ノーマルエンドは趣味じゃない ~ダンジョン攻略から始まる世界の終焉の物語~

Tempp

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8章 このゲームはこの世界のどこまで影響を及ぼしているのか

サンダー・ドラゴンとの決戦 1

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ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名においてジャスティン・バウフマン、ウォルター・ビアステット=エスターライヒに恒常の守りを与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において、ソルタン・デ・リーデルに叡智の冠と大地の加護を与えよ。
ー『泥濘とカミツレ』の魔女の名において

 岩山を塞ぐように設置された扉を押し開けると、その先はとても暗く、そして明るかった。
 ここは直径1キロほどの鍋の底だ。見上げるとその四囲は凸凹とした大きな張り出しは存在するものの、寸胴のように垂直に切り立った高い岩山に囲まれ、頭上には黒い雷雲が蓋のように垂れ込めて空を塞いでいる。そしての空を縦横無地に光の矢が走り回っている。
 アイス・ドラゴンが氷に紛れたのとは異なり、その上空に雷光を背に浮かびあがる巨大な影が、こちらを悠然と見下ろしていた。

ーかのサンダー・ドラゴンの理を阻害しその識を拡散せよ。

 マリーの呪文を唱える声が響く。
 さっきからずっと、皮膚をピリピリと静電気が這い続けている。ボスフィールド外とは比べようがないほどに満ちる静電気。耐電装備がなければこのただでさえふわふわに金髪の王子様ライクの髪の毛がもわもわと浮き上がっていただろう。

ーニーヘリトレ、枝を張れ

 ソルが地面に触れながら素早く呪文を唱える。ふわりと波紋が地面に広がり、俺たちを中心として直径100メートル程度の範囲に等間隔に、高さ10メートル程の銀色の木が生え昇る。
 グラシアノが前に出てクネニの短弓をつがえ、銅の矢尻の矢を複数創生し、それぞれの樹冠に打ち込む。よほど訓練したのだろう。なかなかの命中率だ。
 俺たちを囲む神樹ニーヘリトレの柱の先端に誘電率の高い銅を打ち込み、避雷針と成す。それからジャスティンがクネニの長弓にグラシアノが創生したものと同じく銅尻の長く太い矢を番え、サンダー・ドラゴンを囲む岩山のでこぼこと飛び出した部分に次々と打ち込んでいく。矢がニーヘリトレの高さを超えた途端、そのいくつかは先程から呼び寄せられていた雷撃に撃ち落とされた。けれどもその半数は岩山に突き刺さる。
 ここまでは予想通りだ。銅は雷を呼び寄せる。だからより雷に近くなるほど、その矢は岩に命中する前に被雷し、破壊される。けれども岩山にその矢じりを埋めることができれば、そこも集雷ポイントになる。
 ソルと検討した結果、この世界の雷も経験則上、より雷に近いポイント、つまり高い木や建物に落ちる。だから避雷針を立てて雷が集まりやすい銅を設置し、俺たちが被雷する可能性を極力低減させる。なるべく。

ー木の長セルヴァンスに願う。ニーヘリトレを糧とし、その枝葉を伸ばせ

 ニーヘリトレがコルディセプスに覆われて補強される。
 避雷針の芯にはソルが扱いやすいというニーヘリトレを使った。けれどもニーヘリトレは若い神樹らしく、サンダードラゴンに直接攻撃された場合、防御に心もとない。だから防御力が極めて強いコルディセプスで柱を補強する。コルディセプスは宿主から生命力を奪う限り、ひたすら固いのだ。ソルの最終奥義的な呪文シリーズに含まれるほど。そしてその宿主となるのはソルではなくニーヘリトレ。神樹というのはただでさえ生命力が強い。だからその分、ソルの負担が低くなり、長持ちする。

