かかふかか

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おかしな僕とおかしな彼女

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「キャベツあるわよ」
「うん、でもまあとりあえずこれを」
「なんで?」
「……俺は俺が嫌いなんだよ。だから消してしまいたい」
「……つくづく変な人ねぇ」

 俺はずっと俺が嫌いだった。俺がこの世にいなくなる。だから、それは何か、俺をひどく安心させた。
 目の前にドンとキャベツが置かれてシーツが揺れる。

「こっちも食べていいわよ」
「ありがとう。ビタミンいるよね……ねぇ、俺はこれからどうなるの? 蝶とかになるの?」
「それは……」

 声は言い淀む。
 派手な羽根。キラキラした蝶の姿は自己認識と合わない。それは俺っぽくない。そんな気はする。芋虫はひどく俺の姿に合っている気がしていた。この短いたくさんの脚もなんとなく可愛い気がする。

「蝶にはならないわ、ごめんなさいね」
「ああ、その、このままの方がしっくりくるので」
「このままでもいられないのよ」
「そうなの?」

 ためらいを感じる沈黙。なんとなくいいづらそうな。いいづらいこと。ええと。

「俺、死ぬの?」
「まあ、そうね」
「そうか」
「そうかって、それでいいの?」
「わーどうしようー」

 短い脚を順番にパタパタさせてみるとそっと背中が撫でられた。

「本当に変な人ね」
「まあ、正直どうでもいいかな。……どうでもいいけど、じゃあなんでわざわざ芋虫に?」
「ううん……」

 手の皮についた爪を齧るとパキパキした。芋虫の歯って案外丈夫なんだな。そんなことを思っていると左側の視界に顔が入る。どうやら彼女が僕の隣に寝転んだようだ。星が瞬くみたいな奇麗な瞳。遠くの山の稜線みたいに薄く描かれた眉。もぐもぐ。

「食べるため」
「君が食べるの?」
「……いいの?」
「まぁ、仕方が、ないような。芋虫の方が食べやすいの?」

 普通は女の子は虫が嫌いじゃないのかな。特に芋虫は。
 脚をもぞもぞ動かして近寄って、前脚を持ち上げてそっと唇に触れた。ふにふにする。

「その、人のままだと骨が食べられないから全部食べられるよう芋虫に完全変態してもらった」
「俺をすぐ食べる? あ、ごめん」

 口先で話すと彼女の鼻に糸がかかった。
 彼女はくすぐったそうに糸を引っ張る。少し不便だな。

「ちょっと甘くてなんだか綿菓子みたい」
「試しに何かを糸で包んでみようか」
「そうねぇ」

 見渡すと、枕元に飴玉が4つ。
 彼女が青い飴を1つをとって目の前に置き、そこに糸を吹きかける。彼女と初めて出会った冬の氷のような透き通った青色。小さな目的。どのくらい出るのかな、この糸。しゅるる。

「面白いの?」
「まあわりと。せっかく出るなら散らかるよりは」
「ねぇ、食べるのは私じゃなくて、私の子供なの」
「子供がいるの?」
「いないけど、これから産むの。ここに」

 つんつんと側面が押される。

「俺が産むの?」
「ちがくて。私があなたに子供を産み付けて、あなたはその子供に食べられるの」
「ふうん」
「ふうんって」
「まあ、いいかな。でもじゃぁ、ひょっとして俺でなくても、誰でもよかったの?」

 子供の餌にするだけなら俺である必要性はないような。
 それはなんだか、少し寂しい。彼女とは1年くらい前からなんとなくな流れで付き合いだした。家デートが多かったけど、まあまあ好きだった。いつもだいたいこの部屋でごろごろして、それなりに仲は良いのだと思っていた。けれどなんとも思われてないなら、少しだけ悲しいかも。死んでしまうなら、何か少し思いがほしい。
 飴玉がだんだん白い糸でくるまれてきた。たまに前脚で少し回して平均的に糸を吹きかける。

