ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

文字の大きさ
127 / 234
8章 このゲームはこの世界のどこまで影響を及ぼしているのか

ヘイグリットと私と世界

しおりを挟む
 私たちは3日休み、そして冒険を再開することにした。
 ヘイグリットは恐ろしかった。その直接的な殺意、私を殺すという確定的な意思は、私の魂に深く刻み込まれた。この冒険の先にヘイグリットがいて、戦わなければならない。そう思うと、ダンジョンに向かう足がすくんだ。ダンジョン入り口のぽっかりと開いた穴が地獄の、もっと言えば死に至る入り口にしか思えなくて。ここを降りても死が待っている、そんな想像しか浮かばなくなった時、私の支えになったのは秘密を共有するジャスティンだった。
 最初はジャスティンもいずれヘイグリットを倒さなければならないという事実に酷く動揺していた。彼我の実力差が大きすぎる。それは戦闘職のジャスティンには如実に感じられたことだろう。
 けれどもそのジャスティンを前に向かせたのは以前話した私の言葉だった。私はダンジョンとは倒せるものだという話をした。街を正しく発展させ、力を磨き、そうやって自らを高めていけばいずれ倒せるようになると。確かに私はそう言ったんだ。

「真理、そうであれば倒しましょう」
「ジャス……」
「私は常に真理とマリオン様とともにあります。必ずお守りします。そして私か、或いはアレクかソルがヘイグリットを倒します。そして魔王も。必ず。そしてその先に進みましょう」

 ふわりと漂う紅茶の香りとともにジャスティンが微笑む。この紅茶はセバスチアンがこの国の外で作らせている紅茶らしい。林檎のような甘く複雑な香りがして、そして少しの苦味があった。
 その先の世界。グローリーフィアを倒した後の世界。
 ジャスティンの頭の中にあったものは正月に割れた世界の姿だった。ヘイグリットの恐ろしさよりも世界の終わりのようなあの光景が勝ったのだ。この先に、未来はない。あの光景はたしかに、そのような印象をもたらした。
 いつのまにかジャスティンもあの正月の朝のバグを思い出していた。そうだ、あれは世界のバグ、この世界には異常がある。どのみち放置することは出来ない。放置すれば世界がどうなってしまうかわからないから。
 そしておそらく私がエンディングを拒否したから、この世界にバグが生じてしまったんだ。

 そう考えて改めて思い返す。私にできることはダンジョンに潜ることだけ。それ以外の術はないということを。
 よく考えればクリア、つまりウォルターと結婚するまでの1年間はとりたててバグは発生していなかった気がする。クリア条件を満たしたのにクリアせず、条件自体が霧散してしまった今。
 きちんとクリアし直すことが、この世界の正常化をもたらすのかどうかはわからない。
 けれども現在の状況自体が予定されていないバグなのだ。
 このままであればバグは増大するかもしれない。何故なら今『幻想迷宮グローリーフィア』での1年は既に過ぎ去り、ゲームではプログラミングされていない事態に突入しているのだから。今と未来は既に規定されておらず、何が起こるかわからない。その証拠に、運命はすでに私の知る『幻想迷宮グローリーフィア』とは異なる展開を見せている。

 新しい展開といえばアレグリットの存在だろう。
 いろいろ考えたけれど、アレグリットは人間型の魔王の欠片ではないかと思う。魔王と考えるにはあまりにも性質が違いすぎる。ウォルターは性質が大きく変わったけれど、それは結婚を私が拒否したからで、おそらくダイレクトにバグの影響を受けている。けれどもウォルター以外のキャラクターの性質自体はほとんど変わっていないように思えた。
 だからアレグリットはおそらく魔王が新しく分割した新しい欠片だ。
 そう考えると色々なことに納得がいく。グラシアノやマクゴリアーテが発生、つまりポップしたのはゲーム規定の1年を経過した後だ。つまりバグが既に発生しているタイミング。
 彼ら本来の魔王の欠片がその記憶や魔王との繋がり、機能を失っているのは魔王がアレグリットという新しい欠片を生み出したからではないだろうか。そしてアレグリットは何らかの使命を持って、あるいは他の欠片たちと同じように独自の意思をもって活動をしている。

 ヘイグリットやグーディキネッツについてはもともと25階層を踏破した時点で王都に出現しうる。だからたまたま、ヘイグリット繋がりで他の階層ボスと知り合いになった可能性はなくは……ない。
 ないけれど、そう考えているには状況が出来すぎている。やはりアレグリットは魔王から何らかの使命を受け、あるいは利害関係のもとに動いているのだろうか。もともと魔王と欠片たちは協力関係が成り立つはずがないのだけれど、それも含めて世界のバグなのかもしれない。

「確かめてみましょう、真理」
「でも……」
「階層ボスというものは地上で人を襲ったりはしないのでしょう?」
「私の見た夢ではそうだった。でも今はもう違ってしまっているかもしれない」
「恐れるだけでは何も始まりません。できることからやりましょう。それが真理ではありませんか? 今までと同じです」

 そう。たしかにそう。
 私はこれまで1つ1つ進めてきた。術式装備を作って真夜中に王宮を抜け出してダンジョンを潜っていたあの時から。
 思い起こせばジャスティンと2人でダンジョンに潜っていたあの頃は、死は常に側にあった。一歩間違えれば死ぬ。1つの油断が死を招く。
 アレクとソルが加入したことで少しだけ気が緩んでいたのかもしれない。どちらかが傷つけば2人共死ぬという直接的な死への危険性は随分減った。そしてフレイム・ドラゴンの反省から安全を重視してダンジョンを攻略してきた。だから死の危険というものからは遠ざかっていた。
 そう考えると、もともと私たちの冒険は死と隣合わせ。
 うん、そう考えると状況はあまり変わらない。むしろ可能性が広がった分、好転している。
 そうなら……進むしか無い。

「そう、そうね。行ってみましょう」
「ええ。成せることを成すのです」
「ありがとう、ジャス」
「礼にはおよびません。それがこの世界のために、つまり私にとっても必要なことなのでしょうから」

 世界。世界か。
 魔王は今、何を考えているのか。それは確かにこの世界においては最も需要なことなのだろう。魔王はダンジョンの最下層にいるから普通であればそこに到達するまで会うことは出来ない。けれども今、アレグリットがいる。アレグリットを通じて魔王の考えや動向がわかれば、現在私たちが置かれている状況やバグの原因、回復するための方法がわかるのかもしれない。
 それで私たちはアレグリット商会まで出向いたけれど、アレグリットは不在だと鍛治師のドワーフに告げられた。

「アレグリットさんはいつ戻られるのでしょう」
「うーん、俺にゃわかんねぇな。店長は気まぐれだからよ。フラッとやってきてすぐにどこか行っちまう」
「ではお戻りになられたらパナケイア商会までご連絡頂けるようお伝え願えますか」
「わかったよ」
「あら、マリーちゃんじゃない」

 背中からかかったその声に私の心臓は止まりかけた。ヒュっという呼吸が漏れて体は硬直した。
 真理、今は大丈夫です。そうジャスティンの小さな声がして、落ち着かせるようにそっと背中が撫でられる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主』

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。 前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。 その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。

処理中です...