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脳天気な身の上話
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ある朝、俺が気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で1匹の巨大な芋虫に変わってしまっているのに気づいた。
なんだ? これ。腹部に小さな脚がたくさんついている。順番にもぞもぞ動かすと僅かに後脚に引っかかっていた何かが脱げた。
「ううん」
左側から声が響く。
3重にブレた視界はしばらくたつと焦点が定まり、白い背中に浮き出る胸椎に固定された。俺、いま目が左右に3個ずつあるのか。視界は水平方向に広いけど前方が見えない。右側はふかふかと白いままで、多分ふとん。
小さい脚をもぞもぞと動かし、頭部をふとんの端から出す。ワンルームの俺の部屋。昨日寝たままの。けれども何か変化したのか、いつも近くに見えたはずの玄関ドアが妙に遠く感じた。左側には彼女の少し茶色い髪の毛。そして俺が踏んでいるのは、俺の皮。頭部の髪の毛。少しゴワゴワしているそれは、皮だけ残してぺちゃんこだ。骨はどこにいったんだろう。俺は俺から脱皮したのかな。
もぞもぞと自分の皮を食べる。青虫が自分が出てきた卵を最初に食べるように。味はしなかったけどざらざらした感触があった。芋虫には味覚がないのかもしれない。
俺は俺が芋虫であると正しく認識している。皮を食べるのは本能。皮を食べるごとに人であった自分が消えていく。そのことに何か深く安心した。
俺がもぞもぞ動いていたせいか左隣の彼女の頭が起き上がり、ベッドの表面が波打った。転がり落ちないよう小さな脚で踏ん張る。脚先についていた小さな鉤爪を俺の皮に引っ掛けた。
「んん、あら、随分奇麗に変態できたじゃない」
そんな声と共に背を撫でられる感触。上の方は見えないけど、彼女の手だろう。触れられた表皮が水風船のようにクネクネ動いて妙な感触。
「あの」
頑張って声を出したら一緒にふしゅると糸が出た。
「あれ? あなた自我があるの?」
「うん、おはよう」
「おはよう」
前脚を上げて伸び上がってみたけど、全然顔が見えない。芋虫は横しか見えないんだな。上と前は見えない。そう思っていると、抱き上げられて頭を膝にのせられた。
「ふうん? あなたよっぽどおかしいわね」
「そう?」
「なんで落ち着いてるの? 意識があったとしても嫌じゃないの? 自分の姿がわかる? あなたいま芋虫なのよ?」
「うん」
矢継ぎ早に問われた。
芋虫。まあ、芋虫だよね。
口を開くごとに勝手に糸が出て、乗っかってる膝を糸まみれにしていく。
「それになんで自分の皮を食べてたの? おなかすいてるの?」
「そういうものじゃないの?」
「まあ、本能としてはそうかもしれないわ。でも今まで食べてた人はいなかった。自分の皮よ、嫌じゃないの? それから自分の皮って美味しいの?」
「別に」
「たくさんキャベツ買ってきたのに無駄になっちゃったかしら」
そういえば昨日、彼女は体に優しいからロールキャベツを作るんだと言って、重そうなキャベツを3玉も買って帰ってきた。俺はここ1週間ほど体調が悪くて寝込んでいたから。けれども思い返せば1玉の半分も使っていなかったように思う。
「なんで俺、芋虫になってるの?」
「それはまあ、そうなるような薬を食事にまぜていたから」
「薬で芋虫になるものなの?」
頭の上で、ふぅ、と息を吐く音がした。
「あなた今、自分が芋虫なの本当にわかってる?」
「そりゃまあ。脚がたくさんあっても動かし方はわかるわけだし」
俺は前脚から順番にパタタッと一本ずつ脚を浮かせた。それに合わせて俺も波打つ。そういえば何で動かし方がわかるんだろう。芋虫だからかな。反対に指とか、そういう細かいものの動かし方はわからなくなった気がする。
「ひょっとして今まで芋虫にした人もみんな最初は自我があって、起きた瞬間発狂でもしたのかしら。なんだか悪いことした気になってきたわ。あなたのせいで」
「それ俺のせいじゃないんじゃ」
「まあ、そうね。でもどうしたらいいのかしら、気がひけるわ」
「俺も足を糸まみれにして気が引けてる。これ、糸吐かないで話す方法はないのかな」
「どうかしらね。まぁ、そういうものじゃないのかしら。結構たくさん出るのね」
「そう言われるのはなんだか恥ずかしい」
ひゅるひゅると口から出る糸の所在が気になって頭を左右に動かしたけど、結局10センチくらい先でふよふよ自由落下したから糸は彼女の膝に積もり続けた。
ジリリとアラームが鳴る。あ、7時か。
しばらく休んでいたけど今日は体調がいい。
「会社に行かないと」
「馬鹿じゃないの? その姿でいけるわけないじゃない」
「……そうか、でも連絡を入れないと会社から電話が来る」
「職場には退職の連絡を入れておくわ」
「そんな酷い」
「もう、あなたはこの部屋を出ることはないの。別に好きな仕事でもなかったんでしょう? それにもう人には戻れないわ。だいたいあなたも自分で自分の皮を食べちゃってるじゃない」
