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10章 この世界への溶性
順調な試合運び
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「始め!」
その言葉と共に目の前の男が剣を掲げて襲いかかってくる。けれども遅い。
私は今、何をしているのだろう。そう思いながら弓をつがえて弾き絞り、その肩口に打ち込む。相手が一瞬怯んだところで距離を詰め、放った矢の代わりに腰から抜いた短刀をその首筋に突きつけた。
「勝者、ゲンスハイマー家テイマー、ジャスティン・バウフマン! さすが最下層到達パーティです!」
割れるような拍手が巻き起こる。
相手はどこかの貴族家所属の戦士か何かだろう。それなりによい装備をしていた。何だかとても、馬鹿馬鹿しい。私はゲンスハイマー家の名でこの武道大会に出場している。無様に負けるとマリオン様の名に傷がつく。だから当然、負けるつもりはない。けれども、それ以前に相手が弱すぎるのだ。
私たちのパーティは既に、ほとんどの対戦相手を凌駕している。だからこの戦いに得るものはなく、何の意味もない。一人で修練していたほうが身になる。
「ジャス、僕が戦うという話ではなかったのでしょうか」
グラシアノが戸惑うように私を見上げた。
「私はあなたに手加減というものを教えていないことに気がつきました」
「手加減、ですか?」
「ええ。あの相手では戦力差が大きすぎて、あまりに一方的になります。あなたが怖がられてしまうと本末転倒ですからね。それにあの程度の相手なら戦う意味もありません」
「そういうものなのですか?」
武闘大会の初日。
このような公の場に私が出るのはとても妙に感じた。たくさんの拍手が私に降り注ぐ。
観客席のマリオン様からも拍手を頂いた。なんだかやはり、奇妙な気分だ。
そもそも私は武闘大会に出るつもりなどなかった。私はマリオン様の従者だ。このような大会に出ることは私の仕事ではない。けれども確かに、出てはならないものではないのだろう。
出場したのはグラシアノのためだ。
ウォルターが要項を確認したところ、モンスターが出場するにはいくつかの条件があった。亜人種と同程度までの大きさであること、亜人種が有さない能力は封印されること、テイマーとともに参加すること。3番目は考えてみれば当然の話だ。テイムは通常は亜人以外のモンスターに行われる。大抵のモンスターには理性などない。試合で審判が戦闘の終了を宣言しても、モンスターであればテイマーが止めるまで戦闘は継続するだろう。
その一方でテイマーと2人がかりとなれば相手に著しく不利だ。だから戦いの場に出るのはテイマーかテイムされたモンスターのいずれかとなっている。最初にテイマーが闘技場にあがり、戦うのがテイマーかモンスターかを決める。モンスターが闘う場合はテイマーはモンスターに『やめ』以外の指示はできない。
今回の相手は正直弱すぎた。グラシアノが戦ってもなんの益にもならないし、魔族であるグラシアノが一方的に人を襲ったと見られれば、グラシアノが今後恐れられる結果にしかならない。だから私が戦った。
「あなたには戦うべき相手がいるのでしょう?」
「ええ」
グラシアノはギローディエと闘うために武闘大会に参加した。私たちもそれが良いと判断した。
ウォルターの先日の話から、グラシアノが魔王になる可能性が浮上した。
真理は数百というこの世界の未来を夢で見た。その中で、グラシアノが魔王になった未来が1つだけあったという。けれどもそれは、グラシアノが単独で魔王を倒せるほど強くなった場合で、魔王を倒した結果、魔王を吸収したのだそうだ。
グラシアノはマクゴリアーテを吸収した。それはマクゴリアーテがそれを許したからだ。スヴァルシンという者はすでに破壊されていた。ベルセシオはわからないが、ソルがいうには倒したと言える状態だったのだろう。つまり、グラシアノはこれまで相手を倒すか、相手が自分より弱っている時に相手を吸収している。
ウォルターは付け加えた。
