ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

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8章 このゲームはこの世界のどこまで影響を及ぼしているのか

新しい力と共闘の可能性

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 魔王戦か。
 このダンジョンの最下層に魔王がいるというもっぱらの噂だが、この迷宮は全部で何階層なんだろうか。
 今の最高深度は39階層だらひょっとしたら40階層が最下層かもしれないし100階層を下回るのかもしれない。

「魔王と対峙した時、グラシアノは魔王を倒そうとするのかな」
「どうだろうな。そんな気はするが、そもそもわからん」
「魔王の繋がりの方が強いってことは奴隷紋を破れるってことなのか?」
「まさか……けど、可能性は捨てきれないな」
「そうすると今の呪具もか?」
「これは終局的には物理作用だからな……奴隷にもしといたほうが無難だな」
「まて、ソル。どういうことだそれは」

 アレクの目が怒りを湛えている。地雷だったか。
 とはいえこれは必要なことだ。俺は俺の考えうる安全性を取る。
 けれどもアレクと仲違いする程に必要性は高くない。目的はダンジョンを倒すことなんだから。
 アレクは結局の所グラシアノをどうしたいんだ。その行動はなんだか場当たり的に感じる。

「俺は俺たち、最終的にはマリーが安全であることを1番に考えている。お前は違うのか」
「それはそうだが……」
「奴隷にしたほうが安全だ」
「浅層階に置いてくるためなら認容しよう。けれども俺はパーティメンバーを奴隷にするなど容認できない」
「俺も別に無理に奴隷にするつもりはない。だがお前はこいつをどうしたいんだ」
「どう……?」
「こいつは魔王らしいぞ。俺たちが倒そうとしている相手だ。寝首をかかれる可能性がないといい切れるのか」
「グラシアノがそんなことをするとは……」
「話にならないな。俺はお前を信用している。だからグラシアノをお前の奴隷にするのであれば」
「馬鹿な! 御免こうむる」

 吐き捨てられた呟き。奴隷という存在自体が許せないのだろうということはわかる。
 けれども俺がしたいのはもっと現実的な話だ。現実的な危険性の話だ。

「アレク。俺は魔王を倒したい。お前は魔王を倒すこととグラシアノを保護することのどちらを優先するんだ。これはそういう話だ」
「……しかし」
「今の所、グラシアノ本人が同意しないうちに無理やり奴隷にするつもりはない。だが考えておけ」

 アレクは押し黙る。俺は他人の意思に無理に介在するつもりはない。必要が迫らない限りは。
 今のところはそこまででもなく、平行線だ。まだ余裕がある。
 ダンジョンはどんどん厳しくなるだろう。だから今のうちに考えておくのがいい。
 そんなことを思いながら同期を解くと、グラシアノは不思議そうに俺と不機嫌なアレクを見上げた。

 その後は32階層の転移陣のすぐ近くで戦闘を行う。モンスターの数も少なくそれほど強い個体は現れない。
 グラシアノがモンスターの動きを止め、俺が薙ぎ払って分断し、アレクがとどめを刺す。なかなかの安定感だと思う。ある程度試して不具合がないことを確認し、今度は異なる方法で魔力を編む。
 これまで俺は世界を巡りながら遭遇した魔女や偽神といった様々な性質の存在を俺の中で模して芯とし、それを媒体として魔力を形作ってきた。魔力を留め置くためにはその依代となる術式が必要なのだ。けれども今の俺の中にはニーへリトレがいる。ニーへリトレはそれ自体が神だ。ニーへリトレ自体が魔力を取り込んで調節し、適切な姿に改変する。ニーへリトレは半分は俺からできている。だから随分捻くれてはいるようだが、俺と反発することはない。
 神樹という意味ではコルディセプスも同じだが、コルディセプスは他者、つまり俺を食い尽くすことしか考えていない。つまり意思疎通も共存も不可能だ。