それもそうかも。俺はこの姿のままでは確かに外には出られない。きっと阿鼻叫喚になるだろう。もう、このワンルームを出ることはないのかな。でも働かないと家賃が払えない。
そういえば俺の皮。小さな脚をもぞもぞとか動かして膝から降りて、再び皮を食べ始める。
なんだ? これ。腹部に小さな脚がたくさんついている。順番にもぞもぞ動かすと僅かに後脚に引っかかっていた何かが脱げた。
「ううん」
左側から声が響く。
3重にブレた視界はしばらくたつと焦点が定まり、白い背中に浮き出る胸椎に固定された。俺、いま目が左右に3個ずつあるのか。視界は水平方向に広いけど前方が見えない。右側はふかふかと白いままで、多分ふとん。
小さい脚をもぞもぞと動かし、頭部をふとんの端から出す。ワンルームの俺の部屋。昨日寝たままの。けれども何か変化したのか、いつも近くに見えたはずの玄関ドアが妙に遠く感じた。左側には彼女の少し茶色い髪の毛。そして俺が踏んでいるのは、俺の皮。頭部の髪の毛。少しゴワゴワしているそれは、皮だけ残してぺちゃんこだ。骨はどこにいったんだろう。俺は俺から脱皮したのかな。
もぞもぞと自分の皮を食べる。青虫が自分が出てきた卵を最初に食べるように。味はしなかったけどざらざらした感触があった。芋虫には味覚がないのかもしれない。
俺は俺が芋虫であると正しく認識している。皮を食べるのは本能。皮を食べるごとに人であった自分が消えていく。そのことに何か深く安心した。
俺がもぞもぞ動いていたせいか左隣の彼女の頭が起き上がり、ベッドの表面が波打った。転がり落ちないよう小さな脚で踏ん張る。脚先についていた小さな鉤爪を俺の皮に引っ掛けた。
「んん、あら、随分奇麗に変態できたじゃない」
そんな声と共に背を撫でられる感触。上の方は見えないけど、彼女の手だろう。触れられた表皮が水風船のようにクネクネ動いて妙な感触。
「あの」
頑張って声を出したら一緒にふしゅると糸が出た。
「あれ? あなた自我があるの?」
「うん、おはよう」
「おはよう」
前脚を上げて伸び上がってみたけど、全然顔が見えない。芋虫は横しか見えないんだな。上と前は見えない。そう思っていると、抱き上げられて頭を膝にのせられた。
「ふうん? あなたよっぽどおかしいわね」
「そう?」
「なんで落ち着いてるの? 意識があったとしても嫌じゃないの? 自分の姿がわかる? あなたいま芋虫なのよ?」
「うん」
矢継ぎ早に問われた。
芋虫。まあ、芋虫だよね。
口を開くごとに勝手に糸が出て、乗っかってる膝を糸まみれにしていく。
「それになんで自分の皮を食べてたの? おなかすいてるの?」
「そういうものじゃないの?」
「まあ、本能としてはそうかもしれないわ。でも今まで食べてた人はいなかった。自分の皮よ、嫌じゃないの? それから自分の皮って美味しいの?」
「別に」
「たくさんキャベツ買ってきたのに無駄になっちゃったかしら」
そういえば昨日、彼女は体に優しいからロールキャベツを作るんだと言って、重そうなキャベツを3玉も買って帰ってきた。俺はここ1週間ほど体調が悪くて寝込んでいたから。けれども思い返せば1玉の半分も使っていなかったように思う。
「なんで俺、芋虫になってるの?」
「それはまあ、そうなるような薬を食事にまぜていたから」
「薬で芋虫になるものなの?」
頭の上で、ふぅ、と息を吐く音がした。
「あなた今、自分が芋虫なの本当にわかってる?」
「そりゃまあ。脚がたくさんあっても動かし方はわかるわけだし」
俺は前脚から順番にパタタッと一本ずつ脚を浮かせた。それに合わせて俺も波打つ。そういえば何で動かし方がわかるんだろう。芋虫だからかな。反対に指とか、そういう細かいものの動かし方はわからなくなった気がする。
「ひょっとして今まで芋虫にした人もみんな最初は自我があって、起きた瞬間発狂でもしたのかしら。なんだか悪いことした気になってきたわ。あなたのせいで」
「それ俺のせいじゃないんじゃ」
「まあ、そうね。でもどうしたらいいのかしら、気がひけるわ」
「俺も足を糸まみれにして気が引けてる。これ、糸吐かないで話す方法はないのかな」
「どうかしらね。まぁ、そういうものじゃないのかしら。結構たくさん出るのね」
「そう言われるのはなんだか恥ずかしい」
ひゅるひゅると口から出る糸の所在が気になって頭を左右に動かしたけど、結局10センチくらい先でふよふよ自由落下したから糸は彼女の膝に積もり続けた。
ジリリとアラームが鳴る。あ、7時か。
しばらく休んでいたけど今日は体調がいい。
「会社に行かないと」
「馬鹿じゃないの? その姿でいけるわけないじゃない」
「……そうか、でも連絡を入れないと会社から電話が来る」
「職場には退職の連絡を入れておくわ」
「そんな酷い」
「もう、あなたはこの部屋を出ることはないの。別に好きな仕事でもなかったんでしょう? それにもう人には戻れないわ。だいたいあなたも自分で自分の皮を食べちゃってるじゃない」
それもそうかも。俺はこの姿のままでは確かに外には出られない。きっと阿鼻叫喚になるだろう。もう、このワンルームを出ることはないのかな。でも働かないと家賃が払えない。
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