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第四十五話 許せない、ズルい
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「ヴァンが出来損ないの癖に、私より幸せになろうとしているのが許せないからよ……!」
ミレイユは震える声で語った。
「そもそも私がこの出来損ないと婚約していたのは、お父様がミストラル家との関係を持つために勝手にやったこと。その時点で、ヴァンの存在が許せないでしょう? どうして美しい私の婚約者が、加護が一つしかない出来損ないなの!?」
怒りの声に、ヴァンは身を縮こまらせた。
やはり彼女は、最初から自分との婚約が嫌だったのだ。その事実には、不思議と動揺はなかった。
ただ、彼女の声にこめられた怒りが恐ろしかった。何をそこまで怒っているのだろう。
「私は私の理想の未来のために努力したわ。お父様が侯爵位であるミストラル家との縁を望むなら、それ以上の良縁を持ってくればいい。私はアタックの末に公爵閣下の心を射止めたわ。側室だし、公爵閣下は私よりずっと年上だけれど、ヴァンとの婚約を破棄できて私は満足だった……満足だったはずなのよ」
シュヴァル卿らも耳を傾けているのだろう、ミレイユの語りが続く。
「なのにあろうことか、ヴァンは婚約破棄したその日に王太子と婚約した! 出来損ないの落ちこぼれの癖に、私より上の相手を射止めやがったのよ!」
彼女の怒声が、ヴァンの身体を打つ。
目には見えないが、ミレイユの精霊が荒ぶっているのが感じ取れる。
理由はともかく、怒りの強さのほどは痛いほど伝わってきた。
「途端に公爵閣下なんかと婚約したのが、色褪せて感じられたわ。私も美男子な王族の正妻になりたかったわ」
公爵は老けていて、醜い。
公爵への印象が、言外に伝わってくるようだ。
「出来損ないのヴァンなんかより、私の方が幸福になってしかるべきなのに! 許せない、ズルい……! だから――ヴァン・ミストラルには罰を下さねばならないの」
最後の一言は恐ろしいほど冷たくて、ぞっとするのを感じた。
ズタ袋に遮られて見えないが、ミレイユの瞳がじっと自分を見下ろしている気がした。
視線の気配に、呼吸が苦しくなる。
「ミレイユ様のお気持ち、しかと理解いたしました! 今のお話、決して誰にも漏らしたりはいたしませぬ」
「当たり前よ、貴方が公爵閣下に引き立ててもらえたのは誰のおかげと思っていて? 私のお願いはすべて叶える義務があってよ!」
どうやらミレイユはシュヴァル卿に恩を売って、従わせているらしい。
ヴァンを眠らせる前、ミレイユはルナール卿の別邸に向かうと言っていたが、そのルナール卿とやらも同じような理由でミレイユに従っているのかもしれない。
「ええ、ええ、もちろんでございます。貴女様の命にはすべて従います。ですが、少々気にかかることがございまして」
「何?」
「王太子殿下のフィアンセに手を出してしまって、ミレイユ様は大丈夫なのでしょうか? 私は怖気づいたりなどいたしませんが、もしミレイユ様に累が及んだ場合のことを考えますと……」
「あら、そんなこと」
カツ、とヒールの靴音が響く。ミレイユが振り返ったのだろう。
「ヴァンが王太子に愛されたのなんて、なんかの気まぐれよ。どうせすぐ飽きられるに決まっている、というかもう飽きられてたりしてね? ヴァンに後ろ盾なんかないのよ。実の父親にだって見捨てられてたくらいだしね。ヴァンがいなくなったところで、誰も気にしないわ」
そんなことない。
声は出さずとも、心のうちで強く反論した。
ギュスターヴは本気で自分を愛してくれている。ヴァンは、そのことを知っている。
右手の薬指に輝く愛の証が、今この瞬間もヴァンを守ってくれているのだから。
「実の父親に、ですか」
「ええ。どれだけぞんざいに扱われているかっていうと、ヴァンの都合の悪い記憶を消すために外国の魔術師に忘却魔術をかけさせたくらいらしいわよ」
自分の知らない事実に、ヴァンは息を呑んだ。
「精霊魔術には、記憶を忘却させる類の魔術はありませんからね。しかし、一体どんな記憶を?」
「さあ、そこまで興味ないわよ」
記憶を消されていたことがある?
自分は何に関する記憶を消されたんだ?
大事なものが、知らずのうちに失われていたのかもしれない。
それを意識して、心臓が強く締めつけられた。
同時に、実の父にそんな仕打ちをされていたことに打ちのめされる。
「すっかり無駄に話し込んじゃったわ。さ、さっさとヴァンを殺す方法を考えて!」
「わ、わかりました。……では、こういうのはどうでしょう。毒を飲ませた際、この男は噎せていました。おそらくは川の精霊の加護はついていないのでしょう。溺死を試みるのはいかがでしょう」
恐ろしい方法に、怖気が走る。
溺死は苦しいと本で読んだことがある。
「すぐ浴槽に水を貯めさせましょう。水の精霊の加護を得ている者がいないのが、口惜しいですな」
「なんでもいいから、さっさとして」
シュヴァル卿は部下たちに指示を出していく。
これからヴァンは水を貯めた浴槽に沈められ、溺死させられるのだろう。
恐ろしさのあまり滲んだ涙が、ズタ袋を濡らす。
どうしてこんな風に殺されなければならないのだろう。
死ぬ。殺されてしまう。
死の恐怖に晒されたヴァンの頭の中を占めることは、一つだけだった――――ギュスターヴにもう一度会いたい。
(助けて……!)
