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9章 この世界におけるプレイヤー
俺の真名
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「なんで突然?」
「これは大事なことだ。俺も厳密にはソルタン・デ・リーデルじゃない。これは偽名だ」
「偽名?」
「そう。でもそれはこの島に入る前からだ。俺の本当の名前はもともと俺しか知らない。そしてそれは揺らいでいない。マリーにもそんな名前があるだろう? 本当の名前はいわなくてもいいから」
「……あるわ」
やはり。
「その名前はマリーの意識の中で揺らいだことはある? 例えばその本当の名前を忘れそうになったこと」
「よくわからない。でも自分の名前がわからなくなったことはないと思うけど」
その強固な魂の名をしりたい。けれども真名は安易に他人にに告げていいものじゃない。それはその存在の形を規定するものだから。
真名を知り合うならば、生涯を添い遂げる、つまり1つの魂となってもかまわないほどの意志が必要な行いだ。
「これってさっきの忘れるバグの話?」
「そうだな。多くの人間が自分の名前をバグに奪われている。けれどもマリーは俺が見たなかで最もバグに汚染され、そしてその影響を受けていないように見える」
「バグの?」
「ああ。信じられない。あのバグってのはな、キラキラ光るやつだけじゃない。本当はもっと微細なものだ。それが空気の中に満ちている。あのキラキラしたのはそれが寄り集まって濃縮されたから、わかりやすく光って見えるだけなんだ」
「空気の中に?」
「そうだ。空気にまざって知らない間に様々なことを矯正している。忘却とか、色々な」
「空気に混じっていて、それでみんなが見た初日の出を忘れさせているの?」
「多分な」
幾分、意識がはっきりとして来たようだ。不思議そうな顔をしている。
ひょっとしたらマリーはあまり自覚的ではないのかもしれない。魔術や何やらの特別な修行をしなくとも、強固な魂を持ち合わせる人間というのはごくたまに存在する。
「ソル、バグって何なの?」
「さてね。それは今研究してるとこ。それよりはあのガドナークだな」
「倒すの?」
「ふふ」
倒すの、と来たか。マリーの魂はやはり恐れを知らない。
調停者というのは世界だ。倒すとか倒さないとかいうものではない。
そんなことも思い当たらないということは、マリーはやはり特別な修行をしたわけでもないのだろう。強化してこうな訳でもないのか。得難く特別な魂だ。おそらく目の前のガドナークに匹敵する魂の強さを持つ。
俺の伴侶に相応しい。マリーとなら多分、変質を恐れずどこにでも行けるだろう。この世の中は危険なところばかりだ。
「倒すのは無理だな。だから話し合いで引いてもらう。そして可能であるならば、あのガドナークからバグを除去できるか試したい」
「除去なんて可能なの?」
「少なくとも俺は除去している。本来はあのガドナークにもできるはずだ。多分、不意打ちかなにかでバグに襲われたんだと思う。それで今もせめぎ合っている、んだと思う。だからあんな不確かな存在になっている」
「思う、ばっかりね」
「ああ。だから話をする。ああそうか。ええと、うーん」
困ったな。
アレと話し合うのは結構ガチなことになる。マリーに嫌われたくない。けれど、グラシアノに残した俺の一部の回収は必須だ。あの開口部からバグに侵入されると一大事だ。後でこっそり回収に来ても構わないんだけどなんだかな。
まあいいか。これが俺なわけだから、これで嫌われるなら仕方がない、いや、やっぱやだ。うーん。
こんな風に理屈じゃなく悩むのも随分久しぶりのことだ。
「ソル?」
「我、*****はマリーがこの盟約を破棄するまで、マリーに敵対しないことを誓います」
「何? 何て言ったの?」
