氷の王と自由な小鳥

野良猫のらん

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第二十五話 神の許嫁

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 何度もアロイスと想いが通じ合っているのではないかと錯覚しては、思い上がりだったと痛感させられた。どうしてこんなにも自分は馬鹿なのだろう。
 
 どんよりと暗い気持ちを抱えたまま、翌朝を迎えた。
 
「起こしてしまったか?」
 
 本当はずっと起きていたのだが、アロイスが上体を起こした瞬間に身動ぎしたら、起こしたと思われたらしく声をかけられた。
 無視するわけにもいかず、いかにもたった今目を覚ましたかのように目をこすって起き上がる。
 
「……おはよ」
「おはよう。朝食は寝室に持ってこさせよう。お前は寝台の上で待っていればいい」
 
 アロイスと一緒に食事を摂るようになってから、朝食も食堂で食べる習慣になっていた。けれども、「務め」の翌朝は食堂まで行かなくていいようにしてくれる。
 細やかな気配りに、愛情のようなものを感じる。けれども、感じるだけだ。単に、彼が気が利くというだけのことなのだろう。
 
「うん」
「……シリル」
 
 アロイスは眉を顰めたかと思うと、急にシリルの額に手を当てた。
 
「ひゃ⁉ な、何だよ!」
「覇気がないから熱でもあるのかと思ったが、どうやら違うようだな」
 
 すっと彼の手が離れていく。そのことを少し残念に思った。
 
「何か気がかりなことでも?」
「あ、えっと……」
 
 まさか勝手に失恋した気になって落ち込んでます、とは言えない。どうにかして誤魔化さなければ。
 
「実を言うと、ジョスラン先生に古文書を貸してあげたいと思ってて。王宮にある古文書を貸してあげてもいいかな? そもそも、王宮に古文書があるのかどうか知らないけれど」
 
 ジョスラン先生と約束したことを思い出し、口に出してみる。
 
「なんだ、そんなことで悩んでいたのか?」
 
 アロイスは、訝しげに片眉を上げた。
 
「古文書を収めた書庫ならば、たしかに存在するな。私自身もあまり立ち入ったことはないが……。そこにお前の教師が立ち入ることを許可しよう」
 
「よかった、ジョスラン先生きっと大喜びするよ」
 
 すんなり許可をもらえて、シリルはぱっと顔を輝かせた。
 
「教えを受け始めたばかりだと思うのだが、随分と懐いているのだな?」
 
 なぜだか、アロイスは少しムっとした顔をしている。
 
「すごく面白い人だから」
「なるほど、確かに私は面白みのない人間だからな」
「……?」
 
 一体全体、何を張り合っているのだろう。きょとんと首を傾げているうちに、悩みがあるのかどうかということはうやむやになった。ラッキーだ。


 許可が出たので、数日後ジョスランと一緒に古文書がしまわれている書庫を訪れた。エリクの案内で、書庫に足を踏み入れた。
 
「おおおおお……!」
 
 古い紙の匂いに満たされた書庫に、ジョスランは感激のあまり身悶えしている。
 薄暗く狭い空間に本棚が所狭しと並び、見るからに古そうな本が何冊も収められている。
 
「ここの本は自由に見ていただいて構いませんが、くれぐれもシリル様にご迷惑をかけたりはいけませんよ兄上」
 
 感激しているジョスランに、エリクは仕方がないなといった風に苦笑いしている。二人の兄弟は顔立ちは似ていても、性格は全然違うようだ。
 
 エリクが去ると、ジョスランは嬉々として、しかし丁寧に本棚から古文書を取り出した。机の上に古文書を置くと、夢中で読み出した。
 シリルは別に部屋に戻ってもよかったが、楽しそうな空気を間近で感じていたくて書庫に留まっていた。
 
 紙をめくる音が響く。古文書を読んでいるジョスランは、にこにこ顔だ。古い本を読むのはそんなにも楽しいのだろうかと、自分もちょっと古い言葉を学んでみたくなってしまう。
 
「どんな本なんですか?」
 
「ふむ、これはどうやら人間と神々の共存について著された本のようでございます。非常に興味深い!」
 
「人間と神々の共存?」
 
「ええ、神々はなぜ人間と共存してきたのかについて記されておりますね。理由の一つとして、人間の中には時折『神の許嫁』が生まれることが語られております。『神の許嫁』を目的として、神々は人間を保護していたようでございます」
 
「『神の許嫁』……?」
 
 聞き慣れぬ言葉を繰り返すと、ジョスランは説明してくれる。
 
「『神の許嫁』とは、神々に好かれやすい人間のことです。『神の許嫁』は神々の御力を増幅させることができるらしいのです。『神の許嫁』が年頃になると、『年頃の娘を一人捧げよ』などと命じたりして『神の許嫁』を娶っていたようです」
 