ギローディエもマクゴリアーテも、その種族の特性を除けば姿がよく似ている。そして魔王も。つまり彼らは似通った存在で、だからこそ磁石のように惹かれあい、互いの位置がわかり、吸収し合うのではないかと。
私たちが魔王に対峙し、勝利した時、グラシアノは魔王を吸収する可能性がある。その時、魔王がグラシアノより強ければ、魔王がグラシアノに吸収された時にグラシアノの魂を圧倒し、グラシアノを乗っ取るのかもしれない。その場合、私たちは再び魔王を倒さなければならなくなる。グラシアノの姿をした魔王を。
だから私はまず説得を試みた。
「グラシアノ、40階層から先はさらなる激戦が予想されます。あなたを守る余力はパーティにないかもしれません。今後はこのプローレス家で生活するのはどうでしょうか」
「……どうして急にそんな事を言うんです? 僕は魔王を倒すために鍛えているはずでしょう?」
不審げなその答えは、予想通りのものだった。そもそもグラシアノは一緒にダンジョンを降りることを決意している。だからこそ、鍛えている。
「あなたはまだ子供です。この家のメイドや庭師にとても可愛がられている。それにギルドのみんなにも」
「ジャス、僕は魔王を倒します」
「魔王は私たちが倒します。コアというものを得られれば、あなたに渡します」
「違う。違うんです。魔王は僕が倒さないとダメなんだ」
「グラシアノ?」
「僕は26階層にいた時点以前の記憶がありません。だから僕はダンジョンで生まれたんです。多分、僕を作ったのは魔王で、だから魔王を倒さないと僕はずっとダンジョンを出れないんだ、と思う」
「けれども今」
「これは僕がダンジョンに潜る理由です。ジャスも潜る理由があるでしょう?」
そう言われてしまうと、私はもはや何も言えなかった。それにそもそも、説得は無理だろうとも思っていた。私たちはそれぞれの理由でダンジョンに潜っている。
だから私たちは考えうる可能性を排除するためにグラシアノを強化することにした。一緒に魔王を倒すなら、グラシアノが魔王を吸収する可能性がある。グラシアノを極力鍛えれば、グラシアノは魔王に飲まれることはないのかもしれない。
だから私が武闘大会に出る理由は2つある。
その言葉と共に目の前の男が剣を掲げて襲いかかってくる。けれども遅い。
私は今、何をしているのだろう。そう思いながら弓をつがえて弾き絞り、その肩口に打ち込む。相手が一瞬怯んだところで距離を詰め、放った矢の代わりに腰から抜いた短刀をその首筋に突きつけた。
「勝者、ゲンスハイマー家テイマー、ジャスティン・バウフマン! さすが最下層到達パーティです!」
割れるような拍手が巻き起こる。
相手はどこかの貴族家所属の戦士か何かだろう。それなりによい装備をしていた。何だかとても、馬鹿馬鹿しい。私はゲンスハイマー家の名でこの武道大会に出場している。無様に負けるとマリオン様の名に傷がつく。だから当然、負けるつもりはない。けれども、それ以前に相手が弱すぎるのだ。
私たちのパーティは既に、ほとんどの対戦相手を凌駕している。だからこの戦いに得るものはなく、何の意味もない。一人で修練していたほうが身になる。
「ジャス、僕が戦うという話ではなかったのでしょうか」
グラシアノが戸惑うように私を見上げた。
「私はあなたに手加減というものを教えていないことに気がつきました」
「手加減、ですか?」
「ええ。あの相手では戦力差が大きすぎて、あまりに一方的になります。あなたが怖がられてしまうと本末転倒ですからね。それにあの程度の相手なら戦う意味もありません」
「そういうものなのですか?」
武闘大会の初日。
このような公の場に私が出るのはとても妙に感じた。たくさんの拍手が私に降り注ぐ。
観客席のマリオン様からも拍手を頂いた。なんだかやはり、奇妙な気分だ。
そもそも私は武闘大会に出るつもりなどなかった。私はマリオン様の従者だ。このような大会に出ることは私の仕事ではない。けれども確かに、出てはならないものではないのだろう。
出場したのはグラシアノのためだ。
