明治幻想奇譚 〜陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる哀れな俺、山菱哲佐の物語

Tempp

文字の大きさ
41 / 114
狂骨紅籠 夜な夜な訪れる髑髏の話

閑話:神頼み 2

しおりを挟む
 そんなわけで、冬空の下で餅の刺さった串を早く冷めろと振り回していると、その串の先端の餅をカラスが齧って飛んでいき、すぐ近くに落下した。餅を喉につまらせたのだろう。
 先程より更に大きなため息をついた。今日はため息が多いな。
 それにしても嫌な予感しかしない。
 なぜならそのカラスには足が3本あった。大きさも通常のカラスより一回り大きい気がする。

 そのカラスを拾って人気のない場所に移動する。ぐえぐえと悶ているがまだ生きていそうだ。
 これは恐らく妖怪のたぐいなのだろうが、助けるべきだろうか。こんなわけのわからないモノはわけのわからない友人に任せるのがいい、寧ろ嬉々として引き受けるだろうとは思うものの、見ていうちに心なしか動きが緩慢になり、友人の住む土御門つちみかど神社まで保つかは定かではない。

 助けるべきか、助けないべきかと思っていたら口の端から泡を吹き始めてギロリと睨まれた。
 助けなければ呪われそうな気がして、それでこのシステムは基本的には幸運に向かってはいるはずだと頭を無理矢理納得させて、やむなく体を押さえて餅の刺さった串を喉から引き抜く。

『けふ、げほ、助か、った』
「餅を強奪しようとするからだ」
『それは大変申し訳なかったが、何故か急にそうせねばならぬような気がしたのだ』

 これは自称神様が組んだ呪いだからな……。
 その効果はさぞ強力なものだろう。それでこのカラスは俺に何かをもたらすのだろうか。流石にあからさまな怪異はお断りしたい。ああ、きっと言うんだろうな、あの言葉を。なんとか回避できないものか。

『礼に何かできることはないか』
「やっぱりか」
『やっぱりとは?』
「いえ、こちらの事情です。そうだな。何もしないで頂きたい」
『それは困る。沽券こけんに関わるのだ』
「ふぅ、では友人のところまでついてきて欲しい」
『望むところだ。我の役割は導きなのだからな』
「そういえばなんでこんなところにいたんだ?」
『伝令に参ったのだ。だがそれは後で良い』

 カラスを肩にのせて長屋とは反対側、辻切つじきの方角にトボトボ歩く。俺はどうせなら長屋で安眠を貪りたいんだがな。けれどもこんなにこんがらがった糸を解き解せるのもやはり友人だけなのだろう。ハァ。
 結局の所、俺は金がほしいと願って友人のところにいくわけだから、当初の目的は果たされないのではないか。それこそを避けたかったわけで五文銭を投げ込んだんだよ俺は。

 友人の住まう神社、土御門神社は辻切の賑やかな町並みを横切った先の西街道沿いにある。辻切の町は商いの町としてこの神白かじろ県下一の華やかさ。正月の初売りも過ぎていつもの勢いを取り戻しているはずなのに、それでも往来は人で溢れ、賑やかだ。

 結局朝飯も食ってない。
 さっきの餅を食えばちったぁ腹の足しにはなったのだろうが、結局の所カラスの口から出た餅なんぞを食うつもりにもならず、かといって肩にカラスをのせたまま飯屋や屋台に入るわけにもならず、そもそも飯を買うための金があるわけでもなく。
 屋台から漂う田楽やうどんのいい香りに腹をぐぐぅと鳴らしながら、さらに大きくなったため息をつきつつ畜生めと口の中で呟いて、とぼとぼとその賑やかさを横切って土御門神社のある西街道に入るのだ。西街道に入ればもう飲食店もなく、腹はただただ空くばかり。
 それでもしばらく歩くと右手に木立が広がり、そこを抜けると漸く土御門神社に辿り着く。
 俺の友人はここで宮司をしつつ陰陽師をしているのだ。

「ごめんくださいよ」
「ああ哲佐君。お待ちしていました」

 社務所の奥の住居部分の入り口扉を叩くと上等な綿入れを着込んだ鷹一郎が立っていた。
 呼んでもないのに何故待っているんだ。

「ようこそお越しいただきました」
『うむ? ここは産土うぶすなか』
「もともとは京の分社なのですが、そうですね、今は産土土地神かもしれません。よろしければお話をさせていただきたく」
「おい、鷹一郎。俺はこっから抜けたい」
『ここが一応終点のようですよ。少彦名命すくなひこなのみこと様も粋なお計らいですね。少彦名命様は少々やんちゃなたちですから、気になるのでしたらそのご縁を断ってさしあげますが』

 少彦名命。
 そうするとあの声はまっとうに神様だったのか。けれども神様といってもいいのも悪いのもいる。やんちゃなのは間に合っている。

「頼む。少彦名命は常城神社の神様なのか?」
「まあそうですね。でも哲佐君を守っていらっしゃるんですよ。うーん。仕方がないからこの新しい縁だけ切って差し上げますね」

 鷹一郎は奥から太刀をとってきてその鯉口こいくちをチャリンと鳴らすとふつりと何かが切れた気がした。

「さて、それでは仕事を手伝って下さい」
「まて、何故そうなるんだ」
「少彦名様からよしなにとのことです。どうせお金がご入用なのでしょう? 丁度よくお頼み申し上げたいものがあるのです。そうですねぇ。色をつけましょう。いつもの1.5倍のお給金を差し上げましょうよ」
「ちっ仕方ねえ」

 どうせ神頼みでなんとかならないなら鷹一郎から仕事をもらう他はなかったのだ。その給金が少しあがるってぇなら軽く幸福を享受できる範囲なのだろう。その分この依頼がもたらす不幸というものの度合いも深まりそうだが仕方がないのだ。何せ金がないんだからな。

「ありがとうございます。けれどもいくらお給金を差し上げても結局は博打で擦ってしまうのですから同じことだと思うのですがね。どうせ今も博打帰りなのでしょう?」
「うるせぇ」

 とりあえず腹ごしらえを、と火鉢で餅が焼ける匂いでなんだか腹の音がなり、食ってしまえば前日からの眠気が襲ってきた。続きは起きてから、だな。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...