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10章 この世界への溶性
もうすぐ、追いつく
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ソルタンが言うには、バグが最初に侵食するものはその者自身の存在の確たる認識、つまりその者の名前だそうだ。名前を奪い去って新しい認識を植え込むらしい。それをどのように防いでいるのかが、バグに対する抵抗力の違いを生んでいるそうだ。
ウォルターは自らの中に確固とした名前を持ち、それは揺らがないらしい。本名はマサミツというそうだが、それを知るのは私だけだ。極力この世界に自らの名前を残したくないと言う。
ソルタンはバグを防ぐ術を持っている。そしてソルタンという名も、元々偽名なのだそうだ。だからその真名は守られている。ヤークも同様にバグの侵入を防いでいるそうだが、ヤークというのが本名であるが故にその名はバグの脅威に直接さらされ、そこに認識に齟齬が生まれやすいのだとか。
エルトリュールは魔力を編み上げて自らの最奥にエルトリュールの名を刻み、それを都度顧みているそうだ。私が目の傷を見て思い出すのと原理は同じだそうだが、魔法卿となるほどの魔法使いであるからこそ行える技だろう。
ダルギスオンが言うにはヘイグリッドは今の種族になる際にもともとの自己の名を捨てており、奪い去るべき名がないらしい。そのようにダルギスオンが述べた時、ヘイグリッドが酷く怒ったことが印象的だった。おそらくそれはヘイグリットにとって重要なことだったのだろう。それにしても種族というものは変わりうるものなのだろうか。よくわからない。
「ともあれまずは私がご報告致しましょう。魔女様へと至る道筋が判明しました。けれどもその方法は検討もつきません」
エルトリュールが注目を集める。
「どういうことだ」
「ウォルター殿、灰色と熱い鉱石の魔女様はその魔力の根源たる地中深く、地脈の先にいらっしゃいます。それと同じく、ソルタン様、ダルギスオン様からお伺いした泥濘とカミツレの魔女様の情報をもとに検証したところ、魔女様は地表を媒介とした疑似世界にお住まいです」
「エルトリュール様、お待ち下さい、理解が追いつきません」
「アレックス、魔女様というのは、もとより人が理解しうるものではありません。ただ、泥濘とカミツレの魔女様へ至る道は黒土の豊かな沼地や草原といった場所であり、魔女様が招かれればあたかもその表面が鏡面のようになり、その先に潜り込むように魔女様の居所に到れるのだそうです」
それがエルトリュールが諸外国とのやり取りの中で調査した方法だそうだ。
けれどもそれははるか昔の伝承に基づくもので、方法は残ってはいたものの、実践した者の記録はない。
「けれどもこの領域内の地は魔女様側から閉ざされています。これをこじ開けることは結界を破壊するのと同等に不可能でしょう。ですからこの領域の外に出た上で魔女様にアクセスできれば、交信ができるのかもしれませんが……」
「問題は領域の先に出られない、ということですね」
ソルタンの答えに、再び沈黙が訪れる。
問題を整理しよう。
この領域を封印しているのは魔女様だ。そしてその理由はこの領域内にバグが蔓延しているからだろう。
私たちの第一の目的はこの国を正常化すること。いずれにしても忘却を繰り返すこの状態を脱すること。
そうしなければ先に進めない。
前に進むこと。それが最も必要なことだ。
けれども今日の会議はここまでだろう。
「そういえばアレックスはそろそろサンダードラゴン戦か?」
ウォルターの急な問いかけによって、想起が不意に打ち切られる。
私たちのパーティは今、34階層にいる。
「そうだ。来週には35階層に潜る」
「雷対策の装備、必要なら譲るぞ。もう使わないからな」
「いいえウォルター様、結構です。雷ならどうとでもできますわ」
「へぇ、どうやるんだエルトリュール」
「簡単です。空気を擦り合わせてこちらでも雷のもとを作れば良いのです。雷は引き合いますので」