「聞こえなかった部分は俺の真名だ。まだ聞かないでくれ。アレクを真似て誓いをたてた。これで俺はマリーと敵対できなくなったから、まあなんていうかドン引かないで欲しい。それからそこを動かないで」
「ちょっと、ちょっと待って。何をするかだけはちゃんと言ってよ。いきなりフレイム・ドラゴンの時みたいになったら怒りますからね!」
「そうだな。俺は魔力体になる。そうすればバグの影響を受けない、はずだ」
「魔力、体?」
バグというのは魔力と同時並列して存在している。魔力自体はバグに干渉されない。魔力体になるということは、自らを構成する魔力部分だけを抽出して形を造り、動かすということだ。
普通はこんなことはしない。魔力というのはすぐに胡散霧消して消えてしまう。だから魔力だけの存在の精霊なんかはその自らの魔力を固定する方法を身につけている。俺も無理だ。けれども今はニーがいる。
ニーに俺の魔力の周りに領域を展開してもらい、その中に滞留して霧散を防ぐ。けれどもなんというか、今の肉の体は人の形に留めることはできているけれど、魔力体でそこまでの制御は無理だよな。まあ仕方がない。
「魔力ってのは変な形になるから、怖がんないでね」
「わかった。それで半分くらいキラキラしたら撤退するのね」
「そうそう。さすがマリー」
流石だぜ。本当にな。
さて、始めるか。
マリーに背を向けボタンをいくつか外す。まずは魔力体を形作り、そこに魂を移さなければならない。いつもなら偽魂を入れる所だが、眼の前のアレは調停者だ。調停者と言ってもそれほど高位ではないだろう。その掌握領域の範囲はそれほど大きくはなさそうだ。それでも強大な存在だ。俺なんかが消し飛ぶほどには。だから偽物なんて入れられない。
肉の体を脱ぎ捨てると、ドサリと倒れる音がして、マリーが駆け寄る音がした。ニーは俺の体には椅子を作ってくれないんだな。そういえば、残った体についての説明はしていなかったな。しばらくは心臓は動いて入るだろうけれど。
じゃあ始めるとするか。
ーエストレラがガドナークに問う。なぜ人を捉える。
「これは大事なことだ。俺も厳密にはソルタン・デ・リーデルじゃない。これは偽名だ」
「偽名?」
「そう。でもそれはこの島に入る前からだ。俺の本当の名前はもともと俺しか知らない。そしてそれは揺らいでいない。マリーにもそんな名前があるだろう? 本当の名前はいわなくてもいいから」
「……あるわ」
やはり。
「その名前はマリーの意識の中で揺らいだことはある? 例えばその本当の名前を忘れそうになったこと」
「よくわからない。でも自分の名前がわからなくなったことはないと思うけど」
その強固な魂の名をしりたい。けれども真名は安易に他人にに告げていいものじゃない。それはその存在の形を規定するものだから。
真名を知り合うならば、生涯を添い遂げる、つまり1つの魂となってもかまわないほどの意志が必要な行いだ。
「これってさっきの忘れるバグの話?」
「そうだな。多くの人間が自分の名前をバグに奪われている。けれどもマリーは俺が見たなかで最もバグに汚染され、そしてその影響を受けていないように見える」
「バグの?」
「ああ。信じられない。あのバグってのはな、キラキラ光るやつだけじゃない。本当はもっと微細なものだ。それが空気の中に満ちている。あのキラキラしたのはそれが寄り集まって濃縮されたから、わかりやすく光って見えるだけなんだ」
「空気の中に?」
「そうだ。空気にまざって知らない間に様々なことを矯正している。忘却とか、色々な」
「空気に混じっていて、それでみんなが見た初日の出を忘れさせているの?」
「多分な」
幾分、意識がはっきりとして来たようだ。不思議そうな顔をしている。
ひょっとしたらマリーはあまり自覚的ではないのかもしれない。魔術や何やらの特別な修行をしなくとも、強固な魂を持ち合わせる人間というのはごくたまに存在する。
「ソル、バグって何なの?」
