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8章 このゲームはこの世界のどこまで影響を及ぼしているのか
人が踏み込める限界のその先
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「何を申しておる。グローリーフィアができたのはそなたが先程申した通り、1年半前だ」
そうだ。1年半前のはずだ。
私はグローリーフィアが発生した当初の狂乱をよく覚えている。あのダンジョンは突然王都近郊に現れた。
800年前だと?
それなら私が生まれているはずがない。けれどもその当初の記憶はどこか霞がかっていることに気がついた。
「王よ、ここからは外務卿が説明致します」
「エリザベート王子にかわり、説明申し上げます。800年前というのは確かなようです。他国の国使がそのように申しておりました」
「他国の国使が……? エスターライヒの国使はどうなっておる。さすがに800年も経っていれば交渉相手も変わっておるだろう。流石にわからないことはあるまい」
「それが……それが大変申し訳ございません。エスターライヒ王国はグローリーフィア迷宮が発生してから、私の記憶でも少なくともここ1年半は一度も国外に国使を派遣していないのです。そして記録によれば、それは800年続いております。誠に不徳の致すところでございまして、申し開きもございません」
「800年はともかくとしても、少なくとも1年半も外交をしていなかったというのか?」
「王よ、外務卿は外交は行っておりました。外国国使の歓待は王もなさっているではありませんか。外務卿の仰りたいことは、エスターライヒからの国使は派遣していないものの、外国からの国使は十分以上に受け入れていたということです」
「どういうことだ……? 外交とは互いに行うものだ。一方的にやってくるものではあるまい」
「それが可能であったのです。なにしろ『グローリーフィア』というダンジョンが王都近郊に発生したという緊急事態が生じたのですから」
エリザベートが語るには、現在、エスターライヒ王国に他国人は入国できるものの自国民は出国できない、そうだ。
そしてそれはいつからなのか。外務部の記録保管庫から800年分の『昨年度』の文書が発見された。それらを紐解いたところ、2番目に古い『昨年度』の記録には、グローリーフィアが発生してから1ヶ月程度の間、国境から外に出ることができず外交が成り立たないという文章が発見された。けれどもいつのまにか、何度も『昨年度』を繰り返すうちに、外国からの国使が定期的にエスターライヒを訪れるという形で収まりがついていった。そして800年が繰り返される間、いくつかの国は既に消滅し、あるいは音信不通となっていた。けれども外務部はいつのまにかそれを当然と認識し、時間の流れと共に誰も異常であると認識することができなくなっていた。
そんな馬鹿なという声がそこかしこから聞こえる。
エリザベートはグローリーフィア発生当初の混乱の記録は外務部だけではなく魔法部にもあり、おそらく他の部にもその記録があるはずだと述べた。だからこの国の各部において過去の記録を検索することになった。
半信半疑のまま会議はお開きになり、王と私とエリザベートだけが広間に残る。
「エリザベート、本当に繰り返しなどという事象が起こっているのか」
「ええ、アルバート。そうとしか思えないの。おそらく軍部にも800年分の『昨年度』の記録が保管庫に残っていると思う。だからそれを調べて欲しいの。正直、魔法部の記録だけでは手に負えない。少なくとも内務部の、この国に何が起こっているのかを解明する資料が必要になる」
「何故そんな奇妙なことが起こっている」
「それは……まだ確証は持てない。けれどもこんな大規模なことができるのは魔女様だけだと思う」
魔女様。
それはこの領域の魔力をすべる強大な存在。確かに魔女様であれば、いや、魔女様でなければこのような規模の異常は行いえないであろうけれども。
「ともあれ王子たちよ、国外に出られぬというのは由々しき事態だ。国を上げて対処しなければならぬ。そなたらはこの国の礎である。頼んだぞ」
「もちろんです、王よ」
「乗り切ってみせますわ」