「娶って……」
 
 古文書の中に書かれているのは、まだ神々が塔の外で戦争を始める前の世界のことだろうか。旧世界では、神々と人間の距離は随分と近かったようだ。
 
 神々の力を増幅させることのできる人間……もしかして楽士と神の許嫁は同一の存在なのではないだろうか、とシリルは感じた。
 王の力は、生命の神の血を継いでいることに由来する力だ。であるならば、王の力と神の力は同一のものだろう。
 
「『神の許嫁』と真に心を通わせることのできた神は、神の御力の真価を発揮できるようになるのだとか。しかし如何せん無理矢理『神の許嫁』を生贄同然に捧げさせる神が多く、『神の許嫁』の心を開くことができた神は少なかったようです」
 
 ジョスランは目を爛々と輝かせながら、紙面に視線を走らせる。
 
「おお、これは興味深い! 男性の『神の許嫁』が男神に娶られて、子をなした話が載っておりますな。神々には性別は関係ないのか、はたまた『神の許嫁』の特殊な能力なのか……ふむ」
 
「な、なんですって⁉」
 
 ジョスランが口にした言葉に、全身を血が巡るのがわかった。
 男同士でも子供を作れる?
 
「同性同士で子をなせるなど、奇妙で面白い話でございますね」
 
 アロイスはこの書庫を訪れたことは、あまりないと言っていた。ならば、この古文書の内容を知らないのかもしれない。
 
 教えてあげなければ。
 アロイスは自分との交わりは少なくとも不快には思っていないようだし、きっと喜んでくれるはずだ。知らない女性に彼を取られることもなくなる。
 
 目の前が広く開けたような感覚だった。
 
「ジョスラン先生、古文書ってすごい面白いんですね! この書庫の本の内容、これからも教えてくれませんか?」
 
 シリルは嬉々として頼んだ。このこと以外にも、もっと役立つことが載っているかもしれない。
 
「おお、ご興味を持っていただけましたか! ええ、ええ! お教えしましょうとも! ついでに現代文法が終わりましたら古文法にも取り組みましょう!」
 
「はい、わかりました!」
 
 ついでのように古い言葉を学ぶことになってしまったが、今のシリルにはそんなことちっとも気にならなかった。


「アロイス、すごいことがわかったんだ!」
 
 その晩、アロイスが寝室に戻ってくるなりシリルは口を開いた。執務室まで行ってすぐさま報告したいくらいだったが、執務室に行って嫌な話を聞いてしまった記憶が蘇って、それは避けた。
 
「どうしたシリル、すごいこととは?」
 
 ハイテンションなシリルに戸惑いながらも、アロイスは長椅子に腰かけた。話を聞くから隣に座れ、と身振りで促すのでシリルは彼の隣に腰かけた。
 
「オレたち、もしかしたら子供が作れるかもしれないんだ!」
 
 ジョスランから聞いた古文書に載っていた話を、彼に伝えた。「神の許嫁」が「楽士」と同一の存在ならば、きっと二人で子をなせるはずだ。
 話を聞けば、アロイスは頬を紅潮させて喜んでくれるだろう。そう思っていたのに、話を聞き終わった彼の顔色は逆に青褪めていた。
 
「まさか子を孕む可能性があっただなんて……この前は中に出したりしてすまなかった」
「え……」
 
 彼は喜ぶどころか、シリルが妊娠している可能性を恐れた。
 
 子をなすことができるからと言って、どうしてアロイスが自分との子を望むと思えたのだろう。たとえ子をなすことができたとしても、二人は王と楽士でしかない。
 自分みたいな下層民との子など、王である彼は欲しくないだろう。
 
 何度も舞い上がっては思い知らされる自分が、嫌になってしまう。
 
「体調は大丈夫か? 妊娠の兆しはあるのか? 明日にでも医者に診てもらおう」
 
「別にいいよ! 兆しとかなんにもないし、男が妊娠してるかもなんて言い出したら、アロイスの頭がおかしくなったって思われるぞ」
 
 そんなに自分が妊娠してるかもしれないのが怖ろしいのかと胸が痛んで、ぶっきらぼうに返事した。
 
「だがしかし、そういうわけにもいかないだろう」
「オレが妊娠しているように見えるのかよ!」
 
 シリルは服をめくって、腹を見せた。アロイスはシリルの腹をじっと観察する。
 
「初めて会った日よりは肉がついているから、もしかすれば……うっ」
 
 馬鹿なことを言う彼の肩を拳で殴り、シリルは寝台に潜り込んだ。また殴ってしまった、と自己嫌悪に襲われる。
 
「シリル、これから夕食だが……」
「飯なんていらない、食欲ない!」
「食欲がないだと! もしやつわりが……」
「そんなわけないだろ、馬鹿!」
 
 アロイスはそれ以上話しかけてこなかったが、シリルが体調不良だと勘違いしたらしい。エリクが夕食として寝室にミルク粥を運んできて、翌日には問答無用で医者を呼ばれた。
 もちろん、妊娠などしていなかった。アロイスの馬鹿。
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