婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん

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第二十七話 蒼い瞳は青空

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「まあ……!」
 
 ギュスターヴとヴァンの二人が会場に姿を現すと、騒めきに包まれた。
 貴族たちの視線が、一斉に集まる。
 
「殿下のフィアンセ様、なんてお美しいのかしら」
「あんなに素敵だったか? 剣闘大会で遠目にお見かけした時は、もっとこう……」
「馬鹿だな、前から素敵だったぞ」
「お揃いの格好がお似合いですわ!」
 
 どの人もヴァンのことを褒めているよ、と風の精霊が人々の囁き声を拾って届けてくれる。
 恥ずかしくて思わず俯いてしまいそうになる。
 
 だが今はギュスターヴが隣にいるのだ。俯くなんてみっともないことはできない。
 ヴァンは顔を上げ、ぐっと背筋を伸ばし、堂々と彼の隣を歩いた。
 
 会場の中央まで進み出るとギュスターヴは口を開いた。
 
「私の隣にいるのはミストラル侯爵家の次男、ヴァン・ミストラルだ。ヴァンは数年前より王都の隅の小さな孤児院に積極的に寄付を行い、休日には時間を割いて孤児たちに読み書きを教えていた心根の清い人間だ。先日、城に賊が入ったが盗難を未然に防いでくれたのもヴァンだ。私と同じ考えを持ち、本当の私を見てくれた頼りになる彼を、ぜひパートナーにしたいと思った」
 
 彼の語るヴァンに関する話を、貴族たちは静かに聞いている。
 大量の視線が注がれるのが感じる。恥ずかしさのあまり、自分はそんな大した人物ではないと今すぐに大声で否定したい。だがそれは彼の信頼を裏切る行為だ。
 いつだったか彼が話してくれたように、ヴァンは真っ直ぐに貴族たちの視線を見返した。
 
「ヴァンの加護の数に疑問を持つ者もいるかもしれない。だが、はっきり言おう。加護の多寡で国王や王配になる素質があるかどうか判断するのは、前時代の野蛮な慣習だ。それよりも人を見るべきだ。その人自身を見て、判断すべきなのだ」

 貴族社会の常識を真っ向から打ち破るような宣言。
 だが彼の言葉に、明らかに難色を示す貴族は見当たらない。彼らは固唾を飲んで彼の言葉に耳を傾けている。

「だから私はそのことを示すためにヴァンと……いや違う。その考えとは別に、私はヴァンを愛しているから契りを結びたいと思っている。私たちはおよそ一年後、婚姻を結ぶ。どうか、私たちを祝福してほしい!」

 彼の言葉が朗々と響き渡ると、拍手喝采が湧き起こった。
 貴族たちが一斉に拍手を送っている。

 ヴァンのことを笑う者などどこにもいなかった。皆、受け入れてくれたのだ。
 こんな風に大勢に受け入れられたことなど今まであっただろうか。出来損ないと蔑まれてきたヴァンにとっては初めての光景だった。

 信じられない、とヴァンは目を大きく見開いて周りを見回す。

「ヴァン」

 騒めきの中、静かにギュスターヴが語りかけてくる。

「君が堂々としていたから、彼らは賞賛しているんだ」

 彼の言葉に、ヴァンはハッと目を見開く。
 咄嗟にそんなことはないですと否定の言葉を吐くために口を開きかけ、緩く首を振る。いま彼に伝えるべきなのは、そんな言葉ではない。

「僕が堂々としていられたのは、殿下が隣にいてくれたからです。殿下、ありがとうございます」

 ヴァンはそっとはにかむ。
 彼の腕に添えていただけだった手に力を込め、身体を寄せる。

「ヴァン……」

 近づいた分だけ、彼の体温を感じる。
 祝福するかのように、十二と一の精霊の御光が二人を包み込んだ。
 会場の貴族たちはほうっと感嘆の溜息を吐く。大ホール中が祝福の気に満ちていた。

 しかし。

 その中でただ一人だけ、違った表情を浮かべる者がいた。

「ん?」

 違和感を覚えて、そちらを見やる。
 紅い髪が揺れ、人ごみの中に紛れた。

「ミレイユ……?」

 髪の色から元婚約者の顔を連想する。
 未来の公爵夫人たる彼女がこの場にいるのは何も不思議ではない。不思議ではないが、何か嫌な感じがした。ヴァンは、言いようのない不安を覚える。

「曲が始まったね」

 その時、ギュスターヴが呟いた。
 いつの間にか楽団の演奏が始まっていた。

「ヴァン、行こう!」
「えっ!?」

 彼はヴァンの手を引いてダンスホールの中央へと向かう。

 ヴァンはこれがただのパーティではなく、舞踏会であるということを思い出した。
 貴族たちはどよめきもせず、ギュスターヴとヴァンに対して道を譲る。内心では驚きを隠しているのかもしれないが。

 ダンスホールの中央に躍り出ると、彼はくるりと身を翻してヴァンを向き合う。彼はヴァンの腰に手を添えると、片手を握った。

「あの、僕リードされる側は踊ったことなくって……」
「私に合わせてくれ。これくらい緩い曲調なら大丈夫だろう?」

 確かに場には、緩めのテンポで華やかな円舞曲が流れている。

「でもこの曲って確か途中で結構激しく……」

 美しいかんばせが愛おしげに目を細めて柔らかく微笑む――――ヴァンは見惚れた。言いかけた言葉が吹っ飛んでしまうくらい、彼は眩しかった。

 その一瞬の隙を突いて、彼は踊り始めた。

「っ」

 踊り始めたら後はついていくしかない。ヴァンは置いていかれないように必死に足を動かした。転んだり転ばせたりしたら彼の恥になってしまう。
 二人は大きな円を描いて舞う。
 他の貴族は誰もダンスホールに下りてこない。彼に遠慮しているのだろうか。
 二人の周囲には誰もいなかった。まるで世界に二人きりのような錯覚に囚われる。
 ヴァンの目には彼しか映らない。

 蒼い瞳は青空のようで。
 彼に導かれるままにヴァンの身体は空を舞う。
 くるりくるりとどんなに世界が回っても、蒼しか目に入らない。
 シャンデリアが降らせる魔術光も、美しく着飾った人々も今は関係ない。

 彼の手の温度。
 間近に感じる呼吸。
 形のいい唇が描く嬉しそうな微笑。
 力強く、けれども決して無理はさせないリード。
 吸い込まれそうなほど蒼い瞳に浮かぶ、自分の姿。
 青空に映った自分は、幸せそうな顔をしていた。

 ああ――――好きだ。
 彼のことが好きだ。

 このひと時が幸せで、ずっと一緒にいたい。
 そんな気持ちに満たされている。
 彼が王太子だからではなく。
 求婚してくれたからではなく。
 多くの精霊の加護を受けているからでもなく。
 ただ彼自身を見て、好きだと思った。

 曲が終わるまで、二人の世界はずっと続いた――――
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