それにしても国外に出られないなどと寝耳に水だ。これまで想像すらしていなかった。
そしてこれは軍部にとっても極めて重要な問題だ。現在諸外国との関係は落ち着いているはずであるものの、いざ戦争になった時、極めて困難な事態に陥る。外国の軍隊は一方的にこの国に攻め寄せることができるのにこちらからは反撃できないということだから。
だから軍部としてもその『国外に出られない』という意味を正確に把握する必要があった。
私とエリザベートは西の国境付近まで出向いた。そこでは確かに奇妙な現象が発生した。
国外に向かう街道をまっすぐに歩いていたはずなのに、気づけばいつの間にか国内に向かって歩いてる。何度やってもそうなるのだ。
そこで外国の商人の協力を得て荷台に載せてもらったが、いつのまにやら外国の商人ごと道を戻っていた。私たちが荷台を降りれば何の問題もなく商人たちは国外に去っていく。何らかの認識阻害の作用が発生しているのだろうと思う。そしてそれは私がこの地形に魔法干渉阻害のバフをかけてもかわらなかった。
致し方なく王家の秘宝を持ち出すことにした。
王家には秘宝というものがいくつか存在し、その中で魔法等の干渉を打ち消す『精霊の下垂体』という宝具が存在する。それを身に着けてエリザベートとともに道を進むと、やはり奇妙な事象が発生した。
隣を歩くエリザベートも同行した何人もの従者も、一定地点に到達すると示し合わせたようにくるりと体の向きを変える。そして先ほど何度も試した時にできたものか、多くの足跡がそこで反転して国の方向に戻っている。
エリザベートの手をとり引っ張っても話しかけても全く反応せず、ただ黙々と国の方角に向かって足を戻そうとするだけだった。その視線はあたかも催眠状態にあるかのように定まらない。
おそらく先程までは私も同じ状態だったのだろう。そうして全く想定していなかったことだが外国に向かう商人も同様だった。
この街道は国々を繋ぐ主要街道に接続されている。だから往来はそれなりに多い。並走するいくつかの馬車の御者もエリザベートと同様に、ある地点に差し掛かると話しかけても反応しなくなり、ただ国境の外に向かって進んで行くだけとなる。
そこから得られる帰結として、国境間際のこの地点或いはエリアに何らかの認識阻害と思考誘導の効果が生じているのであろうということだ。
そうだ。1年半前のはずだ。
私はグローリーフィアが発生した当初の狂乱をよく覚えている。あのダンジョンは突然王都近郊に現れた。
800年前だと?
それなら私が生まれているはずがない。けれどもその当初の記憶はどこか霞がかっていることに気がついた。
「王よ、ここからは外務卿が説明致します」
「エリザベート王子にかわり、説明申し上げます。800年前というのは確かなようです。他国の国使がそのように申しておりました」
「他国の国使が……? エスターライヒの国使はどうなっておる。さすがに800年も経っていれば交渉相手も変わっておるだろう。流石にわからないことはあるまい」
「それが……それが大変申し訳ございません。エスターライヒ王国はグローリーフィア迷宮が発生してから、私の記憶でも少なくともここ1年半は一度も国外に国使を派遣していないのです。そして記録によれば、それは800年続いております。誠に不徳の致すところでございまして、申し開きもございません」
「800年はともかくとしても、少なくとも1年半も外交をしていなかったというのか?」
「王よ、外務卿は外交は行っておりました。外国国使の歓待は王もなさっているではありませんか。外務卿の仰りたいことは、エスターライヒからの国使は派遣していないものの、外国からの国使は十分以上に受け入れていたということです」
「どういうことだ……? 外交とは互いに行うものだ。一方的にやってくるものではあるまい」
「それが可能であったのです。なにしろ『グローリーフィア』というダンジョンが王都近郊に発生したという緊急事態が生じたのですから」
エリザベートが語るには、現在、エスターライヒ王国に他国人は入国できるものの自国民は出国できない、そうだ。
