荊軻伝 傍らに人無きが若し (short ver)

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第4話 義の在処

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「田光先生、たってのお願いでございまする」

 麴武は深く首をたれた。その姿に儂は驚いた。貴人とは貴い人と書く。燕は古い国だ。燕の始祖はしょうせきであり、その建国は九百年も前に遡る。伝統は重い。にもかかわらず、麴武は無冠の在野にあるわしに不釣り合いな礼を示した。
 その事実に、儂は暗澹たる想いを抱いた。これはよほどのことであり、大事である。それほど状況は悪いのか。

 儂はじっと麴武が口を開くのを待った。しかし麴武はただ頭を下げるのみでその口からは何も語られない。置かれた茶に口がつけられることもなく、目を伏して座すのみであった。奇妙な睨み合いの末に仕方なく用向きを尋ねると鞠武は、是非にも会って頂きたい方がいる、とだけ述べた。
 麴武が是非とも合わせたい人物なぞ一人しか浮かばぬ。太子丹だ。
 無碍なことを言うなら断ろうと思っていた。政には屈さぬ。それもまた儂の義だ。だが、侠を頼りに請われ、ただ会って欲しいとの求めをただ断ることはできぬ。儂の歩く義侠としては。
 一つため息が漏れ、そのため息の中に自らの老いを感じた。身動きがとれぬ。ままならぬ。



 俺は今日も荊軻と酒を酌み交わしていた。
 荊軻は会うたびに新しい顔を見せる不思議な男だ。そして楽しい男だ。その日は狗屋と三人で飲んだ。この男は狗肉を売る仕事をしている気の良い男だ。

「最近さぁ、市場が騒がしいんだよねぇ。怖い人増えてる感じ」
「ふうん? なんでだ?」
「全体的に食いもんの値段あがってるからかな? ぴりぴりしてるし買い占めとかもあるみたい。あとなんか感じ悪い人増えて来てやぁな感じなの」
「秦のせいだと思うかい?」
「どだろー。それもあるのかな。人が増えて食べ物足りてないってみんな言ってるね」

 燕まで逃げて来てもそこから先は難しい。北は北狄ほくてき、東は東夷とういという蛮人が住み、その先は海だ。海を渡れば神仙が住むという須弥しゅみの山があるように言われるがそれも確たることではない。燕は古い国であるが文明の果てで、ここより先は未開の地だ。進むべきところもない行き止まり。ここまで来れてもこの先はなく、その閉塞的な思いが吹き溜まる。

「ねぇねぇ荊卿、秦に占領されたらどうなるの? 酷いっていう話もあるけどさ、旅の商人さんとかに聞いてる範囲ではむしろ良くなってるっていう話も聞くんだよね」

 秦の政に合う者であればうまくいくのだろう。
 逃げてくる者の中には秦ではやっていけないから逃亡してくるも多い。親族を頼ってくる不正官吏、暴を振るうヤクザ者などがその典型だ。薊城ではそんな者達が昼から飲んだくれているのだ。治安は自然に悪化する。法家以外の思想家や学者も排斥されて流れて来て、秦への不満を垂れ流す。酒場はそういう輩があふれ、ささくれた雰囲気に満ちていく。

 そんな時、俺は筑を打つ。何でもいい。燕の歌でもそいつらの故郷の歌でもいい。どんな奴らでも国を出て来たのは同じだ。筑の音は広がり、大音声で肩を組み合って歌うこともあるし、しんみりと酒を酌み交わすことになることもある。そんな中で荊軻はいつも人々の中心となって杯を空け賑やかに騒いでいた。そしてそれからさらに酒が入ると俺のところに戻ってきて一人泣きくれた。
 荊軻の胸にはなにが去来しているのだろうかと思いはするものの、その姿は人を寄せ付けないものがあった。誰もいないかのように荊軻は哭く。俺はいつか話してもらえるだろうかと思いつつ、結局その機会は訪れなかった。