-ニーへリトレ、炎を。
「ぅ熱っち」
「どうした、ソル」
「ちょっと調節を失敗した」
「珍しいな」

 驚いた。
 体内をこれまでになくスムーズに魔力がめぐり、右掌が想像より大分大きな火球を生み出す。町中で試さなくてよかった。予想以上の魔力の濃縮に驚く。けれどもこの勢いで景気よく使っていれば、すぐに魔力が枯渇するだろう。調整が必要だ。
 その日は魔力の調整に明け暮れた。相対的な攻撃力はそこまで変わらないかもしれないが、連射やら詠唱短縮やら継戦能力やら、戦いやすさは大幅に上昇した。体内のニーへリトレも褒めると気を良くしているようだ。このままこの新しいシステムに慣れて、そのうち無詠唱で術式を組めるようになりたい。そうすれば何だってやりたい放題だ。詠唱しなければ気づかれないからな。
 そんなこんなで適当に探索は切り上げた。

 翌日、またジャスが現れた。マリーはまだ調子が良くないらしいが大分回復はしているようだ。
 明日は潜れると思う、とのことだ。
 ニーへリトレの調整は日常的に慣らしていく段階に入っている。だからその日はウォルターからぶんどった許可状で王城の図書室に赴いた。ここに来るのは冒険が早く終わった時くらいだからあまりこれていなかったし、ここのところずっと森に籠もっていたからご無沙汰だった。
 いつもの司書に挨拶して中に入る。王城の図書室なだけあり、賢者の塔には全く及ばないものの、中々の蔵書に溢れている。
 その中でふらふらといつものコーナーに向かうと、見知った、そして予想外の姿が椅子に座って本をめくっていた。

「お前は……ダルギスオン、何故ここにいる」
「ソルタン・デ・リーデルか。我はアレグリットの許可状を借りて立ち入っている」
「何故アレグリットが……?」
「知らぬ」

 そう言ってダルギスオンは再び書物に目を落とす。脇に積み上げている本のタイトルを眺めると魔女関係のものだ。丁度俺が探そうと思っていた本だ。その下から3番目の1冊を抜き出して向かいに腰掛ける。

「何を調べている」
「不具合がある」
「不具合?」
「先日も述べたとおり、この領域では不具合が生じている。それを解消する方法である」
「世界が割れたというものか」
「それも含む。……そういえばお主は賢者であったな。このようなものを見たことがあるか」

 そう言ってダルギスオンは懐からドロリとした鈍色の液体の詰まった小瓶を取り出しこちらに差し出した。
 振るとその粘りの強い液体は瓶の中を揺れ、透かすとわずかにヘリが妙な色にくすんで見える。
 なんだか嫌な感じだ。そしてどこかで感じたことがある何か。ああ、そうか。

「これはどこで手に入れたんだ」
「世界の境界だ。お主が気づいておるかは知らぬが、このエスターライヒ王国はその周辺を結界に囲まれ、我らは閉じ込められておる。それを削り取ったもの、らしい」
「らしい?」
「それはわしが削り取ったものらしいのだが、覚えていないのだ」
「覚えていない……? そういえばこの間もそんなことを言っていたな」
「心当たりがないのであれば返されよ」
「ないわけでは……ない」
「何」

 ダルギスオンの顔が書物から上がり、こちらを向く。頭巾に覆われ表情はわからないが俺と瓶をじっと見ているのはわかる。
 これはあれだ。魔力の中に巧妙に紛れ込み、俺の意識を改変していたものだ。そして今はニーへリトレがそれを嫌うのか弾いているものだ。
 結界? 結界といったか? そうするとこの国はこの謎の魔力に囲い込まれているのか?

「それは何だ」
「教えてもかまわないがいくつか質問に答えろ」
「何だ」
「アレグリットは魔王なのか」
「そうだ」

 ……そうだ?

「何故」
「何故といわれても魔王である」
「何故俺に言う」
「異なことを。お主が我に尋ねたのではないか」
「魔王は何を調べている」
「この世界についてだ。この世界が崩壊から免れる方法だ。それよりもその液体は何なのか。答えてもらおう」
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