「さてね。それは今研究してるとこ。それよりはあのガドナークだな」
「倒すの?」
「ふふ」
倒すの、と来たか。マリーの魂はやはり恐れを知らない。
調停者というのは世界だ。倒すとか倒さないとかいうものではない。
そんなことも思い当たらないということは、マリーはやはり特別な修行をしたわけでもないのだろう。強化してこうな訳でもないのか。得難く特別な魂だ。おそらく目の前のガドナークに匹敵する魂の強さを持つ。
俺の伴侶に相応しい。マリーとなら多分、変質を恐れずどこにでも行けるだろう。この世の中は危険なところばかりだ。
「倒すのは無理だな。だから話し合いで引いてもらう。そして可能であるならば、あのガドナークからバグを除去できるか試したい」
「除去なんて可能なの?」
「少なくとも俺は除去している。本来はあのガドナークにもできるはずだ。多分、不意打ちかなにかでバグに襲われたんだと思う。それで今もせめぎ合っている、んだと思う。だからあんな不確かな存在になっている」
「思う、ばっかりね」
「ああ。だから話をする。ああそうか。ええと、うーん」
困ったな。
アレと話し合うのは結構ガチなことになる。マリーに嫌われたくない。けれど、グラシアノに残した俺の一部の回収は必須だ。あの開口部からバグに侵入されると一大事だ。後でこっそり回収に来ても構わないんだけどなんだかな。
まあいいか。これが俺なわけだから、これで嫌われるなら仕方がない、いや、やっぱやだ。うーん。
こんな風に理屈じゃなく悩むのも随分久しぶりのことだ。
「ソル?」
「我、*****はマリーがこの盟約を破棄するまで、マリーに敵対しないことを誓います」
「何? 何て言ったの?」
「聞こえなかった部分は俺の真名だ。まだ聞かないでくれ。アレクを真似て誓いをたてた。これで俺はマリーと敵対できなくなったから、まあなんていうかドン引かないで欲しい。それからそこを動かないで」
「ちょっと、ちょっと待って。何をするかだけはちゃんと言ってよ。いきなりフレイム・ドラゴンの時みたいになったら怒りますからね!」
「そうだな。俺は魔力体になる。そうすればバグの影響を受けない、はずだ」
「魔力、体?」
バグというのは魔力と同時並列して存在している。魔力自体はバグに干渉されない。魔力体になるということは、自らを構成する魔力部分だけを抽出して形を造り、動かすということだ。
普通はこんなことはしない。魔力というのはすぐに胡散霧消して消えてしまう。だから魔力だけの存在の精霊なんかはその自らの魔力を固定する方法を身につけている。俺も無理だ。けれども今はニーがいる。
ニーに俺の魔力の周りに領域を展開してもらい、その中に滞留して霧散を防ぐ。けれどもなんというか、今の肉の体は人の形に留めることはできているけれど、魔力体でそこまでの制御は無理だよな。まあ仕方がない。
「魔力ってのは変な形になるから、怖がんないでね」
「わかった。それで半分くらいキラキラしたら撤退するのね」
「そうそう。さすがマリー」
流石だぜ。本当にな。
さて、始めるか。
マリーに背を向けボタンをいくつか外す。まずは魔力体を形作り、そこに魂を移さなければならない。いつもなら偽魂を入れる所だが、眼の前のアレは調停者だ。調停者と言ってもそれほど高位ではないだろう。その掌握領域の範囲はそれほど大きくはなさそうだ。それでも強大な存在だ。俺なんかが消し飛ぶほどには。だから偽物なんて入れられない。
肉の体を脱ぎ捨てると、ドサリと倒れる音がして、マリーが駆け寄る音がした。ニーは俺の体には椅子を作ってくれないんだな。そういえば、残った体についての説明はしていなかったな。しばらくは心臓は動いて入るだろうけれど。
じゃあ始めるとするか。
ーエストレラがガドナークに問う。なぜ人を捉える。
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