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第六話

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「いいかマコト、今日は大事なことを教えてやる」
「はい!」

 マコトがギルド職員になってから、何日かが過ぎた。
 日を追うごとにフェリックスは熱心にマコトを教育するようになっていった。

「まず、この世界には魔物がいるだろ?」
「ええ、そうなんですか!?」

 話の前振り段階で衝撃の事実が発覚し、つい話の腰を折ってしまった。

「あー、そっかそっか。まずそこから説明しなきゃか」

 彼は頭を掻き、苦笑する。

「ごめんなさい!」

 説明の手間を増やさせてしまったと、マコトは反射的に頭を下げた。

「いやいや、謝るなよマコト。異界から来たんなら、色々なことを知らなくて当たり前だろ。何というか、世界が違うと常識だと思っていることも常識じゃないんだなって。そのことがオレは面白いんだよ」 
「面白い……?」
「うん、そう。マコトの反応見てると、きっとマコトがいた所はこことは全然違うんだろうなって見えてきてさ。それがすごく面白いんだ。良かったら、マコトがいた世界の話も今度聞かせてくれよな」
「分かりました!」

 彼が自分の世界に興味を持ってくれたことが嬉しくて、マコトは顔を輝かせた。

「それで話を戻すぞ。まず、この世界には魔物っていうのがいるんだ。魔物は普通の動物よりもずっと凶暴で、人間を見ると真っ先に襲ってくる。街の外にはそういうのがたくさんいて、しょっちゅう人が犠牲になっている」
「そんな……!」

 思っていたよりもずっとシビアな世界の現実に、ショックを受ける。
 街の中でのうのうと暮らしているだけでは、分からないことだらけだ。

「それから、流れ者というものはいつの時代でもいるものだ。彼らが職を見つけてきちんと働いてくれればいいが、そうでない場合は最悪野盗と化す。そうならないように、国は彼らに仕事を提供しなきゃならない。民を守るためにな」

 マコトはこくこくと頷いた。

「魔物と野盗の両方が襲ってきたら、これは大変なことだ。さて、マコトだったらどう解決する?」
「え、ええっと……」

 彼が質問を投げかけてきた。マコトは真剣に考えてみる。

「流れ者に魔物を退治してもらう……?」

 マコトは恐る恐る答えた。

「そうだ、その通りだ! それなら一石二鳥ってわけだ」

 マコトの答えに、彼はパッと顔色を明るくさせた。
 正解を選べて、マコトも嬉しくなった。

「流れ者に魔物退治をしてもらうよう誘導する機関、それが冒険者ギルドだ。めちゃくちゃ大雑把に言えばだけどな。依頼人からの依頼料プラス国からの補助金で冒険者への褒賞が支払われ、ついでにオレたちの給料にもなっているってことだ」
「へええ、そういう仕組みだったんですねぇ」

 冒険者ギルドが担う役目の大事さを初めて知った。

「魔物を倒すより人間から奪う方が楽だって野盗化する冒険者も時々いるが、そういう輩は指名手配して他の冒険者にやっつけてもらう。こうして冒険者ギルドは治安を維持しているんだ」

 彼は細かく説明してくれた。
 人の命を守るための大切な仕事だと分かると、一層やる気が出てきた。

「あらあら、フェリックスくんったらマコトくんの教育係がすっかり板についているわね」

 熱心にマコトを教育するフェリックスのことを、周囲の職員たちは微笑ましげに見つめていた。

「マコトくん、がんばってね。それじゃ私、書類を取りに来ただけだから」

 くすくすと笑っていたクレアは、すぐに事務室から出ていった。

「ええーと、それからだな。いいかマコト」

 気を取り直すかのように、軽く咳払いする彼。
 なんだか頬が少し赤くなっているように見えた。

「ギルド職員の仕事は事務仕事だけじゃない。ああやってクレアさんのように、ギルドを訪ねてくる冒険者や依頼人の受付を担当したりもする。マコトも仕事になれたら、いつかは担当してもらうことになるぞ」
「ぼ、僕なんかに受付が務まるでしょうか……」

 受付係をすることになると聞いて、急に不安を覚えた。
 前の会社では、いつも上司を怒らせていた自分に接客などできるのだろうか。

「何言ってるんだよ、マコトなら大丈夫だって。マコトはいつも一生懸命で素直だから、みんなマコトを好きになると思うよ」
「こんな僕を好きになってくれる人がいるんでしょうか……?」

 マコトが零すと、フェリックスは驚いたように目を丸くした。
 それから、吹き出して笑い出した。

「な、なんで笑うんですか……!?」
「ごめんごめん、だって今さらなことを言うもんだから」
 
 彼は笑いを抑えると、周囲を見渡して言った。

「もうとっくのとうにこのギルドのみんな、マコトのことが大好きだよ」
「ええっ!?」

 マコトは驚きの声を上げて、キョロキョロする。
 慌てて辺りを見回すマコトに、ある職員は笑みを返し、ある者は陽気にウィンクをし、ある者は気恥ずかしげに視線を逸らした。皆マコトに親切にしてくれた人たちだ。
 さっき受付に行ったクレアさんも、ことあるごとに「がんばってね」と声をかけてくれる。

「みんなマコトに優しいだろ?」
「それはそうですけど、でもそれはみんなが優しい人だからですよね?」

 向き直り、彼に尋ねる。
 
「うちのギルドには無意味に意地悪するような人間はいないけど、それでもみんなが親切にするのは、マコトが一生懸命がんばってるからだよ。みんなマコトのことが好きだから、応援したいんだ」
「僕のことが好きだから……」

 皆に好かれているのだという自覚が、言われて湧いてきた。
 そんなマコトの胸中に、一つの疑問が生まれた。

"つまり、先輩も僕のことが好きってことですか?"

 彼に尋ねてみたかったが、口に出すのはなんとなくはばかられた。
 なぜ、素直に聞けないのだろう。
 マコトは生じた疑問をそのまま胸の内に仕舞った。

「よし、マコト。そろそろ今日の仕事を始めるぞ。ペンを貸してくれ」
「は、はい!」

 マコトは慌てて自分のペンを手渡した。
 マコトのペンを彼が握り、魔力を流し込んでいった。
 こんな風に、マコトの羽ペンは毎回彼が魔力を補充してくれている。
 そのおかげでマコトは仕事ができているのだ。

「ほら、使えるようになったぞ」
「ありがとうございます!」

 彼から受け取った羽ペンは、ほんのり温かかった。
 その温かみに、いつも「仕事を頑張ろう」と思えるのだ。

(よし、今日も頑張るぞ……!)

 マコトは張り切ってデスクに向かった。


「マコトくん、フェリックスくんと仲良くしてくれてありがとうね」

 その日の帰り際。
 マコトはクレアに声をかけられた。
 フェリックスは少し離れたところで、別の職員と会話をしている。

「いえ、その、仲良くしているというか、僕がお世話になってばかりで……!」
「フェリックスくんね、マコトくんがここに来てから毎日楽しそうよ。良かったわ」

 彼女は以前のフェリックスを思い出すかのように、遠い目をした。

「前のフェリックスくんは、まるですべてを諦めているみたいに無気力だったから……」
「すべてを諦めてるみたいに……?」

 彼は一体何を諦めていたのだろう。
 今の明るい彼の姿からは、想像もつかなかった。

「マコト、今日も一緒に晩飯食おうぜ!」
「はい、先輩!」

 彼が声をかけてきたので、彼女との会話はそれで打ち切りになったのだった。
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