騎士団の繕い係

あかね

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へいわなもの

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 ある時期から、店の店頭にはドレスが飾られるようになった。

「柔らかな白と淡いピンクが重なるところが難しくてと作者は言っていました」

 今日も今日とて、そのドレスの見どころを解説している。

「まあっ! 透けている感じが素敵ね」

「ありがとうございます」

 私はうっとりとドレスを見ているご婦人があの質問を繰り出さないか少し心配になった。

「作られた方にお会いしたいわ」

「すみません。
 人見知りで」

「そうなの。では、美しく可愛いわと伝えて。この袖のところがとっても素敵」

 袖のかわいい刺繍に目をつけたあたり、ご婦人、なかなかやる。
 同じ柄のリボンを注文していった。孫に贈るそうだ。

 お客さんの去った店で、私はそのドレスを見た。

「ご好評ですね。店長」

「そーねー」

 流行りとは無縁のクラシックなようで斬新と評価される。
 基本的なラインはマーメイドドレスと言われるタイプのドレスである。ドレスの裾を広げることもなくボディラインに沿って作られる。色気あるものではあるが、これは違う。
 その上に白い布でひらひらが追加されている。段違いで淡いピンクの布が足され。さらに下はもう少し濃い色。裾は少し派手なくらいの赤だ。
 なのに、清楚と思わせる。

 胸元もがばりと開いているが、上着で隠されそれほど目立ちはしない。その上着の刺繍もポイント押さえたもので、目立つものでもないけど、注目するとかわいさがあふれていた。

 なお、非売品。展示してから一週間で20件もの購入したい要望をいただいたが、お断りしている。
 店の技術をみせるために置いてるので、ということにしてある。試着は可なので、お試しはされていた。
 このドレスの作者に注文したいという人も多い。全部断っている。一年ほどは店頭に並べるドレス専任であると説明し、次回作にご期待くださいと。

 楽しみにしていると表面上は納得したように言ってくれるお客様が多かった。元々うちは職人を全面に押し出すことはしていないからかもしれない。

 このドレスの作者は店頭に出てくることはまずない。
 俺なんかが出ていいことないよと少し困った顔をする。作者は何かいい感じのかわいいお嬢さんにでも偽装してとか言い出してもいる。
 前例があるだけ厄介だ。

「店長、こっちはもういいので裏で帳簿確認してくださいよ」

「次の予約のお客様が来たら呼んで」

 そういい置いて裏方に回る。押しの強いお客さんが来ては従業員たちでは相手できないだろう。あのドレスだけは売られては困るのだ。
 店の表は華やかな布であふれているが、裏は簡素だ。書類仕事を扱う部屋と倉庫、それから制作部屋である。制作部屋は3つある。修理や手直しを請け負う部屋、新規製作の部屋、小物制作部屋と別れていた。
 今は書類部屋も制作部屋に浸食されている。

「……休憩?」

 夏向けの涼やかな青の布地を縫いながら我が夫が声をかけてくる。

「帳簿確認。
 見終わったら少し休むよ」

「僕もお茶飲もうかな。
 ハーブティ?」

「はちみつたっぷりでよろしく」

 わかったよと軽い言葉が聞こえた。
 縫われていた布に視線を向けた。
 円を少し重ねて繋げる文様が無限に続いている。縫う糸の色は白から銀、青へと変わっていく。違和感なく色を変えていくのは途中で色を混ぜていくからだ。
 私なら全部同じ色にする。それから、裾などではなく、袖や襟などの目立つところにするだろう。
 ゆらゆら揺れるようなラインは作らないし、左右非対称もパーツ取りが面倒となってしまうところ。

「あまり見ないでほしい。
 荒いから」

「そう? きれいなのに」

 そう言えば、急に黙り込んだ。
 どうかしたのかと思えば、赤くなって照れてた。心臓に直球で刺さった。

「…………ちょっと、数字確認してくる」

 溢れそうな何かをぐっとこらえて、表に戻る。
 奇行、ダメ、絶対!

「おや、店長、どうされ」

「うちの旦那さんが可愛いんですけどっ!」

 近くにいた店員を捕まえて小声で叫んだ。最近覚えた技である。

「……店長、奇行は控えてください」

 冷ややかに返された。冷たい。

「新婚さんでいちゃラブなのはわかりました。
 ですが! 日に日に悪化してるのはなんでですか」

「あ、可愛いポイントが増えたからかな」

「……まあ、確かに、旦那様、可愛らしいですけど。
 だからって奇行に走っていいわけではありません。ほら、裏戻って。不気味です。店の営業妨害です」

「ひどい」

 送り返された。
 すーはーと息を整えてから戻る。

「大丈夫だった?」

「うん。ちょっと行き違いがあったみたい。
 帳簿はあってる」

 心配そうなアトスに平然と返答する。
 はちみつ入りのハーブティを飲みながら他愛のない話をすることにした。穏やかな時間、必要である。甘さが身に染みる。
 まあ、仕事に戻るんだけど。

 別々に作業していても嫌じゃないというのは、とても幸せなことだろう。そう思いつつ、ちらちらとアトスの作業を盗み見ている。
 考えながら少しずつ進めている。慣れていないからと本人は言うけれど、そういう慎重さは必要だ。思い切りの良さはデザインのほうで発揮しているし、向いているのだろう。
 それよりなにより、たのしそうなのがいい。

 私はそう言うところが……。

「店長、予約のお客さ……」

「お、おう」

 なんだか動揺駄々洩れの声が出た。呼びに来た店員もびっくりするような態度だったっぽい。恥だ。

「い、行ってくるね」

 恥ずかしさをごまかすように慌てて店に出る。

「いらっしゃいませ」

 仕事に打ち込めばちょっと恥ずかしいのは忘れられるだろう。たぶん……。
 しかし、帰宅後、どうしたんです? とものすっごく心配され、気を抜きすぎてびっくりしただけだと言いわけすることになったのである。
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