騎士団の繕い係

あかね

文字の大きさ
17 / 30

すれちがったもの 後編

しおりを挟む
「あら、あなた、これ」

 妻が仕事部屋で拾った紙を見てラムスは青ざめた。
 半月以上前に送った手紙の一部だ。色々な条件を提示している部分でこちらの方が重要である。

「あらぁ? これがないと大変失礼な手紙になるんじゃないかしら」

 フィルスは眉を寄せて困った顔をしているが、声が怖い。おまえ、なにやってんだ、あぁん? という副音声が聞こえる気がした。

「ちょ、ちょっと待て、全部入れ、た、と思う。たぶん」

「たぶん?」

「そこが思い出せない」

 そこだけぽっかり空白だ。ラムスは年は取りたくないなぁとぼやいて見せたが、そこまで覚えてないということは今までになかった。
 ちょっとだけ老化が心配になった。

 ラムスに冷ややかな視線を投げかけてフィルスはこれ見よがしなため息をつく。

「あたくしがすればよかったわ。ねぇ、

「面目ない」

「……。
 どうであれ釈明は送っておいたほうがいいわね。相手は古い血筋。作法には厳格でしょう。まちがっても、ごめーん、うっかりしてたわぁっ! ほんと、ボケちゃって、なんて言っていい相手じゃないわ。
 誠意として使者を出したほうが良いかもしれないけど……」

 そういってフィルスは言葉を濁した。部下たちは海の上では役に立つものは多いが、陸で有能というと少しばかり不安が残る。
 それだけでなく腹心と言えるものたちは強面で大柄な面々だった。悪い奴らではないが、迫力がありすぎる。一人でなく数人も送るとなると山賊を勘違いされないだろうかとよぎる程度には物騒に見えた。さらに海のもの特有の荒っぽさもあれば、適切な人選ではない。

「陸向きの誰かいないかしら」

「いてもいつの間にか、そうなってるじゃないか」

 採用したときはおっとりした財務管理者は、いつの間にか言葉も荒っぽくなっていて、どこの裏組織の人間かと思うくらいになっていた。
 なにがあった!? と驚くほどの変貌である。
 ほんわかの事務をお願いしていたお嬢さんも姉御になった。そういう事例は他にもある。
 強くあらねばならない、ということなのだろうかと不安に駆られたラムスは何かあったら対応するからね? と念押しし、皆にやさしい対応を通達してもこうなるんだからこの地の雰囲気が何かさせているのだろう。

 フィルスも思い至ったのか気まずそうになんでかしらねと呟く。
 ラムスは咳払いし、とりあえず息子に探りをいれることにした。もう手紙は届いている日数だ。何か誤解され事態が悪化している可能性がある。
 息子のいる王都なら人をやれば数日で話はつく。多少の無理はさせるが、我が家の危機となれば頑張ってくれるに違いない。
 それにいつもなら来るはずの手紙もきていないのでそれも心配ではあった。
 アトスは律儀に二か月に一回程度、元気でやっている、くらいの短い手紙を送ってきていた。それがないのも少しばかり不穏に思える。

 ひとまずは夫婦そろって文面を考えたが暗礁に乗り上げた。

「まず、結婚の話どうなってるの? と聞くのは直球すぎるかしら」

「お嬢さんとうまくやってるのかね、というのもダメだろうか」

「……最近どう? なんてのは迂遠すぎて伝わらないような気もするし」

 そもそも、私的な手紙は用件のみという簡潔さで生きてきたのだ。ラムスも婚約期間中にフィルスに手紙を送ったことはあるが、それも、なんか、とても、簡潔だった。

「手紙書くのが嫌すぎて、返答がわりによく会いに来てくれましたわね……」

「そ、そうだったかな」

 余計な思い出も出てきてしまった。あの頃は可愛らしかったという話はラムスは聞き流した。ヒゲの大男に可愛いというのは妻くらいだろう。ついでに女性に慣れな過ぎて挙動不審もくっついているのによく結婚したものだ。

 本題から無限に脱線しそうなところで扉が叩かれた。

「お頭、お客さんですぜ」

「誰だ」

「郵便屋です。
 事故だそうですよ」

 郵便で、事故。
 それはいったい? と思うところだが、事故としか言えない案件だった。

 速達に出した手紙は配達先を間違え、別のグノー家に届いたのち、人違いであろうと本来のグノー家に再搬送された。あと少しで届くであろうということ。
 もう一つは、息子からの手紙が2通、別の領地便に紛れ遅くなった。今、3通目と一緒に届いた。

 二件もやらかしているので、いつもの配達人とは別の上司と思われる者も同行していた。謝罪と次回の割引などの保証の話を一通り聞いたのち、ほかのものに対応を任せた。
 今はそれどころではない。

「いっそ、届かないほうが良かった……」

「そうですわね……」

 郵便事故というのは、たまに発生するというのは話では聞いている。紛失されなかっただけましではあるかもしれないが、今回に限ればなくなったほうがましだろう。取り返せるなら取り返したいくらいだ。

「……で、アトスからは」

 相変わらず、簡潔な手紙だ。元気でやっているという文面はいつも通りだったが。

「友人ができました」

 という1通目。これが二か月ほど前。最後に届いた手紙のあとに書かれたもの。

「新しい友人と今度一緒に出掛けます」

 という2通目。1通目より二週後くらいに書かれたもの。筆跡が少しばかり乱れている。

「結婚したい相手がいます」

 という3通目である。この手紙だけは長く、相手がどこの誰なのか、相手の両親への承諾は得ているという話も書いてあった。
 おそらく最初の友人というのはこの結婚相手のお嬢さんであろうとラムスにもわかった。
 政略、なにもなかった。まあ、多少はあるかもしれないが、そこが大事ではなさそうである。

 相手の女性について特別に書かれた文はほとんどない。ただ、美しい手の人と書いてあった。どういう娘さんなのだろうか。ラムスは貴婦人を想像しようとして断念した。

「先にうちに話しておきなさいよ」

 がっくりとしたフィルスはそうつぶやいていた。言えば根掘り葉掘り聞かれるとわかっていて言わなかったんじゃないかと思ったがラムスは黙っておいた。
 日付を見れば、結婚の打診の手紙と同時期に出されたものだとわかる。速達で手紙が行くと思っていなかったのだろう。あるいは、そこまで考えが至らなかったか。

「あまりあれこれ言わなかったから、興味もないと思っていたのかしらねぇ……」

 この手紙は相談というよりはほぼ決定事項を連絡したという雰囲気すらする。
 ラムスはこの町を海を離れて暮らせる気もしない。だが、息子は違う。どこか、別の場所を求めていた。この町を出てそこで自由に過ごせるなら、それでいいと思って口出しせずにいた。
 伯父もそういうところはあったが、いつしか戻ってきたのだからいつか戻ってくるだろうとそっとしておいたところもある。

 戻ってこないのかと思うと寂しい気はした。

「もう少し積むか」

「そうね……。詫び分もいれなきゃいけないわねぇ」

 持参金増額で、という話をつけて大いに誤解されることになるとは思っていなかったのである。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

婚約破棄をありがとう

あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」 さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」 新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。 しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...