「そうは言ってもサンダードラゴンがどこに雷を落とすかわからないだろ」
「ええ。ですから騒ぎ風をわたくしたちの上空に浮かべておけばよろしいの」
そこからエルトリュールとウォルター、ソルタンとダルギスオンの4人で魔法談義が始まった。エルトリュールは自らの名前と存在を取り戻し、そして本来の力、つまりその強大な魔法力を取り戻した。だからそれ以降、攻略が格段に楽になった。エルトリュール以外に必要ないほどに。
けれどもその先鋭的な魔法論議には正直ついていけない。困惑していると同じように眉を潜めたヘイグリットが私に話しかけてきた。
「みんなが何を言っているのかさっぱりわからないわぁ」
「私もです。魔法は門外漢で」
「ねぇ、アレックス様。アレックス様はバグがなくなったらどうなさるの?」
「元のサマルアリアに戻ればそれで良いのです。そして」
そしてマリオン嬢を妻に迎えられれば。
マリオン嬢への思いは若干の方向性を変えながらも、名前を取り戻した私の中に確かに存在し続けている。
「元ねぇ」
「ヘイグリット、あなたは結界が解ければまた旅に出るのですか?」
「うーん、まぁ、そうなのよねぇ。私やみんなは平気なんだろうけれど、アレックス様は本当にそれでいいの?」
「私、ですか? 何故そのような」
「だってあなた、人間でしょう?」
「アレックス。耳を貸さないで」
突然のエルトリュールの鋭い声に思わず振り返る。
「あなただけはわたくしが守りますから安心なさい。ヘイグリット。妙なことをアレックスに吹き込まないでくださいな」
「はぁい」
ヘイグリットはつまらなそうに眉をひそめた。
私は何か咎められるような話をしていただろうか。疑問に思いながらも、その声を契機に新たな話題、今後のサマルアリア、もといエスターライヒの外交と発展に話が移った。
当面の私の主な役目は武闘大会だ。いずれにせよこの国を発展させることが喫緊の課題だ。その発展によって技術の革命を起こし、ダンジョンを倒す、とウォルターはノベル。
状況は硬直しながらも、わずかながらも好転はしているようには思われた。
冒険も順調だ。このまま1つ1つ進めていくのだ。
もうすぐマリオン嬢のいる階層に追いつく。
そうすると肩を並べて冒険を行えるようになるだろうか。
ウォルターは自らの中に確固とした名前を持ち、それは揺らがないらしい。本名はマサミツというそうだが、それを知るのは私だけだ。極力この世界に自らの名前を残したくないと言う。
ソルタンはバグを防ぐ術を持っている。そしてソルタンという名も、元々偽名なのだそうだ。だからその真名は守られている。ヤークも同様にバグの侵入を防いでいるそうだが、ヤークというのが本名であるが故にその名はバグの脅威に直接さらされ、そこに認識に齟齬が生まれやすいのだとか。
エルトリュールは魔力を編み上げて自らの最奥にエルトリュールの名を刻み、それを都度顧みているそうだ。私が目の傷を見て思い出すのと原理は同じだそうだが、魔法卿となるほどの魔法使いであるからこそ行える技だろう。
ダルギスオンが言うにはヘイグリッドは今の種族になる際にもともとの自己の名を捨てており、奪い去るべき名がないらしい。そのようにダルギスオンが述べた時、ヘイグリッドが酷く怒ったことが印象的だった。おそらくそれはヘイグリットにとって重要なことだったのだろう。それにしても種族というものは変わりうるものなのだろうか。よくわからない。
「ともあれまずは私がご報告致しましょう。魔女様へと至る道筋が判明しました。けれどもその方法は検討もつきません」
エルトリュールが注目を集める。
「どういうことだ」
「ウォルター殿、灰色と熱い鉱石の魔女様はその魔力の根源たる地中深く、地脈の先にいらっしゃいます。それと同じく、ソルタン様、ダルギスオン様からお伺いした泥濘とカミツレの魔女様の情報をもとに検証したところ、魔女様は地表を媒介とした疑似世界にお住まいです」
「エルトリュール様、お待ち下さい、理解が追いつきません」