 豪奢な馬車は城に入りそのまま止められることもなく進む。
するすると奥にまで進み、その異常な事態に心は張り詰める。そしてそのままある門の前で車は止まり、ただ麴武の案内のみで奥に進む。
 鳳凰の彫り込まれた絢爛な扉の奥には、やはり金糸銀糸が織り込まれた美麗な衣を纏った一人の男が床に伏していた。扉が開かれた途端その男はまろぶように進み儂の膝にすがりつく。あまりのことに儂は一瞬礼を取るのも忘れ、立ち尽くした。

 この男が太子丹。
 儂はその男に会った時、義とは相入れぬものを感じた。

 太子丹はそのまま後ずさって儂に椅子をすすめ、その上の埃を払う。
 麴武はいつのまにか席を外していた。太子と2人。異常なことだ。断れば死ぬのだろう。だが儂は引けぬ。その求めが義に悖るものであれば断り、儂は死ぬ。せめて友人知人に累が及ばねばよいが。

 そう思い睨むと、太子丹は暗い目で儂を見つめ返しながら少しずつ語り始めた。それは夢を食むようで、地に足をつけている者の言とはとても思えなかった。

「日々、趙の領土は削られまもなく燕でも同じ轍を踏むでしょう。このままでは秦が中華を統一する。それだけは許せません」
「残念に思いますがそれも流れでありましょう」
「……許せぬ。私は先生に是非とも秦王政の暗殺を願いたい」

 一息に述べる太子丹からじわと陰気が漏れ出る。蛇のように絡みつく目線をする御仁だ。

「なぜそのようなことを仰るのです?」
「秦によって多くの者が死ぬでしょう。それでよいのですか?」

 この問いに対する答えには迷いはない。

「それは義の関与することではありません。戦はまつりごとです。義とはそのようなものではないのです。墨子などを頼るのがよろしいでしょう」
「秦の圧政によって苦しむ者も出るでしょう」
「それこそ政の話です。義士はそれによって不義不忠があれば立ち上がるでしょう」

 太子丹の声に困惑が混じる。その声は絢爛であれども寒々しい室に響く。

「予め防ごうとは思わないのですか?」
「全ては政の話です。今の秦の進める法家の世は、確かに義にはそぐいません。しかし義とは己の信念に基づき正義を行うもの。自の好みにあわぬからといって暴を振るうことこそ義からは程遠い行いでしょう。太子は自らが政ですから、お分かりにならないのかもしれません」

 太子丹は一瞬視線を彷徨わせる。太子丹は本当にわからぬのだ。

「わかりません。例えば韓の聶政じょうせい
「義士ですな」
「聶政は厳仲子げんちゅうしの求めに応じて宰相侠累《きょうるい》を討った。厳仲子は侠累に深い恨みを抱いていたとは聞きますが、これも政の話でしょう。何が違うのでしょうか。金子であればいくらでも用意します。遺族の士官も約束します。約束は違えません。信用できぬというのでしたら予め証文を用意いたします」

 そういうことではないのだ。かぶりを振る。太子丹はやはり義を解さぬ。
 けれどもそれ自体は仕方がないことだ。太子丹は政を行う者だ。立場が異なる。政から弾かれた民草の気持ちを慮るものではなかろう。

「義とは命じて生ずるものではないのです。自らの心に湧き立つものなのです。聶政は『士は己を知る者のために死す』という言を残しました。聶政は厳仲子の義と恩を知るからこそ、その命を賭したのです。韓の君主であった厳仲子は聶政が義の人であると知り、その立場も顧みず異国で卑しい屠殺業についていた聶政のもとに足繁く通いました。ただならぬことです。それに聶政は厳仲子の復讐の頼みを断りました。しかし、厳仲子は聶政の母と姉のためと述べて多額の金子を供しました。聶政はその心に打たれたのです。受けた恩には報いる。それが義です」
「だがもはや私が頼るのは田光先生しかいないのです。なんとか引き受けては頂けないでしょうか」