思わず、祈った。
ミレイユは震える声で語った。
「そもそも私がこの出来損ないと婚約していたのは、お父様がミストラル家との関係を持つために勝手にやったこと。その時点で、ヴァンの存在が許せないでしょう? どうして美しい私の婚約者が、加護が一つしかない出来損ないなの!?」
怒りの声に、ヴァンは身を縮こまらせた。
やはり彼女は、最初から自分との婚約が嫌だったのだ。その事実には、不思議と動揺はなかった。
ただ、彼女の声にこめられた怒りが恐ろしかった。何をそこまで怒っているのだろう。
「私は私の理想の未来のために努力したわ。お父様が侯爵位であるミストラル家との縁を望むなら、それ以上の良縁を持ってくればいい。私はアタックの末に公爵閣下の心を射止めたわ。側室だし、公爵閣下は私よりずっと年上だけれど、ヴァンとの婚約を破棄できて私は満足だった……満足だったはずなのよ」
シュヴァル卿らも耳を傾けているのだろう、ミレイユの語りが続く。
「なのにあろうことか、ヴァンは婚約破棄したその日に王太子と婚約した! 出来損ないの落ちこぼれの癖に、私より上の相手を射止めやがったのよ!」
彼女の怒声が、ヴァンの身体を打つ。
目には見えないが、ミレイユの精霊が荒ぶっているのが感じ取れる。
理由はともかく、怒りの強さのほどは痛いほど伝わってきた。
「途端に公爵閣下なんかと婚約したのが、色褪せて感じられたわ。私も美男子な王族の正妻になりたかったわ」
公爵は老けていて、醜い。
公爵への印象が、言外に伝わってくるようだ。
「出来損ないのヴァンなんかより、私の方が幸福になってしかるべきなのに! 許せない、ズルい……! だから――ヴァン・ミストラルには罰を下さねばならないの」
最後の一言は恐ろしいほど冷たくて、ぞっとするのを感じた。
ズタ袋に遮られて見えないが、ミレイユの瞳がじっと自分を見下ろしている気がした。
視線の気配に、呼吸が苦しくなる。
「ミレイユ様のお気持ち、しかと理解いたしました! 今のお話、決して誰にも漏らしたりはいたしませぬ」
「当たり前よ、貴方が公爵閣下に引き立ててもらえたのは誰のおかげと思っていて? 私のお願いはすべて叶える義務があってよ!」
どうやらミレイユはシュヴァル卿に恩を売って、従わせているらしい。
ヴァンを眠らせる前、ミレイユはルナール卿の別邸に向かうと言っていたが、そのルナール卿とやらも同じような理由でミレイユに従っているのかもしれない。
「ええ、ええ、もちろんでございます。貴女様の命にはすべて従います。ですが、少々気にかかることがございまして」
「何?」
「王太子殿下のフィアンセに手を出してしまって、ミレイユ様は大丈夫なのでしょうか? 私は怖気づいたりなどいたしませんが、もしミレイユ様に累が及んだ場合のことを考えますと……」
「あら、そんなこと」
カツ、とヒールの靴音が響く。ミレイユが振り返ったのだろう。
「ヴァンが王太子に愛されたのなんて、なんかの気まぐれよ。どうせすぐ飽きられるに決まっている、というかもう飽きられてたりしてね? ヴァンに後ろ盾なんかないのよ。実の父親にだって見捨てられてたくらいだしね。ヴァンがいなくなったところで、誰も気にしないわ」
そんなことない。
声は出さずとも、心のうちで強く反論した。
ギュスターヴは本気で自分を愛してくれている。ヴァンは、そのことを知っている。
右手の薬指に輝く愛の証が、今この瞬間もヴァンを守ってくれているのだから。
「実の父親に、ですか」
「ええ。どれだけぞんざいに扱われているかっていうと、ヴァンの都合の悪い記憶を消すために外国の魔術師に忘却魔術をかけさせたくらいらしいわよ」
自分の知らない事実に、ヴァンは息を呑んだ。
「精霊魔術には、記憶を忘却させる類の魔術はありませんからね。しかし、一体どんな記憶を?」
「さあ、そこまで興味ないわよ」
記憶を消されていたことがある?
自分は何に関する記憶を消されたんだ?
大事なものが、知らずのうちに失われていたのかもしれない。
それを意識して、心臓が強く締めつけられた。
同時に、実の父にそんな仕打ちをされていたことに打ちのめされる。
「すっかり無駄に話し込んじゃったわ。さ、さっさとヴァンを殺す方法を考えて!」
「わ、わかりました。……では、こういうのはどうでしょう。毒を飲ませた際、この男は噎せていました。おそらくは川の精霊の加護はついていないのでしょう。溺死を試みるのはいかがでしょう」
恐ろしい方法に、怖気が走る。
溺死は苦しいと本で読んだことがある。
「すぐ浴槽に水を貯めさせましょう。水の精霊の加護を得ている者がいないのが、口惜しいですな」
「なんでもいいから、さっさとして」
シュヴァル卿は部下たちに指示を出していく。
これからヴァンは水を貯めた浴槽に沈められ、溺死させられるのだろう。
恐ろしさのあまり滲んだ涙が、ズタ袋を濡らす。
どうしてこんな風に殺されなければならないのだろう。
死ぬ。殺されてしまう。
死の恐怖に晒されたヴァンの頭の中を占めることは、一つだけだった――――ギュスターヴにもう一度会いたい。
(助けて……!)
思わず、祈った。
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