カーマン・ライン

マン太

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第7章 未来

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 セグンドは薄っすらと青みを帯びた星だった。
 居住区は緑に包まれ、そこが岩と砂だらけの星などとは気付かせないほど。中央には水も湧き、背後には高い山もそびえている。

「人が住めるのはここだけだが、それでも充分だろう?」

「凄いな…。想像していたのと随分違う…」

 目の前に広がる景色に目を奪われながら答える。もっと、荒涼とした姿を想像していたのだ。
 降り立った離発着上からすぐの所に居住区があった。
 家─といっても城と言っていい建物だった─までの道は綺麗に石畳で舗装され、両側には木々がトンネルをつくる様に揺れている。
 そこを抜けると緑の芝生と花に溢れる丘が続き、その先にこれから住む家があった。
 幾つかの棟に別れたそこも、綺麗に整備されているようで。

「誰か──先に来ているのか?」

「ああ。ここの管理を任せてある。快適に過ごせるのも彼のお陰だ」

「彼──?」

「ここは全て地熱や光線を利用して生活出来る様に設計されている。全てその男の手によるものだ。興味があれば手伝ってやるといい」

 興味は引かれたが、それよりアレクが意味深な笑みを浮かべたのが気になる。
 アレクに導かれるまま、敷地の奥にある管理棟へと向かった。
 古風な居住区とは異なり、シンプルだが近代的な建物があった。そこに『彼』がいるらしい。

「この奥にいるはずだ」

 言われて通された先は、管理棟内の一室。
 ガラス張りの壁の向こう、緑の木々が揺れる中、外の風を受けながら、目前のコンピュータと格闘する人物がいた。
 いくつかキーを打った所で手が止まる。男は人の気配に顔を上げた。
 薄い茶色の髪とグリーンの瞳。そこには、以前と同じ輝きを見ることが出来た。

「──ゼストス?」

「ソル…」

 扉を開け、飛びつかんばかりの勢いでゼストスの元に駆け寄った。

「ゼストス! 何でここに? アレク、これは──」

 驚いたゼストスは椅子から立ち上がってソルを受け止める。ソルは背後を振り返った。
 アレクは戸口に肩を預けると。

「矢鱈な場所へ放逐は出来ない。どうせ何処かで監視させるなら、ここでもいいだろうと思ってな。ここには旧連合の連中も帝国の残党もいない。監視するならいい場所だ」

「アレク。…ありがとう」

「ソル。お前も監視員の一人だ。奴から目を離すなよ」

 それだけ言うと、気を使ったのか部屋には入らず、そのまま部屋の外に出て、こちらに背を向けた。そこで待つつもりらしい。
 ソルはそんなアレクに感謝しつつ、改めてゼストスに向き直ると。

「…ゼストス。良かった。こうしてまた会えて…」

「俺は…、もうソルに関わるべきじゃないと言ったんだ。だが、アレクは何処か見えない場所で、またソルを狙うかも知れない不安を抱えて過ごすより、見える場所で監視していた方がマシだと…。俺は、ソルの側にいていいのか…?」

 自信無さげなゼストスの胸元を拳で突くと。

「いい決まってる…。いて欲しい。それに、俺自身が見張る。ゼストスが馬鹿な気を起こさないように。なんたって、ゼストスを捕らえろと助言したのは俺なんだから。忘れてはいないだろう?」

「ソル…」

 泣き出す一歩手前の様な表情を浮かべたゼストスを見上げると。

「俺はまた一緒にいられるのが嬉しい。ゼストスもそうなら嬉しいけど…」

「勿論! 勿論だ…。ソル…」

 ゼストスにぎゅっと抱き締められた所で、アレクが制止の声をあげた。

「──そこまでだ。ここの案内がまだ済んでいない」

「そうだった。また後で顔出すよ」

「ああ…。また後で」

 ゼストスはソルを放すと、ニコリと笑んで見送ってくれた。

 アレクはソルの肩を抱くと一緒に外へと出る。

「アレク。やっぱり…嫌か?」

 ソルの問いにチラと視線を向けたあと、また正面を見据え。

「嫌でないと言えば嘘になるな…。君を好いているとわかって一緒に仕事をさせようとしている自分もどうかしていると思うが。だが、奴はお前を尊重してる。お前を無視して自分の思いを遂げようとはしないさ。それは分かる。…だが、隙は見せるなよ」

 くいと肩を引き寄せられ、額にキスが落ちてきた。

「ん…分かった。って、俺をどうこうしようなんて思うのは、アレクくらいだと思ってるけどな…」

「君は…。一体今まで何を見てきた? これだから、安心出来ないんだ…」

「アレク?」

「少しは自覚を持て。私は誰かとお前を共有するつもりはない」

「共有って…。後はザインくらいだろ? ザインにも手を出された事ないし」

「ユラナスもだ」

「ええ? ユラナスは無いだろ? だってアレク一番じゃないか」

「私に何かあれば、何だかんだ言いながらお前を丸め込むに決まってる」

「何かって…。そんな事言うなよ」

 ムッとして見せれば、アレクはくしゃりと頭を撫で。

「…まあいい。君の目が私にさえ向いていれば誰も手は出さないのは分かっている…。ソル」

「なに?」

「これから先も、君の目をほかへ向けさせないよう頑張らせてもらう。──覚悟しろ」

 青い瞳が真っ直ぐこちらに向けられる。
 冴えた色とは逆に、熱い炎の様な熱を感じて、胸が高鳴った。
 この目で見つめられると、どうにも身動きが取れなくなるのだ。出会った頃とそれは変わらない。

「そんなの…。他になんか目を向けるはずがない…」

 赤くなった頬を意識しつつ、視線をあげた。
 その先にはザインやアルバ、ラスター、リーノが歓談しながら広いリビングで寛いでいた。先程、待たせて先にゼストスに会いにいったのだ。
 高い天井には外からの光が反射し揺れている。窓の外の緑が風に揺れた。

「あ! ソル!」

 リーノが一番先に気づいて声をあげる。

「やっと帰って来たか。ゼストスは相変わらずだろう?」

 ソファにどっかと座ったザインは、寛いだ様子で振り返った。

「あいつは機械とソルがいればどこでもやって行けるだろうな」

 向かいに足を組んで座ったアルバが笑いながら口にする。

「許すんだから、アレクも本当、もの好きだよね」

 ザインの背後から、背もたれに寄りかかったラスターが顔を顰めてそう口にした。

 皆がそこにいる。
 いつの間にか、願った環境に自身が身を置いていた事に気がついた。
 それが信じられず、目を瞬かせる。

「ソル?」

「何でもない」

 傍らから見下ろすアレクの腕を取ると。

「行こう──」

 その光の渦の様な場へ、アレクと共に向かう。
 ひとり、寂しく星を見上げて過ごす夜は、もう来ないのだと悟った。


End

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