 ニーヘリトレはソルがエルフの森でエルフたちから譲り受けた神樹だそうだ。ゲームでは出てこなかった神樹。ソルが名付けたという。これもバグの一環だろう。
 バグは見る間に増大している。この世界では既にゲームとは異なる展開が多く発生している。俺の廃嫡もそうだが、ゲームではエルフの村は滅ぶか生き残るかの2択で、他の場所に移住するなんていう選択肢は存在しなかった。
 だから今後もおそらくバグは増大する。このゲームの世界に設定外の事象が次々と、当然のように現れることになる、のだろう。だからより慎重に対処しなければならない。すでにゲームで設定されていた多くのキャップやセーフティは崩れているのだろうから。

 ここまでで30秒。
 とりうる対策はこれで全て取った。あとはこれでなんとかなるよう俺が祈るだけ。……ちょっと情けない気はするが、俺のラックは立派な武器だ。揃えたこの装備と同じように。
 今回は全員が全身を耐電装備で固めた。実験した中で最も耐電性能が高かったサンダー・リザードの皮革を重ね合わせてマリーが素材機能強化の術式を重曹的に刻みこんだ。そしてその内側と外側に32階層で採取した天然ゴムに硫黄を混ぜて加熱処理した弾力性のあるゴムを隙間なく張りこんでいる。アレクとジャスティンはその内側に更に鎧を着込んている。動きは阻害されるけれども、サンダー・ドラゴン自体の攻撃力は無視できなかったから。これで、この時点で俺たちが取れる防御も目一杯だと思う。これ以上はおそらく不可能だ。

「さて、こっからだな」
「ええ、ウォルター。やはり降りてはきませんね」
「やっぱ俺が行くしかないよなぁ、ハァ。ちゃんと援護してくれよな、ジャス」
「もちろんです。私もあなたの幸運を祈りましょう」

 見上げるサンダードラゴンは先程から全く降りてこない。俺たちからはるか上空を優雅に飛翔している。
 それはそうだろう。雷撃という強力無比な攻撃手段があるのだ。物理攻撃をするなら冒険者に近づかなければならない。インパクトの瞬間に怪我を負う可能性がある。それなら遠距離で削るほうがいい。ドラゴンは知能のあるモンスターだ。そのくらい考える。

 だから俺たちが今まで展開したもの全てがサンダードラゴンの雷撃を避けるための仕掛けだ。
 雷に打たれれば死ぬ。そんな通常世界の常識がゲームの中に入り込み始めている。だからそれは必ず避けなければならない。マリーに魔王を倒させなければ、俺にとってもハッピーエンドは訪れない。
 しばらく観測したが既に避雷の効果は発動しているらしく、サンダー・ドラゴンが落としていると思しき雷撃は俺たちの上空で避雷針に呼び寄せられ、そこから地面に放流されている。ほっと胸を撫で下ろす。

 それでもここからも未知の領域だ。
 ゲームではドラゴン類、というか階層ボスは積極的に攻撃してきた。けれどもアイス・ドラゴンもサンダー・ドラゴンも、その持ち前の魔力で飛翔しつつ、安全圏から降りてこようとはしない。だから引きずり下ろさなければならない。このニーヘリトレに囲まれた空間の中央に設置したマリーの陣まで。
 他の貴族家パーティの多くは大人数でヘイトを稼ぎながら、ロープ付きの弓矢なんかで地面に引きずり下ろしていた。だから雷撃で多数の死者や負傷者を出した。俺たちはこのニーヘリトレの檻の中にいる限りは安全だろうが、このままではただ時間がすぎるだけだ。その間、ソルの魔力は消費し続ける。
 それで結局この檻の外で雷撃を避けて動けるのは幸運頼みな俺だけで、この檻の内側からヘイトを稼げるのは弓を扱うジャスだけだ。その弓もサンダードラゴンに近づくほどに雷撃で撃ち落とされるから、サンダードラゴンへの直接のダメージにはなり難い。

「あーうーそれじゃぁ行ってくる。嫌だけど」
「頑張って、ウォルター」
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