そしてそれはいつからなのか。外務部の記録保管庫から800年分の『昨年度』の文書が発見された。それらを紐解いたところ、2番目に古い『昨年度』の記録には、グローリーフィアが発生してから1ヶ月程度の間、国境から外に出ることができず外交が成り立たないという文章が発見された。けれどもいつのまにか、何度も『昨年度』を繰り返すうちに、外国からの国使が定期的にエスターライヒを訪れるという形で収まりがついていった。そして800年が繰り返される間、いくつかの国は既に消滅し、あるいは音信不通となっていた。けれども外務部はいつのまにかそれを当然と認識し、時間の流れと共に誰も異常であると認識することができなくなっていた。
そんな馬鹿なという声がそこかしこから聞こえる。
エリザベートはグローリーフィア発生当初の混乱の記録は外務部だけではなく魔法部にもあり、おそらく他の部にもその記録があるはずだと述べた。だからこの国の各部において過去の記録を検索することになった。
半信半疑のまま会議はお開きになり、王と私とエリザベートだけが広間に残る。
「エリザベート、本当に繰り返しなどという事象が起こっているのか」
「ええ、アルバート。そうとしか思えないの。おそらく軍部にも800年分の『昨年度』の記録が保管庫に残っていると思う。だからそれを調べて欲しいの。正直、魔法部の記録だけでは手に負えない。少なくとも内務部の、この国に何が起こっているのかを解明する資料が必要になる」
「何故そんな奇妙なことが起こっている」
「それは……まだ確証は持てない。けれどもこんな大規模なことができるのは魔女様だけだと思う」
魔女様。
それはこの領域の魔力をすべる強大な存在。確かに魔女様であれば、いや、魔女様でなければこのような規模の異常は行いえないであろうけれども。
「ともあれ王子たちよ、国外に出られぬというのは由々しき事態だ。国を上げて対処しなければならぬ。そなたらはこの国の礎である。頼んだぞ」
「もちろんです、王よ」
「乗り切ってみせますわ」
それにしても国外に出られないなどと寝耳に水だ。これまで想像すらしていなかった。
そしてこれは軍部にとっても極めて重要な問題だ。現在諸外国との関係は落ち着いているはずであるものの、いざ戦争になった時、極めて困難な事態に陥る。外国の軍隊は一方的にこの国に攻め寄せることができるのにこちらからは反撃できないということだから。
だから軍部としてもその『国外に出られない』という意味を正確に把握する必要があった。
私とエリザベートは西の国境付近まで出向いた。そこでは確かに奇妙な現象が発生した。
国外に向かう街道をまっすぐに歩いていたはずなのに、気づけばいつの間にか国内に向かって歩いてる。何度やってもそうなるのだ。
そこで外国の商人の協力を得て荷台に載せてもらったが、いつのまにやら外国の商人ごと道を戻っていた。私たちが荷台を降りれば何の問題もなく商人たちは国外に去っていく。何らかの認識阻害の作用が発生しているのだろうと思う。そしてそれは私がこの地形に魔法干渉阻害のバフをかけてもかわらなかった。
致し方なく王家の秘宝を持ち出すことにした。
王家には秘宝というものがいくつか存在し、その中で魔法等の干渉を打ち消す『精霊の下垂体』という宝具が存在する。それを身に着けてエリザベートとともに道を進むと、やはり奇妙な事象が発生した。
隣を歩くエリザベートも同行した何人もの従者も、一定地点に到達すると示し合わせたようにくるりと体の向きを変える。そして先ほど何度も試した時にできたものか、多くの足跡がそこで反転して国の方向に戻っている。
エリザベートの手をとり引っ張っても話しかけても全く反応せず、ただ黙々と国の方角に向かって足を戻そうとするだけだった。その視線はあたかも催眠状態にあるかのように定まらない。
おそらく先程までは私も同じ状態だったのだろう。そうして全く想定していなかったことだが外国に向かう商人も同様だった。
この街道は国々を繋ぐ主要街道に接続されている。だから往来はそれなりに多い。並走するいくつかの馬車の御者もエリザベートと同様に、ある地点に差し掛かると話しかけても反応しなくなり、ただ国境の外に向かって進んで行くだけとなる。
そこから得られる帰結として、国境間際のこの地点或いはエリアに何らかの認識阻害と思考誘導の効果が生じているのであろうということだ。
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