「それも少し違くて」
「そうなの?」
「うんまあ」
「そういえば君は単為生殖なの?」

 ふと、思った。
 なんとなく、他のやつとの子供を産みつけられるのは嫌な気分。托卵みたいな。

「まあ、単性といえば単性で。それから私の種族では相手を気にしない人は確かにいるけど」
「種族?」
「そう。そうね、多分、妖怪とか、宇宙人とか、あなたたちにとって私たちはそういうもの」
「なんとなく虫っぽいものかと思ってた」
「まぁ、虫なら生態としては蜂が近いのかな」
「蜂? まあ、刺すのか。産卵管を?」
「まぁ、そう、かな、あんまり真面目に聞かれるのはなんだか恥ずかしいんだけど」

 青い飴玉はすっかり真っ白になって、その隣にオレンジ色の飴玉が並んだ。彼女とベランダで日向ぼっこした春の光みたいな暖かい色。

「まあ、その、仲間の中には相手は誰でもいいっていう人はいるけど、私はそうではなくて」

 また側面がつんつんと突かれる。

「単性だからあなたたちみたいに遺伝子とかを混ぜたりはしないんだけど、子供には最初に私の好きな人を食べて育ってほしいというか」
「俺が好き?」
「好きだよ。だからあなたにしたの。まさか意識があるとは思わなかったけど、まぁ、そんなに嫌そうじゃなくてよかった」
「そう」

 でもまあ、ちょっと複雑な気分。
 俺が彼女の子供を育てるのか。ううん、まあ、いいのかな。それはそれで。特に労力はいらなさそうだし。

「あなたの方で言いたいことはある? 文句とか」
「俺の?」
「うんまぁ、せっかく話せるなら」
「ううん……俺のどこが好きなの?」
「そうね、なんだかんだいって優しいところかな」
「優しいかな」
「芋虫にしても怒らないし」
「まあ。この姿はなんだかおちつくんだ。人の時はいつも何かにイライラしてた気がするけど、今は妙にしっくりきてるというか」
「やっぱり変な人ねえ」

 白くなった黄色い飴の隣に緑の飴が置かれる。好きだったメロン味。夏の思い出。メロンとスイカと山の色。それから彼女と一緒に食べたかき氷。
 試しにかじってみても味はしなかった。俺は変わってしまったのかな。でもメロン味の思い出は今も好きだ。味はしないのに。

「好きなら俺が死ぬと悲しかったりはしないの?」
「そういう感覚はあまりないわ。私と同じ新しい私があなたを糧にするわけだから、どこかで私という群れと繋がっている」
「世の中には君がたくさんいるの?」
「そうね。まあ、何人かは」

 変な生き物。妖怪か宇宙人らしいから、そんなものなのかな。

「本当は違う姿だったりするの?」
「私はこの姿の生き物よ。変身したりできるわけじゃない。ただ、さっき言ってた産卵管が普段は体内にあるくらいで。まあ、蜂の針みたいな感じで」
「俺、刺されるのか」
「あなたも散々私に刺したんだからお互い様でしょう?」
「まあ、そう、なの、かな」

 子供に食べさせようとしたわけではなかったんだけど。
 でも体内で栄養を供給するなら同じことか。俺は確かに彼女との将来を少しだけ考えていた。
 生きてるか死んでるかなんて、多分ささいなことだ。それに世界平均では出産による死亡率はまだ高い。
 彼女の指がまた背を撫でる。

「今まで見た中で一番キレイな芋虫」
「そうなの? 自分じゃ見えない」

 彼女はスタンドミラーをベッド脇にもってきた。
 そこには黄緑色に花のような模様がついた、ところどころ輪ゴムを巻いたような凹凸のある小さな脚のたくさんついた芋虫がいた。
 これが俺。
 試しに脚を動かしてみると、鏡の中の芋虫も同じように脚を動かした。
 なんだか面白くて、変な感じ。

「そういえば、俺に卵を生んだあと君はどうするの? 出ていくの?」
「ああ、ジガバチとかだとそうなんだよね。どうしようかな? うーん、私もここで死ぬことにしようかな」
「そうなの?」
「まぁ、私とあなたのどちらが先に死ぬかはわからないけど、せっかくだから一緒に死ぬよう祈りましょう」

 別に一緒に死んでほしいわけではないんだけど。
 むしろ死んでほしくはないのだけど。彼女が好きだから。
 彼女が世界からいなくなると考えると、なんとなく悲しい。それは俺が他の俺に繋がっていないからかな。まあ、他の俺なんていないんだけど。
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