ウォルターが要項を確認したところ、モンスターが出場するにはいくつかの条件があった。亜人種と同程度までの大きさであること、亜人種が有さない能力は封印されること、テイマーとともに参加すること。3番目は考えてみれば当然の話だ。テイムは通常は亜人以外のモンスターに行われる。大抵のモンスターには理性などない。試合で審判が戦闘の終了を宣言しても、モンスターであればテイマーが止めるまで戦闘は継続するだろう。
その一方でテイマーと2人がかりとなれば相手に著しく不利だ。だから戦いの場に出るのはテイマーかテイムされたモンスターのいずれかとなっている。最初にテイマーが闘技場にあがり、戦うのがテイマーかモンスターかを決める。モンスターが闘う場合はテイマーはモンスターに『やめ』以外の指示はできない。
今回の相手は正直弱すぎた。グラシアノが戦ってもなんの益にもならないし、魔族であるグラシアノが一方的に人を襲ったと見られれば、グラシアノが今後恐れられる結果にしかならない。だから私が戦った。
「あなたには戦うべき相手がいるのでしょう?」
「ええ」
グラシアノはギローディエと闘うために武闘大会に参加した。私たちもそれが良いと判断した。
ウォルターの先日の話から、グラシアノが魔王になる可能性が浮上した。
真理は数百というこの世界の未来を夢で見た。その中で、グラシアノが魔王になった未来が1つだけあったという。けれどもそれは、グラシアノが単独で魔王を倒せるほど強くなった場合で、魔王を倒した結果、魔王を吸収したのだそうだ。
グラシアノはマクゴリアーテを吸収した。それはマクゴリアーテがそれを許したからだ。スヴァルシンという者はすでに破壊されていた。ベルセシオはわからないが、ソルがいうには倒したと言える状態だったのだろう。つまり、グラシアノはこれまで相手を倒すか、相手が自分より弱っている時に相手を吸収している。
ウォルターは付け加えた。
ギローディエもマクゴリアーテも、その種族の特性を除けば姿がよく似ている。そして魔王も。つまり彼らは似通った存在で、だからこそ磁石のように惹かれあい、互いの位置がわかり、吸収し合うのではないかと。
私たちが魔王に対峙し、勝利した時、グラシアノは魔王を吸収する可能性がある。その時、魔王がグラシアノより強ければ、魔王がグラシアノに吸収された時にグラシアノの魂を圧倒し、グラシアノを乗っ取るのかもしれない。その場合、私たちは再び魔王を倒さなければならなくなる。グラシアノの姿をした魔王を。
だから私はまず説得を試みた。
「グラシアノ、40階層から先はさらなる激戦が予想されます。あなたを守る余力はパーティにないかもしれません。今後はこのプローレス家で生活するのはどうでしょうか」
「……どうして急にそんな事を言うんです? 僕は魔王を倒すために鍛えているはずでしょう?」
不審げなその答えは、予想通りのものだった。そもそもグラシアノは一緒にダンジョンを降りることを決意している。だからこそ、鍛えている。
「あなたはまだ子供です。この家のメイドや庭師にとても可愛がられている。それにギルドのみんなにも」
「ジャス、僕は魔王を倒します」
「魔王は私たちが倒します。コアというものを得られれば、あなたに渡します」
「違う。違うんです。魔王は僕が倒さないとダメなんだ」
「グラシアノ?」
「僕は26階層にいた時点以前の記憶がありません。だから僕はダンジョンで生まれたんです。多分、僕を作ったのは魔王で、だから魔王を倒さないと僕はずっとダンジョンを出れないんだ、と思う」
「けれども今」
「これは僕がダンジョンに潜る理由です。ジャスも潜る理由があるでしょう?」
そう言われてしまうと、私はもはや何も言えなかった。それにそもそも、説得は無理だろうとも思っていた。私たちはそれぞれの理由でダンジョンに潜っている。
だから私たちは考えうる可能性を排除するためにグラシアノを強化することにした。一緒に魔王を倒すなら、グラシアノが魔王を吸収する可能性がある。グラシアノを極力鍛えれば、グラシアノは魔王に飲まれることはないのかもしれない。
だから私が武闘大会に出る理由は2つある。
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