嗟の出来事には抜き身の片手剣だけを出現させるなど柔軟な選択すら可能なのだ。

「そ、それでは、本隊も動き出したようですので、私は任務の護衛へ戻るとします。アキト君の案内を終えましたら、ジャックは……、本日は到着後に東門の警備でしたよね?」
「えぇっと……、はい、その通りです」

 ジャックが記憶を探るように視線を動かしたあと、背筋を伸ばして返事をした。

「では、そちらではなく、騎士団の本部へ一度戻るようにして下さい。それで、本日の勤務を終えられるようにしておきます」
「了解です」
「それでは、皆さま方が我らの故郷、アキツベルグの街を気に入っていただけるよう願っております」
「はい、わざわざありがとうございました」

 ジャックに指示を出しながら持ち直したクラウスは一礼、颯爽さっそうと馬上の人となって順調に進み始めた公爵家の馬車へ駆けていった。
 これ以上があると抱え込めないと、急いで日常業務へ戻りたくなっただけかもしれないけれど。

「あー、今更なんだがよー……」
「んー?」
「副団長はああ言っていたがアキト達は領都にしばらく滞在するのか? 冒険者登録だけしてランガルス山脈の方へ戻ったりするつもりは?」
「あー、どうだろ……? まぁ、あっちこっち気になった場所へ向かうのに良さそうな位置らしいし、よっぽど嫌なことが起こらない限りはしばらくお世話になるかな。急いで冒険者ランクを上げる必要もないからのんびりするさー」

 公爵家御一行が通過するまでその場へ留まり、ジャックがアキトへ話を振った。

(そう、のんびりで良いんだよ、のんびりでぇ……。何かしらの問題が起これば、師匠かみさまが食卓へ現れるだろうからさー)

 授けた退魔の宝剣の内部へ手紙を届けたり、そのための機能を仕込んでいたりしたのだから、いずれお遣い的なことをさせられるのだろうとアキトは考えている。今のところ、食材調達の指示を出して、スイーツを催促するために現れたくらいだけど。
 サファが天高く掲げたハチミツたっぷり白銀桃のフルーツピザを『これは、私の分ですね~♪』といきなり現れて取り合いを始めたことは、心底驚かされた記憶だ。

(しかし、こういう場面だと、貴族家の美しいご令嬢と仲良くなったりするのがテンプレっぽかったけどなぁ……。ふーむ、ちょっと残念、なのか?)

 一定速度を維持し街道を進んでいく馬車は、白色カーテンがピッタリと閉じられたまま変化なし。箱馬車で寛いでいるはずの人物を視界に収めることは叶わなかった。
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