「アレックス、魔女様というのは、もとより人が理解しうるものではありません。ただ、泥濘とカミツレの魔女様へ至る道は黒土の豊かな沼地や草原といった場所であり、魔女様が招かれればあたかもその表面が鏡面のようになり、その先に潜り込むように魔女様の居所に到れるのだそうです」
それがエルトリュールが諸外国とのやり取りの中で調査した方法だそうだ。
けれどもそれははるか昔の伝承に基づくもので、方法は残ってはいたものの、実践した者の記録はない。
「けれどもこの領域内の地は魔女様側から閉ざされています。これをこじ開けることは結界を破壊するのと同等に不可能でしょう。ですからこの領域の外に出た上で魔女様にアクセスできれば、交信ができるのかもしれませんが……」
「問題は領域の先に出られない、ということですね」
ソルタンの答えに、再び沈黙が訪れる。
問題を整理しよう。
この領域を封印しているのは魔女様だ。そしてその理由はこの領域内にバグが蔓延しているからだろう。
私たちの第一の目的はこの国を正常化すること。いずれにしても忘却を繰り返すこの状態を脱すること。
そうしなければ先に進めない。
前に進むこと。それが最も必要なことだ。
けれども今日の会議はここまでだろう。
「そういえばアレックスはそろそろサンダードラゴン戦か?」
ウォルターの急な問いかけによって、想起が不意に打ち切られる。
私たちのパーティは今、34階層にいる。
「そうだ。来週には35階層に潜る」
「雷対策の装備、必要なら譲るぞ。もう使わないからな」
「いいえウォルター様、結構です。雷ならどうとでもできますわ」
「へぇ、どうやるんだエルトリュール」
「簡単です。空気を擦り合わせてこちらでも雷のもとを作れば良いのです。雷は引き合いますので」
「そうは言ってもサンダードラゴンがどこに雷を落とすかわからないだろ」
「ええ。ですから騒ぎ風をわたくしたちの上空に浮かべておけばよろしいの」
そこからエルトリュールとウォルター、ソルタンとダルギスオンの4人で魔法談義が始まった。エルトリュールは自らの名前と存在を取り戻し、そして本来の力、つまりその強大な魔法力を取り戻した。だからそれ以降、攻略が格段に楽になった。エルトリュール以外に必要ないほどに。
けれどもその先鋭的な魔法論議には正直ついていけない。困惑していると同じように眉を潜めたヘイグリットが私に話しかけてきた。
「みんなが何を言っているのかさっぱりわからないわぁ」
「私もです。魔法は門外漢で」
「ねぇ、アレックス様。アレックス様はバグがなくなったらどうなさるの?」
「元のサマルアリアに戻ればそれで良いのです。そして」
そしてマリオン嬢を妻に迎えられれば。
マリオン嬢への思いは若干の方向性を変えながらも、名前を取り戻した私の中に確かに存在し続けている。
「元ねぇ」
「ヘイグリット、あなたは結界が解ければまた旅に出るのですか?」
「うーん、まぁ、そうなのよねぇ。私やみんなは平気なんだろうけれど、アレックス様は本当にそれでいいの?」
「私、ですか? 何故そのような」
「だってあなた、人間でしょう?」
「アレックス。耳を貸さないで」
突然のエルトリュールの鋭い声に思わず振り返る。
「あなただけはわたくしが守りますから安心なさい。ヘイグリット。妙なことをアレックスに吹き込まないでくださいな」
「はぁい」
ヘイグリットはつまらなそうに眉をひそめた。
私は何か咎められるような話をしていただろうか。疑問に思いながらも、その声を契機に新たな話題、今後のサマルアリア、もといエスターライヒの外交と発展に話が移った。
当面の私の主な役目は武闘大会だ。いずれにせよこの国を発展させることが喫緊の課題だ。その発展によって技術の革命を起こし、ダンジョンを倒す、とウォルターはノベル。
状況は硬直しながらも、わずかながらも好転はしているようには思われた。
冒険も順調だ。このまま1つ1つ進めていくのだ。
もうすぐマリオン嬢のいる階層に追いつく。
そうすると肩を並べて冒険を行えるようになるだろうか。
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