 ゆがむ表情で太子丹は机に額を擦り付ける。太子丹がこのように人にものを頼むことなどほとんどないだろう。しかも在野の徒などに。
 太子丹のまわりにはそれほど人がいないのだろうか。そうなのかもしれぬな。なにせ……秦からの逃亡、樊於期の保護という攻撃のための口実を秦に与えてしまったのだから。

「お心持ちは十分に理解できるのです。私も法家の治める世は窮屈だと思います。しかし私はもう老いました。千里を走れる馬であったとしても年を取れば走れなくなるものです。私ではそもそもお心に沿うことは叶わないでしょう」
「それであれば! それであれば是非! どなたか良い方をご推薦頂けないでしょうか! 本物の義士を!」

 血涙を流すような『本物の義士』という太子丹の叫びにふと『荊軻』の名前が浮かび上がった。彼こそは本物の義士である。
 荊軻は名を成したいと言っていた。秦王政の暗殺。生きては帰れぬけれどもこれほど名を残せるものはあるまい。けれどもこれは何のための義なのだろうか。太子丹からの求めに応じるのは義ではない。ただの政だ。それに荊軻と太子丹は気性があわぬだろうな。太子丹に義はない。ままならぬものだ。
 義とは。その者のために命を賭すものなのだから。

 太子丹の言葉を思い起こす。なるほど、秦の圧政に抗うためというのであれば義は立つように思われる。だが秦の世は圧政なのだろうか。多くの者にとって中華統一とは戦をなくすよいものであるように思われる。それに政に合う合わないというのはどのような政であってもありうるものだ。そして政のあり方は時によって移ろう。今は変革の時だ。今のありようが永続するとは限らない、だがしかし。

『韓子の法の下では人は自由な魂を失うでしょう。義が滅ぶ』

 先日の荊軻の言葉が思い起こされる。
 おそらく中華が秦に併呑されるまで、それほどの時間はかかるまい。秦の描く世の姿は明確だ。韓子を始めとした法家による冷たい支配。今の秦の法は思うがままに考えを巡らせるあの自由さ、どこへでも思いを馳せる心地よさをそもそも認めない。現在も秦は法家以外の百家を排斥している。名を成す前に義が滅べば、もはや義が義であると捉えることすら不可能となるだろう。
 荊軻は真の義侠だ。義に生きる者だ。表面は涼やかであっても儂などよりはよほど忸怩たる思いを抱いているはずだ。荊軻は昔得た友のために、世に義を示したいと願っているはずだ。
 だが荊軻一人にこの流れを止める力はない。しかし燕という国が後ろに立てば、あるいは荊軻なら義を守ることができるかもしれぬ。また、このような大きな義を果たせるのは荊軻のみだろう。荊軻であればどのような困難であっても億すことなく立ち向かう。これこそ荊軻の求める義を示す機会ではないのだろうか。義を潰えさないために義を示す。なんとはなく、この大義は荊軻にふさわしいように思われた。……たとえ失敗したとしてもその義と名は大いに轟き、残るであろう。
 荊軻は真の義士であり、儂のかけがえの無い友だ。儂にどこまでできるかはわからぬが、荊軻の助けとなり共にこの大義に命を賭そうではないか。儂の老いた魂に確かな熱が戻った。

「殿下、荊軻という者がおります。真の義士です。その者ならば秦王政を討てるやもしれません」
「誠か! 是非お会いしたい」
「荊軻は少し難しい御仁です。まずは私の方からあたってみましょう」
「有難い。頼みます。それからこの話は内々のことです。誰にも知られないようお計らいください」

 私は深く落胆した。太子丹は本当に義を理解することはないのであろうな。わざわざそのようなことを言うということは、儂を信じておらぬということだ。信のないところに義士は動かぬ。儂はやはり荊軻の力にはなれぬのか。
 少し笑いが漏れた。仕方がない。儂も儂の義を示そう。
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