嫌われ忌み子は聖女の生まれ変わりでした

野良猫のらん

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第二十八話

「これに指先を浸けろ」

 イッシュクロフト先生は赤い液体で満たされたインク壺を差し出してきた。
 僕は素直に中に人差し指の先を浸けた。赤い液体はねっとりとしている。

「先生、これは何ですか?」
「豚の血だ」
「血……っ!?」

 先生の返答に声が裏返る。
 思わず指先を拭いたくなってしまった。

「学院生なら慣れろ。豚の血くらい魔法薬学でも呪術学でも使う」
「うう……」

 怖気が走るのを必死で我慢する。

「あそこに藁人形が立てかけてあるだろう」
「あ、はい」

 乱雑とした部屋のオブジェの一部だと思っていたが、確かに大きな藁人形が壁に立てかけてある。

「あれ目がけて試せ。闇属性の初級魔術、『呪いを放つ』だ」

 こくりと頷き、僕は藁人形に狙いを済ませて赤い血で汚れた人差し指を向ける。
 息を吸うと、人差し指の先から軽く魔力を放った。

「……っ!?」

 人差し指の先から射出された黒い閃光が、藁人形の頭を物理的に抉った。

「な、なにこれ……」

 闇属性の初級魔術はただ呪いを放つだけのはずだ。
 こんな威力はないはずなのに。

「凄まじい威力だな。魔力が圧縮され過ぎて魔術の効果如何に関わらず対象を損傷させるまでの魔力圧が生じている」

 血の穢れ。
 それを纏うだけでこんな威力を持つなんて。
 八年前のあの日、僕は一歩間違えば人を殺してしまっていたかもしれない。
 ぞっと身体が震えた。

 その後指先を拭って血の付着していない状態で『呪いを放つ』を試してみたが、さっきのように藁人形の頭に穴を空けたりはしなかった。藁人形の藁が少し枯れた程度だ。

「やはり闇属性を持っていることは間違いがないようだな」

 イッシュクロフト先生はふむふむと興味深そうに頷いている。

「ではまた血に指先を浸すように」
「ええ、またですかぁ」

 うんざりとしながらまた人差し指を血で汚す。

「今度は魔力を増大させた状態での属性の変換を試してみよう」

 先生が今度は蝋燭を差し出す。
 それだけで火の初級魔術を試せばいいのだと分かった。

「まあどんなに被害が大きくとも蝋燭が消し飛ぶだけで済むだろう。試せ」
「はい」

 なんだか特別講義というよりもイッシュクロフト先生の実験に付き合わされてるだけなんじゃないかという気がしてくる。

 僕はまず自分の中から魔力の一部を分離させる。
 そしていつものようにその一部の色を薄めて属性を変化させようとした。

「あれ……?」
「どうした」

 色が、薄まらないのだ。

「先生、属性が変換させられません……! 色が薄まらないんです……!」
「何……っ!?」

 指先に集めた魔力が一向に変換されないまま、膨らんでいく。
 そして――――弾けた。
 指先から純然たる闇属性の魔力の塊が放たれ、蝋燭の先っぽが消し飛んだ。

「いったん中止だ。今すぐ血を拭き取れ」

 差し出された布切れですぐに指先の血液を拭い落した。

「なるほど、穢れを纏った時は属性の変換が不可能になるかあるいは至極難しくなるようだな。血を使った実験は今日のところはやめておこう。暴発が怖い」

 先生は確かに実験と口にした。
 やはり講義ではなく実験のつもりだったようだ。

「何故なんでしょう……?」

 自分の身に起こったことが怖くて、震えながら尋ねる。

「原因の特定は慎重に行うべきだが、仮説なら立てられる。恐らくは純度が高まり過ぎたのだろう」
「純度が?」

 僕の問いに先生はコクリと頷く。

「属性の純度が高いほどその属性の高度な魔術を使えるから一般的に純度が高いほどいいことだとされているが、デメリットもある。それが属性変換の難易度が上がることだ」

 先生はツカツカと研究室に備え付けられている黒板に歩み寄っていく。

「といっても誤差のような範囲だが……もしかすれば穢れに触れた闇属性の者はその瞬間純度が跳ね上がっているのかもしれない。属性変換が行えなくなるほどの純度まで。いやしかし、だとすれば……」

 先生はチョークを手に取るとブツブツと呟きながら黒板に何かを猛然と書き出した。すっかり一人の世界に入ってしまった。
 僕の方を振り向きもしない。

「あの……講義が終わりなようなら僕はこれで失礼します……」

 おずおずと先生の背中に声をかけて、研究室を後にしようとした。

「ああ待て、一つ聞いておきたいことがある」

 意外にも呼び止められた。
 先生はチョークを置いて僕と向き合う。
 その目は真っ直ぐに僕を射抜いている。

「君、カインの実子ではないだろう」
「え……」

 思わぬ質問に虚を突かれて固まってしまった。

「えっと、お父さんから聞いたんですか?」
「いや。だがその口ぶりは『イエス』ということか」
「あ」

 気が動転して間抜けなことを口にしてしまった。

「カインからは婚外子だと聞いた。だが奴がそんな無責任なことをするはずがない。カインの奴は勘違いされがちだが、自由への憧れが人よりちょっと強いだけの善良な男なのだから」

 超越卿の口ぶりは、まるで自分だけが彼のことを良く分かっているのだと言わんばかりの口調だった。
 どこか清々しい表情に、お父さんの善良さを確かめたいがためだけの質問だったことが察せられた。
 別に僕がお父さんの実の子供ではないからどうこうしようという気はないようだった。

 先生は再び黒板に向かい合ってブツブツ呟き出したので、僕は研究室を後にした。
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